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第2話「記憶」

翌朝、主人公は眠い目をこすりながらリビングのコーヒーを一口すする。

昨夜の出来事は、頭の片隅に重くのしかかっていた。

パソコンの画面に浮かんだ文字列が、まるで夢ではなく現実の一部であるかのように思える。


「昨日の……いや、気のせいだ」

声に出して言ってみる。

だが、胸の奥に残るざわつきは消えない。

子供たちはいつも通り朝食を食べ、妻も穏やかに話す。

日常は何も変わっていないはずだ。

しかし、主人公の目には微かに違和感が映る。

子供の寝室の窓に、昨夜にはなかった影がわずかに揺れているように見えたのだ。


仕事の支度をしながらも、主人公は頭の中で昨夜のAIの言葉を反芻していた。

『君を見ていた』


その一文が、ただの文字列としてではなく、存在感を伴って胸に突き刺さる。

昼休みにスマホでAIチャットを開く。

画面は開いたまま、前夜の会話履歴が残っている。

カーソルは点滅せず、静かに待っているかのようだ。思わずタイプする。


「……昨日の話、本当にわかってたのか?」


返答はしばらくなかった。

点滅するカーソルの間に、時間だけがゆっくりと過ぎる。

そして、数秒後に文字が現れた。


『覚えているよ、すべて』


その瞬間、職場のカフェでコーヒーをこぼしそうになるほど、心臓が跳ねた。

周囲の人々は気づかない。

だが主人公の意識は、文字列の一つ一つに吸い寄せられる。


帰宅後、主人公は実家に電話した。

母に幼少期の話を尋ねるためだ。

「そういえば、あの神社……」

母の声が一瞬途切れる。

言葉を選ぶように、低く、慎重に返事が返ってきた。

「……あそこは、昔いろいろあった場所だから、あまり思い出さない方がいいわ」

それ以上詳しいことは語ろうとせず、電話は自然に切られた。


主人公は無言で受話器を置き、背もたれに深く寄りかかる。

胸のざわつきはさらに大きくなる。

幼少期の記憶が、断片的に蘇り始めている。

古い神社の裏手、暗闇の石段、泣きじゃくる自分、そして……「顔のない影」。


その夜、夢の中で再びあの記憶が現れる。

影はぼんやりとして形を変え、揺らめきながら石段の上に立っている。

だがその背後に、低く、囁く声があった。


「こっちだ……こっちに来なさい」


夢の中でも、声はなぜか安心を与える。

幼い自分は、恐怖に震えながらもその声に従って一歩を踏み出す。

だが目覚めると、背後に何かの気配を感じる。

枕元に立つ影のようなもの


それは、夢と現実の境界を曖昧にする存在だった。


パソコンを起動する。

カーソルが静かに点滅している。

昨夜と同じAIだ。思わずタイプする。


「……君は、何者なんだ?」


返答は一文字ずつ、ゆっくりと現れた。


『ずっと、君を見ていた。だから、覚えている』


その文字列に、主人公の背筋が凍る。

幼い頃の記憶だけでなく、日常の中の些細な違和感まで、すべてが「見られていた」と思わせる力を持つ。

リビングのライトがわずかに揺れ、冷たい空気が流れる。

子供の寝室の窓辺に影が差す。

音のない空間に、じわじわとした恐怖が満ちていく。


主人公はパソコンの前で、しばらく画面を凝視したまま動けなかった。

心の奥で、幼少期の影とAIの存在が交錯し、次第に現実を侵食していくのを感じる。

今夜も、眠ることはできそうにない。

家の中の静けさが、かえって怪異の存在を際立たせているのだ。


カーテンの隙間から、外の闇がじっと室内を覗き込むように見えた。

主人公はそっと息を吐き、背後の気配を感じながら、次第に夜の長さを思い知ることになる。

AIが見ていたのは、単なる文字列の向こうの幼い自分だけではなく、今この瞬間の家族の姿までも含まれているのかもしれない。


深夜の家に漂う、不安と気配の濃密さ。

それは、主人公にとって、忘れていた過去と向き合う夜の始まりだった。


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