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妊娠しただけです。  作者: 柏木椎菜


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十話

 招待客が何者かに襲われたことで、ザカリーは安全のために宴を中止する判断を下し、楽しくにぎやかな時間はただちに打ち切られた。飲み足りない客からは文句も上がったが、別の誰かが襲われないとは言い切れない状況を考えれば、ザカリーの判断は正しいものと言える。裏付け証言を得るために来たアデル達にとっては話が聞ける貴重な場を失ったわけで、非常に残念なことではあるが、こんなことが起きては仕方がないと、ひとまず諦めるしかなかった。ザカリーならまた日を改めて酒宴を開いてくれるだろう――そう楽観していた二人だったが、そんな期待通りになることはなかった。

「……しばらく、お控えになられると?」

「あの方は真面目な方だと聞いているわ。主催する宴で怪我人を出してしまったことに責任を感じているのかもしれないわね。犯人が判明するまでは宴を開くつもりはないそうよ」

 マデリーンの話に、アデルとクロードはがっかりした顔を見合わせる。あの酒宴の招待客からしか裏付けは取れないのだ。その確認ができなければアーサーの主張は打ち消せない。彼を疑うアデルとしては、父親でないことをさっさと示し、早く本当の父親を捜したいのだが、それはしばらく後になるようだ。

「そう言えば、フェルナンド様はその後、どのようなご様子かお聞きしておりますか?」

 ソファーに座るマデリーンは紅茶を一口飲んでから言った。

「ええ、聞いているわ。出血の割に怪我はそれほど深いものではなかったそうよ。二、三週間も経てば包帯も取れるとか。その程度で済んで本当によかったこと」

「そうですか。フェルナンド様はご無事で……一安心いたしました」

 あの痛がっていた表情から、回復までは時間がかかるのではと思えたが、そこまでの怪我ではないのなら後遺症の心配もないだろう。これなら早めに会うことができるかもしれない。

「それにしても、なぜ突然襲われたのかしら。しかも宴の最中なんかに。あなた達はちょうどその場に居合わせたのでしょう?」

「はい。私達はフェルナンド様が襲われた直後に駆け付けました」

「襲った犯人は見ていないの?」

「残念ながら……すでに犯人は逃げた後だったようです」

「そう……でもそれでよかったのでしょうね。犯人と鉢合わせてしまったら、次はあなた達が襲われていたかもしれないもの」

「いえ奥様、たとえそうなったとしても、警備主任の私がおりますから、犯人はその場で捕らえていたでしょう」

 胸を張って言うクロードにマデリーンは微笑む。

「そうね。あなたなら捕まえられたかもしれないわね。けれど私はあなた達が危ない目に遭わずに済んでほっとしているの。犯人より、自分の命を大事にしなさい。死んでしまっては取り返しがつかないのだから」

「そのように肝に銘じておきます」

 ティーカップを机に置いたマデリーンは小首をかしげる。

「しかし、犯人の目的は何だったのかしら」

 それは二人にもわからないことだった。襲ったのは裏庭だったが、それでも大勢の招待客がいる宴という場ではある。無数の目がある中でなぜフェルナンドを襲ったのか。

「身に付けている装飾品を狙った物盗り、でしょうか?」

 ありそうな理由を言ったアデルに、マデリーンは緩く首を横に振る。

「館内や客に盗まれた物はないと聞いているわ。もし物盗りなら、襲って奪うより客に紛れて盗むほうが効率が良いように思えるけれど」

「仰る通り、ですね……」

 客を襲えば装飾品は奪えるかもしれないが、すぐに騒ぎになって逃げるはめになる。その場合の稼ぎは少ないだろう。だが客に紛れれば、ばれない限りいくらでも盗むことができる。どちらの方法が稼ぐために適しているかは明らかと言えた。

「物盗りでないのなら、個人的な恨み、かもしれません」

 そう言ったクロードをマデリーンは怪訝な目で見やる。

「人当たりが良くて、私は恨まれるような方には見えないけれど」

「奥様はご存知ないようですが、フェルナンド様は多くの女性とご関係を持たれていることで知られるお方です。その中の女性が嫉妬や恨みを募らせてもおかしいことではないでしょう」

「まあ! そうなの? そんな方とは知らなかったわ……」

 初耳の情報にマデリーンは目を丸くした。クロードが言うように、女にだらしのないフェルナンドなら女性から恨まれていても不思議はないだろう。本気にさせられた女性なら、遊び感覚の彼にもてあそばれたと怒りを感じるかもしれない。しかし――

