【短編】あの日、俺は女神の使徒になった
――この世界はクソだ。
――この世界が大嫌いだ。
俺は今日二十歳の誕生日を迎えたら死ぬ。そう決めた。
もうこの世界で生きていくのに疲れた。
十年前――二〇五〇年八月一日忘れもしない、地球に突然ダンジョンが出現した。
それと同時に地球の人々へ『天啓』が降りてきてスキルを授かった。
――だが、俺は授かれなかった。運が悪かったという言葉だけで済ませたくないが、そうとしか言いようがない。
地球の人々へ『天啓』が降りてきた時、俺は――死んでいたんだ。
じゃあ何で今生きているのか――それは息を吹き返したからだ。
あの日、家族旅行に出掛けた俺は車で移動中、交通事故にあった。両親は即死だった。虫の息だった俺は病院に運ばれたが、心肺停止になった。その時間は僅か一分。
その一分間のせいで俺はスキルを授かる事が出来なかった。
それに納得出来ない事もあった。この世に新たな生命が誕生したらスキルを持って生まれてくるのだ。――だったら何故、俺が息を吹き返した時にスキルをもう一度授けてくれなかったのか運命を呪った。
それからが地獄の始まりだった。
親戚家族に引き取られたが、両親を亡くして悲しみに明け暮れていた俺を疎ましく思っていたのか、邪魔な子と言われ暴力を振るわれた。また、スキルがない事をつい喋ってしまって、さらに暴力を振るわれるようになった。
その暴力は俺が高校に入学するまで続いた。高校入学と同時に一人暮らしをする様に言われた時は歓喜した。
後に分かったことだが、親戚家族は世間体を気にして俺を追い出したかったらしい。それでも俺は暴力を振るわれずに済むので嬉しかった。
だが、喜びもすぐに終わった。学校では、ダンジョンについての話ばかりで俺は話についていけなかった。結局、そのせいで友だちも上手く作れずにボッチ生活。
ある日、話を盗み聞きしていた時、ダンジョンに潜ればスキルが増えたりすることを聞いた。
俺はその話を聞いて、もしかしたら俺もダンジョンに潜ればスキルを授かれるかもしれないと思った。
ダンジョンに潜るためには探索者協会――ダンジョン発生から一ヶ月後に設立された国が運営する協会――に登録することが義務付けられているため、早速探索者協会へ向かうことにした。
――だが、現実は甘くなかった。スキル検査があり、スキル無しが判明して探索者証を発行してもらえなかったのだ。
結局、探索者証が発行してもらえなかったため、その日はダンジョンに潜るのを諦めた。
次の日、どうにかしてダンジョンに潜れないか模索したが、いい案が思い浮かばなかった。さらに次の日の放課後にダンジョンへ直行し、ダンジョンの入口を警備する警備員と直接交渉することにした。
だが、それも失敗に終わった。
ただでさえ、スキルを授かっていたとしても危険なダンジョンにスキル無しを入れるわけにはいかないと頑なに拒否された。
俺はもうどうしたらいいか分からず、家に帰って泣きじゃくった。
次の日、泣きすぎたせいで赤く腫れた目を気にしながら登校した。教室に入ると一斉にクラスメイトたちが俺を見て近くにいた者同士でヒソヒソと何かを言い合っていた。
俺は目が腫れてることに注目されてるのかと思ったが違った。
一人の生徒が俺に近づいてきて「お前、スキル無しなのか?」と尋ねてきたのだ。聞くところによると、昨日のダンジョン警備員とのやり取りを見ていた生徒がいたらしい。
俺はハッ!っとした。スキル無しがバレてしまった。咄嗟に言い訳を考えたが思い浮かばず、無言でいることを肯定と捉えたのか、その生徒は嘲笑った。
そこから学校での地獄が始まった。スキル無しや無能力者などの罵倒は当たり前。時には殴る蹴るの暴力も振るわれた。
暴力を振るわれる度に俺は、力ある者は力なき者を助ける存在じゃないのかと憤りを感じていた。俺にスキルがあったら絶対こんなことはしない――いや、したくないと思った。
学校側にイジメの相談をしても学校の評判を気にしてか有耶無耶にされてしまった。結局、俺はイジメに耐えられず学校を休むようになり、その数ヶ月後に高校を中退した。
