転校生
私立恵星学園。県の中でもそこそこ生徒数が多い高校だ。そんな高校で俺は高校生活支援部というものを営んでいる。通称、高援部。この学園の人間たちはそう呼んでいる。
高校生という多感な時期に悩める人間は少なくない。その母数が多い恵星学園は尚更だ。そんな生徒たちの悩みを解決し、より良い高校生活を提供する。それが高援部の活動内容だ。なぜ俺が、こんな人助けが目的の部活を自ら興したのかといえば、特に理由はない。なんとくそうしたかっただけなのだ。でも強いて言えば、兄の影響が大きかったのかもしれない。
◇
季節は春。目新しかった桜の花が少し見慣れてきたころ。今日は始業式だ。そして俺は高校2年生に進級する。
俺はこの機に一新されるクラスに少し胸を躍らせながら、恵星学園の門をくぐった。そして、昇降口を入る前の扉に張り出されたクラス表にざっと目を通す。苗字が新田で、ほぼ間違いなく出席番号は1から5番に収まるため、毎度探すのは楽だ。すると、自分の名前を2年9組に見つけた。
「2-9か…。遠いな」
うちの高校は一学年に10クラス存在しており、俺はその中でも9組目。この学校の昇降口はいくつかあり、俺の家からのルートだと今いる正門付近の昇降口が一番早く着くのだが、各学年の8から10組が使用する昇降口はこことは真反対に位置する。これから一年、わざわざ遠くの昇降口まで歩くのだと思うと、少々面倒くさい。
「ま、そのうち慣れるか」
俺はそうボヤキながら歩みを進めた。そこそこの距離を歩き、教室の手前まで着く。俺は自身の教室までの遠さに少し憂鬱になりながらも、それを上回る楽しみがあった。それはクラスのメンバーだ。クラス表で確認したのは、自然と目に入ってきた自分と番号が近いものだけ。だから、他のクラスメイトにどんな奴がいるのか現時点ではほとんど知らない。しかも、ここまでの道中、知り合いと会うことはなかったから、そこからの情報も一切ない。
よくクラス表で全員の名前を確認してから自身のクラスへ向かう奴らがいるが、俺からしたらその行為は勿体無いことだと思う。だって、教室に入ってから自分と仲のいい友達を見つけたり、去年は別のクラスだった可愛い女の子を見つけたりした方がサプライズ感増して嬉しいだろ!
まぁ、そんなことは実際はあまりなく、逆になりたくなかったやつと一緒のクラスになって、結果的に悪いサプライズになったりするものなのだ。
「げっ」
俺は教室に入ると、これから座る自分の席の右後ろに見知ったやつの顔を見つけ、声を上げた。
「朝から人の顔見て『げっ』とは何ですか?新田さん」
そこにいたのは鹿苑茜。荘厳な響きの苗字に相応しい名家のお嬢様。そして、我が高援部唯一の部員でもある。
「今年はクラスまでお前と一緒なのかよ」
「何か不服でも?」
「いや別にないけど」
「ならいいじゃないですか〜」
そして俺は自身の席にカバンを引っ掛け、そこに座った。案の定、俺は出席番号1番で、新学期は大体窓側の一番前の席だ。
「そういえば、このクラスに鹿苑の知り合いはいたか?」
「うーん、あんまりですかね。とは言っても、まだ教室に来ていない生徒の方が多いですから、これから見つかるかもしれません」
言い種的に、鹿苑も俺と一緒で自分の名前だけ確認してきた人間なのだろう。
「なんだ、お前も自分の名前だけ見てきたのかよ」
「えぇ。その方がサプライズ感あって面白いですから」
「ふんっ、俺も一緒の考えだ」
「ふふっ、やっぱり新田さんも分かる側の人間でしたか」
俺と鹿苑は性格のタイプは違えど、決して相性は悪くない。今回のように似通った部分が多々あったりして、二人きりの高援部でもお互い仲良くやってきたつもりだ。そうは言っても、鹿苑との付き合いはそこまで長くはない。去年の秋ごろ、一つの依頼をきっかけに鹿苑は高援部に入部する運びとなった。
そんなことを考えていると、鹿苑とは別の見知った声で俺の名前を呼ぶのが聞こえた。
「よ、新田!」
声の主の方へ振り返ると、そこにいたのは吉村大輝。こいつとは去年クラスが同じで、部活がある放課後以外は吉村といることがほとんどだった。ちなみにそんな吉村はバスケ部に所属している。
「吉村!」
「会いたかったよ〜、新田〜」
「おー、心の友よ〜。今年もよろしく頼む」
俺たちはふざけた声色でそんなことを宣いながら、両の手を合わせる。
「なんか私の時と全然リアクション違くないですか?」
眉間に皺を寄せて俺たちを睨みつける鹿苑。
「まぁ、そんな睨むなよ。俺と吉村の仲を妬む気持ちは分かるが。我ながら罪な男だぜ…」
「罪ってなんですか?猥褻物陳列罪?」
鹿苑は真顔で俺に罪状を突きつける。
猥褻物陳列罪?俺が今露出してるの顔面ぐらいだぞ。それともこいつは俺の顔が猥褻物だとでも言うのだろうか。
「あら、鹿苑さんも今年は一緒なんだ。高援部コンビが一緒のクラスか…。今年は面白くなりそうだね。よろしく!」
