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Pain of four Seasons   作者: yuki.
9/26

#9_夏越しの月

#

 今から30数年前、真夏の海で出会い恋に落ちた私の両親は、付き合っている間も結婚してからも、4つ下の私の妹が結婚して子供が生まれた今もなお、近所で評判の仲のいい夫婦だ。

 夏生まれの子どもが欲しいと願った私の両親は、医者から出産予定日が7月2日だと告げられたとき、性別がどちらにせよこの子には“ナツ”という名を付けようと決めたのだとか。

 そんな希望など知る由もない私は、気の早い両親に似て予定日より少し早い6月30日にスーパー安産で元気いっぱいに生まれてきてしまった。


 その昔、一年を半分にした旧暦の6月30日に“夏越の祓なごしのはらえ”という神事が執り行われていた。その神事が行われる月を ―夏越しのなごしのつき― と呼ぶことから、私は夏月と名付けられた。

 夏越の祓なごしのはらえとは、心身の穢れや、災厄の原因となる罪や過ちを祓い清める儀式である。

 この名の由来を聞かされたときのことはぼんやりと覚えていて、それから私は、清く正しく、至って真面目に生きてきた。


〈家にいるからいつでもいいよ〉


 でも最近、“それ”のせいで私は人より繊細で神経質なんだろうなと思う。


〈今ホットヨガ行ってた!ごめん私から連絡しといて…。笑〉


 会社を辞めた同期と、また最近よく会うようになった。同期だったアキちゃんは1つ年下だけど、賢くてしっかりしていて、食事やお酒の好みも合うし笑いのノリも同じだったから、また会えるようになって嬉しい。 

 社会人になってから、こんな風に頼りたいときに話を聞いてくれる女友達に出会えることは、すごく貴重なことだ。


〈いいよ(笑)いつでも電話してー!〉


 優しいメッセージを確認してからカバンに放り込み、いつもなら使わないロッカールーム横のシャワーで汗を流し、今日は受付のお姉さんとのお喋りもそこそこにして急ぎ足で帰路につく。


『もしもーし!』


 ごめんね~!と言い出しっぺの私が待たせたことに謝罪すると、「いや全然思ってないでしょ」と早速心地良いツッコミが聞こえてくる。そのアキちゃんの明るさに、今日は一瞬鼻の奥がツンとする。


『いやほんと…。ちょっとさぁ…、ゴメン。聞いてくれる?一気にめっちゃ喋っていい?そしてめちゃくちゃ悪口言っていい?』


 思い出して泣いてなんかやるもんかと、アキちゃんの笑いを誘うようにそう言った。


#

「伊藤さん!!やばくないですか、コレ!」


 今朝、会社のロビーに着くや否や、噂好きの後輩が小走りでやってきた。今日はどの芸能人のゴシップだ?と思いながら「どした~?」と目の前に突きつけられたその子のスマホ画面を目で取り調べる。私は社内で“お喋り好きの伊藤さん”で通っている。

 でもそこに表示されていたインスタグラムは、なんてことのないディナーの写真。


「ん?なに?誰のよ、これ。」

「よく見てください…!」


 ペールピンクの綺麗な指先が、トントンと画面を指す。そのジェルネイルが指すアカウント名は、美波のものだった。小島 美波こじま みなみは、一般職の私の同期だ。


「あぁ!美波のか!え、分かんないんだけど。このご飯の何がやばいの(笑)」


 乗り込んだ朝のエレベーターは各フロアの人でごった返していて、ここでは話せませんという顔で首を横に振る。


「これ、見覚えありません?」


 フロアに着いてわざわざ連れてこられた女子トイレの鏡の前で、入念に各個室に人がいないか確認したあと、再度その美波のインスタグラムのディナー写真が映し出されたスマホを手渡される。

 見る限り、普通のディナー写真にしか見えないけど…。何をそんなに息巻いてるんだろう。

 あまりにその間違い探しの答えが見つけられない私に痺れを切らし、その子は言う。


「小島さん、絶対藤木さんと不倫してますよ。」


 この写真のどこから、その“絶対”が出てくるのかさっぱり分からない。「そんなバナナ!」と笑ってみせても、その子はこの足元に映っているスーツが昨日の藤木さんのスーツだと言い張る。まず“そんなバナナ”にツッコんでくれよ、これだから最近の若い子は。


「美波と藤木さんが?ありえないと思うけど。」


 一般職の美波と、総合職の私の上司である藤木さんの接点はない。私が毎日かっこよくて優しい藤木さんにキャーキャー言ってるから、もちろん認識はしているけれど。それを美波はいつも笑って流す、その程度だ。ここ最近ほぼ毎日のように一緒にランチをする仲の美波が、藤木さんに対してそんな素振りを見せたことはない。

 それにそもそも、私は自分で見聞きしたもの以外は信じないし、こんな確証のないことを囃し立てるタイプの女の子のほうが正直苦手だ。


「もぉ~、早くデスク行くよ~。」


 噂好きのその子を女子トイレから引きずり出し、デスクに向かうあいだも「スーツもですけどこの靴も!絶対そうですって!」と止まらないお口に、これ以上他の人に余計なことを言うなと躾けておく。


 そして今日もいつも通り、仕事が始まったはずだった。 


#

「なっちゃーん、おはよ~。」


 始業してからしばらくして、いつも通りの光景。今日ランチ何時に行くかと相談に来た美波の姿に気付き、少し離れた席の噂好きちゃんが聞き耳を立てている。


「午後からアポあるんだよね、ちょっと早めでもいい?」


 美波とランチの相談をしながら、噂好きちゃんに仕事に戻りなさいと目で念を送る。


「あ。今度さ、ここ一緒に行こ?昨日行ったお店なんだけど、めちゃくちゃ美味しかったから!」


 そう言って美波が手に持つ資料の下に隠していた1枚の名刺を手渡してきた。これが会社の上司である不倫相手と行ったレストランの名刺だったとしたら、こんなところで白昼堂々と友達を誘うバカ女ではないだろう、美波は。


「うん、行こ行こ!写真撮ったんでしょ?あとで見せて!」


 美波が撮るインスタ用の写真は、今時の女の子たちが憧れるキラキラ女子の代表みたいなものだ。

 昨日のディナーを考え、近くの定食屋で和食ランチを決めた私たちのやり取りを、我慢できずじぃっ…と見ていた噂好きちゃんからラインが届く。


〈小島さん、昨日とスカートが同じです。〉


 よく見てるなぁ、ほんと。私は女友達が髪型やネイルを変えてもあまり気付かないから、“夏生ナツオくん”とかに生まれなくてよかったとつくづく思うよ。


#

「…なーんだ。なっちゃん、もっと怒るかと思ったのにぃ~。」


 約束したランチの時間。今日の定食はなんだろうかと美波が先に待っていた和食屋の席に着いてオーダーを済ませてすぐ美波から放たれたこの一言で、私は目をパチクリさせた。


 そしてそれは、社会人になってから仲のいい女友達と呼べる人間に出会えることは、やっぱりすごく貴重なことなんだと、改めて実感した出来事でもあった。

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