91.焼灼
もし奴が『攻撃反射』の効果が切れるのを待っているとしたら、魔法の種類を知っていて、更に知恵があるという事ですので相当厄介です。その後ろにも10匹ほどのレベルの高そうなキラーウルフも居るので、勝てる気配ゼロ以前に、命の危険すら感じます。
視線を逸らさず、こちらを見つめている眼を見ると、背筋がブルっと震えました。武者震い?いえ、本当に怖いのですよ。
「し、師匠…あの人は私達の事を見逃してくれる気ありますかね?」
アイラは期待を込めて声を震わせながら私にそう聞いてきますが、そんな事は分からないよ。
「判らないけど、とても勝てる気はしないね。もう、気持ちで負けているよ…アイラ、私に『攻撃反射』をかけ続けてね。アイラの背中はユキちゃんに見張っていて貰って、ユキちゃんが鳴いたら後ろの敵に『火の魔法』だよ」
とても目の前の敵から目を離すことは出来ません。視線を逸らすと襲い掛かられるかもしれませんし…
「ち、ち…因みに、師匠はあいつと戦おうと思っています?そもそも、あいつに『攻撃反射』効くのですかね?」
アイラは私の背中でブルブル震えています。実は私の足も震えていて力が入りません。逃げるに逃げられない状態なのです。蛇に睨まれた蛙。そう、私は今蛙です。
「できれば戦いたくないけど、逃げ方も分からない…」
ゴクンと生唾を飲んだ時です。茂みの中からキラーウルフが私達を狙って複数匹飛びかかってきました。そいつらは目の前に居るブラックウルフ軍団とは違い、眼が血走っていて、向き出した牙に、口からは涎をダラダラ垂れ流している奴らです。
しかし、飛びかかってきた5,6匹は『攻撃反射』に弾かれ、ブラックウルフの前あたりまで飛ばされました。その他の血走った奴は、唸り声をあげながら戦闘態勢を取っています。
良かった…『攻撃反射』かけて貰っていて、助かったよアイラ。
ラッキーな事に、飛びかかられたお陰で私の足の震えは止まり、取り敢えず動ける蛙になれました。うん、よし、これでいつでも逃げられる。
「あ、アイラ、ゆっくり後ずさりだよ、このまま逃げよう」
アイラも口をアワアワさせながらも、ブンブンと顔を縦に振りました。そして、熊と出会った時に逃げるかの如く、ゆっくりと後ずさりをしようとした時です。信じられない事が起こりました。
なんとブラックウルフ軍団のキラーウルフが、私達には目もくれず血走ったキラーウルフ達に襲い掛かったのです。何だと、仲間割れか!
私はその不思議な状況を、ただ見つめていました。アイラが「今のうちに逃げよう」と服を引っ張るのですが、ブラックウルフ軍団の見事な連係プレーに目を奪われたのです。
横からのタックルで体勢を崩した所に、別のキラーウルフが首根っこを捕らえる。そして仲間が危うくなる前に、ブラックウルフが自ら出向いて瞬殺です。ブラックウルフ軍団は誰一人?傷つくことなく、いきなり襲い掛かられて翻弄しているキラーウルフをものの見事に倒していきました。
ほんの数分の出来事でした。血走った方のキラーウルフは全て倒され、亡骸が消え去った後には黒い小さな丸い球が残っていました。
私達は呆然としながら、すべてのブラックウルフ軍団以外のキラーウルフが消滅するのを見つめていました。ブラックウルフのほうはそんな私達をじっと見つめましたが、そのまま襲い掛かかりもせずに、声も上げず軍団を引き連れて森の中へ消えていきました。
「行っちゃったよ…」
「行っちゃいましたね…」
「助かったね…」
「助かりましたね…」
私たち二人とも腰が砕けた様にその場にしゃがみ込んでしまいました。
「ブラックウルフは操った人間と、操られていたキラーウルフを倒しに来たのかもしれないね」
「そうですね。いい様に利用されている仲間を開放してあげたかったのかもしれないですね」
ブラックウルフと話をしたわけではないので、本当の所は分かりませんが、少なくとも敵意は感じられませんでした。ユキちゃんがへばり付いていた事も、良かったのかもしれない。なんしか、助かりました。はぁ…怖かったです。
「さあ、もうひと仕事だね」
重い腰を持ち上げ、立ち上がった私たちは、キラーウルフの残した黒い小さな丸い球を回収して、忌まわしいブラックソムニを焼き払う事にしました。今回の仕事の最大の目的です。
「アイラやっちゃってください」
私が人差し指をピンと立て、ブラックソムニを示すとアイラも格好良く、杖を群生に突きつけました。
『火の魔法』
手加減無しのアイラの『火の魔法』がどんどんブラックソムニを焼却していきます。その煙がこちらに来て、それを吸い込んだアイラはへらへら笑いだしました。
私もなんだか気持ちが大きくなってきます。なんだか幸せ…
はっ!いかんいかん。これ、煙を吸ったらやばい奴だよ。下手すると再起不能になっちゃう…
私は大慌てで『解毒』を唱えました。勿論アイラにも。
幸せな気持ちがスーッと消えていきました。なんだか少し寂しくなりますね。もう一度あの気分を味わいたいというか…あぁ…きっとこれが依存性なんだね。
アイラも元気がなくなりましたよ。こりゃあ、罪な草だわ。やり切った感より悲しい気持ちになるなんて、酷い話よね。直ぐに気付いて良かったです。
「有難う、アイラ。一本も残っていないね。さあ、帰りましょう」
こうしてブラックソムニ焼灼の仕事は幕を閉じたのでした。
いつも読んで下さりありがとうございます。
後2話で第六章は幕を閉じます。




