65.トト
物欲しげに私の顔を見ながら、錫杖を掴んで離さない女の子。でも、それを無理やり引き離すわけにもいかず、取り敢えず持っている山ぶどうジュースをテーブルに置きました。だって、このままじゃあ折角の山ぶどうジュースがこぼれそうなのですもの。
すると、その女の子はここぞとばかりに私のジュースを手に取り、ゴクゴクゴクと一気飲みです。
あぁ…私の山ぶどうジュース…
「ぷはぁ…」
飲み終えた後、おっさんの様に満足げに息を吐き出す女の子、これで満足したかなと思いきや、再び私の錫杖をがっしりと握りしめました。
そして、再度私の顔を見つめて「お腹が空いた…」とこぼしました。
うーん、この状況はどうしたらいいのだろう…アイラの言う通り、うっかり声をかけたのがまずかったのかな…でも、もう声をかけちゃったしなぁ…錫杖も離してくれないし…
取り敢えず、お腹が空いたって言っているのだし、何か食べさせてあげれば離してくれるかもしれませんので、と
「えっと…あそこにお団子が売っているけど、食べる?」
「お団子よりもあれが食べたい」
女の子が指をさしたのはサイコロステーキでした。お肉が食べたいだなんて本当にお腹が空いているんだね。
「いいよ。買いに行こう」
屋台の前に行くと目の前でサイコロステーキが焼かれています。
ナニナニ…おお、ワイルドボアの肉だ。一皿3個入りで30ピネル…お金は持っているからいいけど、なかなか良い値段ですね。こんなに小さなお肉が3個で30ピネルだなんて、本当にワイルドボアの肉って高級だったのですね。
「2皿欲しい」
女の子がそう言うので、店主のおじさんにそう注文すると、おじさんはチラリと女の子の方を見て、新たな肉を焼き出しました。
あら?まさか親子と思われているの?
2皿分を購入して、再びテーブルへ戻りました。2皿欲しいって言うから、私と一緒に食べるのかと思ったら、彼女は一人でひょいぱくひょいぱくと無表情で一気食いです。3分で60ピネルが無くなりました。
「そんなに一気に食べると喉に詰まるわよ…」
高いのだから味わって食べなさいみたいなことは、けち臭いので言いません。純粋に心配しているのですよ。美味しく食べてくれたらそれでいいのです…が、そんなに美味しそうじゃないですね。
「ちょっとここで待っていてね」
気になるので、もう一度サイコロステーキを買いに行こうとすると、女の子は相変わらず錫杖を離してくれないので、再び一緒に買いに行きました。
1皿を注文しようとすると、女の子は「2皿下さい」と横から言ってきました。あれ?美味しくなさそうに食べていたじゃない?
また店主のおじさんは何も言わず、女の子の方をちらりと見て、新たに肉を焼き出しました。
ん?よく食べるな…とでも思われているのかしらね?
再び2皿分を受け取り、また60ピネルを払いました。サイコロステーキだけで120ピネルの出費です。一体、私は何をしているのやら…
再びテーブルに着いた私たちは、再度食事タイムです。今度は私も食べさせてもらうからね。
早速食べようとすると、女の子はひったくる様に肉を奪い取り、食べようとします。
「ちょっと待った待った、今度は私も一緒に食べさせてよ」
女の子を制止し、半分のお肉を手元に戻し食べようとすると、女の子は小声で「食べちゃダメ…」
え?そんなに食べたいの?美味しそうな顔をしていないのに?なんで?
疑問に思いながら肉を口に放り込みました。
モグモグモグ…え、なにこれ…昨日食べたおお肉と全然違う。本当にこれワイルドボアの肉なのかしら…
遠目で私たちの動向を伺っていたアイラがしびれを切らし、私たちの元へやってきました。そして、私のしかめっ面を見て「師匠なんて顔して食べているのですか」
「え、これワイルドボアの肉って書いてあるんだけど、昨日食べたものと全然違うくて」
「どれどれ、師匠一つ頂いてもいいですか?」
アイラはそう言って1個のお肉を頬ばりました。
「うえっ、固いし味がないですね。昨日のとは全然違いますよ。この味知っています。ケッパーラビットの肉じゃないですかね?こりゃ詐欺ですね。文句を言いに行きましょうよって、ちょっと待ってください。さっきから師匠一体何をやっているのですか?」
アイラは思い出したように、私の目を見てそう訴えてきました。何か言いたいことがありそうです。
「え?いやあ、あのね、この子がお腹が空いてサイコロステーキが食べたいって言うから、買ってあげたらあまりおいしそうな顔をしなくてね、私も試しに食べようと思って…」
まあ、経過の報告をとばかりに説明をすると、アイラは両手を逆はの字に上げてやれやれ顔です。
「いやいやいや、そんな事を聞いているんじゃありませんよ。なんで餌付けみたいなことをしてるんですか?普通、そんなに高いものをどこのだれか分からない子に、ポンポンと買ったりしませんよ」
そう言われれば確かにそうですね。ちょっとお金が沢山手に入ったからって、調子に乗りすぎました。この子の親御さんが居たら「勝手な事をしないでください」って怒られそうです。
「確かにアイラの言うとおりね、気を付けないといけないね。お団子にしておけばよかったかしら」
私がそう言うと「そんな問題じゃないっす!」と窘められました。
そういえば、この子の名前を聞いていなかったですね。
「私は冒険者でミドリっていうの、あなたのお名前は何?お腹が減っていたから泣いていたわけじゃないでしょ?」
そう尋ねましたが、女の子は俯いて何も言わずに黙っています。
「言いたくないなら言わなくてもいいよ。でもね、せめて名前だけでも教えてくれない?」
「トト…」
「え?」
「トト…名前…」
「トトちゃんって言うの。お腹いっぱいになった?喉の渇きも止まった?」
トトは黙って頷きました。それ以上は喋りたくなさそうだし、もう私からの用事は済んだかな。
「じゃあね、トトちゃん。早くおうちに帰りなよ」
そう言って私とアイラが立ち去ろうとすると、再びトトは私の錫杖を掴んだのです。
おや?まだ何か用事がおありで?
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