高校を中退したことで、親戚からの最低限の支援も打ち切られ、働かないと生活できない状況になってしまった。
幸い、家から少し離れたコンビニの面接を受けて、アルバイト採用が決まって事なきを得た。
コンビニで朝から晩まで働いて分かったことがある。探索者には横柄な態度のヤツが度々いることだ。スキルがあって気が強くなったのか、はたまたダンジョンに潜って儲けてるのか分からないが、コンビニで働いてることをバカにしてくるのだ。
挙げ句の果てはカツアゲまでされたことがある。
今や人気の職業一位の探索者だが、こういった悪さをするヤツらもいるのが現状だ。
カツアゲも犯罪だが、それ以上の犯罪をやるヤツもいる。そういった犯罪者が捕まる度に思った。
――犯罪者にスキルを与えるくらいなら、何で俺にスキルを与えてくれないのかと。
そんなこんなで我慢しながらコンビニで数年働いてきたが、俺はもう限界を迎えた。明日、二十歳の誕生日を迎える日に死のうと。
――そして、今に至る。
勤務先のコンビニが入っているビルの屋上で、死ぬ前に今までの人生を振り返っていた。ビルの屋上にいるため冷たい風が容赦なく俺に吹きつける。
あと数分で日付が変わる。これでやっとクソッタレな世界ともオサラバだ。スキルが無いせいで散々の人生だった。もう終わりにしよう……。
「――やっと見つけた」
「――ッ!? 誰だ!?」
突然、背後から女性の声がして、咄嗟に振り返って問いかけたが――。
女性を視界に入れた瞬間、俺は息を呑んで硬直した。その女性は一言で言えば美の女神のようだった。今まで人生でここまで綺麗な女性を見たことがなかった。
年齢は一五歳くらいで身長は一五〇センチくらいだろうか。月の光に照らされた艷やかな漆黒の髪は地面につくのでないかと思うほど長く真っすぐ伸び、引き込まれてしまいそうなほど綺麗な黒い瞳で、寒空の下で漆黒のドレスのみ着用した美少女だった。
だが、無表情の彼女は明らかに人間じゃなかった。――――彼女の身体は透けている。
「君は……幽霊なのか?」
俺は彼女が過去にこの屋上から飛び降りて自殺した呪縛霊の類だと思った。
「幽霊? 違う」
「じゃあ、君は一体何なんだ? ……透けてるしどう見ても普通じゃないだろ」
「ワタシは“闇の女神”ルナ」
「女神? 一体何の冗談だ?」
「冗談じゃない。ホンモノの女神」
幽霊じゃなく女神と言い張るが俄には信じられない。だが、何故俺の目の前に突然現れたのか気になるのも事実だ。
「まぁ、仮に女神だったとしよう。その女神様がこれから死のうとしてる俺に何の用なんだ?」
「仮じゃなくてホンモノ。……アナタは死のうとしてたの?」
「ああ、そうだ」
「なら、間に合ってよかった。単刀直入に言う、ワタシと契約して使徒になってほしい」
「ん? 契約? それに使徒?」
「うん」
“闇の女神”ルナと名乗る彼女は、自分と契約して使徒になってほしいと言う。何で俺なんだろうか……。
「意味が分からないんだが……何で俺なんだ?」
「残された時間で見つけたのがアナタだった。ワタシにはもうアナタにお願いするしかない」
「俺だけ? どういうことだ?」
「ワタシは他の世界も周って、使徒になってくれそうな人たちを探したけど見つからなかった。他の神から何かしらの『恩恵』を授かってる人たちばかりで契約できなかった。――でも、アタナはできる」
「『恩恵』……。つまり、俺は他の神から何も授かってないから契約できるということか?」
「そう」
「なるほど。……仮に俺が契約を拒否したらどうなるんだ?」
「ワタシは消滅する。人で例えるなら死ぬのと同じこと。もうアナタが一縷の望み」
「死ぬって……俺を脅すためにウソをついてるわけじゃないよな?」
「ウソなんてつかない」
「俺が拒否したら消滅するくせに何で無表情で淡々としてるんだよ……」
「…………?」
「じゃあ、契約して使徒になったら何のメリットがあるんだ?」
「契約して使徒になったら強力なスキルを授ける」
――!? この女神と契約して使徒になれば俺にもスキルを授かれるってことなのか!?
