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第2節 あいかわらずな私です

 熱田(あつた)神宮(じんぐう)駅に着き電車のドアが開くと同時に私は階段に向かってダッシュ(小走りにて)。そして着物の裾をたくし上げ必死に駆け上がる(下品一歩手前程度で)。

「機能的な洋服を作った西洋人は立派なもんよねぇ」

 軽く息を切らせ余裕なんて無い私の口からは何とも意味のない言葉が出る。そして待ち合わせ場所目前の改札口で『ポーン!』と音を鳴らした改札機に止められた。

「ええっ! なんでーっ!?」

 私は慌てふためいた。そんな私に改札口のところにいた若い男の駅員さんが「もう一度お手をかざしてもらえますか?」とマイクを通して優しく言ってくれたものの、私は急いでいるあまりについ「もうっ」なんてよろしくない言葉を漏らしてしまった。そしてもう一度改札機に手をかざす。

『ポーン!』

 再び私を遮る可愛げのない改札機。私の後ろでは他のお客さんが私に止められ改札口が渋滞。私は背中で視線をひしひし感じると、恥ずかしさが増してこのまま小さくなってこそこそ逃げ出したい気持ちだった。

 しかしそんな時に限って目立ちまくりの着物である。

 そこへ駅員さんから「お客様、こちらでスキャンしますので、どうぞ」と言われ私は一番端の有人改札で駅員さん直々に私の手をスキャンしてくれた。

「お客さん、IDが反応しませんねぇ」

「ええ! そんなぁー……」

 私は苛められているかのような気持ちになった。なぜ私の邪魔をしてくれる。駅員さんはチェッカーが反応しなかったことで疑いの目を私に向けける。

「IDで通過されたんですよね? ちょっとIDを直接確認させてもらいたいのですが」

 私は素直に振り袖を捲り、手首を駅員さんに見せる。

「あれ?」

 私と駅員さんの声がハモる。そして目を合わせる。私はあわててもう片方の袖を捲る。しかし、私の手首にはIDブレスレットがなかった。

「あれれーっ!」

 なんで、なんでと一人慌てていると、私の耳に私を呼ぶ声が入ってきた。

「ゆきむらーっ! 何やってんのさぁ!」

 改札の外から()()が私を見つけてくれて来てくれたのだ。

「あ、美紅ぅー! ごめーん、遅くなってぇ。IDがどっか行っちゃってさぁ」

 私はそう言って振袖の中を探ってみたりするがない……

「あ……」

 私は思い出した。そして両方の耳たぶを触ってみる。

「ない……なーいっ!」

 今日は今日のためにと買ったばかりのIDイヤリングだった。しかもよりによってIDが記録されている大事な方が無くなっている。

「もしかしてお客様、イヤリングタイプで?」

「はい……落してしまったみたいです……でも乗るときは間違いなくあったのよ-」

「ねえ、予備のカードとかは持ってこなかったの、雪村?」

 美紅が改札向こうから聞いてくれた。私は、そうだと思い急いで巾着の中をかき漁る。

「もし、鞄などに入っているようなら問題なく反応して通過できるんですけどね……」

 と、駅員さんはあっさり私の行動を却下。私は「そうですよねぇ……」と言って落ち込む。買ったばかりのイヤリング。ID記録タイプは高いから片方だけにするというセコイ真似をしたのがダメだったか……と諦めがにじみ出て来た瞬間に思いついた。

「あっ、もしかしたら階段を駆け上がった時に落ちたかも!」

 そう一人叫び階段へ戻ろうと振り向くと目の前に小柄なお婆さんが私の顔を見つめて立っていた。

「もしかして、これを探して見えるんじゃ?」

「そう! それです!」

 私はお婆さんの手にあるイヤリングはまさしく私が探していたものだ。

「良かったねえ。エレベーターが込み合ってたから階段を上がることにしたのよ。そうしたらたまたまこれが目に止まってねぇ」

 そうお婆さんは言って手渡してくれた。

「ありがとうございます。本当に助かりましたー!」

 私はお婆さんに深く、ふかぁーく頭を下げ、すぐ耳にイヤリングをつけ駅員さんにスキャンしてもらった。もちろんOKです。

「よかったですね。これから気を付けてくださいね。念のためいつでも予備は持っていたほうがいいですよ」なんて若い駅員さんに優しく説教され、私は体を縮めて「すみませんでした」と言ってようやく改札口から外へ出ることができた。

