そんな事実知りたくなかった
体を震わせる今日送られてきた報告書を握り潰し投げ捨てる。
「またやられたー!」
私の叫び声に研究所のメンバーが集まってくると投げ捨てられた紙を広げる。
「またやられてますね。これで何件目ですか」
「研究所に入ってから5件くらいだろ」
「違う、6件目!なんでこうも私が発表しようとした術式だけピンポイントに先出してくるわけ。しかも今、治療師やってんなら専門外でしょうが」
あまりの悔しさに机を叩きつける。
サラ・ランバード、学生時代の同級生で伯爵家の令嬢で時期皇太子妃として名高い人物である。現在は王宮専属の治療師としていくつもの功績を残している、私とは関係のないほど雲の上の存在なはずなのに何故か私が考案しようとしていた術式が全てサラ・ランバートによって公表されるのだ。
「漏らしたわけ、ないよな。これだけ厳重な魔法かけて研究所に所属する研究者も俺たち4人だけ、口外しようものならすぐ分かるしな」
「ロゼッタさんが普段話すほど親しいわけでもないですし、不思議ですね」
「情報と言っても王宮に提出した中間報告くらいだしな」
同僚であるカインと後輩であるミアは首を捻る。二人の言うよりに私の防犯は完璧だったし王宮の中間報告以外情報を漏らすような失敗もしていない、どれだけ原因を考えても分からないことばかりで腹が立ってきた。
「甘いもの食べに行くわよ。やってらんないわ」
「やった〜!なら、最近できたパーラーに行きましょうよ」
「お、いいな。考えても仕方ないし気分転換にでも行くか」
「30分後に玄関に集合」
「はーい」
「了解」
二人は着替える為にそれぞれに与えられた研究室に戻っていく、私も備え付けられたロッカーにしまっていた私服に着替え徹夜でよれた顔を直しキッチリ指定時間5分前に扉に辿りついた。
すでに準備を済ませていたカインが一人で待っている。
「相変わらず5分前ぴったりだな」
「私の準備可能な時間に設定してるから当然でしょ、ミアはもうすぐね」
2階からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる、ミアが息を切らしやってきた。
「遅れてすみませーん」
「遅れてないから安心しなさい」
私はミアの乱れた髪を直すと嬉しそうに笑った。
「私、ロゼッタさんのこと好きです。ずーっとこの研究所に居てくださいね」
突然の好意に驚いている私を他所にミアは腕に抱きつき寄り添う、どうも距離が近い子ではあるが素直でいい子なのは間違いないのでそのままにしておく。
「じゃあ、揃ったし行くか」
カインの掛け声で私たちは街に繰り出した、久しぶりに訪れた街は相変わらず人で混雑していて頻繁に来るものでもないなと考えていると前方に奴が居た。
「あれってサラ様ですよね。しかも王子殿下で一緒に居ますよ」
「さすがに飛びつかないよな」
「そんな野蛮な事するわけないでしょ。それにこんな街中で騒ぎ起こしたら私の方が不利になるじゃない」
「人が居なければやるつもりだったんですね、ロゼッタさん」
「それも足がついたら問題になるからやめとけ」
「とりあえずパーラーに行くわよ。顔見てたら腹立ってお腹空いてきたわ」
早足で通り過ぎようとした瞬間、空いていた左手が掴まれる。想定していなかった状況に固まった。
「待って下さい!」
ミアではない女性の声に嫌な予感がする。離されない手を解いてもらう為にゆっくりと振り向いた。
「ロゼッタさん、どうしてなんですか!どうして私ではダメなんですか!」
やはりそこに居たのはサラだった。瞳に涙を浮かべ私に懇願をしていた。
1ミリも展開が見えない、そもそもサラに懇願されるようなことがある訳がないし学生時代以外まともな付き合いもない。
「サラ、急にどうしたんだ。お前、何をした」
知らないの一言である。
むしろこっちが術式の公表をやめてくれと懇願したいくらいだ。思ってもない状況にサラを除く人物は全員困惑していた。
「やめてください、アレク様。私が一方的にロゼッタさんを慕っているだけなのです」
「慕っているだと、もしかして私の婚約に頷かないのはこの女が原因なのか」
会話がとんでもない方向へと向かっていく、サラは手を離さないしミアとカインは急展開で呆然としている。
私にも全く話が見えてこない、分かっていることは王子はサラに婚約を申し込んでいるがサラには思い人がいて頷かないということくらいだが何故そこに私が絡んでくる。
「申し訳ありません、私はロゼッタさんと共に歩みたいのです」
「その女のどこがいいと言うんだ。聞いたことがある、サラが発明した術式を横取りしようとする女だと」
「違うのです、私が報告書を見てロゼッタさんならこうすると思って作った術式なんです」
私を置いてとんでもない口論が繰り広げられる、なんかすごい発言があった気がするが頭から抜けていく。
ミアに袖を引かれた、どうやら二人とも意識が戻ってきたらしい。
「え、サラ様と友達ではないんですよねロゼッタさん」