……その話が本当なら俺の人生も変わるかもしれない……。
「そ、それは本当なのか? ウソじゃないんだな?」
「本当。使徒になればアナタはスキルを授かる。そしてワタシは消滅しない。お互いウィンウィン」
「…………わ、わかった。どうせ死ぬ予定だったんだ、俺に失うものは何もない。本物の女神と信じて最後のチャンスに賭けよう。君――いや、闇の女神ルナ様の使徒になります。……どうすればいいですか?」
――どうせ死ぬ予定だった俺は彼女を信じてみることにした。
「ありがとう。契約する前にアナタの名前を教えてほしい」
「そういえば、まだ名前言ってませんでしたね……。俺の名前は九条神夜です」
「シンヤ。いい名前。――契約を行うからしゃがんで目を瞑ってほしい」
俺は言われた通りに片膝をついて屈み目を瞑る。
「――“闇の女神ルナが命ずる、汝、シンヤを闇の女神ルナの使徒として契約する”」
ルナ様の言葉を聞き終えてすぐ、目を瞑る中、僅かに光を感じて額に何か優しく触れる感覚があった。その瞬間――俺の身体が生まれ変わったような、今までに感じたことのない不思議な感覚があった。
それと同時に――。
『――闇の女神ルナの使徒になりました』
『――スキルを獲得しました』
――と、脳内に響いてきた。
ルナ様が言っていたことはウソじゃなかったんだ……。そして、俺はとうとうスキルを授かることが出来た!
今までの人生で散々な目に遭ったせいか、自然と涙が溢れてきた……。
「無事に契約は成した。今からシンヤはワタシの使徒」
「ル、ルナ様、ありがとうございます! ルナ様のおかげで俺にもスキルを授かることが出来ました!」
俺は目を開けて立ち上がり、涙を流しながらルナ様にお礼を言った。……そして気づいた。
――ルナ様の身体が透けていなかったのだ。
「ル、ルナ様の身体が……透けてない?」
「うん、使徒が出来たから消滅せず元に戻った」
実体となったルナ様は、さらに美しいと思ってしまった。――消滅しないで本当によかった……。
こんな美しい女神様の使徒になれたことへこれ以上ない喜びを感じた。
そして美少女の前で泣くのが段々と恥ずかしくなってきて羞恥心から涙が止まった。
「シンヤは、ワタシの唯一の使徒。敬語は必要ない。普段通りの話し方でいい」
「い、いや……ルナ様は女神様ですし、俺は女神様の――」
「必要ない」
「あ、はい」
拒否出来ないような謎のプレッシャーを感じて俺はすぐに頷いた。
「ワタシは一人だった。気軽に話せる友だちもいなかったから寂しかった。だからシンヤには気軽に接してほしい」
「は――いや、わかった。これでいいか?」
「うん、それでいい。それにシンヤはワタシの使徒。一生そばにいる。離れない」
いや……無表情で凝視しながらそれを言われるとちょっとどう返答すればいいのか困るんだが。
ひょっとして、闇の女神だけに病んでる娘とかじゃないよね…………?
