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2 ヨウコと出会うまで


 山田太郎は料理人で25歳。

 身長は百七十センチ、あっさり目の顔立ちをした、特筆すべき特徴のない純日本人独身男である。


 太郎は人生を通して、なんら目立つようなことをしたことがなかった。

 成績は中の上。

 友人はそこそこ。

 他と比べて突出していることがあるとしたら、SFオタクなことくらいだろうか。

 そして、親が洋食屋を開いていて、小さな頃から料理に親しんでいたことくらいだろう。


 しかし、十八歳になったある日、両親が事故で死んでしまった。


 運転中に、信号無視をした飲酒運転の車に横なぎにぶつかられ、車ごと大破したという壮絶な事故だった。

 太郎は一人っ子で、両親は駆け落ちの末に結ばれた夫婦だったから、高校三年生にして一人きりになってしまった。


「申し訳ございません。申し訳ございません」


 喪主が太郎、親族を呼ばない友人だけの小さな葬儀に現れた加害者の妻は、ただひたすら太郎に頭を下げていた。

 まだ生まれたばかりの赤子を背負って、ずっと土下座し続けていた。


 そして、相続放棄をして、死んだ加害者の口座に入っていた金を持ち逃げした。


 太郎は唖然としていた。


 親が死んだことも、一人になったことも、加害者が死んだことも、加害者の親族が金を持ち逃げしたことも、すべて現実のこととは思えなかった。

 たまたま十八歳になっていたから、未成年後見人が付くこともなく、すべての現実が年齢的に成人の自分に直接突きつけられたことも衝撃であった。


 両親の骨を膝にのせて、自宅の居間で呆然としている自分に声をかけてきたのは、高校の担任である熱血教師田中一郎と隣家のラーメン屋の店主金好(かねよし)利雄だった。


「山田。お前は年齢的には一応大人だが、大人になったばかりのヒヨコだ。長年大人をやっている周囲に頼っていいんだ」


 実は、頼れる親族の居ない両親は自分達が居なくなってしまった後の太郎を心配していたらしく、各種保険にしっかり加入していた。店舗併用住宅のローンは団体信用生命保険で返済免除になったし、事業に関する負債を支払うことができるだけの死亡保険金が入った。

 おかげで、今後しばらくの生活に困ることもなく、家や店舗を失うこともなさそうだった。


 しかし金が存在しているからと言って、相続税の処理を含め、各種手続を十八歳になったばかりの高校三年生の太郎がすぐに遂行できるものではない。


「大人からのアドバイスだ。こういうことは、専門家に任せてしまいなさい」


 高校の担任教師田中は、太郎を無料弁護士相談に連れていき、今後しばらくの親の債務整理を委任するように勧めてきた。


「大人からのアドバイスだ。専門家は金食い虫だ。両親の残した大切な金を、そんなことに使うべきじゃない」


 ラーメン屋の店主金好は、弁護士依頼量がもったいないから、全部自分でやるように勧めてきた。


 結果、太郎が迷っている間に、金好は太郎が自宅に置いていた三十万円を盗んで夜逃げした。


 金好の店は借金がかさんでおり、資金繰りに苦しんでいたらしい。

 どうりで太郎に対して、預貯金はある程度引き出して家に保管しておいたほうがいいというよくわからないアドバイスをしていたはずだ。

 百万円はタンス預金が必要だという奴に対し、怪しいなあと思いつつ、なんだかんだ三十万円も置いておいた太郎も太郎なのだが。


 結局、教師田中の勧めたとおり、弁護士に財産整理と相続手続きを依頼をした太郎。

 近所の仲のいい飲食店の店主達の声掛けすら怖くなり、人間不信が極まり引きこもりになっていた彼に声をかけてきたのは、やはり担任教師田中だった。


「太郎。人間すべてが信じられないわけじゃない。お前の両親はな、お前に負債を残さないように毎月高い保険料を払ってくれていた。いつも健康的な食事を出して、お前をここまで立派に育ててくれて、家と店を残してくれた。お前の両親の生き方は、私とお前に人を信じる勇気をくれるはずだ。そうだろう?」


 高校に通わず、引きこもりになりかけていた太郎のところに毎日やってきた教師田中は、泣きながらそう訴えていた。


 それでも太郎は動けなかった。


 頭ではわかっているのだ。

 けれども、体が動かない。


 そんなある日、店の扉が開いた。



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