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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

死神が殺さなかった日

作者: 亜空
掲載日:2026/03/26

ずっと前に書いていた一話完結のお話です。

主人公は人と関わることなく育ち、ぬくもりや優しさを知らない少年。

出会いがどう少年を変えるのかお楽しみ下さい。

 血の噎せ返るような匂いと、深夜十二時を示す、時計の針の音だけが部屋に響く。

 死者は数人、生者は一人。


「こちらコード014。任務完了」

『了解だ。今日はもう任務ないから巣に帰っていいぞ』

 

 嘲笑を含む声音に青年は何も答えず通信を切る。


「帰るか……」


 グチャッと音を立て血液を踏み、ドアに向かう。

 部屋を出る前に振り向き部屋を見る。

 証拠を全て燃やさないとな。

 硝煙で煙たい室内にガソリンを撒き、ライターに火を付ける。

 そして部屋を炎が埋め尽くす。


「全焼させる訳にはいかないよな」


 燃え盛るアパートの一室を背に火災報知器のボタンを強く押す。途端にけたたましいアラートが鳴り響く。

 外廊下の手すり壁を乗り越えて一階まで飛ぶ。音もなく着地し、影に消える。


 ――翌朝、七時半。

 氷室燎ひむろりょうは狭いアパートの一室で目を覚ました。

 スマホの充電を確認し、伸びをする。

 

「ふぁあ」


 欠伸が自然と出る。

 昨日の任務はきつかったな。

 朝の支度をしながらいつものように、テレビアプリを開き適当に流す。


『昨日未明、犯罪グループ「鷲の集い」の本拠地のアパートの一室で火災が発生し、構成員が全員焼死する事件が起きました』


 昨日の任務、結局火災として扱われるのか。AIで生成されたアナウンサーの声を聞きながら納豆を混ぜる。


『警察は火災の原因はガス管の漏れと発表。事件性は無いとのことです』


 納豆ご飯を胃に搔き込み手早く食器を洗う。

 

『続いてのニュースです。日本のGDPが二十年ぶりに世界第二位へと返り咲きました。AI産業省によりますと、完全自動化された製造ラインによる低コスト生産が世界市場で高い競争力を発揮、輸出額が過去最高を更新したことが主な要因とのことです。一方で、製造業など各産業での雇用喪失が深刻化しており、専門家からは格差拡大への懸念も相次いでいます』


 経済格差。懸念も何も職を失った奴らがすでに犯罪に手を染めているじゃないか。

 燎は苦虫を噛んだ表情でニュースの画面を見る。

 時間は七時四十五分。そろそろ着替えるか。

 Tシャツを脱ぎ、高校の制服を着る。背中にナイフを忍ばせて。

 鞄には最低限の教科書とノートを詰め込み、自宅のドアを開ける。


「まぶっ」


 目を細め外の明るさに視界を慣れさせる。


「夜の方が過ごしやすいのに」


 一人呟き、裏路地を使い学校への道を行く。こっちの方が日差しが少なく歩きやすい。

 いつも通りの朝。だが、やけに殺気が点在している。後ろから駆ける音が聞こえる。

 ローファか。学生だろう。

 そのさらに後ろに革靴の音。追手は大人。


「助けて!」


 女が助けを求める声を上げている。振り返ると燎とは別の高校の制服を着た女子高生が、こちらに向かって走っている。さらにその奥に男が三人。


「待てコラァ!大人しく捕まれや!」

「手間かけさせんな!」


 柄の悪い男どもだな。あれに捕まったらこの女子高生はどんな目にあわされるんだろうか。放置しても良いが、明日の目覚めが悪そうだ。


「助けて、警察を呼んで!」


 女子高生がこちらを見て懇願する。警察なんて呼んだらあいつらを殺せないだろ。


「嫌だね」


 女子高生は唖然とした表情を見せる。ああ、誤解させたか。まあいいや。

 燎は数歩歩き、女子高生と柄の悪い男らの間に入る。


「何だてめぇ。この女の知り合いか?」

 