「と、とりあえずこれからどうするか……。本来なら俺は死ぬ予定だったし……」
「まずはスキルを確認してみるといい。シンヤにはワタシから最高のスキルを授けた」
――ハッ! そういえばスキルを獲得したアナウンスはあったが、どんなスキルを獲得したのか確認してなかった。……確かスキルを確認するには『ステータス』と念じれば確認できたはず……。
ということで、早速俺は『ステータス』と念じてみた。
――すると、脳内に自分のステータスが浮かんできた。
【ステータス】
名前:九条神夜(女神の使徒)
年齢:二十歳
スキル:闇の化身
「……“闇の化身”?」
「うん、シンヤの身体が闇そのものになるスキル。そして、自身の闇を操ることができる。でも、慣れが必要」
「身体が闇そのものって……それは大丈夫なのか?」
「大丈夫。見た目は普通の人間。ただ、悪意のある攻撃などはほぼすり抜ける」
「ほぼってことは絶対じゃないってことか」
「うん。特に闇の対となる光系統の攻撃は注意が必要。それと闇をコントロール出来るように訓練する必要がある」
「なるほど……。よし! なら、明日から早速探索者登録しに行ってダンジョンへ潜って訓練しよう!」
「ワタシもシンヤと一緒にダンジョンへ潜って鍛えてあげる」
「それは……。ルナも探索者登録しないとダンジョンに入れないが登録するのか?」
「登録する必要はない。――こうやって一緒に行く」
ルナはそう言うと――俺の身体の中に吸い込まれて文字通り目の前から消えた。
「うぉっ!? な、何がどうなってるんだ!?」
『シンヤが闇そのものだからワタシは入り込むことができる』
スキル獲得のアナウンスみたいにルナの声が脳内に響いてきた。
「マジかよ……。凄すぎて何をどう言えばいいのか分からないんだが……。ルナはそれで大丈夫なのか?」
『闇の空間を快適に過ごせるように作るから問題ない。――後シンヤも態々声に出さなくても念じるだけで会話できる』
た、確かにこのまま声に出してルナと話してたら周りから見たら完全に不審者だな……。俺とルナ以外誰もいなくてよかったぁー。
――とりあえず念話を試してみるか。
『ルナ、聞こえるか?』
『うん、聞こえる』
『おぉ、これは便利だな』
「でしょ」
――と、言いながらルナが俺の身体から出てきた。うーん、特にルナが身体の中に入っても不思議と違和感がなかったな。
「ルナと一緒にダンジョンへ行く方法も分かったし帰るか。――あっ! ルナはどこに帰るんだ!?」
やっぱり神界とか天界みたいなところがあってそこに帰るんだろうか。
「……? シンヤと離れるつもりはないから一緒に帰る」
「はぁ!? 俺の家に住むつもりなのか!?」
「うん」
いやいや、それはマズい……。
あんな狭いところにこんな美少女と住むなんて、考えるだけでもドキドキが止まらないんだが……。相手が神様だと考えれば何とか耐えられるかな……?
「いや、でも俺の家は二人寝られるほど広くないからさ……」
「大丈夫。シンヤの身体の中に入って寝るから問題ない」
「あ、はい」
ルナは諦める気なさそうだ。……覚悟を決めるしかないか。俺が悶々とした日々を耐えればいいんだ……。
「じゃあ、帰って明日に備えて休むか」
「うん。……ねぇ、シンヤは強くなったらどうしたい?」
「……そうだな。俺は――別にヒーローとかなれなくてもいい。でも、手の届く範囲にいる弱い立場や困っている人たちがいたら出来る限り助けたい」
たとえそれが唯の自己満足だとしても助けたいと思う。散々自分が弱い立場だったから。何かあった時、誰かに助けてほしいと何処かで願ってる者は大勢いるはずだ。
「そっか。だったらワタシも手伝う」
「ルナ、ありがとう!」
――本当にルナに出会えてよかった。
◇◆◇◆◇◆
――あれから三ヶ月経った。
ルナの使徒になった日の翌日、無事に探索者登録をすることが出来た。そして晴れてダンジョンに潜ることが出来た。ちなみにコンビニのアルバイトは退職届を出して一ヶ月後に辞めた。
――そこから俺の生活は一変した。
まず、ダンジョンにほぼ毎日通った。今までの鬱憤を晴らすかのように魔物を狩りまくった。
また、ルナのスパルタな指導のおかげでメキメキと実力が上がり、あっという間にB級探索者になることが出来た。収入もコンビニ店員時代とは比べものにならないくらい上がった。
流石人気職業一位なだけはある。ダンジョンから素材を持ち帰って買い取りしてもらえばかなりの収入になる。
ちなみに探索者には等級があり、下から順にF級・E級・D級・C級・B級・A級・S級となっている。最初はF級スタートで探索者協会への貢献度などによって等級が上がっていく。
そして収入が増えたおかげで狭いアパートからセキュリティもしっかりしているマンションに引っ越すことが出来た。
ただ、ルナは相変わらず一緒に寝てくるので俺は毎日悶々としている……。というか、俺の身体の中で寝るはずだったが、いつの間にか俺の隣で寝るようになってるし……。
う〜む、どうしたものか。
「どうしたの? 緊張してるの?」
「いや、緊張はしてない。そうじゃないんだ。……ルナはさ、神界や天界みたいなところに帰らなくても大丈夫なのかなって」
「何? そんなにいなくなってほしいの? ワタシは一生シンヤの側にいるって言った。離さない」
「いやいや、いなくなってほしわけじゃないんだ! 寧ろ俺としてルナが側にいてくれてこの上なく嬉しいよ!」
だからそんな無表情かつ冷めた目で言わないでほしい! ルナさん、めちゃくちゃ怖いです!
