ウホッ!よき漢(おんな) ――仰げば尊死、我が推しの恩――
前回のあらすじ。
暗殺者を葬った覇姫エレクシア、今度は婚約破棄劇へ乱入。
新たな被害者が生まれるはずだった――が。
「マーガレット・フォン・アルディス! 貴様との婚約を破棄する!」
――来たわーーー!!
私は静かに目を伏せる。
……あ、思い出した。
そうでありもうした。
私、転生者であったわ。
そして今まさに、婚約破棄の現場に立ち会っておりまする。
これぞ乙女遊戯における悪役令嬢断罪の儀式。
いと典型的なりけり。
いと様式美なりけり。
……いや待て私。
冷静に分析している場合か。
今世でも婚約破棄される運命とは何事。
前世、三十路にして百合をこよなく愛し、男なぞに一ミリの情も抱かず、静かに生きし孤高の喪女なりし我が清き身。
徳はどこへ落とした。
川か。溝か。
ああ、完全に思い出した。
私は前世、文学を愛し、百合を糧とし、孤高を気取っていた女でござった。
拗らせておった自覚はある。
いっそ清々しきほどに百合喪女でした。
はい、本当にありがとうございました。
目の前では、元婚約者殿が得意満面で顎を上げている。あらー若いっていいわねー。
「あらゆる証拠は揃っている! お前は国家転覆を企てた悪女だ!」
ハイハイ国家転覆。ふふふ、テンプレね。テンプレでござる。
……え、国家転覆?
さすがにそこまでは――
いや待てよ、我何をやった?
記憶を辿るに、
王立図書館の予算を強引に増やし、
王都中の美少女の名簿を密かに収集し、
貴族令嬢同士の縁談を意図的に操作し、
学園内の女子寮を実質“百合自治区”と化し、
情報網を整備し……。
あなやー。
結構、攻めておったわ。
いみじくもギリギリではなかったか。
これは断罪もやむなしやもしれぬ。
だがしかし、我は女にしか興味がない。
婚約破棄はあるべき帰結であるぞ。
などと理性的に思考していた、その時。
ドガーンと。
重厚な扉が、轟音と共に爆ぜた。
ドレス、ヒール、レース。
手には薙刀に火炎放射器!?
え、なにこの“女性だけで構成された百合精鋭部隊”。
しかも全員、顔面偏差値が高い。
そして、中央を割るようにして現れた一人。
深紅のドレスを翻し、悠然と歩み出る長身の女。
燭光を受けた銀髪が淡く縁取り、
その輪郭を聖画のごとく浮かび上がらせる。
白磁のような肌。
触れれば砕けそうで、
しかし決して傷つかぬ類の白。
氷のごとき双眸が、静かに玉座を射抜く。
「ウホッ……よき漢……」
あら。
いま、思考が音声化した?
ウホホッ……いとうつくし。
ウホホッ……いとまばゆき。
我の理性、蒸発でござる。
あれは芸術でござるか?
否。
その瞬間、空気が沈黙した。
赤きドレスが静かに翻る。
白磁の肌が燭光を受け、神像のごとく輝く。
銀髪が揺れた。
ただ、それだけで。
我は一時、呼吸を息を忘れたでござる。
女神がゆるりと、片手を掲げる。
あれは――支配する者の所作。
「覇姫エレクシア……見参」
ぐはぁっ……!!
尊死でござる!!
推死でござる!!
眼福死でござる!!
魂魄粉砕死でござる!!
拙者の精神、いま断崖絶壁より落下中でござる!!
推しても良き?
……と。
その時である。
元婚約者殿が、薄く笑った。
ああ、そういえば斯様な者もいたでござるな。
視界の端のモブ。
「覇姫エレクシア……そうか、暗殺に向かわせた冒険者共は失敗したか」
モブが目を細める。
その余裕が気に食わぬ。
「ま、それも想定の内よ」
あ、これ罠でござるな。
百合喪女の勘が告げておる。
この男、絶対に碌でもない隠し玉を持っておる。
姫!絶対こいつ、仕込んでやがりますぞ。
「フハハハ、出でよ――デビル・タイラント!」
モブ男殿がそう叫んだ瞬間、天井が、爆ぜた。
轟音が鳴り響き、石材が雨のように降り注ぐ。
現れたのは巨大な影。
10メートルはあろうかという異形の怪物が、広間に降臨した。
灰色の筋肉がうねり、肥大しきった両腕には、血管が縄のごとく浮き上がる。
そして――
その悪魔の下半身。
そこには鈍く光る鋼鉄のプロテクターが装着されていた。
……あそこだけ、えらい気合いが入ってござるな?
