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バケモノ騎士の花嫁  作者: 込留 まこ
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はじまり

「見つけ出せ!バケモノを!殺せ!ころ――」


そう森の中で叫んでいた兵士の目の前を、一人の男が走り去った。

その瞬間兵士の首に赤い筋が走る。

その筋から真っ赤な血が噴き出し、兵士が静かに地面へと膝をついて倒れた時には、男は再び茂みの中へと飛び込んでいた。


「いたぞ!こっちだ!」


「気を付けろ!凄まじい速さだ」


 森のあちらこちらから響く敵兵の怒声を背中に聞きながら、男は走り続けた。 

 男は切り裂かれた濃紺の騎士の制服を着ていた。

 褐色の肌に、特徴的な銅色の髪をしている。

 目立つ容姿にも関わらず、敵から巧みに逃れ続けすでに数時間過ぎていた。

 一緒に森に逃れたはずの他の騎士達がどうなったかは、男には分からなかった。

 男は隠れながらも敵の数を減らし続けていたが、体力は限界を迎えていた。

 敵兵から斬られた傷がいくつあるか分からない。

 胸の傷が特に深く、強く縛ってはいるが血が零れ肌を伝ってくるのが分かる。

 いつ負ったのかはもう分からない額の傷から垂れさがる血を、男は乱暴に拭った。

 敵兵をどのくらい減らせたか分からない。

 拳も何度も振るった。

 そのせいで、擦り切れた手の甲からも血が滲んできている。

 走りながら、男は地面が揺れ、足が絡まるのが分かった。

 転がりこむのをなんとか堪え、再び走り始める。

 敵兵の足音が近づくのが分かり、男はふいに振り返った。

 剣を振り上げた敵の首に手にしていた短剣を素早く刺す。


「ぐっ!」


 敵兵のうめき声を聞きながら、倒れるのは確認せず再び走り出した。

 思いがけず、最後の武器を手放してしまった。

 暗い森の中、今がもう夜なのか昼なのかさえ分からなかった。

 終わらない森は、まるで悪夢を見ているようだった。

 男は、だんだんと自分が走っている意味が分からなくなっていた。


 バケモノ。


 そう初めに呼んだのは、誰だっただろうか。


『バケモノ』


『バケモノの臭いがする』


 そうくすくすと笑う声が響く。


 そうだ。


 なぜ、こんな世界で生き残る必要がある。

 こんなに苦しいのに。

 この世界から自分が消えたとして、何が変わるだろうか。


 いや、何も変わらない。


 自分が消えたことさえ、きっと誰も気が付かない。

 ただのバケモノに過ぎないのだ。


 それなら…もう終わりでいい。


 ふいに茂みから敵が飛び出して来た。


「死ね!バケモノ!」


 分かっていても身体が動かなかった。

 敵兵が振り上げた剣は、完全に自分を捕えていた。


 終わりだ。


 これで、何もかも。


 突然なにかが自分にぶつかり、男は地面に倒れ込んだ。

 顔を上げると目の前に一人の騎士がこちらを庇う様に背を向け立っていた。

 男が所属する王国騎士団の濃紺の制服とは違う。

 鮮やかな青の制服を着て、左手に短剣を逆手に持っている。

 ぼさぼさの白金髪に大きすぎる制服を着た細い体躯は、少年と言っても良い年齢に見える。

 その背中からは左の肩から背中に掛け、斜めに斬られていた。

 傷口から赤い血が溢れ出す。

 敵の喉には深々と短剣が刺さり、ゆっくりと地面へ倒れた。

 騎士は、ゆっくりと振り向いた。


 その長い前髪から黒い瞳が覗く。


 ふいに夜明けを思わせる深い青へと美しく色を変える。


 青白い素肌に、唇だけが血の様に赤い。


 騎士は、なぜか自分と目があった瞬間、その頬を綻ばせ嬉しそうに笑うとこちらへ走り寄ってくる。


「キア・ティハル!」


 男はその笑顔から目が離せなくなった。


「…ヴィンセント・ガーディアス」


 男は擦れた声で騎士の名を呼び立ち上がろうと足に力を入れたが、地面が揺らぐのを感じて膝を付いた。

 倒れると思った瞬間、ヴィンセントの腕の中にいた。


「ぼろぼろだな。バケモノ騎士が形無しだ」


 そういって、ヴィンセントは男の背中に手を回した。


「敵は叔父上達が追い返してくれているはずだ。…あなたが生きていて良かった」


 男はその肌の温もりに、ふいに緊張の糸が切れた。

 目頭が熱くなり、堪えることも出来ず涙があふれてくるのが分かった。

 涙がヴィンセントの首筋を濡らしても止めることは出来なかった。


「なぜ僕を庇った」


 声を絞り出した。

 もう終わりでよかった。

 それなのに。


「なぜって…味方を助けるのは当然だろう」


 ヴィンセントはなんでもないことのように言った。


「それに…もう一度会いたかったから」


 男は堪えきれず、嗚咽を漏らした。

 ヴィンセントは、ただ男を抱き締めていた。

 その心地よさに男は目を閉じた。


『僕も君もただの人間だよ、キア』


 そう響くのは父親を名乗る男の声だ。


『人を愛するために生まれてきたのさ』


 愛などしらない、自分はそう言った。


『知らなくても、人は誰かを愛してしまうものなのさ』


 なぜ、いまそれを思い出すのだろうか。


 なぜ。


 心地よい温もりに埋もれるように、男は意識を手放した。

 

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