「なら許す。……そろそろ時間じゃない?」
「そうだな。…………初めての悪者退治の日にしては月が綺麗でいい夜だな」
窓から見える夜空を眺めながら何気なく呟く。さっきはルナに緊張してないって言ったがやっぱり少し緊張しているみたいで手が小刻みに震えている。
何せ俺は今日――初めて人を殺す予定だからだ。
「行くとするか」
そう言って俺はお気に入りの黒いコートを着て、顔バレしないように家の近くにある雑貨屋で売ってたピエロの仮面をつける。
「その仮面は何?」
「ん? ああ、顔バレしないように買っておいたんだ。――ほら、ルナの分もあるぞ」
ルナの分も買っておいたので、取り出して渡そうとするが……。
「ダサいからイヤ」
「ええ!? 折角買ったのに……」
まさかの拒否である。
「これをつけて」
ルナは闇の力を使って漆黒の仮面を作成し、拒否は許さないと言いたげな圧を漂わせながら俺に仮面を渡してきた。
「わ、わかった」
漆黒の仮面をつけると顔にフィットして然程違和感を感じない。
あー最初から闇の力を使って仮面を作れば態々買う必要もなかったのか……。買った仮面は無駄になってしまった。折角なので捨てるの勿体ないから後で部屋の何処かに飾っておこう。
とりあえず準備が整ったので家を出る。
「――“闇翼”」
外に出てから闇の力で漆黒の翼を背中に生やし、抹殺対象の元へ空を飛びながら向かう。
「ところで初めての抹殺対象はあのクズ?」
「そうだ。二十代後半でD級探索者の洲毛郎弥が抹殺対象。今日、受付の麻利衣さんから相談を受けたやつ」
「確かに話を聞く限りではソイツはクズで間違いない」
「だから、今日二十一時に麻利衣さんがアイツと会う約束をした公園へ代わりに行って抹殺する」
今日の夕方ダンジョンから戻り、素材を売却しに探索者協会へ行くと、探索者協会でいつもお世話になっている受付嬢の麻利衣さんが普段の様子と違い、心あらずな感じだった。また、時折チラチラと時計を見て時間を気にしている様子だった。
それで俺はピンときた!
