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3 ヨウコとの出会い


 深夜のことだ。

 鍵は両親が居なくなってから二か月間かけっぱなしで、扉を開けられる人が居ようはずがない。


 居住スペースである二階に居た太郎にも、店の扉が開いたことに気が付いた。音もしたし、奇妙な光が漏れて見えたからだ。

 太郎はなんの警戒もなく、店に向かう。

 昨年までの太郎であれば、夜盗を警戒してフライパンの一つでも握り締めていたところであろうが、今の太郎は自暴自棄だったので、手ぶらで店舗へと降りていった。


 そこで太郎は、彼女との運命の出会いを果たした。


 彼女には、身寄りも名前もなかった。

 けれども、どこから来たのかわからない彼女は、太郎に寄り添うようにして、ここに居たいのだと強く訴えてくる。


 言葉も通じない、居るだけの存在。


 けれども彼女は、凍り付いた太郎の心を解きほぐしてくれたのだ。


「俺が名前を付けてもいいかな」


 そう言うと、彼女は嬉しそうに頷いてくれた。

 だから太郎は、彼女にヨウコと名前を付けた。


 その次の日から、太郎は高校に再度通い出した。


 ――とはいかなかった。


 彼女とのやりとりが楽しすぎて、逆に家から出られなくなったのだ。


 そしてその日もやって来る教師田中。


 教師田中は、太郎とヨウコの様子を見て号泣した。

 それを見て、太郎は初めて、自分が久しぶりに笑っていたことに気が付いた。


 そしてヨウコとただれた日々を続けて三日目。


「いい加減に学校に来なさい!」


 田中は本来、頑固な熱血教師なのだ。

 両親が亡くなって二カ月、初めて叱られた太郎は、田中にこう告げた。


「先生、ありがとう」


 教師田中はやはり号泣していた。

 涙もろいこの教師が、自分の担任でよかった。

 太郎は、なんだかんだ濡れている自分の顔を拭いながらそう呟いて、もっと田中を泣かせた。


 そうして高校に再度通い出した太郎。


 両親が生きている間は、料理専門学校に通った後に、両親の店を継ぐべく修行を開始する予定であったが、方針を転換した。


 学校に通っている余裕はない。

 すぐにでも修行を始めて、両親の店を復興させるのだ。


 そう思い、高校卒業と同時に、有名洋食店での修行を開始した太郎。


 そこから二年間は、本当に大変な日々であった。


 最初の一年間は、料理に携わることなく追い回し――雑用に追われる日々。

 一日の勤務時間は当然のように十二時間を超えていて、高校時代から一人暮らしであったとはいえ、生活は乱れ、家の中は騒然とした状況であった。


 なんだかんだ仲良くなり、半年ぶりに会いに来た担任教師田中は、ぐちゃぐちゃの二階と三階の居住スペースを見て悲鳴を上げた。


「生活はちゃんとしなさい!」


 土曜日の午後にやってきた田中は、ごみの中で死んだように眠っている太郎と、太郎の傍で困ったように首をかしげているヨウコを見て、そう叫んだ。

 そして、その日の夜まで掃除をし続け、翌日もやってきて掃除を完了してくれた。


「俺はお前のお母さんではないから、毎週来ておさんどんをしたりはしないぞ。教師は本当に忙しいんだ。薄給で残業代も微々たる固定分しか出ないのに馬車馬で、休む暇がない。今週は部活のない珍しい二連休だったのに」

「先生泣くなよ」

「お前に言われたくない! とにかく、自分でちゃんと生きていけるよう、生活力を上げなさい!」


 涙もろい担任教師田中は、やはり泣きながら帰っていった。


 太郎は仕事を始めた自分は依然と比べてずぶとくなったと思っていたが、意外にも田中の涙は心に刺さった。

 珍しく手にした二連休に、彼女と遊びに行くでもなく卒業生の太郎のところにわざわざ遊びにやってきて、遊びにやってきたはずなのに掃除を続けた、孤高の独身教師田中。

 さすがにちょっと可哀そうだと思ったのである。


 しかし、早朝未明に家を出て、夜中に返ってくる日々。

 両親が洗濯乾燥機を愛用していた理由がわかる。洗濯物を干して乾かす時間が合ったら、寝ていたいし、料理の勉強をしたいし、本当は好きなアニメを見たりSF小説を読んだりするあの日々に戻りたい。


 そうして毎日生活していると、ある日、朝出かけた時よりも家が整理整頓されているような気がした。


 最初は気のせいかと思ったけれども、やっぱり翌日も整理整頓されている。


 そして、ヨウコがドヤッと自信満々な顔をしている。


 なるほどこれは。


「……夜盗か……」

「!?」


 ヨウコはなぜか仰天していたが、太郎は気が付いた。

 これは、金好事件再来の予感である。


 太郎は金庫を購入し、貴重品をそこに入れて生活するようにした。

 鍵を変え、セキュリティレベルを上げ、ヨウコには、誰か不審な人が現れたら近づかないように何度も言い含めた。

 ヨウコは(えぇ……?)という困ったような様子をしながらも、太郎の言うことに最終的には頷いてくれた。


 しかし、毎日綺麗になっていく室内。


 不思議に思いながらも、特段何も盗まれた様子がないので、太郎は思考を放棄した。

 両親の残した店舗併用住宅なので、転居することは考えもしなかったし、なんとなく、悪意によるものではないような気がしたからだ。


 こうして、ヨウコと二人で暮らしながら、仕事に邁進する日々。

 しかし、そんな幸せな日々にも、終焉が訪れた。


 ヨウコが異世界に攫われたのである。




ヨウコ…一体何者なのだ…。


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