「吉村さん、よろしくお願いします」
鹿苑は吉村に挨拶を返す。吉村はちょくちょくうちの部活に顔を出すため、この二人もそこそこ気の知れた仲だ。
そんな俺たち三人が会話を弾ませていると、大体の生徒がクラスに入室したようで、この2年9組の顔ぶれも大分明らかになってきた。
「どうやら大体揃ったみたいだな」
俺が辺りを見回して呟く。
「そうだねぇー、思ったより知り合いいないかも」
「私もそんなにですかね。去年クラス一緒だった人が数人いますが、あまり話したことはない方々ですし」
一学年に約400人もいるこの高校では、仲の良い友人がいてもバラけやすいのが当然だが、鹿苑と吉村を引き当てた俺はそこそこの強運の持ち主なのかもしれない。
そして、何だかんだで時間も経ち、SHRを合図するチャイムが鳴る。チャイムを聴いた生徒たちは自分の席へと戻り、着席して新しい担任の到着を待った。俺と鹿苑は席が近いが、吉村はその対岸の廊下側なため、一人で少し寂しそうだ。それにしても…。
「新田さんの隣の席の人、まだ来てませんね」
俺の隣の席の人間が、チャイムが鳴ってもまだ登校していないのだ。始業式初日から遅刻することあるか?それとも不登校だったりするのだろうか。その答えはこの後にすぐ分かった。
「よーし、お前ら揃ってるな」
うちのクラスの担任は松浦未希。何の因果か、松浦先生は去年も俺の担任であるとともに、高援部の顧問だ。もしかしたらこの人が俺と鹿苑のクラスを一緒にしたのだろうか…。
「これからSHRを始めようと思うんだが、その前に転校生を紹介する」
松浦先生のそんな言葉を聴いて、俺は隣が空席な理由に気がつく。俺の隣の生徒は遅刻したわけでもなく、不登校なわけでもなく、先生がいう転校生だったわけだ。
「入ってきてくれ」
呼びかけに応じ、転校生が教室へと入ってくる。入ってきた転校生はブロンド色の髪を靡かせる女子生徒。色白な肌に、大きな瞳。背は女子の平均より少し高く、制服の上からでも十分にそのスタイルの良さは察せられた。
そんな転校生に気付けば俺は見惚れていた。
「柏木芽依です。親の転勤で一緒に引っ越してきました。これから一年、よろしくお願いします」
柏木は思っていたより1トーン低い声で簡素な自己紹介を終えた。
「柏木の席はあそこだ」
松浦先生は予想通り、俺の隣の席を指差した。
そして柏木が俺の隣へと着席した。
「よろしく」
俺が柏木に挨拶をすると、それに言葉は返ってこず、会釈で返された。
「今日の予定だが、これから体育館で始業式をした後、HRが午後まで続く。係やら委員会やらを決めるから、各々自分がやりたい役職を考えておくように。それじゃあ、各自準備のできたものから移動しろ〜」
松浦先生はそう言い残して、さっさと教室を出て行ってしまった。そして残された生徒たちがそのまま体育館に向かうわけがなく…。
「ねぇ、ねぇ、柏木さんってどこから来たの!?」
「髪の色めっちゃ綺麗!これって地毛?」
「前の学校でなんか部活とかやってたー?」
俺の隣の柏木のもとにクラスメイトたちが集まり、質問の嵐が飛んでくる。
隙を見ていち早く席を立った俺は、少し離れたところからその様子を見ていた。そこに鹿苑と吉村が合流し、鹿苑が話しかけてきた。
「助けなくていいんですか?」
クラスメイトたちに悪意はないにしろ、押し寄せる人の圧に柏木はたじろいでいるようだ。それをどうにかしろと鹿苑はいいたいんだろう。
「なんで俺が」
俺はそれに冷たく返す。
「高校生活支援部の部長でしょ?いつもなら私が言わなくても気を回してるのに」
鹿苑の言う通り、いつもの俺だったらそうしたのかもしれない。しかし、よく知らない転校生の柏木がそれを望んでいるのかが分からなかったから、静観していた。
そんなことを考えていると、柏木の目線がこちらに移り、俺と目が合った。それに気づいた鹿苑が俺に発破をかける。
「ほら、助けてあげてくださいよ」
「そうだな」
「さすが新田」
吉村は調子のいいことを言って俺を小馬鹿にしてくる。
「うるせー」
俺はそう言い返して柏木の方へ戻った。
「はいはい、皆んなそこまで。そろそろ時間だから体育館行こうぜ」
俺がそう促すと、集まっていたクラスメイトたちが渋々俺の言葉を呑んで解散していく。そして俺が鹿苑たちの方をチラッと見ると、後は任せたと言わんばかりに二人揃ってウィンクをし、教室を出て行った。
…あいつら。
俺は柏木に声をかける。
「大丈夫だったか?」
教室にはもう俺と柏木の二人だけだ。
「う、うん。ありがと」
「すまん、もっと早く声かければよかったな」
「いいわよ、別に」
柏木は少しコミュニケーションが苦手なのだろうか。
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なんかの新人賞用に書き貯めていきます。




