序章 古代の壁画
改稿中です。
今後、編集していきます。
「遠い未来において、世界の姿が変わる日が、いずれ来る」
この地球の将来を予測しているかのように、母国の国王はそう断言していた。
まるで何が起こるのか、その真相を知っているかのような口ぶりで長いあごひげをさすりながら、自分に指令を下した時の様子が今でもくっきりと脳裏に思い浮かぶ。その真意こそ伝えてはくれなかったが、この航海の旅の最終目的地で全てを知る時が来ると、そう言い渡されたあの時に感じていた疑心暗鬼な感情が、今のこの時点になって明白になりつつある。
自分はもう初老の身ではあるが、最後のこの探検にせめてもう一度だけ人生の意味と醍醐味を見出したかった。それを叶えてくれた国王への恩恵に報いる気持ちで、彼は指令の通り船を港から出航させ、船旅に出た。だが、それもいよいよ最後の到達点へと至りつつある。
彼の名は、ジェフォンド・レイツォリット。
六十七歳。
スペイン国籍の船サン・プエンテ号の船長であり、自国の国王から託されたある任務を実行するため、航海をすることになった、貴族出身の白人男性だ。すっかり白髪で染まった乱れた髪からのぞく経験値の高い眼光には、丸眼鏡の奥からでも十分鋭く見えるのが分かる。幾多の航海を経験してきたことから得られた直感的な知恵といかなる困難にも臆さない意志がその両眼に常に宿り続けていることは、仲間の船乗りたちから見ても明確に察知できる。
ただ、人生最後となる今回の旅で受けた任務の真相について思考を巡らせた時、何か奇想天外な展開をはらんでいるような予感を完全なまでに拭い去ることができないままでいた。そのことが、この時代を代表する人類規模の目的を全うするこの任務それ自体に、大きなプレッシャーを感じてもいたのだった。
今は、西欧ヨーロッパ諸国が盛んに未踏の地へと足を踏み入れている時代。
そう、大航海時代だ。どんな未知なる遭遇がこの世界で待ち受けているのか、その不安と期待のはざまで葛藤しているような、そんな心境だった。
母国スペインには、この世界におけるある目的があった。
大航海時代におけるスペインの目的。
それは、遠い未来において世界中を網羅した全陸地を繋げる技術を開発することだった。
ただし、その実現にはある遺産が必要だった。
………太古の地球に実在したとされる、謎の古代種族が利用していた大いなるテクノロジーが。
そのテクノロジーを蘇らせるために、彼らが使っていた言語の存在を、国王は知っていた。
その言語が具体的に何を示すのかまでは、本人も知らない様子だったが、一つ知っていることがあった。
国王はこう言っていた。
「太古の巨人たちは、大昔の地球に実際に存在していた」
と。
その種族がかつてなしえようとしていた、地球規模の壮大な目的を彼は知りたがっていた。
………天から到来してきたアースディセンダーという種族の途方もなく大きなある目的を。
眼前に立ちそびえる巨大な崖の麓にぱっくりと空いた大きな裂け目がある。
そこの奥は地下へと続く洞窟となっているようで、その先をここからは見ることができない。
時々、ポチャン、ポチャンといくつかの水滴が天井から滴り落ちる音が聞こえる。
その薄暗い不気味な入口を照らすために、ジェフォンドはランタンを掲げた。
「本当に入るんでしょうか、船長」
自信なさげな船乗りの一人が頼りない声音で聞いてくる。一体何に遭遇するのか分からない恐怖からくるのか、今すぐにでもここから抜け出したいという面持ちが見てとれる。
船長は、そんな彼の表情に気づくことなく「もちろん、入るさ」と返した。
振り向きざまに一団全員に聞こえる声で、言う。
「諸君、これから我々は全世界が決して行きつくことのできなかった大きな発見を目前にしている。それがいかなるものであるにせよ、これからの地球の姿を著しく変容させるものであり、全人類の文明発展と栄光に大きく貢献すると、我らが陛下は仰せになられた。その真意が何であるにしろ、我々には自身の種族の繁栄に寄与するだけの権利と責務がある。故に、我々はここからこの洞窟の地下へと向かい、その果てにあるものを目撃することとする」