「これが我が最終兵器、デビル・タイラント!
覇姫エレクシアよ、こいつはな、かつて魔界闘技場で百戦百勝を誇った化け物を改造した、貴様を葬るためだけに作り出した改造型魔人よ!」
モブ殿のくせに、ムカつく、勝ち誇った顔をしているでござる。
「覇姫エレクシア、貴様は卑劣にも、男の急所を執拗に狙うそうだな。だが、それも既に対策済みよ。
男たちの屈辱と怨嗟を背負い、地に伏せよ!」
「フフフ、貴様は馬鹿か?この程度の化け物を用意したところで、何だと言うのだ。
この覇姫を、俺様をどうにかできると思ったのか?」
姫様が、薄く笑った。
俺様来たーーーー!!
我が推し様は「俺様系女子」でござったか!?
麗しき容姿で、俺様系で、股間粉砕系で、覇の姫。
どれだけ属性てんこ盛りでござりやがりますか!!
ウホッ、ウホホホホッ!!!
いと尊し!!
いと拝め奉る!!
……ん?
悪魔のやつ。
頬を染めて、推し様を凝視しておるでござるな?
まさか。
「ウ、ウツク……シイ……オナゴ……」
巨大な顔が、ゆっくりと推し様を見下ろす。
「オデノ……モノニ……シタイ」
お前も恋すんの!?
しかもストーカー気質!?
「ええい、何をやっているデビル!早くエレクシアを始末しろ!」
「オマエ……ウルサイーー!」
その瞬間、怪物がモブ殿を薙ぎ払う。
体が凄まじい勢いで柱に衝突し、柱ごと砕け散る。
元婚約者殿が逝ったーー!!
すまぬ、合掌。
と思っていたら、天井が完全に崩れ落ち、瓦礫が私に迫って来る。
あ、これ我も死ぬやつだ。
次の瞬間。
視界が、浮いた。
いと細く白い腕。
いと柔らかな胸板。
私は――推し様に抱き上げられていた。
近い。いと近すぎるでござるよ。ウホホホホ。
「動くな」
低く、静かな声。
背後で瓦礫が砕け散る。
姫様は片腕で我を抱え、 もう片腕で落下物を弾き飛ばしている。
すごひ……
どれ、かほりをば少々賜はらん。
……すんすん。
ウホッ、よきかほり。
甘し。されど作り物にあらず。
花の蜜のやうに、やはらかく、
陽にあたためられし、百合の花弁のごとく、
ほのかにぬくもりを帯びたる、かぐはしきかほり。
かさねて、すう、と息を吸ひ奉る。
あな、いみじ。
かぐはしきかな。
胸の奥まで満ちわたり、
魂すら浄めらるる心地す。
――現代語訳 (キモオタ)――
(ちょ、ちょっと待ってくださいね……
その香り、少しだけ拝借してもよろしいでしょうか……?
……すんすん。
ッッッッッハ!!!!!!
や、やば……なにこれ……良い匂いすぎでは……?
甘い……だがしかし人工甘味料系ではない……
これは天然……天然由来……本物……!!
花の蜜……?いや違う……
陽だまりで温められた百合の花弁……それだ……それそれ……!
ほのかに体温を帯びている……!?
え、なにこれ……生命の香り……?
もう一回……もう一回だけ……すうぅぅぅ……
あ、無理。
いみじ。いみじすぎる。
尊い……いや、かぐわしき……語彙が足りない……
肺を通過して魂に直接入ってきたんですが????
これ浄化では???
今わたくし透明になってません???)
――――――――――――
――かをり立つ
近き御胸の――
――いみじかな
――現代語訳 (大阪のおばちゃん)――
(あんたな、そんな近づいたらあかんて。
……すんすん。
ちょっ、ええ匂いしすぎやろ!
これ市販ちゃうやろ!?天然やろ!?
百合や、百合!ごっつい百合やって!
しかも日向ぼっこした百合や!