――麻利衣さんは何か悩みがあって困ってるんじゃないかと。
案の定、真剣に悩み事や困ってる事がないか聞いたら麻利衣さんは切羽詰まった様子で教えてくれた。
事のあらましはこうだ。
まず、一週間前に洲毛郎弥が新しくスキルを獲得したことが始まりだった。そのスキルは気配遮断と言うらしく、何でも一時的に気配を消せるらしい。かなり強力なスキルだから色んな人に自慢してたらしい。……俺は知らなかったが。
別に自慢するだけならよかったのだが、洲毛郎弥は最悪な方向にスキルが有効活用できると気づいたのだ。
それに気づいた洲毛郎弥はすぐに実行した。目をつけていた新人探索者の女性をスキルを使って尾行し、自宅までついて行く。そして彼女が自宅に着き玄関のドアを開けた瞬間、彼女を羽交い締めにして声を出さないように口を塞ぎ、彼女を部屋へ連れて行って強姦した。バラされない様ご丁寧に事後の画像まで撮って。それが昨日の出来事。――なんとも胸糞悪い話だ。
そして洲毛郎弥は次のターゲットを決めていた。それが受付嬢の中でも一番の美女と言われている麻利衣さんだ。
次の日――即ち今日、襲った彼女に麻利衣さんへ今回のことを話させ、二十一時に公園へ来いと伝えさせた。もし麻利衣さん本人が来なければ写真をばら撒くと言われたらしい。
話を全て聞いた俺は沸々と怒りが込み上げ、殺意が芽生えた。
麻利衣さんには助けが必要だ。だから俺が代わりに公園へ行って何とかすると伝えた。
最初は渋っていた麻利衣さんだったが必死に説得したら何とか折れてくれた。最後に必ず悪い結果にはしないから何もせず待っててほしいと伝えて解散した。
――そして今に至る。
「抹殺対象がいたな。人がいない時間帯を敢えて伝えたんだろうなぁー。一応もし誰かが通って見られたら厄介だ。結界と外部に通信出来ないように隔離するか」
「そうした方がいい」
公園に辿り着いた俺たちは、空から公園を見下ろし、洲毛郎弥がいることを確認する。
「――“暗黒結界領域”」
俺たちはヤツの背後に降り立ち、俺たちとヤツを取り囲むように半径五メートル、高さ十メートル程の円柱型結界を張り、闇の領域で隔離する。
「――ッ!? 誰だテメェら!」
「こんばんは! 洲毛郎弥さん」
「誰だって聞いてんだろうが! それにこの半透明の壁みたいなのは何なんだ!」
「ちょっと結界を張って隔離しただけだ。連絡とかされても困るからな。それにこれで外からは俺たちが見えないから誰も気づかない。……あ、そういえばこの仮面つけてる時の名前考えてなかった……。どうしようか」
「シンヤとルナだから、アナタはシルで、ワタシはヤナにすればいい」
「いや、それもう名前言っちゃってるよね!?」
「大丈夫。コイツは誰にも言えないから」
「それはそうなんだが……。まぁーいっか。次回からお互いそう名乗ろう」
「さっきから俺を無視して何二人で訳わからないこと話してんだ!」
「あー悪い。まだ名乗ってなかったな。俺がシルでこっちがヤナだ」
「いや、さっきシンヤとルナって言ってただろ!」
「聞いてたなら訳わからないとか言うなよ! 今更お前に偽名を名乗ったの恥ずかしいじゃないか!」
「俺が知るかよそんなこと! それに何だそのダサい仮面は?」
「……ダサい? 今ダサいって言った?」
ヤバい! ……ルナがキレてる!
どうにかして落ち着かせないと、隔離してるとはいえルナがアイツを攻撃したらこの辺りが吹っ飛んでしまう!!
俺はめちゃくちゃ焦った。何とかルナを宥めるしかない……。
「ヤナ落ち着いてくれ! 俺はこの仮面がめちゃくちゃカッコよくて気に入ってるから!」
「本当?」
「あー本当だ! 世界で一番カッコいい! だから落ち着いてくれ」
「なら、わかった」
ふー何とか宥めることに成功したようだ。いや、マジで焦った……。
「……ふざけやがって! テメェらいきなり現れてなんなんだ!」
「なんなんだと言われても……。そうだなぁー困ってる人を助けるために来たヒーローってとこか。いや、俺闇属性だしそうなるとダークヒーローになるのか……。んー暗殺者とか……処刑人とか、そこもまだ決めてなかったな……」
「処刑人、カッコいい。それで決定」
ルナは処刑人が大層気に入ったらしい。心なしか目がキラキラしているように見える。
ルナがそう言うなら処刑人に決定だな。
「あー俺たちは処刑人だ」
「適当に決めてんじゃねぇ! てか、テメェらには付き合いきれねぇー! ここから出せ! これから予定のある俺はお前らに構ってる暇はねぇーんだよ!」
「いや、麻利衣さんなら来ないぞ。だから俺たちが代わりに来たんだ」
「何だと!? 嘘ついてないだろうな?」
「嘘つく必要もないだろ」
「チッ! あの女ふざけやがって! こうなったらマジでばら撒いてやる」
「無駄だ。ここじゃ連絡は出来ないぞ」
「――なっ! 圏外だと!? ど、どうなってやがる!?」
「だから言っただろ。連絡出来ないように隔離したって」
「マジでふざけやがって! こうなったらお前を殺してその女を俺の物にしてやる!」
気配遮断のスキルを使ったみたいだ。郎弥の気配が消え、姿が見えなくなる。
――姿が消えてから数秒後、俺の背後から声が聞こえてきた。
「死ねぇええええ!」
折角気配消してるのに攻撃する時、声出したら居場所バレるだろ。……バカなのか?