 男の一人が燎を睨みながら聞く。

 こいつ堅気じゃねーな。目を見て確信した。ヤクザに狙われるこの女は何者だろうか。後で聞けばいいか。


「知らん人だけど、ほっといたら酷い目に遭いそうで」

「敵対してる組の娘だからな。こいつの親父を強請ってやるだけだ」

「おめぇにも金やるから、その女こっちに寄越せ。な?」


 この女子高生は極道の一家なのか。弾避けでも付けたらいいのに。


「金は要らん。来いよ、相手してやる」


 燎は鞄を女子高生に預け拳を構える。三人の男は燎を囲うように立ち回る。


「やっちまえ!」


 正面と左右。最初に接敵するのは左か。

 左手で男の腕をいなし、相手の重心と自分の重心を利用して肘鉄を顔面にめり込ませる。


「ゴハッ!」


 一人脱落。

 右側の男の拳が顔面に迫る。

 チラッと正面の男を見る。

 余裕はあるな。

 首を傾け拳を避け、右手で相手の手首を掴み体を回転させ、左腕を肘に押し当て骨を折る。


「痛ぇ!」


 背後から拳が来る気配。

 大股で横に跳び避ける。

 拳を振り空ぶった相手は、こちらを睨みながらポケットからナイフを取り出す。

 燎の瞳が冷める。


「良いんだな?」

「は?」

「ソレを抜いたからには良いんだな?」

「ぶっ殺してやるよ」


 最後の男がナイフを構えて突撃してくる。

 冷静にそれを観察し、上から振りかぶられる腕を掴み相手の膝を蹴る。

 男は呻き声を上げながら膝立ちになる。

 相手の手を捻りナイフを奪う。

 顔面に膝蹴りを入れ、相手は背中から倒れる。

 ナイフを逆手に持ち直し、男の上に乗る。


「や、やめてくれ」


 情けない声だ。

 燎は冷めた目で男の目を見る。そのまま腕を振り下ろす。そのとき――。


「ダメ!殺しちゃダメ!」


 背後から女子高生の声がする。ローファを鳴らし駆け寄る音。


「ダメだよ」


 肩で息をする気配と、手に温かいぬくもりを感じる。

 人ってこんなに暖かかったっけ。


「なんで?こいつらはあんたに危害を加えようとした犯罪者だぞ」

「それでもダメだよ」


 納得できる答えがなかったが、任務では無いし、本人が言うなら良いか。

 初めて人を殺さなかった。妙な気分だ。

 殺意を消し、倒れている男の顎を殴る。脳震盪でしばらく動けないだろう。


「助けてくれてありがとう。私は風間志帆かざましほ。あなたは?」


 立ち上がった燎に志帆が言う。肩まで伸ばした焦げ茶の髪を揺らし、大きな瞳でこちらを見上げている。


「燎だ」

「ほんとに強いのね燎君は」

「こいつらが弱いだけだ。お前護衛も付けずに出歩くの危なくないか?」

「私ヤクザ嫌いなの」

「ヤクザの一家だろ」

「でも嫌いなものは嫌いなの。そんなことより警察呼ぶわよ」


 志帆はそう言ってスマホを取り出す。ここに警察呼んで、とスマホに搭載されているAIに指示する。

 スマホをしまい燎に目を向ける。


「そう言えばあなたその制服、暁ヶ丘高校の生徒じゃない?」

「ああ、そうだが。あんたは?その制服は見たことない」

「今日から私も暁ヶ丘高校よ。制服はまだ届いてないけどね」


 燎は驚きの表情を見せ、志帆は笑った。


 ――警察に三人の男を預け二人は遅刻ギリギリで学校に到着した。


「じゃあ私は教員室に行くから後でね」

「わかった」


 あとでまた会うのか。別にこちらは用事などないけど。

 燎は自分の教室に向かう。二年三組。

 無言で教室に入り席に着く。鞄を机に置き枕にする。

 教室内は少々騒がしい。いつも喧騒に包まれているが今日はやけにうるさい。

 耳を澄ます。会話を盗み聞きすると、転校生、のキーワードが聞こえた。

 まさか、あの女子高生の教室も二年三組なのだろうか。


「全員着席して下さい。ホームルームを開始します」


 教室のメインモニターに教師の姿を模したキャラクターが表示される。

 

