1 プロローグ
「厨師さん。この、ふわとろオムライスとやらを頼む」
「はいよ」
「厨師さん。私はハヤシライスをひとつ」
「はいよ」
「厨師さん。かつ丼を食べにきました」
「はいよ」
今日は水曜日。
太郎の営む、しがない洋食屋の定休日である。
なのに太郎は働いている。
大量の古代中国風の官僚の装いをした女性味のある男性客でいっぱいの店内を横目に、必死に料理を続けている。
実は、太郎の店の定休日は四日あるのだ。
そのうち二日は、なぜか知らない世界からの客で店は埋め尽くされている。
そして、太郎は恨みを籠めたぎらついた目をしながら、美味しい料理を作り続ける。
(もっと食え。そして全員ここに永住しろ)
そう思いながら、卵液を注ぎ込んだフライパンを軽快に振りながら、ふわとろオムライスを仕上げていく。
「へい、お待ち。ふわとろオムライスだよ」
客にオムライスを差し出すと、客の男――宦官というやつだろうか――が、まるで唯一無二の宝石を見たかのように、太郎の差し出したオムライスに目を輝かせている。
「ハオチー! 好吃、一体どうやって作っているんだ!!」
「卵を焼いただけだよ」
「そんな馬鹿な! 焼いただけでこんなふうにふわとろになるはずが!」
「食べないなら下げるよ」
話を止めて黙々と食事を始める男性客。
それを見て、太郎は息を吐いた。
実は、彼らが喋っている言葉は日本語ではない。
多分中国語である。いや、中国語も知らないのでなんとも言えないが、中国語っぽい外国語である。
そして、なぜか太郎の耳には、その言葉が自動翻訳で日本語に聞こえるのだ。
しかし、太郎がその言葉の意味を知ってしまうと、自動翻訳が解かれてしまう。
例えば、「うまい!」という言葉は向こうの言語だと「好吃!」になるらしく、太郎がその事実を知ってしまったがゆえに、自動翻訳が解かれてしまった。だから、太郎の耳には週に二日間、店内から「好吃!」「好吃!」という声がずっと聞こえている状態である。
大変不便である。
だから、太郎はできるだけこの異世界の言葉を知らずに済むように努力しているのだ。
客との会話を続けて、異世界の知識を増やすなど、とんでもない愚行である。
そして、客に料理を出し終わった太郎は、次の料理に取り掛かるため、厨房に戻る。
ちなみにこのとき、太郎は必ず決め台詞を忘れない。
「美味しかったら……日本に定住してもいいんだゼ」
「それは無理です」
そして、けんもほろろに断られる。
なぜだ。
いい国じゃないか、日本。
ウェルカムしているのだよ、ジャパン。
しかし、奴らは太郎の料理を食べるだけ食べて、堪能して、金貨を落として去っていくのだ。
ちなみに、奴らが対価として金貨を落とすようになったのも、ある人物に太郎が頼んだからなのだが、それはまあ後述することにする。
こうして、ワンオペランチタイムを終えた太郎は、休憩時間に入る。
ワンオペなので、洗い物は積み上がっている。
だから、実のところは休憩時間と言うか、掃除の時間の始まりである。
そして、掃除を終えても、店舗併用住宅である太郎の家の住宅スペースには、人っ子一人いない。
太郎は一人暮らしなのだ。
そして、大切な家族であるヨウコは、この家から居なくなってしまった。
それは、ヨウコの意思によるものではない。
ある悪い男に連れ去られたのである。
(ヨウコ……また会いたい……)
店の扉を見つめながら、太郎はヨウコとの思い出に浸る。
客達がやってくる、異世界と思しき扉の向こう。
太郎の定休日のうち二日間だけ繋がるその世界に、ヨウコは連れ去られてしまったのだ。
(俺の力では、お前を連れ戻すことは、きっとできない。だけど復讐を続けることで、お前にこの気持ちを捧げることができる)
そう。
太郎は、憎き異世界からの客を、漫然と受け入れているわけではない。
すべては復讐のために行っていることなのである。
(ラブ、フォーエバー、ヨウコ。俺の心はお前のものだ……)
そう胸に誓いながら、太郎は洗い物を続ける。
そして、(ワンオペ、まじできついな……)と、割と現実的な問題に心を悩ませるのであった。