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コメディ短編集

わあー転生したら初心者ダンジョンのボスキャラだったあ

作者: ちなり

 俺は真っ暗な場所に横たわっていた。俺は確か30分で完食したら無料の超特盛にんにくましましラーメンを食べていて……


 ここはどこだ? とても病院には見えない、明かりはないし床も天井も削り取られた岩で出来ている。

 待て。こんなに真っ暗なのになぜ俺の目は見える? 何かがおかしい。

 そこへ。


「あっ、ボス! 良かった、気づいたんスね!」

「おーい! ボスが目覚めたぞー!」


 洞窟のような通路を通って現れたのは小さなしわくちゃの老人、ではなく緑色の肌に尖った耳、そして牙と小さな角を持つ、やられ役でおなじみの種族、ゴブリンだった!

 俺は慌てて自分の顔をまさぐり、自分の身体を見下ろす、ああっ!? 俺もゴブリンになってる!?


 超特盛にんにくましましラーメンで窒息した俺は、異世界のゴブリンへと転生してしまった。



   ◇◇◇



「良かったー、死んじまったのかと思いましたよボス」

「おらぁ心配したぞぉ」「ほんに、ほんに」


 俺の憑代となった(?)身体は、ゴブリン共のボス格の個体だったらしい。確かに俺だけ他のゴブリンより50cmくらい背が高い。


 俺が寝ていた部屋には宝箱のような物があり、中には金貨が20枚と、丁寧に回復薬と書かれたビンが3本、そして革の帽子と銅の剣が納められていた。嫌な予感がする……


「ちょっと待て! あ。あー。仲間はその、これで全部か?」


 言葉はどうなっているんだろうと思ったが、俺が話す言葉はゴブリン語のようだった。ゴブリン達は顔を見合わせる。


「どうしたんですボス」

「おら達はこれだけですだで」


 ゴブリンは4人、俺を含めても5人しか居ない。起き上がった俺は急いでこのダンジョンの中を見て回る……! ああっ! このダンジョン部屋が5つしかねえ、もちろん階層も1つだけだ!

 ダンジョンの外は!? 平和そうな森の中だ、入口は岩山の斜面の麓にあり、その周りは少し草木を狩って見通しを良くしてある。広場の向かいには? ああ……射手が身を隠すのにちょうど良さそうな岩まで置いてある……


「お前ら、この岩を今すぐどけるぞ!」

「へ? なぜですボス」

「うるさい、俺は一人でもやる!」

「ああっ、手伝いますって」


 ゴブリン達と共に力を込めて岩を転がしながら、俺は確信していた。これは初心者用、いや入門用ダンジョンだ! 俺は入門用ダンジョンのボスキャラに転生してしまったのだ。何てこったい、トホホ……


「ボス、あの岩の何がいけなかっただか?」

「うるさい、お前ら、普段はどういう風にこのダンジョンを守っている?」


 ゴブリン達は洞窟の入口に1人歩哨を置き、入ってすぐの部屋に交代用の歩哨を、残りの2人は奥の部屋で休んでいるという。ボスはずっとボス部屋に居るそうだ。


「ただでさえ少ない戦力を何故分散するんだ、ボスは先頭で被害担当しないと駄目だろ……」

「だどもボス、オラ達も休みは交代でとらねえと」

「駄目だッ。よし、今の岩をダンジョンの入口の扉として使うぞ!」


 俺は今さっきどけた岩を、ダンジョンの入口まで転がして来る。ゴブリン達は従順に付き合ってくれた。

 それから俺は入口横の岩壁に、「OPEN 10:00-18:00」と彫り込む。


「いいか、これからは全員で一緒に行動する、単独行動は禁止だ、昼は人間共に備え、夜は岩戸を閉めておく」

「えーっ、狩りや採集はいつするです?」

「夜、岩戸を閉めて皆で行こう、その間に泥棒が入っても仕方ない、仲間が死ぬよりマシだ」



 周りの森は平和だった。ゴブリンより強いモンスターも居ないし、より恐ろしい人間の山賊も出ない。

 それほど遠くない森の向こうに、人間の村があるのが見える。畜生、どうせならあっちに転生したかったぜ。

 狩りや採集も夜中に皆でやる方が効率が良かった。仕事は夜半までに終わらせて、洞窟に帰ったら再び岩戸を閉めて、皆で一緒に寝てしまう。岩戸の周りには木の実の殻などを置いて、誰かが動かしたらパキパキ鳴るようにはしてある。それで誰も起きなかったら? その時はその時だ。