「恨む女性がいたとしても、人がいるような場所で襲ったりするかな……」

 疑問を口にしたアデルにクロードは返す。

「人がいるったって、あの裏庭には数えるほどしかいなかったし、薄暗くて人の目も届きにくかっただろう」

「だから襲ったって言うの? いきなり?」

 クロードは腕を組み、宙を睨む。

「俺が思うに、あの時フェルナンド様は女性と二人きりだっただろう? それを見てしまった犯人は激情に駆られて突発的に襲った、ってことだと思う」

「レンガを持って?」

「そうだ。レンガを……」

 自分で言って、その違和感にクロードは気付く。

「あの館は石造りだし、庭にもレンガは見当たらなかったわ。つまりどこかからレンガを持って来たわけよね。突発的に動いた人がわざわざレンガなんて探しに行く? それに殴るならもっと持ちやすい物があると思うのよね。酒瓶とか、暖炉の火かき棒とか」

「た、たまたま見つけたんだろう。犯人は頭にきてたんだ。殴れる物なら何でもよかったんじゃねえか?」

 アデルはうーんと考える。

「じゃあ、そうだとしても、突発的っていうのはやっぱり違うんじゃないかな。一緒にいた女性の話だと、犯人はマントにフード姿だったって言ってたわ。クロードが言うように恨みを持つ女性が犯人で、かつ突発的に襲ったって言うなら、目撃された姿はドレスじゃないとおかしくない?」

 クロードはたじろぎながら答える。

「べ、別におかしくはないだろう。女性用のそういうマントだってあるんだ」

「でもマントを着たままお酒を飲んだり談笑したりしないわ」

「宴に来たばっかりだったか……それか、帰る直前だったんだよ」

「そのどっちにしても、マントも脱がずに独りで裏庭へ行く用事なんてないんじゃない?」

「フェルナンド様のことを知ってれば、人気のない場所にいるってことは知ってたかもしれないだろう」

「それはつまりフェルナンド様に会いに行ったってことよね。それなら尚更マントなんて脱ぎそうなものだけど。好きな人には綺麗なドレス姿を見せたいでしょう?」

 クロードはうぐ、と言葉に詰まる。その様子にマデリーンは笑いをこぼす。

「ふふっ、クロードの推理は今一つのようね」

「そ、それは否定いたしませんが、アデルのものもまだ不十分でしょう」

 そう言ってクロードは隣のアデルを横目で見やる。

「アデルは、犯人がどんな目的だと思うの?」

「それはわかりませんが、レンガとか、フードをかぶっていたということからは、何となくですけど、フェルナンド様をある程度計画的に襲ったのではという気もします」

「計画的ね……」

 神妙な顔で考えるマデリーンに、アデルは慌てて言った。

「所詮、素人の浅い考えですので、お聞き流しください。……お話は変わりますが、ローザ様のお相手の調査についてですが」

「そうだったわ。それが本題ね。それでどんな調子なのかしら?」

「ザカリー様主催の宴でお話をうかがうつもりでおりましたが、それがしばらく叶わないとなると、招待客である方々に個別にうかがいに行くしかございません。しかしザカリー様の招待客名簿は拝見しておりませんので、とりあえず面識を得ているフェルナンド様にお話をうかがおうと思っております」

「彼はまだ療養中よ。話は――」

「もちろん承知しております。ですのでお怪我が治られた頃にうかがえればと。気は早いかもしれませんが、またお約束をしていただけるとありがたいのですが」

 そう頼んだアデルだったが、マデリーンの表情はなぜか難しい。

「……何か、不都合でも?」

「そうしてあげたいのだけれどね……しばらく橋渡しはできないかもしれないわ」

 二人の険しい目がマデリーンを見つめる。

「それは、なぜでしょうか?」

「宴で起きたことは、傷害事件としては小さなものだけれど、貴族社会には大きな危機感として響いているのよ。あなた達も知っているでしょう。近年、この街に現れている義賊を」

「はい。知っておりますが……」

 数年前からその存在を知られるようになった義賊――なぜ盗賊ではなく義賊と呼ばれるのか。それは徹底して庶民に寄り添った行動を起こしているからで、貴族や富豪の家から盗んだ金品を街の貧しい人々に黙って分け与えており、生活の苦しい庶民からはまるで救世主のように敬われる存在だった。そしてその行動は次第に支配階級を糾弾するものに変わり、不正で私腹を肥やす役人や貴族の罪を暴き、その内容を記したビラを盗んだ金品と共に街中にばらまくことを行っていた。それを見た人々は、自分達から高い税を取りながら、知らないところでは金を溜め込むやからに当然怒りを覚えた。その怒りが高まるほど、義賊への支持も高まり、今では庶民の大半が好意的な存在として見ていた。

