第1節 行ってきます
熱田神宮―― 2000年以上も前に建てられ、三種の神器のひとつ、草薙剣を御神体として熱田大神が祀られています。そして皇室の祖神として仰がれる天照大神、そして素盞嗚尊や日本武尊といった古事記や日本書紀に登場するそうそうたる神々が祀られ、それはたいへん歴史が深く由緒のあるところなのです。
そんな昔からあったものだというのが信じられないように名古屋の街の中心にぽこっとあるのが不思議。私は名古屋生まれの名古屋育ちだけれど、名古屋市の外れに住んでいたこともあって、実は熱田神宮へ行くのは初めて。伊勢には行ったことあるのにね。ごめんなさい熱田大神さま。
さて、なぜ熱田神宮のお話をしたかと言いますと、今日はその熱田神宮で高学時代の友達、鈴木凛子の結婚式があるのです。そんなことで実は熱田神宮の知識は結婚式の案内状に同封されていたパンフレットからです。そして私は今からその熱田神宮へ向かうところなのです。
『ごめ~ん、ぎりで間に合いそうだからおいてかないで!』とボイスメールを送って。
「嫌だぁ、もうヤバいヤバい、遅れちゃう! お母さん早く早く」
「何言ってんのよ。あんたがお風呂でのんびりしてたからでしょ? はい、出来たわ」
私のお母さんは着物の着付けができるからお金が浮くし、こんな感じで言いたいこと言えるから助かる。
「おネェ。もう二十後半にもなるのに相変わらずトロいんだから。その辺考えてもっと早く起きて準備しないと」と妹のさくらから茶々が。
「もう横からウルサイなぁ。二才しか変わらないクセに」
「四捨五入したら大きいから」
「都合よく四捨五入しない!」
「おいおい、口の方ばかり動いて。こころ、いつでも出られるぞ。大曽根まで乗っけてってやるわ」
「ありがとう、お父さん!」
「おネェ。お礼を言うなら私にでしょ? 私がお父さんに言っといたからすぐ出られるように準備出来てたのよ。って事で土産よろしく!」
妹はソファーに寝そべって生意気な口を聞く。でもいつも妹の言うことは正しく、何事も要領がいい。のんびり屋の私はすぐ妹にたしなめられてしまう。小さかった頃は可愛いかったのに。これが姉妹関係の宿命なんだと思って今は諦めてるけど。
女系家族育ちのお父さんは願い空しく男の子に恵まれず「女系家族から逃れる事が出来なかった」とよく冗談で言う。でもそのせいか温厚柔和で私達姉妹とも仲が良く気軽に何でも話せる。
でも、何と言ってもこっちが恥ずかしくなるくらい夫婦仲が良いこと。とっくに成人した二人の子供がいる年なのに二人でイチャイチャするし、私達が働くようになってからは頻繁に二人でデートまでしている。どうやったらあんな関係が続けられるのだろう?
「そんなもん俺は母さんが好きだからに決まってるだろ」
車の中で出た私の質問にお父さんは微塵の動揺を見せることなくさらっと答えた。
「でも飽きるとか喧嘩するとかで嫌気が差すこともあるでしょ?」
今更ながらの質問を自分の親へする私。
「そんなもんあって当然だ。そんな時こそ膝付き合わせて本音をぶつけ合えばいいだけさ。そうすればお互いの考え方が分かるから妥協点だとか相互理解とかができるもんだって」
「もちろん分かるけど、それが難しいんだよね」
お父さんの話に乗せられて言った私の言葉に鋭くお父さんは反応した。
「難しいんだよねって父さんに内緒で男ができたのか?」
お父さんはそう言って一瞬、私を横目で睨み付けた。
「違うよ。いつもお父さん達みたいな関係になれる人と出会いたいなぁと思ってるの」
「と言うことは現在ソロ活動中か?」
「です」
「よし」
私の返事になんとも嬉しそうでにこやかな横顔を見せてお父さんは言った。
「よしって何よ?」
「まだまだこころの晴れ着姿が見られるな」
「嫌だなぁ」
「今日のメンバーみんなまだ未婚なんだろ?」
「そう。凛子が一番乗りよ」
「しかし熱田神宮で結婚式とはすごいなあ。あそこでの挙式は結構値が張るらしいぞ」
「そうなんだ。お父さん、その時は宜しくお願いします」
「何言ってんだ。身分相応を知らないのか? ウチじゃ無理だ。玉の輿、頑張ってくれ」
「やだ、相手の家族におんぶに抱っこせがもうっていうの?」
「はははは。それはちょっとみっともないか? ま、どうせ30になったら見合いが待ってんだ。こころとベストマッチの男と納得行くようにすればいい」
「何? お父さんは強制見合いを奨めるの?」
「強制見合いじゃなくて公式見合いだろ。聞くとこによると、なかなか良いらしいぞ。そうだ。それに公式見合いで結婚すれば挙式費用と新居の補助金が出るから良いじゃないか」
「でも離婚したら返金しなくちゃいけないのよ」
「そう悪い方に考えるな。ま、来るべき時っていうのが必ずあるから。変に焦ってダメ男を捕まえることだけはやめろよ」
「ご心配ありがとうございます」
「よし、着いたぞ」
あれこれと話をしていたらあっという間に駅に着いていた。
「お父さんありがとう。お陰でちゃんと間に合いそう。お土産買って帰るからね」
「そんなことは良いから早く行きなさい。美紅ちゃん達を待たせてるんだろ?」
真顔で言うお父さん。実際すでに約束時間になっていることを忘れていた私は巾着のなかからスマホ(スマートフォン)を確認。話に夢中になっていて催促電話に気づかずにいた。
(やばっ……)