「学園の図書館で話すくらいの仲だったけど」
「お前とんでもないのに目をつけられたな」
「やっぱりそうですよね!ロゼッタさん、今までのは多分アピールですよ」
理解が出来なかった、ミアにアピールと言われたが先に発表されることのどこがアピールだと言うのだろうか。
さらに頭が真っ白になっていき意識が飛びそうになるが状況がそれを許さない。
「私はずっとロゼッタさんとお仕事をしたかったんです。だから誘って貰えるように術式を完成させたのを発表してたのに」
「え?ま、待って。全く理解出来ないんだけど、普通にアイデア取られたと思ってたし嫌がらせされてるかと」
思わず声を出してしまう、私はずっと嫌がらせをされていると思い込んでいたから好意を向けられていることに戸惑う。
「そんなことするはずありません。私、学生時代からロゼッタさんとお友達になりたくてけど勇気が出なくて卒業してしまったから少しでも接点ができればと」
セラは私の手を両手で握り直し、上目遣いで覗いてくる。これが数多の男が落とされた手練手管かと感心しているとミアが思い立ったように口を開く。
「あの〜普通に疑問なんですけどサラ様はどうやって中間報告からロゼッタさんの術式に辿り着いたんですか」
「それはずっと見ていましたから」
「おい、話が怪しくなってきたぞ」
「もしかして私、禁忌に踏み込んだ感じですか?」
「サラ、本当にコイツのことを」
三者三様の反応に私はどうしたらいいのだろうか。同僚と後輩は表情を強張らせているし、王子は悔しげに俯くし、サラは頬を赤らめているしでカオスだ。
「私は大人しい性格もあって学園に馴染めなかったんです。だから授業のない時間はずっと図書館で過ごしていました。そんな私に唯一声をかけてくださったのがロゼッタさんなんです。ロゼッタさんはとても聡明で優しくて私にとって憧れ、いえ光なんです」
公衆の面前で告白をされた、確かに図書館で話してからというものよくすれ違うようになったと思っていた。それを友人であるダリウスに伝えたら可哀想なものを見るかのような眼差しを向けたかと思えば「気のせいだ」と一蹴されてから気にすることをやめていた。
「それでどうして私の術式を私がやりそうな方法で組み上げたわけ。過程に誤差はあっても完成形が同じで怖いんだけど」
「そんな過程が異なっていただなんて、もっとロゼッタさんの論文とノートを読み込まなくてわ。理由は簡単です、私が同じような考えや術式を発表し続ければ気になって声をかけてくださるかと」
「かけれる訳ないでしょ!そもそも身分も配属も違うのに。こっちは平民出の研究者、サラ・・・様は上流貴族かつ皇太子妃候補その上王宮直属の治癒師に私から声をかけようものなら怪しまれるでしょ」
「ギリギリ、様をつけましたねロゼッタさん。それにしても想像の遥か高みにいるやばい人ですね」
「流石に1件ならまだしも6件もやれば恐怖だな。・・・そういえばアイツって研究者になってからノートなんて書いてないような」
ミアはサラのヤバさを感じたのはそそくさと腕から離れカインと話しに行ってしまう。
置いて行かれたくなくて手を伸ばすが無情にもするりと華麗に躱された。
「ノートなら知ってますよ。ロゼッタさんが学園を卒業するときに今まで授業でまとめたやつを寄付してくれたんです。在校生からは分かりやすいって人気なんですよ」
「そうなんです!そうゆうところもとても素敵で、けど私は同級なので見る機会が得られなかったんです」
「けどさっきノートのこと言ってたよな」
思わず身震いをする、次に発する言葉を聞きたくないが片手を完全にサラに取られており耳を塞ぐことは叶わない。頼みの綱として王子を見るがショックのあまり膝から崩れ落ちていた。
カインとミアは完全に怖いもの見たさで止める気配もない、ここに私の味方は誰もいない。
「ええ、どうしても読みたかったので複写何冊か作らせ寄付をさせていただく代わりに原本を譲っていただきました」
「だからノートにしては装丁とか紙とかが豪華だったんですね」
「そんなにすごいのか」
「おそらくですけど一冊で私たちの給料を1年注ぎ込んでも買えないレベルです」
「当然です!ロゼッタさんの軌跡を本にするのですから全てが一流でなくてはいけません」
「常軌を逸脱してるな。まさかダリウスが言ってたやばい信者がサラ様とは」
思いもしない人物の名前が耳に入る、今までの付き合いで一度も言われたことがない事実に衝撃が走る。ダリウスは知っていたのだ在学時から、確かに何度かサラの話を振ると苦虫を噛み潰したように微妙な顔をしていた。
意識を飛ばしているといつの間にか両手を拘束されていた、きつく私の手を包み込み懇願する。
「本のことはいいのです。ロゼッタさん、私を研究所で雇ってくれませんか」
「え、いや、その、私、人事権とかないので」
「そんなことあり得ません!ロゼッタさんの個人経営なのは知っています」
「だとしても、雇えるほどの財源のないですしぃ」