「本日は転校生を紹介します。風間志帆さんです」


 横開きのドアが開き、予想通り志帆が入って来た。

 教室中が色めき立つ中、志帆と目が合う。


「初めまして、風間志帆です。白亜国際高等学院から転校して来ました」


 おー、と教室のテンションが上がる。


「お嬢様だ」

「めっちゃ可愛くね?」

「俺今日告るわ」

「やめとけ、どうせ彼氏いるぞ」


 好き放題言われているな。燎は目を背けて窓の外を見る。


「先生」


 喧騒の中、志帆が教師AIに問いかける。


「どうしましたか風間さん」

「氷室君の横の席でいいですか?」


 燎は驚きのあまり志帆に目を向ける。教室中の視線とどよめきに包まれる。


「氷室ってあの?」

「あいつ怖いんだよな」

「何で?知り合い?恋人だったり?」


 それは俺も聞きたい。何で俺の横の席になりたいんだ。

 チラリと横を見る。窓際だから一人しか横がいない。その横の女子生徒はひぃ、と声を上げて前を向く。


「わ、私は別の席に移動しますので風間さんどうぞこちらに座って下さい!」


 そう言って女子生徒はそそくさと荷物をまとめて別の席へ行ってしまった。


「ありがとう。先生そういうことで」

「分かりました。では着席してください」


 機械音と肉声の間のような音を背に志帆がこちらに歩いて来る。


「隣失礼するわね、燎君」

「あ、ああ」


 いたずらが成功した子どものような表情でこちらを見ている。

 居心地の悪さを感じながら授業が始まった。


 ――昼休み。早速、志帆が話かけて来た。


「燎君」

「……なんだ?」


 早く購買に行って昼飯を買いたい気持ちを抑え、燎は答える。


「どこか二人になれるところある?」

「何でだ」

「話したいことがあるの」


 周りの目線を感じる。志帆に話しかけたいけど、俺が怖くて話に行けない、そんな雰囲気を感じる。


「俺と話すより、新しいクラスメイトと話したらどうだ?」

「あなたも新しいクラスメイトじゃない」


 正論に黙ってしまった。仕方なくいつも一人で食べている場所に行くか。


「付いてこい」


 燎は立ち上がり志帆を連れだって教室を出る。周りの視線が妙な圧を発しているが、無視だ。

 二人が来たのは閉鎖された屋上前の踊り場だった。


「ここなら誰も来ない」

「そう、ありがとう」

「用件はなんだ」


 端的に聞く。早く購買に行きたい。

 志帆は真っすぐな目でこちらを見る。


「あなた、ホムラ機関って知ってる?」


 燎は微かに目を逸らしかける。

 なぜその名を知っている。国家暗殺機関。溢れ取り締まれない犯罪者を暗殺する機関。燎は悟られないように慎重に言葉を選ぶ。


「なんだその機関は」

「知らないのね?」

「聞いたこともないね」

「そう。なら良いわ」


 燎はバレないように胸をなでおろす。


「用件はそれだけか?俺は購買いに行く」


 踵を返し、階段を降りようとする。


「あ、待ってもう一個話があるの!」


 燎の手首を掴み志帆が言う。やっぱり温かいな。振る払うのは簡単だが、その意思が湧かない。


「何だ?」


 志帆が少し迷う素振りを見せ、決意した目で見て来る。

 

「あなた私の護衛になってくれない?」

「は?なんで俺が?」

「今朝の一件であなたが強いのは分かったわ。それにパパの組員では校内までは護衛出来ないから認めてくれるわ」

「俺は忙しい。無理だ」


 任務は夜間だけだが、めんどくさい。


「登校と放課後だけでいいの。報酬は弾むわ」

「金に困っている訳じゃない」

「私は護衛がいなくて困っているわ」

「組員の護衛が付けばいいだろ。校内にまで襲いに来るバカはいないだろうし」

「それよ。私が転校した理由」


 志帆は心底嫌そうな顔を見せる。


「組員が送り迎えに来たせいで変な噂が流されたのよ。人を笑顔で殴るやら、組員に指示して人を殺させるとか」

「それは酷いな」

「そう思うでしょ?だからこの学校ではそんな噂流されたくないからあなたに護衛を頼みたいの」


 しばし考える。殺しを嫌うこいつを守るなら、殺さずに制圧することが前提になる。面倒だ。だが、普通の高校生にヤクザや犯罪者からこいつを守るのは至難の業だろう。下手をすれば殺されかねない。


「登校と下校の時だけでいいのか?」

「そうね。校内は大丈夫でしょうし」

「分かった。登校と下校の時だけ。それ以外では関わらない」

「え?何で?」

「え?」


 ただの護衛の契約だ。他に関わる必要などないだろう。


「あなた友達いないでしょ。この可愛い私がなってあげるわ」


 髪を靡かせて志帆が言う。堂々たる態度だ。

 

「友達……」

「そうよ。あ、パパに殺されるから惚れないでね」

「その心配はいらない」

「そう……」

 