眼前の面々に大きな期待と緊張が高まったことを一つひとつ確認してから、ジェフォンドはランタンを掲げたままおぼつかない足で一歩、また一歩と地下を降り始めた。
行く手には、長いつららや鍾乳洞の鋭い岩が天井と地面ともに立ち上がっており、表面はでこぼこだらけだ。硫黄くさい匂いと湿った空気が呼吸しづらい感覚を与えてくる。一つ、また一つと下っていく度に自分が今大きな冒険をしていて、世界最大の発見に出くわすであろうという大きな期待に、胸が躍っていた。
四、五分ほど降りていくと、そのさらに下が開けているのが見えた。
球形の平べったい地面になっていて、黒みがかった金属でできている。
明らかに人工でできた産物であることは疑いようがなかった。
こんなものが世界の奥底にあるなんて。
いつもは微動だにしないジェフォンドの面持ちにも驚愕の表情が広がった。
だが、国王からある程度の情報を仕入れていた彼にはこれが一体何のことなのか容易に理解できた。だからなのか、他の仲間ほどに大きな驚愕は抱かなかった。むしろ、場所的にここで合っている、という確信が持てた。
「これは………?」
入口の時に弱音を漏らしていた者とは別の船員が言った。
ジェフォンドがゆっくりと答える。
「おそらくは、彼らの残した遺物か何かだろう」
「………彼ら?」
「アースディセンダーのことだ」
今になって初めて船長の口から出てきた知らない言葉に船員たちは戸惑った。
そんな状況には目もくれず、好奇心旺盛なこの船長はこの金属の地面をくまなく調べ始める。
きっと、彼らにとっての門扉か何かだろう。おそらく、この地面のどこかに陛下から授かった"言葉"を入力する場所があるはずだ。
あたり一面をきょろきょろと見まわしたのちに、ついに目的のものを発見した。
中央よりやや外側に刻まれた環状の線に沿うようにして見たことのない小さなシンボルマークが無数に彫り込まれている。その一つ一つに必ず円がどこかに入っており、それを囲むようにした線形の幾何学的な模様が幾重にも重なるような感じで刻みつけられている。
それが何なのか、彼には分かっていた。
ジェフォンドはそこの地面でしゃがみ込むと、ある一点の丸い窪みを軽く長押しした。
すると、たちまちにしてその周りにあるシンボルマークから青く透明な光が迸り、収束を始めた。それらはジェフォンドの目の前でいくつものシンボルマークへと変わり、環状に並べられてごくわずかにゆっくりと回転を始めた。まるで天体が太陽の周りを回るかのような、神秘がかった不思議な光景だ。
船員たちは声を出してさらに驚愕した。ジェフォンドも少しばかり驚きに瞳孔を開いたが、それでもなお冷静さを失いまいと努めて、ポケットから小さな日記帳を取り出した。
ページを繰っていき、目的の項目を見つけた。
そこには、国王から聞いた環状の"言葉"が、眼前のものと全く同じ形状で書き記されていた。
―世界は、時代を変える「名」を知らないままその様相を変えていく―
一面に広がるのは、かつての文明の記憶………。
そこで浮かび上がる、走馬灯のように流れていく映像を心の中で眺めては、また一段と深い悲しみと絶望の奥底に引きずられていく。
彼は、それらを眺めた。
「これは、何のエネルギー?」
小さな少女がいたいけな表情で自身に聞いてくる。
巨体の彼はゆっくりとしゃがみ込んで、二人の下にある地面を流れる青い、電子回路のような線をその指でなぞった。
「全ての生命を生かす究極のエネルギー、テラノストロムだよ。生物が持つ思いを清め、共にそれを分かち合う仕組みを持っている」
「へえ、そうなんだ!………いつか、わたしの思う未来が叶う日が来るのかな………?」
少しばかり曇らせた表情に彼の心が慈しみという感情を動かさせた。
人差し指で彼女の顎を上向かせる。
