5.猪神
やっと説明をしてもらえる事になり…
ハンスさんに案内されたのは大広間で、中に入ると先程の公爵ご夫妻に青年と可愛らしい女の子が着席していた。
またまた場違いで回れ右をし逃げたくなる。あたふたする私の元へ青年が歩み寄り手を差し出すと、ハンスさんが私の手をその青年に渡した。
すると青年は私の手を取り、そして反対の手を胸に当て少し屈んで視線を合わせ
「初めまして。マコト・ゲンブと申します。貴女にめぐり逢えた事、猪神様と聖母様に感謝いたします」
「えっと早川綾乃です…すみませんが、この様な挨拶は慣れておりませんので、手を離して欲しいです」
恥ずかしさが限界に達し不敬になるの承知で離れて欲しいと伝えると、何故か破顔し席に案内してくれた。着席すると給仕が飲み物をグラスに注ぎ退室していく。
「綾乃嬢を迎えられたこの晴れの日を祝い乾杯しよう」
そう言い説明や紹介もなく、いきなりの乾杯にグラスを持ち固まる私。皆さんいい顔をしお酒を楽しんでいる。ずっとグラスを持ち固まる私に気付いたハンスさんが、公爵の元に行き耳打ちをした。
すると公爵は慌てて
「すまないね。60年ぶりの渡りと我が公爵家が受け入れられた事に興奮し紹介を忘れていたよ。私と妻は挨拶したので…」
公爵はそう言い改めて御嫡男のマコトさんと、娘のエルザさんを紹介してくれた。公爵とマコトさんは霞んだシルバーヘアーに、薄紫の瞳の北欧系の美丈夫で、奥様とエルザさんはストロベリーブランドにオレンジ色の瞳の北米系の美人と美形一家だ。
『それより早く事情を説明プリーズ!』
と思ったけど自分から言える訳もなく、出される食事を黙々と食べ、いつ説明されるのか窺っていた。
和気藹々と進む食事もデザートが出されると、公爵は夫人とエルザさんの退室を命じた。そして
「さぁ…状況が分からない綾乃嬢にこの国と猪神様そして渡りの乙女の話をしましょう」
やっと説明をしてくれる様だ。何度か耳にした【猪神様】てこの国の守神なのだろうか?
そして緊張しながら公爵の話に耳を傾けると、視線を感じた方を見ると、マコトさんと目が会い微笑みをもらってしまった。美丈夫慣れしていない私は頬が熱くなるのを感じ慌てて下を向く。
「…と言うわけで異界から戻った猪神様は、異界の乙女の孫娘を愛しお育てになりました。そして愛が芽生えたお二人は夫婦となり、アグニに安寧を齎しました。ここまでよろしいか?」
「あっはい」
慌てて顔を上げ返事をする。大丈夫ちゃんと聞いているから。公爵から聞いた話を要約すると…
遥か昔。この大陸には少数民族が住んでいた。山と草原が占めるこの大陸は【猪神様】の加護を受けていた。自然豊かなこの大地は他国から狙われ、幾度となく侵略を受け、その都度猪神が跳ね除けた。
ある時他国の武力に傷付いた猪神は、時空の歪みに落ちてしまう。
落ちた先は昔の日本。傷付きウリ坊の姿になった猪神を幼子が見つけ介抱した。幼子の献身的な世話のお陰で傷が癒えた猪神は元の世界に帰る日に、貧しく日々の食べ物もない幼子を元の世界に連れ帰り恩を返そうとした。
しかし幼子は年老いた祖父母を置いて行けず申し出を断る。幼子の意思を尊重した猪神は、恩を返しにまた来ると幼子に告げ帰って行った。
戻った猪神は族長を集め他国の脅威からこの大地を守る為に国造りを命じた。そして造られた国がアグニ王国だ。やっと国が落ち着き安寧が訪れた頃、幼子が忘れならない猪神は異界へ赴き幼子を迎えに行く。異界を後にし十数年。幼子は娘になっているはず。娘を娶り連れ帰るつもりでいた猪神。だが…
『こちらと日本では時の流れが違ったんだ…』
猪神が迎えに行くと幼子は天命を全うし亡くなっており、その娘の孫娘が1人で暮らしていた。身内を亡くした孫娘の暮らしは貧しく痩せ細り、今にも事切れそうだ。猪神は幼子と瓜二つ孫娘をアグニ国に連れ帰り育てる事にしたのだ。そして美しい女性となった孫娘は、猪神の妻となりアグニ王国の初代聖母となった。
それから聖母は4人の男児を儲け、日本での知識をアグニに伝授し、アグニ王国の繁栄に貢献した。
そして数十年経ち聖母の寿命が近づくと、猪神は日本から乙女を迎え、4人の息子の1人と乙女を結びつけ国を任せ、聖母亡き後は山に籠りアグニを見守り続けた。
ここで疑問が。手を上げ公爵に質問する。
「何故聖母の相手は4公なのですか?」
「4公は初代聖母と猪神の血を継いでいるからです」
そして猪神は他国からの侵略を防ぐ為に、四方を息子達に守らせた。
「この国の成り立ちは分かりましたが、私となんの関係が…」
「貴女が異界の乙女だからですよ」
「!」
なんで知っているのだろう? それよりどう返していいか分からず固まると
「我々4公は猪神様の啓示を受け、乙女をお迎えするべく国内に使いの者を送りました」
「それがハンスさんですか?」
そう次期当主の側近であるハンスさんや執事達が駆り出され、乙女の痕跡を探していたそうだ。そして鬼門の検問所で私を見つけたハンスさんが寄り添いつつ、公爵家に連絡を入れていた。
「でも皆さんはスザク家が迎えた黒髪の女性が次期聖母様だって…」
「あ…あの女性ですか… あれは偽物ですよ。ここ数代聖母様の婿を出していないスザク家が、焦りから確認を怠り迎えたのです」
どうやら裏鬼門の検問所に潜伏していたゲンブ家の家臣が、例の女性が検問所に向かう前は他の髪色と瞳だった事を覚えていており、競場にいる執事長のヴィンセントさんに連絡を入れてあった。
「恐らく髪は染め瞳は点眼薬で変えているのでしょう。スザク家の者は短気で直感的ですから、例の女性にしてやられた訳です。後数日すれば気付き大慌てするでしょう」
そう言い公爵は楽しそうに笑った。そして立ち上がった公爵は私の前に来て
「貴女は次期聖母様となられるお方。4公の独身男性から伴侶を選び、この国を護っていただきたい」
突然の話に言葉も出ない私にヴィンセントさんが
「旦那様。こちらに来たばかりの綾乃様は困惑なさっておいでです。お時間が必要かと…」
ヴィンセントさんの起点で考える時間をもらう事が出来たが、色々あり過ぎてどうしていいか分からないよ!
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