まぁー避ける必要もないのでそのまま攻撃させるけどさ。
郎弥は背後から姿を現し、短剣を突き刺そうしてくるが、俺の身体をすり抜けてしまう。
それなりに勢いをつけていたようなので身体ごと俺をすり抜けていき、よろめいた。
まさかすり抜けるとは思わず郎弥は驚愕した顔で振り返る。
俺はすかさず距離を詰め、振り返った顔を右手で鷲掴みにして力を込める。
「がぁああ! 痛ええ! やめろ、離せ! 俺の攻撃が何ですり抜けるんだよ!?」
「ん? まぁー簡単に言えばスキルだ」
「痛ええ! いい加減離せ! 卑怯だろ!」
郎弥は必死に逃れようと、俺の右手を掴もうとしたり、短剣で斬りつけようとするが全てすり抜けてしまい逃れられない。
「盗人みたいに気配を消してコソコソしてるヤツが卑怯とか言うな」
そう言いながら俺は左手に闇を纏い刃を生成する。
だが――ここにきてやはり人を殺すことへ迷いが生じる。左手が僅かに震え始める。
例え郎弥が悪者だとしてもコイツを殺せば人殺しになる。人を助けるためにここまでやる必要があるのか。俺がやろうとしてることは間違ってるのだろうか。
色んなことが頭に浮かんで考えてしまう。
――そんなことを思考していたら横から声が聞こえてきた。
「大丈夫、シルは間違ってない。ここで見逃したらコイツはまたやる。それにワタシは一生シルの味方でいる。安心して」
「ありがとう、ヤナ」
ルナの言葉で俺の中の迷いが消えていく。
「郎弥、お前はスキルを悪用してやってはいけないことをした。俺はお前のような悪を許さない。――よって処刑する」
俺は左手の刃を郎弥の心臓へと突き刺した。
「ぐがぁっ! そ、そん……な……まだ……死に……たく……」
鷲掴みしてた頭を離すと郎弥の瞳から光が消えて地面に横たわる。
横たわった郎弥を見てると人を殺してしまった実感が湧いてくるが、ルナの言葉のおかげか自分でも不思議と冷静でいられてる気がする。
「お疲れ様。シルはよくやった」
「ありがとな。ヤナが側にいてくれてよかったよ」
「一生側にいるって言った……フフ」
普段無表情なルナが珍しく微笑んだ。その微笑んだ顔は出会ってから今までで一番美しいと思ってしまった。俺の女神様であり、俺を救ってくれたルナとは離れたくないそう思えるほどに。
ルナには感謝してもしきれない。
――ルナ、俺を見つけてくれてありがとう。
「これ、どうする?」
「ん? このまま放置は流石にマズいからとりあえず収納して死体を持ち帰る。ここでは何も起こらなかったことにする」
「死体は隠したままにするの? それだと急にコイツが探索者協会とかに姿を現さなくなったら怪しまれない?」
「いや、ダンジョンで死んだことにする。郎弥は気配遮断のスキル持ちだから勝手にダンジョンに入り死んだってことで」
「そういうことね。わかった」
「初めて悪者退治はグダグダで反省点もあって疲れたな」
「次は大丈夫」
「そうだといいな。――よし! 家に帰るとするか」
「うん」
――――fin――――