「問題ありません、我が伯爵家が支援いたします。それにダリウス様もそのように研究所に住み込まれていると伺いました」
伺わないでいただきたい。確かにダリウスは公爵家の次男かつ稀代の天才と呼ばれており本来であれば王立研究所に所属すべき人間であるが極度の人見知りということもあり町外れにある私の経営する研究所に自腹で住み込んでいた。が、しかしこれとそれとでは話が違いすぎるダリウスは元々王立研究所に難色を示していた上に学生時代から両親を説得したからこそ問題なくことが進んだが、サラに関してはすでに王宮専属の治療師であり性格から聖女と呼び声高く次期王太子妃とまで言われている人間がぽっと出の個人研究所に来ようものならとんでもない憶測が飛び交うこと間違いない。
「分かっています、私が急に行くことで問題がないか心配なのですよね」
「やめとけ、ロゼッタ。受け入れた方がいい、お前の退路は出会った瞬間から絶たれてる」
「まあ、こんな大通りでやっていれば噂はすぐ広まりますよね」
私は衝撃で忘れていた、今までどこに居たのかを。
ここは街で最も多くの店が軒を連ね、最も多くの人が行き交い、最も多くの情報が交差する王都の大通りであった事を。
「これで問題は何一つありません、答えを教えていただけませんか」
問われた質問に残された答えは一つしか無い静かに頭を縦に振った、敗北宣言だ。
私の答えにサラは満面の笑みを浮かべ抱きついてくる、抵抗する気力もなくなされるがまま私は涙を流した。
(さらば、我が平穏)
サラは満足したあと私を離すといまだにショックから立ち直れない王子を連れ去っていった、私はおそらくパーラーに行ったのだろうがそれから朝までの記憶が全くなかった。
唯一その事実を証明するのは研究所の一階に設けられたキッチンの冷蔵保管庫にダリウスへのお土産が入れられている事だけだった。
悪夢のようなやり取りを思い出しただけで頭痛がする。
朝、研究所のルールである食事をみんなでとっていると控えめなノック音が聞こえてくる。私は食事を中断し来訪者を確認するために扉を開けるとそこにはサラがいた。
「ロゼッタさん、今日からよろしくお願いします」
思わず扉を閉める、思わず勢いよく閉めたせいかキッチンにいた全員がやって来てしまう。
「お前が閉めるだなんて、誰が来たんだ」
「結構な人数っぽいですね」
「そんなの一人に決まってる、サラ・ランバードだろ」
「え!昨日今日の話だったんですか」
「急に来られても搬入できるような部屋なんて・・・あるな」
「諦めろ、ロゼッタ。それに新たな人材と収入はお前が望んでた事だろ」
ダリウスはニヤリと愉快そうに笑うと私の肩に手を添えたかと思えば空いている手でドアノブを握っていた手を退け扉を開けてしまう。
サラは私に添えられた手の人物を認識した瞬間、目から温度がなくなる。
「よう、サラ・ランバード四番乗りとは随分遅かったな」
「私はダリウス様と違って慎重派なので」
「慎重派だ、笑わせてくれる。ビビってただけだろ」
私を挟んで何か目には見えない攻防が繰り広げられている、仕掛けたのはダリウスだかこんなにも刺々しい言葉を使うほど仲が悪かっただろうか。認識する範囲ではお互いに同級生でしかなく差し当たりの無い程々な感じだったはずだが。見たこともない二人に私は戸惑うことしかできないでいるとカインが手を引き無理矢理、助け出してくれた。
「口論するなら外でやって来い、ロゼッタも困るだろうが。サラ様も荷物の搬入があるでしょう」
「申し訳ございません、つい私としたことが挑発に乗ってしまってお恥ずかしい限りです」
サラは急にしおらしくなり恥ずかしそうに頬を赤らめた。ダリウスもサラが相手にしなくなったことに飽きたのか部屋に戻ると一言残して去っていく。
「では、空き部屋の案内するのでついて来てください」
なぜカインはここまで冷静にいられるのは私には理解できなかった、むしろ当事者ではないからこそ第三者的な目線で見れているのではと一人で納得していると。
カインとサラは部屋に向かいその後を着いていく荷物を持った業者を共に見つめるミアが肩に手を置いた。
「違います、ロゼッタさんとダリウスさんの思いつきでかなり振り回されていて諦めてるだけですよ」
「なんで分かったの!」
「ロゼッタさんすごく顔に出ますから。そう言えば空き部屋と言えばあと2部屋ありますよね」
「まあ、立て直しの時にダリウスがかなり広めに設計してたから」
「で、出資者のダリウスさんから空き部屋のままにしておくように言われてるんですよね」
「それがどうしたの」
「それって全部こうゆうのを見越していたんじゃないですか。こうなるとあと二人くらい来そうですね」
「そんなまさか、そう言ってもサラみたいに私目当てじゃないでしょ」
「さあ、どうかは分からないですけど学園にロゼッタさんの過激派結構いましたから」
ミアによって明らかとなった新事実に私は頭を抱え、小さく唸ることしかできなかった。




