5.シフト変更
おっと、昔を思い出してたら長湯しすぎたようだ。世界がぼやけながら揺れている。少しのぼせたかもしれない。
バスタオルで濡れた体を拭き取っていく。しわくちゃな指がどれだけ長くお湯に浸かっていたかを物語っている。
暑いな。少し風にあたろう。
俺は玄関のドアを開けて庭の花壇に腰をかけた。
風呂上がりに外の冷たい風に当たるのは最高だ。湯冷めするかもしれないがこの最高のリラックスと引き換えなら全然良い。
しかし、まだ三月上旬。流石に少し寒いな。少し震えながらもスマホのメッセージをを確認する。池田さんは俺が『また明日ね』のメッセージを送った後、何か送信していたが取り消されていた。
まだ話したかったんだろうか。明日は俺からメッセージを送ろう。
とはいえ、困ったものだ。人に好かれるのは嬉しいが付き合う気はないのだから。中途半端に期待させるのがよくないことも知っている。
前回だって田崎さんに思わせぶりな言動や行動をしたのである。そのくせ、いざ付き合うとなると怖くなって身をひいた。田崎さんからしたらいい迷惑だっただろう。それなのにバイト中変わらず仲良くしてくれる器の広さには感服する。
「ハックション!!」
やばい。体冷やしすぎた……。中に入ろう。
自室に入りベッドに寝転がる。体が冷えたのでエアコンをつけようか迷ったが付けなかった。
クーラーは好きだがヒーターは空気が悪くなるので嫌いだ。生暖かい空気は好きじゃない。
俺は体がキンキンに冷えたままだったが、寝付くまでに時間はかからなかった。
――――――――――翌日の朝。
「ん。まぶしい」
カーテンの隙間から木漏れ日のような光が顔を照らして目を覚ました。
今日は何も予定がない。バイトは今、週3くらいでしか入ってないし時間も短いので基本暇なのである。
朝からスマホを開き、ネット動画サイトを開く。
この暇な時間を有意義に使えないから俺はダメなんだろう。自覚はありつつも行動は起こせない。
スマホの通知音がなり上から通知が来た。
『店長から新着メッセージがあります』
店長からのメッセージだ。内容は見なくてもわかっていた。店長からLINEが来る時は基本、シフトの変更の時である。少し憂鬱気味にメッセージを確認する。
『今日は僕が池田さんに仕事を教える予定だったんだけど、緊急の会議が入りました。池田さんから聞いたんだけど、前回教えてもらったのがすごいわかりやすかったんだって?もし、今日予定なければシフト変わることはできないですか?』
今まで店長の急なシフト変更は断ったことがなかった。だからこそ店長は俺のことを信頼してくれてるのだろう。もちろん今はバイトだけが俺の存在意義なので二つ返事で承諾した。
ま、どうせすることないしな。家でゴロゴロしてるよりかは全然マシだろ。それにしても池田さん店長にまで俺の話をしているんだな。
えっと元々店長のシフトは……10時から3時か。
って今、9時かよ! 急がないと! 店長も、もうちょっと早く言ってくれよ……。
身支度を整えると、車でバイト先へ向かった。自転車でもよかったが昨日の体を冷やしたせいか体がだるかったので車を使う。車は親のものではなく自分のものだ。訳があって、赤の他人に無償で譲ってもらった。かなり年式は古いが、軽自動車で操作しやすいので気に入ってる。
運転中は体がだるく頭痛もした。風邪を引いたかもしれない。
バイト先のコンビニに着くと、車のミラーで身なりを再確認して中へ入った。
「お疲れ様で〜す」
「「お疲れ様でーす」」
バイトの2人が声を揃えて返事をくれる。
ロッカールームに入って時計を確認すると9時30分だった。自転車の時と同じ時間に出たので車だとかなり早く着いてしまった。
こんなに早く来なくても良かったな。少しロッカールームでゆっくりしよう。
そう思った矢先、ドアを開ける音がした。どうやら池田さんも早めに来たようだ。
「おはよう!早いね!」
「お、おはようございます」
ぎこちない返事をする。メッセージの時の文面とは真反対だ。
前回はコンタクトをつけ忘れていたので視界がぼやけてよく見えなかった。だが今日はつけてきたので池田さんの姿がはっきり見える。
黒髪ストレートのサラサラヘア。身長は少し高めだが華奢な体をしている。大きく綺麗な眼に角度の整ったまつ毛。マスクこそしているがこの子は多分、かなり可愛い。いや、可愛いというより綺麗だ。
その美しさから5個下とは思えない。むしろ年上だって言われても信じる。
てか、なんでこんな綺麗な子が俺に気があるんだよ!
まだ時刻は9時30分をすぎたばかり、バイトまでは30分も先だ。嫌われてないってわかった訳だし、普通に話すか。
「昨日はよく眠れた?」
「眠れました。えっと、あの。藤井さんは友達とご飯楽しかったですか?」
あ、そういえばそうゆう設定にしてるんだった。
「うん、楽しかったよ〜!」
「よ、よかったですね。」
「…………」
「…………」
池田さんが緊張しているのが嫌でも伝わってきて、なぜかこちらまで緊張する。いつもみたいに喋れない。それぬきにしても綺麗な子ってだけで緊張する。
これは例えるならあれだ。中学生で、初恋の人と一緒に帰る帰り道みたいな感じ。
って俺もう20歳超えてますけど!!俺がここは積極的に話さなきゃ!と心の中で気合いを入れ、普段通り話そうと決めるが、先に話したのは彼女だった。
「あの、私のこと覚えてますか?」