 そして、翌日。



「よーしオープンだ、岩戸を開けるぞ」


 力持ちの俺はそう言って自分で岩戸を開ける。何か起きてもいいように、他の4人のゴブリンにはすぐ後ろに居てもらう。すると。


「あっ、ボス! 人間の子供が居ます!」


 どうした事か。10歳になるかならないかという少女がたった1人、洞窟前の草むらで左手に小さなざるを抱え、何かを探しているではないか。冒険者のようには見えない……何だこの子は? 少女もこちらに気づいた。


「ボス、あの子供を誘拐して人質にするのはどうです?」

「……冗談じゃねえ!!」


 フラグじゃねーか! お母さんの為に森へ薬草を探しに行った少女が帰って来ない、森の古い洞窟には最近ゴブリンが住み着いたという噂があって……典型的なTRPGの初めてのクエストのフラグじゃねーか!


「うおおおおおー」


 俺は雄たけびを上げ、棍棒を振りかざし、そして少女に突進する……フリをする。全力で走ってるかのように手足をバタつかせながら、ゆっくりと前進する。さあさっさと帰れ!

 しかし。少女はつぶらな瞳でこちらを見つめたまま動かなかった。あの……怖い鬼さんですよ? 仕方ない、可哀想だがこっちも命がけだ、この娘を恐怖のどん底に叩き落としてやるか。


「こぉんな所で何をしてるんだぁあ!? 頭から! 頭からバクーッと、喰っちまうぞォォオ!?」


 少女の目の前まで来た俺は覆い被さるようにして、大きな口を開き迫る。少女は少しだけびくりとしたが……何も話してはくれない。

 俺の言葉が解らないのかな……トホホ、この世界の俺はただのゴブリンで、俺も人間の言葉は理解出来ないのだろうか。


「あのなお嬢さん、こんな所に居られると困るんだよ、冒険者が来るだろ、冒険者がよう」


 俺は手振り身振りでそう訴えてみる……すると少女は何を勘違いしたか、洞窟の入口へと走り出す!


「待てーっ! だめだお前らそいつを止めろ!」

「えっ、あっはい」「だめだぁ、入るんでねえ!」


 間一髪それは間に合い、少女のダンジョンへの侵入は食い止められた。少女は涙目で俺の方に振り返る。


「畜生、誰か俺の部屋の宝箱からポーションを1つ持って来い!」

「え、だどもボス、あれは使っちゃいげねって」

「いいから早く!」



 使いに出したゴブリンが勘の悪い奴で、なかなか戻って来ないので、俺達は涙目の少女の気を引くため、4人でゴブリン踊りを見せていた。少女は最初は奇妙な顔をしていたが、やがてクスクスと笑ってくれた。


「お前はとっても勇気のある奴だ、だから俺様から特別に褒美をやる。薬草が見つからなくても、このポーションがあればいいはずだ!」


 俺はそう言って、手下から受け取ったポーションを無理やり少女に持たせる。


「それを持って急いで帰れ、そして誰か知らないが苦しんでる奴に飲ませてやれ、だけどこんな事はこれっきりだぞ! 次に見掛けたら、今度こそ塩を振って生のままバリバリ食ってやるからな!」