あかんわ、これ。おばちゃん、あかん。
魂まで洗われるやつやん。
ほんま罪作りやで、あんた。ポっ……)
――――――――――――――――
推し様が、静かに私を降ろす。
「下がれ」
え、やだやだ。もっと抱っこ。
でも命ぜらるるも、心地よく候。
「哀れな怪物よ――
一撃で送ってやろう」
空気が、沈んだ。
背後の空間がゆっくりと裂ける。
「覇天神装・終末顕現」
厨二病のよふなその詞が落ちた瞬間。
推し様の背後の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
え、なに。なにが出づるのでござる……。
次の瞬間――見え申したぞ!
巨大なる……たぶん女神様にて候。
全高、数十メートルはあり申す。
眩き白銀の長髪が長髪が天を覆ふがごとく揺れ、
その瞳は冷たく、底知れず。
見上ぐるだけで、息詰まり候。
立つのみなるに、
地が、みし、と鳴り申した。
推し様が静かに拳を握り給へば、
巨大なる女神様もまた、同じく握り給ふ。
「滅びを拝せ」
我は反射的に目を見開いた。
拳が振り下ろされる。
ただ、それだけなのに、轟音が、あとから追いついてきた。
鋼鉄の光が消え、
灰色の巨体が、まるごと光に呑み込まれる。
叫び声は、最後まで届かなかった。
「……」
気づけば、巨大な女神様の姿は消えていて、
そこに立っていたのは、
ただ、推し様の背中だけだった。
……かっこよすぎる。
あまりの尊さに、地に戻ってしまったわ。
そして。
推し様が、振り返り給ふ。
「……あの男はどうする?」
我を婚約破棄せしモブ男君、いまだ生存にて候。
なかなかにしぶときこと、いとをかし(笑)
我は一瞥のみくれて、肩をすくめ申した。
「あの男のことは、本当にどうでもよいのです」
まこと、男など微塵も興味なきものにて候。
我が推しは、ただ一人にて候。
推し様、小さくいと静かに息をつき給ふ。
そして。
そっと、我が頭に御手を置き給ひぬ。
――撫でられ申した。
……ウホッ、いと撫でられ申した。
いや待て我。ここで声に出すでない。
指先、いとやはらかに髪を梳き給ふ。
あな、いといみじ。
理性、いとあやうく溶け候。
「お前は強い漢だな」
低く、いとやわらかき御声。
……無理にて候。
我、今日ほど徳をいと回収せし日はあるまじ。
いや待て我、死ぬるな。まだいと早い。
だが、意識いと遠のき申す。
そのとき――
ほんの一瞬。
推し様の唇、いとやはらかく弧を描き給ふ。
……笑ひ給ひしや?
我に?
無理にて候。
死ぬる。これはいと尊き尊死にて候。
意識、いとかすみゆく。
ああ……いと……うれし……
――薄れゆく意識の中
尊死の極致に達せしマーガレットの魂は、
つひに詠ひ出づ――
仰げば 尊死、
我が推しの 恩。
御髪のかほり いと気高し。
思へば尊く 胸うち震へば。
今こそ倒れめ いざさらば。
―――――――――――――――――
――現代語訳 (ギャル)――
(見上げたらもうダメムリ神。尊くて普通に死ねる的な?
推しってさ、存在がご利益じゃん?
髪の香り、上品すぎない?無理なんだけど。好きすぎ?めっちゃおかわ。
思い出しただけで胸がぎゅってなるし震えるし?
あーもう。
ここで一回逝きます、からの~。
それじゃ、また来世で)
―――完
成楼書房刊『超弩級打撃学概論』より
――覇天神装終末顕現。
古来より伝わる顕現型神格投影術の最終奥義。
術者の背後に神格存在を具現化させ、
その動作を完全同期させることで、
“神の質量”そのものを打撃として叩きつける秘技である。
一般に神の力とは光線・裁き・呪詛などの霊的攻撃を指すが、
本技の本質はそれらとは一線を画す。
巨大質量による純然たる物理衝撃。
拳を振るうのみで大気は裂け、
衝撃波は地鳴りとともに遅れて到達するという。
その威力は城郭一つを更地に変えるとも、
山を削るとも記されている。
すなわち――
女神を顕現させて、物理で殴る。
これ以上の説明は不要であろう。
書いてて一番楽しかったけど、一番難しかった回でした。まず界隈について知らぬ!
そしてかなり怪しいみやび言葉ですが、それはご容赦を。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。 もし少しでも面白いと感じていただけたら、 ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです^^
短編集を大幅に推敲し、一気読みしやすいようにした
連載版。
婚約破棄され系女子 ( 漢 ) の芸術的ざまぁ劇場
こちらもよろしくお願いします。