 少し拗ねた様子を見せる。美女のプライドを傷付けたか。


「とにかく、友達になってあげるわ。早速ご飯を食べましょ。いつもどこで食べてるの?」

「ここだ」


 口をあんぐり開けて志帆がこちらを見る。


「はい?食堂とか校内カフェとか、教室でもないの?」

「ああ、購買でパンを買ってここで食う。あと食堂も校内カフェはない」

「ないの⁉校内カフェが⁉」


 ショックを受けているようだ。食後のコーヒーがー、と頭を抱えている。お嬢様高校にはカフェがあるのか。


「仕方ないわね。お弁当は明日から持って来るとして購買はあるのね」

「ああ、一階にある」

「じゃあ行くわよ!」


 志帆が階段を駆け下り燎が後に続く。今頃カツサンドは売り切れている頃だろうな。


 結局買えたのは餃子風ピザパンだけ。志帆は納豆パン。

 壮絶な購買戦争に敗北した二人は売れ筋ランキング最下位の二種類を買う他なかった。


 屋上前の踊り場で、無言で食べる。

 咀嚼音と飲み込む音。なんとも言えない味に二人は何とも言えない表情だ。


「これ不味いわ」

「そうだな」

「そっちにしておけば良かった」


 この際食べなくても良いか。


「ならこれやるよ」


 餃子風ピザパンを志帆に押し付ける。


「え?いいの?」

「ああ、俺はいらない」


 もう食べる気も失せた燎はスマホを起動する。今夜の任務の司令が来ているかもしれない。


「ありがとう。はい、こっちあげるわ」


 志帆は納豆パンを押し付けて来た。昼ごはんがいらない、というつもりで言ったのだが、伝わっていなかった。


 「……」


 スマホをしまいながら無言で受け取り、一気に口に入れる。パンじゃなくて白米で食べたい。


「まずっ」

「ふふ。こっちも不味いわね」


 志帆が笑った。不味いと言いながら笑うことにどんな意味があるのか。

 空腹のまま午後の授業に向かった。


 ――夜、任務が来た。

 ターゲットは組織的強盗と殺人を重ねた六人のグループ。殲滅戦だ。

 今夜このターゲット達が銀行強盗を計画しているらしい。その前に殺せとの司令だ。

 予測される銀行への道に沿って植えられている茂みに息を潜ませる。

 しばらく待つと黒いワゴンが一台通過する。時間は深夜一時。こいつらだろうな。

 銀行前に止まったワゴンから六人の男が降りる。全員鉄パイプなどで武装している。もしかしたら拳銃も隠し持っているかもしれないな。

 