 何度も地団駄を踏み、棍棒を振り回しながら俺は少女に凄む。どうだ、怖いだろう、悪夢に出て来そうだろう!? ふふん。

 少女はポーションを手に駆けだして行く。しかし立ち止まって振り向く。


「さっさと行けェェ!」


 俺がもう一度吠えると、今度こそ少女は走り去って行った。



   ◇◇◇



 それからも俺は、この哀れなダンジョンに手を加え続けた。

 結局の所、冒険者はやって来た。戦士と僧侶と魔法使いに、+1盗賊かマイナー職か高級職を加えた奴らが。

 俺達はダンジョンの外で、中で、奴らを迎え撃った。冒険者達の作戦は様々だったが、こちらの作戦はいつも同じだった。俺がタンクとなり攻撃を引き受ける間に4人が罠や飛び道具を駆使し相手を戦闘不能にするのだ。

 新米冒険者達は簡単なはずの極狭ゴブリンダンジョンの前に、敗北を重ねて行った。


「残念だがお前たちの負けだ、手当てを受けて村に帰れ」


 そのうち村の僧侶が10時から18時までここに詰めてくれるようになった。俺達は決して相手の命を取らなかったし、怪我をした冒険者はすぐに治療して貰えた。

 いつかの少女は村長の娘で、あの娘が「あの洞窟には怖いけど優しい鬼たちが住んでいる」と村で吹聴したそうである。


 そして10年の歳月が過ぎた。



   ◇◇◇



 俺は森の中を歩いていた。ここは俺が転生して来た頃と何も変わらない。静かで、豊かで、平和な森だった。

 しかし耳を澄ませば、荒々しい戦士共の雄叫びが遠くから聞こえて来る。


 振り向けば、4人の仲間は今もそこに居る。10年という時は経ったが俺達のやり方は変わらなかった。戦う時も、食べる時も、寝る時も、5人は常に一緒だと。


「誰か来ます。あの気配は勇者アーヴァインに違いありますまい」


 だけど4人共、面構えはだいぶ変わったな……数多の冒険者達の最初の壁として立ち塞がり続けたゴブリン達は、今では武芸百般を極めた少林寺の高僧のようになっていた。

 やがて森の小道を、一組の冒険者一行がやって来る……勇者アーヴァインとその仲間達だ。彼らが初めてここに来たのは、もう9年も前だったか。

 アーヴァインは俺の前で片膝を突く。


「御無沙汰しております、師匠」

「お前は勇者だろう? 勇者が魔物の前で膝など突くな」

「貴方は魔物などではありません。それに今日はご報告に来たのです。師匠と、たくさんの導きにより、私は先日、ついに魔王を打ち倒しました」


 俺は思わず頬を緩める。自信満々ここにやって来て、コテンパンにやられて剣を取り上げられて泣いていた小僧が、立派になったものだ。


「それをわざわざ知らせに来てくれたのか……ありがとう。それでどうする? 次はこの俺を討つのか」

「とんでもありません、今度は我ら人間の中に住む悪い心と戦う仕事に取り掛からないといけません、どうかこれからもご鞭撻をお願いします」


 かつての極狭ダンジョンは、今では最奥聖域と呼ばれていた。周囲の森の外れや村の郊外には様々な道場や修練所、寺院が建ち並んでいる。


「熱心な事だな、折角魔王を倒したのだ、少しは休めば良いのに……まあいい、ひと汗かくとしようか」

「ありがとうございます、師匠」


 俺は勇者一行と4人の仲間を連れ、最奥聖域の方へと戻って行く。

 現代社会と超特盛にんにくましましラーメンに未練がないと言ったら嘘になるが、俺は今のこの生活も気に入っている。

新作ハイファンタジー短編、「魔王デスローゼスは斃れぬ」もよろしく!

https://ncode.syosetu.com/n7780kf/

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作者ちなりが一番力を入れている作品です!
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是非是非見に来て下さい!

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― 新着の感想 ―
>ああ……弓手が身を隠すのにちょうど良さそうな岩まで置いてある……  ◇ ◇ ◇  『弓手』は「ゆんで」と読む左手の別称です。「きゅうしゅ」とは読みませんし、弓矢で武装した者を指す言葉でもありませ…
なるほどなぁ、成程。よいお伽話
そうだよ、こういう短編が良いんだよ、読んでてほっこりするような短編、ありがとうございます。
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