「きっと叶う日が、来るよ。人々が本当に全生命との調和を望むのであれば」
「ならわたし、この気持ちを多くの人たちに届けてみせるね!」
「ああ、よろしくね」
「うん、頑張る!」
にっこりと笑みを浮かべた少女には、これから先に訪れる自身の運命の行く末を知ることも想定すらしえないであろう、何にも知らない無垢で純粋な気持ちがその面持ちからはっきりと見て伺えた。
………その少女はもう、この世界にはいない。
彼女を帰らぬ人にさせた唯一の出来事。
そう、それは………。
―戦争だ―
その思念が今度は別の光景を生み出した。
あたりは戦火と爆音の連続に蹂躙され、所々で上がる火の手がすでに消えた命の灯火をさらに焼き尽くそうとするかのように業火へと変わっていく。
生命の死が散在するこの都市で動いているものといえばそれらを踏みにじる巨体だけだった。
巨大な体で恐ろしい体格をしたケダモノたちが、互いに戦闘を繰り広げ、殺し合っている。
どこかで戦いの雄叫びが聞こえてきたかと思えば、その次に響いたのはよく聞く存在の掛け声だった。
「我に続け!何としてでもこの秘宝を死守するのだ!」
その光景を今まで見ずにいた彼はそこで初めて顔を上げ、心に浮かぶ映像で見るのではなくその存在を実際に目で捉えた。
碧玉の目に映ったのは、獅子たる我ら種族の指導者、自分たちの王だった。
進撃する彼の後をついていくのは、その副官である自身と彼の幹部たち、そして彼に忠誠を誓う大勢の屈強な戦士たち。
敵が形成した包囲網を圧倒するかのようにその中央へ突進していく王。
武器同士がぶつかり合う激しい衝突と砲弾の炸裂音が連鎖する戦闘は、やがて幾多の戦士の勇猛なその命を容赦なく奪い始める。
数で圧倒される軍勢の攻撃に抗いきれず、致命傷を受けて倒れていく戦士たちの間を縫って彼は戦い続けた。
………いつもその果てに見えるものがあった。
決して起きて欲しくはなかった、自分たちにとっての最後の希望。
それが潰えること。
そう、それは………。
「王よ、それだけはお止め下さい!あなたが死んだら、この世界は………!」
「だが、奴らの横暴を止めるにはこれしかないのだ。我が犠牲をもって我らの砦となるテラノバリクスを破壊すること、それだけしか」
「そんなことをすれば、あなたはおろか、この大陸が海の底に沈んでしまう!この偉大な文明が存在したことすら未来の世代に知らしめる術がなくなってしまう」
彼の憂慮した表情を見て取り、王は彼をたしなめた。
「いいか、シャンディスよ。確かに我々はこの人類の歩むべき道を導き間違えてしまった。それは疑いようがない。だが、未来の世代でさえも同じ過ちを犯すとは私には思えん。なぜなら、彼らは歴史を学ぶ知性を持ち合わせているからだ。その高貴な叡知と巧みな知恵を使っていずれ来たる世界の降下、即ち《ディセンション》を必ずや成功に導かせることができる。私はそう強く信じている」
「………もし、彼らが同じ過ちを犯したとしたら?」
「その時がたとえ来ようとも、私は最終的に彼らが自らの使命に目覚め、事を成し遂げてくれるであろうと確信する。たとえ何があってもだ」
うなだれる彼を急かすようにして「さあ、行け」と諭す。
彼は背を向けつつも、振り向きざまに王の奥深い青い瞳を最後に見据えた。
強い絆で結ばれた二人の、最後の挨拶が目を通して行われた。
「テラの声が再び聞こえてくるように」
あえて言葉にした彼は意を決して背を向け、脱出していった。
残った王のその時の言葉がノバリクスを通じて聞こえてきたことは、今でも忘れてはいない。
「全ての生命には、たとえどんなに道を踏み間違えたとしても、自身の"声"を聞く可能性を自らの内に秘めている。その可能性を知っているのだ。だから………」
―可能性を、思い出させるのだ―
そのあとに王が取った行動がノバリクスを介して光景として目に焼き付いていた。
彼は自らのノバリクスを取り出し、それを本体であるデラに接触させて