「おい急げ!警察に通報されたら面倒だ」


 リーダーらしき人物が仲間に声をかける。一人の男がシャッターの鍵を開けるのに手間取っている。

 燎は音も無く、一番後ろの男の背後に立つ。腰の鞘からナイフを抜き、男の首元に持って行く。

 一瞬昼間の光景を思い出す。

 殺しちゃダメ!志帆の言葉が幻聴となり聞こえる。

 一度目を瞑り心を無にする。

 口を押え、一気に刺す。

 頸動脈と気道とどっちも潰した。力を失い、膝から崩れ落ちる。

 右手が血で濡れる。

 一人の男が気づく。

 身を屈め一気に肉薄する。相手が構える前に首を斬る。残り四人。

 闇夜に紛れて血祭りにあげる。

 仕事は一分もかからずに終わった。足元には六体の死体が転がっている。

 ポケットからアルコールティッシュを取り出し、手を拭く。なんか今日の血は気持ち悪いな。

 丁寧に拭き取ってからスマホを取り出す。


「014です。任務完了しました」


 伝達者メッセンジャーが電話口が答える。


『今日も殺しお疲れさん。楽しかったか?』


 普段通り嘲笑と皮肉を込めた言葉だ。


「仕事なので楽しいもつまらないもありません」

『ちっ、つまんねーな。超法規的組織ホムラ機関の一員なら殺しを楽しめよ。殺しの才能しかないんだからよ』

「そうですか。では掃除屋の手配お願いします」


 こいつとの雑談に時間を使うが勿体ない。早々に通話を切り、死体に目をやる。

 楽しいと思ったことはない。ただ仕事だから殺して来ただけだ。それしか知らないから。

 志帆が見たら悲しむのかな。それとも怒るのかな。

 手を見ながら考える。

 どうでも良いか。

 そして闇夜に音も無く、消えていった。


 ――翌日。燎は事前に聞いていた志帆の家の前にいた。

 極道の家はなんで和式の家が多いのか。それもアホみたいに広い。

 外門の前には組員が二人立っている。


「おめぇ今日も来たんか」

「高校生が来る所じゃねーぞ?」


 ガンつけられている。怖くはないが面倒だと思う。


「風間志帆さんの護衛です」

「護衛だ?お嬢の護衛がこんな高校生に務まると思ってんのか?あん?」

「おめぇ極道ナメてんじゃねーぞ!」


 どうしたもんかと悩んでいると門が開く。

 志帆と和装で白髪交じりの男が出て来た。


「てめぇら昨日も言ったろ!志帆に護衛にガン垂れてんじゃねーぞ!」

「そうよ、燎君は私の護衛よ」


「親父!お嬢!」

「おはようございます!親父!」


 見張りの二人が腰を落とし膝に手を付けて挨拶する。


「昨日言ったでしょ!喧嘩しないの!」

「へい、それは聞いてますが、こいつに護衛が務まるんですかい?」

「大丈夫よ!昨日だって男三人から私を守ったもの」

「お嬢の命令でしたら…」


 まだ不服そうにこちらに目を向ける二人は無視して和装の男に目を向ける。

 顔立ちが似て整っている。志帆のお父さんか。


「わりぃな坊主。俺は志帆の父の風間竜太郎かざまりゅうたろうだ。志帆の護衛を請け負ってくれてありがとな」

「いえ、成り行きです」

「そうか、惚れた腫れたの話がなけりゃいいんだよ」

「それはありません」

「そうかい、じゃあ娘の護衛頼んだぞ」

「はい」


 志帆が燎の隣に来る。


「じゃあ私もう行くわ」

「おう、気ぃ付けて行けよ」

「うん、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ!お嬢!」


 三人の暑苦しい圧を背に二人は歩き出した。


「迷わなかった?」

「地図は読み慣れてる」

「そっか。なら良いんだけど」


 徒歩で三十分。学校に着くまで志帆は一方的に喋っていた。

 やれ、親父がうるさいやら、宿題が面倒やら。

 学生がらしい会話とはこんな感じなのだろうか。

 燎は聞き流しながら周りを警戒して登校した。


 学校に着くと、クラスメイトが静まり返る。一様に二人の関係を憶測するように。

 普段誰とも喋らず、ただそこに存在するだけの燎は、全て無視して席に着く。

 志帆はおはようございます、と挨拶して席に着く。


「あなた本当に怖がられてるのね。昨日の放課後クラスメイトと話たけど、この一年半何をしてたのよ」

「学校に通っていた」

「そうじゃなくて……。友達はいないの?」


 心底呆れたように志帆が聞く。


「友達ってそんなに必要か?」

「必要ね。いくらAIが発達したって人との関わりは大事だもの」

「……そうか」


 記憶がない頃に親が死んでホムラ機関に拾われて、それから周りは敵だらけだった。

 そう言えば、人とまともに話すのもこいつが久しぶりだな。

 そんなことを考えていると、志帆の言葉に一気に現実に戻される。


「とりあえず今日は一人、私以外の友達を作りに行きましょ!」

「は?」


 思ったよりも大きな声が出たらしい。

 クラス中の目線がこちらに向けられている。


「何言ってんだ?俺は別に友達を求めている訳じゃ、つかあんたはもう友達なのか?」

「え?違うの?」


 燎は声を潜めて言う。


「俺は護衛で、あんたは護衛対象だろ。それ以上でも以下でもない」

「私はとっくに友達のつもりよ」

「……もう勝手にしてくれ」

「勝手にさせてもらうわ」


 にんまりとした笑顔で志帆が言う。


 昼休み。さっそく友達作りに行くようだ。


「ちょっとあなた、今時間よろしい?」

「えっと、風間さん?どうしたの?」


 よりにもよって、最初に俺の横の席にいた高崎だった。


「一緒にご飯たべましょ」

「へ?」


 高崎は俺の顔を見て、露骨に顔を顰める。

 そりゃそんな顔になるよな。


「あのー、氷室君も一緒にですか?」

「そうよ、当たり前じゃない」

「そ、そうですよね~」


 高崎はどう断ろうかと思案顔になっていると、志帆が強引に彼女の手を引く。


「わ!わあ!」