 糾弾された側は当初は静観していたものの、その火種が大きくなりかねないと感じると、様々な手で庶民を抑え始めた。ビラを持っているだけで罰金を科したり、義賊を捕まえた者に多額な褒賞金を提示したり、とにかく自分達の不正から目をそらそうと躍起だったが、信用を失った者に庶民が従うわけもなく、表向きはそういうふりをしても、実際は誰も気にしてはいなかった。

「それが、宴での事件とどう関係があるのですか?」

 アデルが聞くと、マデリーンは険しい表情になって言う。

「襲ったのが、義賊ではないかと疑う者もいるのよ」

 貴族の不正をビラでばらまくなど、確かに敵対的な行動はしているが――

「しかし、義賊は金品を盗むだけで、暴力行為はしないと聞いていますが」

 誰も義賊を見ていないので定かではなかったが、一般的にはそう思われていた。少なくとも義賊に忍び込まれた場所で死傷者が出たという話は聞いたことがない。誰も傷付けず、殺さない。そんなところも庶民に支持される理由だった。

「今まで暴力を振るわなかったからと言って、絶対にしないとは言い切れないでしょう。最初は盗みだけをしていたのが、今は不正を暴くことまでしている。その行動は確実に幅を広げているわ。より過激に……上流階級の人間を襲い始めても不思議ではないでしょう?」

「確かに、仰る通りですね」

 隣でクロードが頷くのを見ながら、アデルは内心で首をかしげる。誰にも姿を見られず、まるで影のように痕跡を残さず盗む者が、凶器のレンガを残し、逃げる姿を見られるような行動をするだろうか。話に聞く義賊と、宴での事件の犯人はかけ離れているように感じられ、アデルはマデリーンの話に同調できなかった。

「本当に、義賊だったのでしょうか。その割には、お粗末と言いますか、雑な印象があるのですが……」

「盗みは慣れてても、人を襲うことには慣れてなかったんだろう」

「そうなのかな……」

「義賊でないにしろ、その糾弾する行動に感化された者という可能性もあるわ。何しろ大勢に慕われる存在だから、自分も何かしようと考える者は出てくるでしょう」

 こちらの話のほうがまだ頷ける気はする。義賊のように、あるいは義賊の手助けのつもりで貴族を痛め付けようと考えた者の仕業かもしれない。だとしても、一切傷付けない義賊のやり方を支持する庶民が、それに反した行動を取るかは疑問の残るところではあるが。

「そういうことから、今方々では警戒感が高まっているのよ。糾弾されている貴族は一部にとどまっているけれど、皆次は自分かもしれないと感じているの」

「それは、糾弾される覚えがあるから、ということなのですか?」

 これにマデリーンは刺すような視線を向けた。アデルは自分の失言に気付き、思わず目を伏せる。

「し、失礼なことを申しました……」

「貴族を狙うにしても、犯人が無差別に襲ったのなら、次は誰が狙われてもおかしくはないということよ。……私達のほとんどは清廉潔白と信じています」

「はい。私も、そう信じております!」

 アデルは慌てて言った。それをいちべつし、マデリーンは続ける。

「……事件のせいで、外出や客を呼ぶことを控えるという方が出てきているの。だからこちらがうかがいたいと言っても、すぐにお会いしていただくことは無理かもしれないわ」

「では、犯人が捕まるまでは、お話をうかがいに行くことは……」

「仕方ないことよ。誰も二人目の被害者にはなりたくないもの。調査はあなた達ができる範囲で進めてちょうだい」

「は、はあ……」

 二人は困惑顔で頷くしかなかった。できる範囲と言われても、ローザの交友関係を探るには貴族社会のつながりを持つマデリーンに頼るしかないのだ。庶民の二人がそんなものを持ち合わせているわけもない。直接訪ねて行ってもメイドなど相手にしないだろうし、事件のせいで警戒感も高まり、より会うことは困難だろう。ローザを知る者達に話を聞けなければ、他に何ができるのだろうか――二人にはまだ何も思い浮かんでいなかった。

