1.出会い
藤井康史20才、3年制の専門学校を2年で中退。
「大学に行きたいから中退させてくれ! 良い大学にはいるから!」
そう親に大見栄をきった年にFラン大学の入試には落ちる。当然だ。ゆる〜く勉強して、バイトやスマホを触るばかりだった。
「高学歴・高収入・高身長のことを3Kと言うならば3Tだな俺は。低学歴・低収入・低身長……ハハッ! 笑えるね。いや、身長はそんな低くねえわ!」
実家の自室で自虐ネタを一人で言い放ち、一人でツッコむ。
「あぁ……死にてぇ。異世界転生してぇ。寝て起きたら異世界にいないかな」
現実逃避の独り言を口にする。もうだめだ。人生詰んでる。全てを捨ててどこかに行きたい。
気づけば頰に涙が垂れている。
本当に転生してくれよ……。
あぁ……昔はこんなじゃなかったのにな。
垂れている涙を拭うこともせず俺は眠りについた。
――――――――翌朝。
『目が覚めると、そこは見たこともない不思議な木々……!! 初めて見る生き物たちがいる世界……!!』ではなく、あまり使われることのなかった参考書だらけの部屋だ。
「……」
そんな世界があるのは漫画や小説の話。わかってはいても、一昨日見た漫画の内容が現実に起きないかと期待してしまう。
寝転がったままスマホを充電器から外し、SNSを開いた。昔からの友人達の輝かしい日常が載せられている。開く前からわかっていたことだが自分の現状と嫌でも比べてしまう。
周りを見ると俺の自尊心が……。
俺はアプリの右上のバツマークをそっと押した。
生産性の無さ、虚無感、孤独感、尽くしてくれる親がいるのに結果を出さない自分。悲しいを通り越して自身に呆れてしまう。
とはいえ、これからどうするかな。もう一度大学受験するか、就職するか。まずは今日のバイト行かないとな。
俺は受験とバイトを同時並行しており、コンビニのバイトをしていた。バイト仲間や店長には大学生という嘘をついている。
親の遺伝のおかげか、容姿は悪くないし、バイトの中では自分を取り繕っているので、印象は良いと言っていいだろう。バイトの時間だけが、まだ生きていいと思える唯一の時間だ。
これだけはがんばろう。
重たい腰を持ちあげると風神の如く身なりを整え、バイトに向かう。急いで準備したせいかこの日コンタクトをしていないことには気づかなかった。
「店長お疲れ様でーす!」
「お疲れ様。調子どう?」
店長はいつも出勤時、みんなの調子を尋ねるような人柄の良い人だ。
「絶好調ですよ! 今日も寝起きバッチリでした!」
心にもないことを言う。嘘八百で生きてきた俺だ。もはや嘘をつくことになんの抵抗もない。
「よかったよかった。前言ってた新人の子よろしく頼むね」
今日はバイトの教育を任されている。
バイトがバイトの教育をするのはお店的には駄目らしいが、店長からの信頼が厚い俺に任せられることは時々あった。
「わかりました! できる限りの所まで教えますね!」
いつも昼のシフトは3人で回しているが、今日は俺が付きっきりで新人教育を行うため4人で回す。
俺のシフトは大体夕勤か夜勤だが、新人の子は女子高校生。夕勤だと夜遅くなるかもしれないという理由から、昼間に教えることになった。
「こんにちは! 藤井康史です! 今日はよろしくお願いします!」
第一印象は大事だ。俺は新人の子に元気よく挨拶をする。
「こ、こんにちは、池田愛です。よ、よろしくお願いします」
初対面で緊張しているのかただコミュニケーションが苦手なのかわからないが、おどおどしている印象を受けた。
「バイト始めて?」
「……はい」
「緊張するよねー。わからないことあったらなんでも聞いてね!」
「……はい」
――――それから仲良くなろうと、仕事を教えながら雑談を交え続けたが反応が悪い。
話すの苦手なのかな。
俺は池田さんがトイレに行った時に他のバイトの田崎さんに尋ねる。
「田崎さん、あの子と話した?」
「うん。話したよ」
「どうだった? なんか、話すの苦手そうだよね」
少し苦笑しながら俺は同意を求める。
「そんなことないよ。得意ってわけではなさそうだけど、普通に色々話してくれたよ〜」
田崎さんは不思議そうに答える。
俺は同意ではなく異議を唱えられたことに少し動揺した。
「え、あ、そうなんだ」
田崎さんは話すのが特別得意というわけではない。むしろ自分の方が得意だ。
「何? あんま話してくれないの? なんか嫌われることしたんじゃない?」
含み笑いを交えながら田崎さんはからかってくる。
「そんなことするわけないだろ」
んー。でもなんであんなに反応悪いんだろう。本当に嫌われてるのかな。
それとも田崎さんは女性だし男性が苦手とか?
まぁ苦手だろうと、嫌われていようと、仕事はちゃんと教えないとな。
話したくない可能性を考え、これ以上雑談はしない方がいいと踏んだ俺は淡々と仕事の内容を教えていく。
仕事の内容以外喋らないのは少し窮屈だが、無理に話しかけて嫌われても本末転倒だ。
だが……時間が長く感じるな。って、あれ?
彼女の勤務時間がすぎてる。店長から今日は3時間で帰らせていいことになってるんだった。
「ごめんもう時間過ぎてたね。池田さんは初出勤だから3時間で上がって大丈夫だった。退勤の方法教えるね」
「いえ、全然大丈夫です……。わかりました」
ここのコンビニでは、ロッカールームにパソコンがあり、出勤と退勤の時間をパソコンで登録するようになっている。退勤の登録を教えるため、ロッカールームに2人きりだ。打ち解けられてない人とこの状況は少しだけ気まずい。
「あの!!」
池田さんから話しかけられたのは今回が初めてだった。
「ん? どうしたの?」
「れ、連絡先教えてもらえませんか?」
目が丸くなる。
もちろん、シフトの相談や代わってもらうために、バイト仲間と連絡先交換はよくあることだ。しかし、池田さんが自分へ向けてる感情は、苦手や嫌いといった類のものだと思っていたので驚きを隠せなかった。
連絡先を交換してくれるということは嫌われてはない……のか?
「大丈夫だよ。シフト代わってほしい時いつでも連絡してね」
「あ、はい」
池田さんはマスクをしているが目だけで落ち込んでいる表情をしているのが伝わる。
なんで自分から連絡先聞いてきたのに交換するってなったら残念そうな顔するんだよ。
複雑な感情の中にはなったが、すぐに通常運転に切り替える。
「じゃあ、お疲れ様。次教えてくれる人は店長だけどがんばってね」
「ありがとうございました」
多分あれだな、嫌ってるけどバイト仲間だし、最低限は仲良くしておくかって感じなのかな。バイトでも嫌われるなんて、もう本当に生きる価値ないな。
正直言ってナーバスになる。だが今、唯一の生きがいであるバイトで迷惑をかけるわけにはいかない。
俺は残りの労働時間をしっかり働き、パソコンに退勤登録をした。