「もう、雪村は本当におっちょこちょいでしかも遅刻魔だね。相変わらず」

 美紅に肘で強く小突かれてしまった。美紅とは長い付き合いでもう10年くらいになる。今でもよく一緒に遊んでいる大親友。

「もう、みんな待ちくたびれちゃって、今度の電車に乗ってなかったら行っちゃおうって言ってたんだよ」

「面目ないです」

 全く私は本当に遅刻魔でトロいため、いつも皆に迷惑かけている。ホント学習能力ないんだな、私……

「お、遅刻魔“こっこ”がやっと来たよ。おひさー!」

 と私が恥ずかしくなる言葉を高く抜ける声で響かせたのはトッキーこと土岐(とき)()()百合(ゆり)。そして他のメンバーも既に揃っていた。テンヨこと吉祥太妍(てよん)に、キミえもんこと田村希美(きみ)。みんな高校時代のクラスメイト。このメンバーとはよくリアッチャ(リアル・ライブチャットの俗称。ライブチャットの進化形で自分自身の姿を完全再現したアバターを使ってネット上で会話をするもの)でおしゃべりしてるから本当の久し振りではないけれど、美紅以外はリアルで会うのが久し振り。みんな華やかな着物姿でチャットのときのノーメイク、ノーガード姿とは大違いで輝いている。

「ごめんねーみんなぁ」

 と言って私が頭を下げると右からテンヨが「もう、予定通りの遅刻ね」私を小突く。テンヨに気をとられていると「しかもID落としてるし」と言って美紅が左から小突いてきて私はされるがまま、左右に体が揺れふらつく。

「もぉ、また落としちゃうじゃなぁい。ホントごめんね」

 すると背の高いトッキーは体を丸めるようにして私の耳を眺め「何、こっこ。ピアスじゃないの?」と言った。

「私、なんか嫌なんだよね、体に傷つけるって感覚があって……」

「ええーっ、そうなのぉ。知らなかったあ。よくそれで看護師やってるねー」

 トッキーはそう言って私の言葉に目をパチパチさせた。

「へへへへー」

 と笑って誤魔化す。実は私がライフ・ケアに転職したことは美紅にしかまだ言っていない。今もまだライフケアをよく理解せずに悪く言う人が多いこともあって正直言いだしづらい。実際、転職の話を家族に切り出した時みんなかなり驚いたし、特にお母さんは強烈に反対した。お父さんでさえ最初は止めてくれと(さと)されたくらい。それもあってなかなか言い出せずにいた。

「もう、時間ギリギリだから急ごう」

 キミえもんの合図にみんなとのリアル挨拶もそこそこにして熱田神宮へと向かった。私は遅刻したことを反省しつつ、またイヤリングを落とさないようにと耳たぶを気にしつつ小走りした。


 街中(まちなか)にある熱田神宮だけど、ここだけは木々が美しく生い茂り、足元には砂利が敷き詰められて4月の柔らかく温かい日差しも木陰に入るとひんやりと感じる。おかげで小走りして少し汗ばんだ額も境内に入るとすぐサラっとした。

 

 時間にはなんとか間に合った私達。式は本殿が目の前にある祈祷殿(きとうでん)というところで行われた。神主さんに巫女さんがいるこんな結婚式に参加するのは初めて体験。厳かな雰囲気の中で進む神前挙式。

 凛子の白無垢姿には、さっきまで冗談でヒソヒソと皆で言っていたひがみも吹き飛びみんな素直にうっとりと見とれた。そしてテンヨが「綺麗……」小さく漏らすと、皆黙って首を縦に振った。

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