「それでは、引き続き頼み――」

 マデリーンの声に重なって、部屋の扉がコンコンと鳴り、三人は視線をそちらへ向けた。

「お母様、入ってもいい?」

 聞こえた明るい声はローザだった。マデリーンがどうぞと言うと扉はすぐに開いた。

「……あら、アデル達もいたのね」

 私服姿で笑顔を見せるローザに、二人は壁際に寄って頭を下げた。以前、父親を勝手に捜していると明かしたことで、ローザとの間には気まずい雰囲気が流れたが、その数日後には元に戻り、普段と変わりない様子を見せていた。それはおそらく、アデル達が父親捜しをやめてくれたと思っているからで、もし今も捜し続けていると知れば、見せている笑顔は再び消えることになるだろう。それをまた知られるわけにはいかない――ローザ以外の三人は胸の中でそう思いつつ、密かに身構える。

「体調はどう? 顔色は良さそうね」

「ええ。もうつわりは治まったみたいで、気分はいいわ。だからお母様と久しぶりにお茶でも飲みながらおしゃべりしようかと思って」

「そんな時間は確かに久しぶりのことね。ではお茶を入れましょう。こちらに座って」

「奥様、私がお茶をお入れいたします」

 アデルはすかさず申し出た。

「そう? ではお願い」

 盆に載っていたもう一つのティーカップを用意し、アデルはそこに紅茶を注ぎ入れる。

「アデル達と何を話していたの?」

 ローザはソファーに座りながら母に聞いた。

「何って……いろいろ……」

「いろいろ?」

「いろいろよ。……ねえ?」

 マデリーンは紅茶を注ぐアデルに振る。不意のことにアデルは目を泳がせながら頷くしかなかった。これではローザを怪しませてしまうだけだろう。

「街に現れている義賊について話しておりました」

 どぎまぎする二人を見兼ねてクロードが答えた。これにマデリーンは勢いよく頷く。

「そう! 貴族を狙うというから、私達も気を付けなければと話していたのよ」

「ああ……前にそんなお話を聞いたことがあるわ」

 そう言うとローザはアデルが差し出した紅茶を手に取る。

「でも、義賊なのだから、悪いことをしなければ狙われる心配はないはずでしょう?」

「そうかもしれないけれど、所詮泥棒なのだから、何をしようと狙われる時は狙われてしまうものよ」

 マデリーンは困ったようにそう言うとティーカップに口を付ける。これに続けるようにクロードが言う。

「義賊が捕まったという情報が今日、明日にでも聞ければ――」

「捕まらなくてもいいのではないかしら。義賊なのだから」

 ローザの言葉にクロードは驚いて聞き返す。

「し、しかし、お嬢様は狙われる側のお方ですよ? 万が一忍び込まれ、大事な物を盗まれでもしたら――」

「義賊は恵まれない者達のためにそういうことをしているの。それを責めるよりも、私達はなぜ義賊が現れたのかを考え、省みるべきではない?」

 義賊の存在を肯定するような言葉に、三人は目を丸くしてローザを見る。これにはさすがにまずいと感じたのか、ローザは取り繕うように言った。

「それが、街の人々の気持ち、だと思うの。つまり……義賊はそこまで怖い存在ではないということよ。言いたかったのは、それだけ……」

「ローザ、あなたは義賊の味方をするつもりなの?」

 眉をひそめるマデリーンが聞いた。

「そうではなくて、そういう意見もあると思って……このお話はもうやめましょう。もっと別の、楽しいお話をしたいわ」

 ローザは明るい声で強引に話を終わらせる。妙な空気を感じつつ、いつまでも邪魔するわけにはいかないとアデルはクロードの横に戻って言う。

「……あの、では、私共はこれで失礼いたします」

「え、ええ、仕事に戻ってちょうだい」

 親子に一礼し、二人は部屋を出て行く。静かに扉を閉め、ほっと息を吐いてから廊下を歩き出す。

「お嬢様は義賊に対して寛大なお気持ちなんだな。やっぱりお優しいお方だ」

 クロードがしみじみ言う隣で、アデルはまた違う感想を抱いていた。

「それにしては、ご理解がありすぎのようにも思えたけど……」

「考えすぎだよ。お嬢様まで疑う気か?」

「疑うわけないでしょう。……調査で付いた癖かな……」

 ローザの様子に引っ掛かりつつも、すぐにそのことを頭から消したアデルは、そのままメイドの仕事へ戻って行くのだった。

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