 可哀想な高崎は大した抵抗もできず、志帆に手を引かれそのまま屋上前の踊り場に連れて来られた。


「あなた弁当だったわよね。ここ座りなさい」

「はい……」


 高崎は志帆に指定された燎の隣に距離を置いて座る。落ち着きがないように燎と志帆と、別の何かの間で視点を迷わせている。


「二人は以前隣の席だったわよね?どんな話してたの?」

「えっと……」

「特に話していない。顔を見たのも最初の一回だけだ」


 高崎が反応に困っているところに燎が端的に答える。

 呆れ顔を浮かべながら志帆は二人を見る。


「それ本気で言ってるの?なんて臆病な男なの」

「臆病?」

「それはそうでしょ。こんな幼気な少女を怖がらせるだけでなんも喋らないなんて」


 人はそれを臆病と言うのだろうか?臆病なら人なんて殺せないだろうに。


「人の強さは、敵を倒せる力じゃない。笑顔にする力よ」

「笑顔……」


 最後に笑ったのはいつだったか。もう思い出せないくらい昔のことのように思える。


「まずはあなたのことを知って貰いなさい。ほら自己紹介」

「は?なんで。名前なんてお互い知ってるだろ」

「名前以外のことは知らないんでしょ?」


 志帆の正論に燎は口を噤み指示に従う。


「俺は氷室燎。趣味はない。以上だ」

「ど、どうも?」


 高崎は拍子抜けと言わんばかりの顔で燎を見る。

 はあ、と志帆は頭を抱えて燎の目を見る。


「ほんとにその自己紹介で良いと思っていそうね。悪いけど高崎さん、自己紹介のお手本を見せてくれる?」

「え?わ、私の自己紹介ですか?」

「そうよ。この人間一週目の人に教えてあげて欲しいの」

「はあ……」


 高崎は正座の姿勢を正し、燎の目を真っすぐに見る。


「私は高崎恵美です。趣味は裁縫と料理です。最近は晩御飯を毎日作って家族に食べて貰っています。勉強は英語は苦手ですが、数学は得意です。よろしくお願いいたします」

「すばらしい自己紹介だったわ高崎さん。ありがとうね」


 恵美と言うのか。初めて聞く元隣の席の人の顔を見る。

 眼鏡を掛け、いかにも優等生な雰囲気を纏っている。黒髪が綺麗だなと感想を抱いた。


「どう?これが自己紹介よ。相手に自分がどんな人間でどんなイメージを持って欲しいかを伝えるの」

「そういうものなのか」

「そうよ。では改めてあなたの自己紹介を聞かせて」


 燎はしばし考える。趣味と特技とかか。趣味は無いが絞り出した方が良いな。


「氷室燎だ。趣味はミステリー書籍を読み犯人を予測することだ。特技は運動だな。足は速い。以上だ。よろしく」

「あなた本なんて読むのね。知らなかったわ」

「わ、私も知りませんでした。どんな作家さんが好きなんですか?」

「特定の作家が好きという訳ではない。ただ、有名すぎると犯人が分かってしまうから、有名ではない本を読む」

「ほんとに推理してるのね。変な人だわ」

「そ、そんなことないと思いますよ!私もミステリー小説を読む時は、誰が犯人なんだろうとヒントを探しながら読んだりしますし」

「お前もミステリーを読むのか」

「はい!」


 会話は好きな作家から好みのストーリー、驚いた犯人の手口まで広がった。

 趣味の話をするのは初めての経験で、少し胸の部分がむず痒い気分になる。

 話ながらそれぞれの昼食を食べ終えまだ味のある匂いが残る中、志帆が高崎に疑問を投げかける。


「高崎さんは燎君に対して怖いってイメージ持ってると思うんだけど、原因があったの?」

「特にこれって事件があった訳じゃないのですが、噂で氷室君はヤンキーで人を殺したことがあるって聞いて」

「喧嘩の末、人を殺したら捕まるのに。噂って怖いわね」


 暗殺稼業の燎はただ黙って聞いている。


「燎君はね、確かに喧嘩は強いけど、私を守ってくれたの。人のために力を使える人に悪い人はいないと思ってるわ」


 志帆が燎を見ながら言う。目を真っすぐ見て。燎は無意識に目を逸らす。


「氷室君は風間さんを守るために喧嘩したってことですか?」

「相手は刃物を持っていたし、三人だったから喧嘩って言っていいのか分からいけれど、守るために戦ってくれたわ」


 ほへー、と声に出しながら高崎を燎を見る。

 

「氷室君は風間さんが好きなんですか?」

「ぶほっ!」


 思わぬ質問に、燎は口にいれた水を吹き出す。

 

「その事件は初対面の時で、そんな感情を持ち合わせていない」

「じゃあ何で助けたんですか?結構不利な喧嘩でも」

「困っていそうだったから……?」

「氷室君は優しい人だったんですね」

「俺が優しい?」


 人を殺して生きて来た俺が、殺しに躊躇が無い俺が優しいと言われるに値するのだろうか。胸のどこかで葛藤が生まれる。否定しなきゃ、でもその言葉が欲しかった。無自覚だった自分のことを少し理解してしまった。志帆を見ると、ひどく優しい目でこちらを見ている。

 

「俺は……優しくない」


 燎はビニール袋を持って立ち上がり、二人に言う。


「トイレ行ってそのまま教室に戻る」

「ちょっと、待ちなさい。一緒に……」


 志帆が何か言いたげだったが、構わず歩き出す。

 後ろから志帆が呼び止める声と、高崎がおどおどしている気配が伝わる。すまないが、今は一人になりたい。


 ――放課後。護衛のために燎は校門前で志帆を待っていた。

 制服と教科書の受け取りをするため、志帆は教員室に行き、校門で待っていてとの指示を受けたからである。

 しばらくすると志帆と高崎が一緒に校門前に来た。


「お待たせ燎君。高崎さんも一緒の方向ってことらしいから、途中まで一緒に帰ることになったわ」

「そうか」

「氷室君も志帆さんと同じ方向なんですね」

「ああ、近いな」


 志帆の家まで徒歩二十分。他愛ない会話を聞き流し二人の後ろを周りを警戒しながら歩く。途中、数人のヤクザらしき人物がいたが、燎を見て距離を置いている。

 

