カラー掌編#D3A243『父からの通帳』
「親父、なんか見つけたぞ」
屋根裏部屋を片付けていた息子が、大きな声で呼びかけた。
「ん、なんだって?」
小林は、ばらばらに割れて剥がれたタイルをまとめながら、風呂場の中から声を張り上げて応えた。
「こんなのあったよ」
一階へ下りてきた息子が、錆だらけのスチール箱を差し出した。
「なんだ、これ」
小林は動かしていた両手から手袋を取り、その箱を受け取った。
破産手続きを進める小林は、長く空き家となっているこの建物と土地を、なるべく急いで処分するようにと、弁護士から助言されていた。
そんな状況に感慨深いのは小林一人で、妻と娘が思い出の欠片もない古びた家屋の後始末に、率先して参加する訳もなかった。その上、首が回らなくなったのは小林の経営者としての器量の問題であり、妻と娘に実家の整理を手伝ってくれとは、当然言えなかった。唯一息子だけが、小林の運転する車に乗り込んでくれたのだった。
小林は居間に移動し、もう一度錆まみれの箱を眺めた。そして、指先にゆっくりと力を込め、慎重に蓋を開けた。中には、黄朽葉色をした一通の銀行通帳が入っていた。
「ちょっと休憩なあ」
単調な作業に飽きたのか、息子は外に停めてある車の方へと出ていった。
小林が通帳の表紙をめくると、小さなメモ用紙が舞いながら床に落ちた。そこには
“困った時に使いなさい”
と書かれていた。それは、間違いなく父の字だった。子供の頃、宿題を添削してくれた時の懐かしい字だった。
小林は声を殺して泣いた。
情けない自分に嗚咽した。
預けられていた金額は、小林の背負う負債の100分の1にも届かない。それでも、もう一度立ち上がろうと小林は強く心に決めた。
手続きの中断を伝えるため、小林はスマホで弁護士の番号を探した。