76.アニカさんの家の状態
倉庫の中には、ルナカモマイルが広く陰干しされていました。ドライハーブにしているのです。
倉庫の中いっぱいにほのかに甘く、取れたてのリンゴの様なルナカモマイルの香りが漂っています。その良い香りは私の心をリラックスさせてくれます。
私たちの作業は、干されているルナカモマイルの花部と葉を茎から取り除く事です。茎が混じると苦みが増すので丁寧に取り外すのです。こうやって一つ一つ丁寧な作業があの美味しいハーブティーを生み出しているわけなのですね。でもね、地味で気の長い単調作業です。とっても良い香りの中で働けて心地は良いのですが、何か会話でもしながらじゃないと飽きてきそうです。
そう言えば、単調な作業をしている今がチャンスです。実際の所、病気がどの様に広がっているのかを思い切ってアニカさんに聞いてみることにしました。嫌がるかしら…
「ところでアニカさん。ご両親のご病気って大変なのですか?公爵様から伺ったのは、原因不明の病気が流行り、ばたばたと人が倒れているという事だったのです。ルナカモマイルのハーブティーを飲みたかったのは事実なのですが、それだけではなく、私も何か手伝えることは無いものかと思い、こうしてやって来たわけなのです」
私がそう切り出すと、アニカさんは汗を拭いながら、やっぱりと言った表情を浮かべてこういいました。
「ええ、ただ単にギルドの依頼を受けてきた、冒険者の方ではないと思っていたわ。だって収穫作業に惜しみなく『回復』を使う冒険者の方が、レベルの低い方であるはずがないじゃない。それなら何か意図があってここに来たという事よね」
鋭い見解です。アニカさんは、私が話を切り出すのを待っていたのかもしれません。そう思えるほどに大した驚きも見せずにそのセリフを言ったのです。彼女にとって、その言葉は喉から手が出るほどに待ち望んでいた言葉だったのかもしれません。逆に言うと、そう思いたくなるほどの事態だという事です。事が事だけにひとりで抱え込むには重すぎるのですよ。
「今日会ったばかりの方にこんな事を言うのは何なのですけど、恥を忍んでお話しするわ」
アニカさんは作業の手を止めずに、ゆっくりと話し出しました。
ルナカモマイルは、元々ハーブティーとしての評価も高いのですが、アニカさん一家の作るものは高品質なので貴族たちにはかなりの人気商品です。この地味で丁寧な作業をやっているのですもの、当然ですよね。ですから、それだけで十分な利益を得られるので、自宅に家政婦3人と、従業員4人を雇っていました。
ところが、アニカさんのご両親が病に伏せたのに加え、家政婦の2人も病んでしまったのです。それも全く同じ症状でです。
症状はと言いますと、手足がガクガク震え出し、身体の自由が利かなくなるのです。街の医師に診てもらうと、「流行性の病だ」と言ってろくに治療もせずに、ご両親を家から出さない様にと言いました。ただ、不思議と残りひとりの家政婦さんとアニカさんは感染らなかったのです。
医師が「流行性の病だ」と言ってそそくさと出て行ったものですから、従業員の4人は慌ててお暇を申し出ました。彼女たちも本意ではなかったのでしょうが、それぞれに家庭があります。辞めざるを得なかったのでしょう。アニカさんの方も引き止められる術はありませんので、それを受託し、ギルドの方へ収集作業依頼を出したのです。
ところが誰が言いだしたか「流行性の病だ」と言う噂は瞬く間に広がり、挙句の果てにルナサフォランの温泉宿ではルナカモマイルのドライハーブを買ってくれなくなったのです。更に悪い事に、地元民の間にも同じ症状の患者が出現し、それもアニカさんの責任になったのです。街は医師や看護者を他の街からも要請し、対応しているのですが、症状が重く、とても追いつかない状況であるとか…
幸い、アニカさん家では、病気にならなかった一人の家政婦さんが残ってくれて、ご両親と、病に倒れた家政婦さん2人の看病をしてくれています。だからこうやってアニカさんも作業ができるのですが…到底ノルマが達成できる状況ではありません。
「まあ…それは嘸かし大変だったでしょう…」
私がそう言ってアニカさんを労うと、アニカさんは弱々しく作り笑いを浮かべました。
「でも、あなた達が来てくれたから…これから前向きに考えていかなきゃね。あなた達の様に私のハーブティーを好んで、わざわざ他所から来てくれる人もいる事だしね」
私たちが来たことで、どこかに一縷の望みが見えたのかもしれません。こんなに美味しそうなドライハーブを作れるのだもの、病気の原因であるはずがないわ。何とか、アニカさんの期待に応えたいものです。
私にできる事は作業を手伝う事と、病気の原因を探る事です。
さあ、病気に対してどうするかですが、そうです、私には『所見』があります。先ずはアニカさんのご両親が、本当に何らかの流行性の感染症に冒されているのかを判断すればいいのですよ。原因が分かれば対処する方法が見つかるかもしれません。先ずはそれをアニカさんに伝えなくちゃね。
「アニカさん、私は『所見』の魔法が使えるのですよ。本当に感染症かどうかを見極めることが出来ます。今日の作業が終われば、ご両親を見せては頂けないですか?」
私の言葉にアニカさんは大層驚かれました。だって、更に詳しく話を聞くとご両親の元を訪れた街の医師は冗談の様に苦笑して、手に持っていたスプーンを放り投げてろくに診察もせずに帰って行ってしまったのです。「匙を投げた」って言いたいのでしょうが、あまりにもふざけすぎです。あまりにも腹が立ったので、玄関に塩をまいたそうなのですが…何かおかしくないですか?本当にまともなお医者さんがそんな事をする?
何故、ろくに診もせずに感染症って分かるんだ?類似する病気が何かあったのでしょうか?
するとアニカさんは不安気に私を見つめられました。
「ミドリさんは感染るのが怖くないのですか?」
「だって、本当に感染症かどうかも分からないでしょう?それにアニカさんも家政婦さんも感染っていないのだし、診てみる価値はあると思いますよ」
いつも読んで下さりありがとうございます。