「燎君はどうする?」

「え?何が?」


 突然話を振られ思わず聞き返す。まったく聞いていなかった。


「聞いてなかったの?高崎さんがこんどのテスト勉強ついでに数学を教えてくれるって。燎君数学とかできないでしょ?」


 志帆が若干失礼な発言をしているが、実際数学に限らず全教科赤点ギリギリだ。


「氷室君テストはだいたい赤点付近のイメージがあって、もし良ければ教えますよ」

「実際俺は赤点ギリギリだが、お前は俺といて怖くないのか?」

「え?もう怖くないですよ。むしろ優しい人なんだなって思ってます!」

「そうか」

「良かったじゃない燎君。誤解だったって伝わって」

「ああ、じゃあ頼もうかな」

「じゃあ決まりね!明日の放課後勉強にしましょう!場所は学校の図書室かしら」

「私の家でも構いませんよ。親も特に何も言わないと思います!」

「そう?じゃあ明日は高崎さんお家にお邪魔しようかしら」

「はい!是非!」


 明日のことが決まった。何気に誰かの家に上がるのは初めてかもしれない。少し心が浮つくの感じる。


「では明日はお願いします!私の家ここを曲がった先なのでここでお別れですね。また明日」

「ええ。明日お願いするわね高崎さん。また明日ね」


 燎は無言でいようとすると、志帆が腰を叩いて言う。


「ほらあなたも挨拶しなさいよ。バイバイって」

「……バイバイ」

「はい、バイバイです!」


 高崎が笑って家路に付く。背後を見るとヤクザは高崎に目を向けていない。高崎に被害が及ぶことは無さそうだ。


「おい、背後追われてる」

「え?そうなの?」

「ああ、背後の三人。もしかたら待ち伏せされてるかも」

「高崎さんは大丈夫かしら」

「高崎を追った奴はいない。狙いはあんただ」

「任せて大丈夫なのよね?」

「人数による」

「一応、お父さんに連絡しておくわ」


 燎達は背後を気にしながら歩を進める。夕日に染まる道に影が伸びる。


「くっそ」

「どうしたの?」


 燎の舌打ちに志帆が問いかける。


「あいつら完全に待ち伏せてやがる。背後に三人。前方に五人だな」


 狭い路地を塞ぐように五人の男が迫り来る。

 

「さすがのあなたでも八人相手に戦うのは…」

「相手が武器なければ問題ないが、あの服の膨らみ。確実に武器を隠し持ってやがる」

「逃げましょ。わざわざ真っ向勝負する必要ないわ」


 志帆の意見に同意しようとした瞬間、右から声がかかる。


「おいおい、逃げようなんて卑怯な真似はさせねーよ」

 

