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4 攫われたヨウコ


「こんなところに居たのですか。本当に探したのですよ」


 ヨウコをさらったのは、店の扉から現れた謎の男だった。


 中華風の豪奢な衣服をまとった、長い髪に薄い狐顔の男だった。

 鼻筋は通っているので、もしかしたら異国では美丈夫なのかもしれない。

 しかし、太郎の目には目が細い狐に見える。


 年は、太郎の親世代と同じくらいだろうか。


「私はそんなに年を取っていない!」


 謎の男が太郎に向かってそう叫んだ。


 相手が外国人で日本語はわからないだろうと思って、「なんだお前は!」「ヨウコを放せ! 狐顔のおじさん!」「このおじさん! 俺の両親と同じくらいの年のおじさん! 大人げないぞおじさん!」と叫んだのだが、どうやらすべて理解されてしまっていたらしい。


 ビキビキと血管を浮かびあらせながら、怒りに震える謎の男。

 まずいことを言ったかなと思いつつも、家族を攫おうとしているのだから、太郎も引くことはできない。

 

「やめろ! ヨウコは俺が出すメシを食べないと生きていけない体になったんだ。俺が居ないと、きっと衰弱して死んでしまうぞ!」

「!?」

「それはそれは。大変なことですね。お会いしない期間で、とんだ食いしん坊になられたようだ」

「!!?」

「ほ、本当なんだからな! ヨウコは俺の出す飯に首ったけなんだ。いいからヨウコを放せ、おじさん!」

「おじさんはやめないか!」

「お兄さんって呼んでほしかったらヨウコを返すんだ!」

「どういう脅しですか!! ……彼女は我々にとって、命にも代えがたい大切な存在なのです。ここまで、彼女を支えてくださったことは感謝いたします」


 これが謝礼ですと、謎の男は机の上に、紫色のつるつるの布に刺繍の施された上品なきんちゃく袋を置いた。

 シャラリと音が鳴ったので、中には硬貨でも入っているのだろう。


「そんなものは要らない。俺はこれからもずっと、ヨウコが居てくれるだけでいいんだ!」

「……!」


 ヨウコは太郎の言葉に感動したように目をぱちぱちと瞬いた後、謎の男の手から逃げ出そうと、必死にもがきだす。

 そして、もがくヨウコとフライパンを握って立ち向かおうとする太郎を見て、謎の男はため息をついた。


「残念ですが、それは卑賎なるその身では叶わぬ望みというものです」


 ヨウコを抱いたまま、謎の男は美しい長袍(チャンパオ)の裾をひるがえして扉に向かったので、太郎は覚悟を決めて、フライパンを掲げて男の背中に向かっていく。

 しかし、太郎の気持ちがさも軽い風船のようなものであるかのように、謎の男は太郎の攻撃を避けた。


 というか、男は何もしていないはずなのに、太郎の起動が勝手に逸れた。


 床に崩れ落ちる太郎に、男はすげない視線を送る。


「それではさようなら、少年。もう二度と会うことはないでしょう」


 ヨウコの悲鳴が響き渡る中、謎の男は店の扉から出ていった。


 光るその扉が閉まり、一介の店舗スペースが真っ暗になる。

 太郎は慌ててその扉に手をかけたけれども、開いた先に見えるのはいつも見慣れた道路であった。

 時間は深夜、上に広がるのは美しい星空。

 道端には太郎以外、人っ子一人存在しない。


「……ヨウコォオオオオー!!!!」


「うるさーい!」

「ばかやろー、何時だと思ってんだ!!!」


 太郎の叫びは星空に消えていったわけではなく、近隣住民の耳に届いてしまった。

 彼は翌日、なじみの自治会長から「若いっていいよねえ。でも、みんなで生きていくってのは、周りへの配慮が必要だよねえ」と懇々と説教された。



 こうして、ヨウコを失った太郎。

 しかし、太郎はめげなかった。


(あの扉が光ったのは、ヨウコが来た時と、謎の男が現れた時。これで二回だ。二回あることは、三回あるはずだ)


 太郎は自分の周りで起こった現象を解明すべく、色々と本を読み漁った。

 料理の勉強をしながら、科学や超常現象に関する資料を集めるのは大変なことだった。

 しかし、ヨウコとの生活がかかっているのだ。

 それに、太郎は元々、SF小説が好きだった。

 太郎は図書館の読書スペースで借りた本を読みながらふと、笑みをこぼす。


(なんだか、あの頃に戻ったみたいだな)


 両親が居て、SF小説を読み漁っていた、幸せだったあの時。


 なんだか目頭が熱くて、視界が歪んで仕方がない。


(もう、だめなんだろうな)


 そのとき、ヨウコが居なくなってから、数カ月が経過していた。

 しかし、店の扉は開かない。


 太郎の力では、奇跡は起きないのだ。


 次に奇跡が起きるのはいつだろう。

 本当に、ヨウコに再び会える日は来るのだろうか。


「うっ……、ふ、……」


 必死に嗚咽をこらえていると、図書館の職員がギョッとしたような顔でこちらを見ていた。

 そろそろ席を立って帰った方がいいかもしれない。

 そう思っていると、服の裾を引かれたので、太郎はぐしゃぐしゃの顔のまま、左下を振り返った。


「お兄ちゃん、悲しいことがあったの?」

「こ、こらっ、桜! ……ごめんなさい、その……」


 太郎の服を引いたのは、知らない小さな女の子だった。

 遠くから慌ててやってきた母親らしき女の人が、慌てて子どもを自分の方に引き寄せている。


「す、すびばぜん。本を読んで、感動しずぎでじばっで」


 女性は若干ひきつった笑顔を浮かべながらも、「没入感のすごい小説なんですね……」と言いながら、太郎にポケットティッシュを渡して去っていった。

 太郎はそのティッシュで鼻をかみながら、日本国の人間はこんなにも優しいのかと心から感動していた。


 そしてある日、今度は太郎が異世界に攫われたのである。



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