4.過去
―――――――3年前。
高校在学中にやりたいことを見つけられなかった俺は、ろくに勉強もせず受験シーズンを迎えた。
やりたいことはないし、勉強もしてないし、どうすればいいか途方に暮れている。そんな中、母に看護師の専門学校を提案された。
専門学校は早い時期から受験が始まり、募集人数が埋まるので2月の時点で募集してる看護学校は多くはない。
それでもとりあえず進学しようとまだ募集している専門学校を調べ、受験準備に取り組む。
とはいっても、自分の受けた看護専門学校の選考方法は一般常識レベルの国語、小論文、面接のみ。
国語は現代文のみで自信はあったし、小論文と面接は母が看護師だったため母の言う通りに全てを進めた。対策は万全だったと思う。まぁ、だから母も看護学校を勧めたのだろう。
試験会場に行くと、募集人員は5人だったのに俺を含めて3人しかいなかった。元々人気のない学校というのは知っていたが定員割れしているとは……。その時俺は合格を確信した。
面接で「なぜ看護師になりたいと思ったんですか?」なんて聞かれたが「母が看護師で影響されて〜....」と言ってやり過ごした。
本音の「やりたいことがなくてなんとなくできました」なんて口が裂けても言えない。
こうして看護学校に進学した俺はろくに勉強もしてもいないのに、進学が決まったことで何かやり遂げた気になる。
その上、看護師という仕事は女性というイメージが強いのだろう。男女比率は2:8程で圧倒的に女性の方が多く、男性は少なかったのでかなりモテた。
天狗になった俺は入学初日でクラスの可愛い子と仲良くなり一週間もかからずして交際が始まる。今思えば見た目だけで判断して内面を見なかった俺も悪いので自分だけを擁護できるわけではない。
それから一年くらいだろうか。
一年付き合ってわかったことは彼女はかなり嘘つきで、とても流されやすい女だった。だがコミュ力も高いし、猫をかぶっているので人気はあっただろう。クラスの中心人物と言っても過言ではなかった。
漫画みたいな綺麗な恋愛に憧れていた俺は、交際した人にはいつも紳士に真っ直ぐに向き合う。というか、尽くすだけ尽くすタイプだったし、可愛い彼女で周りからの評価も高かったので依存していたのだろう。
良くか悪くか看護師になりたいわけでもないのに、二年生までその分野の勉強を続けられたのは彼女がいたからだ。
だが、二年になってすぐだっただろうか。彼女の色々なことが発覚してしまった。
俺に秘密で何度も異性と2人で飲み会に行ってたこと。他の異性と体の関係を持ったこと。しかもそれは1人ではなく数人である。
同じ専門学校の女友達から噂程度にそのことを聞いた時は、そんな話あるわけないと彼女を信じた。だが、つい魔が差して彼女のスマホのメッセージをのぞいてしまったのだ。
浮気のメッセージを見た時の感情は怒りではない。ただただ、悲しかった。別に初恋というわけではなかったが今まで浮気というものをされたことはない。辛い時によく「胸が締め付けられるような思い」なんて言うが、確かにあの時は胸を締め付けられていた。
それでも彼女を放置していた俺も悪かったし、彼女に依存していた俺は別れたくなかったので2人で話し合ったのである。その結果「もう二度とこんなことはないようにする」と誓ってくれたので俺はもう一度彼女を信じることにした。
そのあと1週間を過ぎた頃だっただろうか。学校でみんなが俺を避けてる気がした。不思議に思った俺は女友達に尋ねる。
「なぁ、なんか最近みんな俺のこと避けてない?」
女友達は話しかけられたことに少し驚きの表情を見せた。
「なんでって自覚ないの?」
俺が何かしたのか? キョトンとした表情をする俺に続けて女友達は話す。
「彼女と付き合ってるのにいろんな女に手を出したんでしょ?」
そのことを聞いた時に少し彼女のことが頭をよぎった。
「え?何それ」
「しらばっくれても無駄よ。グループで証拠の浮気トークが出回ってるんだから」
吐き捨てるように女友達は言う。俺が明らかに黒だろと断定しているようだ。
「ま、待ってくれよ! その……証拠のトーク見せてくれ」
「んー?いいけど。はい」
そこには俺の記憶のないトーク履歴のスクショが出回っている。いや、正確に言うと"俺が送った記憶のない"トーク履歴だった。俺はこのトークを見たことがある。
……彼女と他の男のLINEだ。
彼女は自分の他の男との浮気と取れる内容のLINEをいかにも俺がしているかのように編集してみんなに流していたのだ。
彼女が友達と談笑している中、手を掴んで人が来ないトイレに向かう。トイレに誰もいないことを確認すると一旦深呼吸をして尋ねた。
「どいうこと? あれ」
「あれって?」
白々しく彼女はとぼけている。
「お前のトークのスクショが俺のトーク履歴として出回ってる。あれ流したのお前だろ。」
彼女はいつ聞かれてもいいように準備していたのだろう。饒舌に説明した。
「だってあなたが学校中に私がいろんな人と浮気してたこと言いふらされたらあたしの居場所なくなっちう。でもあたしが先に言えばあなたが周りに言ってもみんなは信じてくれないでしょ?」
もちろんだが、俺は周りに言うつもりなんてなかった。彼女からすると復讐として俺が周りにそのことを言うと思ったのだろう。
俺がしばらく黙ってると彼女は子供に説明するかのように疑問形を多用して話を続けた。
「ごめんね?? でも2人で話した時に言ってたけど、別に看護師になりたいわけじゃないんでしょ? ならこの学校にいなくてもいいんじゃない?」
彼女は遠回しにおれに『学校を辞めなよ』と言ってる。看護師になりたいわけじゃないと言ったのは事実だし、彼女がいて依存していて好きだったからこそ1年以上は通えたのだ。
正直いくらでも弁明のしようはある。例えば俺は彼女の浮気トークをスマホで撮っていたので「俺ではない!」と、証言することもできる。ただ、その瞬間そのトークは彼女のものだってみんなに知れ渡ることになるんだ。彼女は俺が履歴を撮っていることを知らなかったのだろう。
だが俺は弁明も否定もせず、静かに学校を去った。彼女の居場所がなくなるのは嫌だったし、彼女に言われた通り、俺は看護師になりたいわけでない。「自分の女が同じ学校にいるから通い続けれた」なんて不純な動機で看護師になってみろ。患者に失礼にも程がある。
いや、今の理由は建前だ。実際は患者のことほとんど考えていない。1番大きな理由は彼女を本当に好きだったからだ。こんな彼女でも俺は愛していたんだ。
2人の会話に"別れよう"と言う言葉こそ出なかったが、どちらにせよすぐ別れていただろう。彼女がいたから頑張って通えていたのにそれがなくなれば通う理由はなかった。
そんなこんながあって俺は女性不信に陥ってしまう。
実の所バイトの田崎さんとも恋愛関係になりかけたが、前回のことがフラッシュバックして途中で身を引いた。
それ以外にも恋愛に発展しそうなことはあったが付き合う気にはなれなかった。
今もそうだ。その上女子高生の池田さんと付き合うなんて考えられるわけがない。