 横にもいたのか。左右から三人ずつ、ヤクザが下品な笑みを浮かべながらが姿を現す。

 十字路で囲まれた。守りながら戦うには不利だ。どこかを突破してこいつだけでも逃がさないと。


「あんた足の速さに自信は?」

「無いわ」


 志帆が何故か堂々と言う。


「そうか。ならお前を抱えて正面を抜ける。あんたはそのまま家まで走って逃げろ」

「え?何を言ってるの。一緒に逃げるわよ」

「それは無理だ」

「きゃ!」


 燎は無理やり志帆を抱き上げる。人の重みと温かさが腕と伝って胸に来る。


「行くぞ」


 燎は風のように正面の五人に接近する。ヤクザがナイフを抜く。夕日を鈍く反射する。


「死ねやオラァ!」


 真ん中のヤクザがナイフを振り下ろす。だが、燎はそれよりも速く、右に跳ぶ。そして勢いをそのまま建物の壁に向ける。

 壁にぶつかる直前、大きく跳躍し、猿のような身軽さで壁を蹴り高さを稼ぐ。そして体を捻り、ヤクザの壁を乗り越えて着地する。


「すごっ」


 志帆は思わず声を漏らす。


「走れ!」

「……っ!」


 志帆はすぐさま降ろされ背中を押される。


「行け!」

「待っててね!」


 志帆は走り出す。

 燎は振り返り、人間離れした技を見たという顔で呆けているヤクザに目を向ける。


「こ、こいつ」

「一人だ!やっちまおうぞ!」

「おう!」


 十四人の男が一気に迫り来る。

 燎は腰に差していたナイフを抜き逆手に構える。いつもと違い峰を前にして。

 同時に振り下ろされるナイフを一歩退き回避。二撃目が来る前に蹴りで一人の顎を打つ。

 囲まれないように立ち回る。足を払い転ばせ、身を転がし相手の攻撃を避ける。峰で敵を叩くが、相手の動きを止められない。

 致命傷を与えていないため相手の数を減らせられない。数分後には囲まれてしまった。

 正面のヤクザが二人同時にナイフを突き出す。避ける。背後から殴られる。横から蹴られる。勢いに負け倒れてしまった。そして袋叩きにあう。上から蹴られ、抵抗する隙がない。


「死ねオラ!」

 

 闇夜に紛れない戦いは苦手だな。

 ヤクザがナイフを振り下ろし止めを刺しに来た。

 咄嗟に逆手に持つナイフを回転させ、刃を前にし、振り下ろされた腕を切る。

 血しぶきが上がり、腕が落ちる。


「腕があああ」

 

 即座に立ち上がる。死神の目でヤクザを見る。


「ごめん志帆」


 燎は腕を切られたヤクザに飛びつき、膝立ちにさせ、顎を持つ。そして刃を首元の当てる。

 抑えつけているヤクザの汗が皮膚に流れて来る。無機質だと思っていたものが生命だと分からされる。呼吸による肩の揺れ、体温。全てを感じる。

 ナイフを持つ手に力が入る。これから殺すのは一人の人間。

 まるで人殺しが初めての人みたいだな、と自嘲する。

 首に当てたナイフを引くための予備動作を僅かにする。


「ふー」


 口から息を吐く。他のヤクザが迫る気配を感じる。世界がスローモーションだ。

 優しい人でありたかった。でも難しいんだろうな。

 ナイフ越しに皮膚の切れる感触が指に流れる。


「だめーーーーー!」


 志帆がヤクザを押しのけ燎の背中から腕を握る。

 ナイフを持つ手に温かさが流れる。


「ダメだよ。あなたは優しい人なんだから」


 背中に志帆の体温と呼吸を感じる。

 

「もし俺が人を殺していても?」

「あなたは他人のために戦える。でも自分のためには殺さない。そうでしょう?」

「俺は……ホムラ機関に拾われた暗殺者だ。何人も殺して来た」

「だと思ってた。でももう殺せないでしょ。だってあなたはもう人を知ってしまったから」


 その言葉に、ナイフを握る力が抜ける。それが事実だったから。

 

「俺は……優しい人間になれると思うか?」

「なれるわ。絶対に。私を助けてくれたあなたはこれから色んな人を助ける人になる」

「そうか」


 ナイフを投げ捨て、腕を切られた男を放す。

 周りを見ると志帆の父親の竜太郎とその組員が襲って来たヤクザに睨みを利かせている。


「てめぇら!俺の娘によくも手出してくれたな。しかも高校生相手にこんな人数で来やがって。男として恥ずかしくねーのか!」


 竜太郎さんの一喝でヤクザたちを身を震わせて逃げていった。

 燎はその場で座り込み、緊張の糸を解す。

 竜太郎と組員が歩み寄る。


「ぼこぼこにされっちまったな坊主。だが、男気があったぞ。気に入った」

「……ありがとうございます」

「志帆を守ってくれてありがとな」


 燎は志帆を見る。少し涙を流した跡がある。


「あんた泣いてたのか?」

「うるさいわよ」


 親父さんの笑い声が道に響いた。


 ――翌日、放課後。

 予定通り、高崎の家での勉強会に行くため、夕暮れに染まる土手沿いの道を歩いていた。

 昨日より涼しい夕方だ。談笑する二人の後ろを歩く。

 ポケットに入れたスマホが振動した。画面を確認すると伝達者メッセンジャーからのメールだった。

 内容はとあるターゲットの暗殺。

 普段は返信しないが、返信ページを開く。


『俺は殺しはもうしない』


 短文だ。でも伝えることはこれで十分だった。

 スマホを横に流れる濁った川に投げ入れる。

 横目にその様を見ていた志帆と目が合う。


「どうしたの?」

「いや、何でもない。週末スマホ買いに行くの手伝ってくれるか?」

「もちろんだよ」


 志帆は何かを察したのだろう。笑っている。

 燎も、口の端が少し上がっているのに気づかないままでいた。

いかがでしたでしょうか?

数年前に書いたもので勉強中の今でもこれはなんだとなる物語ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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