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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
9/69

第05話  勘の冴えと思わぬ恩恵

「うーん……」

「………………」


 二人は再び大通りを歩いていた。露店商が売りに出している防具を見やりながら、聡一は不満足そうに唸る。


 国営の防具屋には聡一のお気に召す装備がなかった為に、私営の武具屋で防具を調達することにしたのだ。


 しかし、どこを見て回っても重厚なプレートメイルや簡素な革鎧ばかりで(当然といえば当然なのだが)、それらがお気に召さない聡一はひたすら首を捻るばかり。彼曰く、プレートメイルはその重みでスピードが殺されるから論外、革鎧はセットで売られてる衣服が気に入らないのだとか。


 そればかりか、気に入る物がなかなか見つからないことに疲れを感じ始めた聡一は、この服のままでいいとまで言い出す始末。


 だが、それはセフィーアが許さなかった。


 ただの旅人ですら革鎧くらいは着用するのに、明らかに長旅に不向きな今の格好のままで冒険に出ようなどとは言語道断。何より聡一が今着ている見たことのないデザインの衣服は変な意味で目立ってしまう。仮にも追われている身なのだからと説明したセフィーアは、とにかく何とか防具を着せようと街中を引き摺り回した。


 そんなことをしているうちに徐々に日も暮れ、街に明かりが灯り始めた頃――


 聡一は自分が視線を向けた先に小さな裏路地があることに気がついた。 

 ただなんとなく。そう、なんとなくとしかいえない。

 既に日の光も届かず、陰鬱な雰囲気を醸し出す通路のその先に"何か"がある。

 そう、思ってしまった。


 ――要するに、ただの勘なのだが。


「……どうかした?」

「フィーア、こっち」


 一種の"予感"めいたものを感じた聡一は、迷うことなく裏路地へと足を運んだ。

 唐突に聡一に手を握られ、セフィーアは思わず頬を朱に染めるが、残念ながら今の聡一の瞳には映っていない。


「裏路地に入るつもり?」

「うん」


 聡一がどこに向かっているのか見当がついたセフィーアは、どうしてそんなところにわざわざ行きたがるのかと怪訝な顔をするが、当の本人はまったくのお構いなし。躊躇いもせずに裏路地に入ると、予想していたよりもしっかりとした道を何かに引き寄せられるように進んでいく。


 いくつもある分かれ道を右に進み、左に進み。それらを何度も繰り返しながら、ひたすら前に進んだ。


 セフィーアは既に自分がどこをどう通ってきたのか覚えていない。

 クモの巣のように入り組んでいる薄暗い通路を進めば進むほど、まるで自分が出口のない迷宮に入り込んでしまったのではないかという錯覚に襲われてくる。


「ねぇ……どこに向かってるの?」

「俺にもわからないけど、なんかこっちにいい物がありそうな気がするんだ」

「………………」


 さすがに不安になってきたセフィーアは、自分でも気づかぬうちに聡一の手を強く握り返していた。

 とにかく、この先に"何かがある"と訴える聡一を信じるしかない。小さく溜息を吐くと、今は目の前だけをひたすら見つめることにした……視線の隅に映る浮浪者達をなるべく視界に入れないように、と。


 ――アークレイムの都の中でも比較的大きい部類に入る5大巡礼街ルー・カルズマ。実はこの街、主要な大通りをちょっとでも逸れると、このような迷宮に足を踏み入れてしまうことになる。


 過去、エルディエム帝国に滅ぼされた小国の難民を制限無く受け入れた為に、やたらめったら……それこそ僅かな空き地にも難民のための集合住宅を建造せざるをえなくなった結果だ。

 そして、裏路地といえば後ろめたいことを企む……俗に言う不良達が屯するのに絶好の場所。

 当然そういった人間が集まらないワケがなく、これまで街に駐屯する教団騎士隊と自警団が共同で掃討にあたったことが何度もあった。しかし、地の利は圧倒的に不良達にあり、掃討作戦が開始される度に雲隠れされてしまうというのが現状である。

 そういった理由で、この街の裏路地というのは聡一達を只今絶賛ガン見中である"彼ら"のテリトリーであり、ホームでもあるのだった。


「……嫌な視線」


 基本的に2~3人で徒党を組んでいるらしい彼らは聡一達――主にセフィーアを下卑た笑みを浮かべながら眺めていた。

 フードを被っているとはいえ、その女性らしいフォルムから既に中身が雌だと確信している不良達は、無遠慮な視線で彼女を品定めしている。


 セフィーアは全身を舐められるような視線をそこかしこから感じ取り、鳥肌をたてた。

 いざとなったら迷うことなくピノを呼び出そうと心に誓う。


「大丈夫だよ」


 そんなことを思っていたら、聡一が唐突に口を開いた。どうやらセフィーアが怯え始めていることを感じ取ったようだ。


「俺がいる限り、フィーアに手は出させないから」

「……ん」


 恥ずかしい台詞を平然とのたまう聡一を見やりながら、セフィーアは安堵するように小さく頷いた。

 自分達を意識している視線や気配にとにかく敏感な聡一は、セフィーアに向けられていた視線がどういう類のものか既にわかっていた。


「それに、もうそろそろだと思うんだけど……ほら、着いたみたいだ」

「え……?」


 彼が軽く笑みを浮かべたその先には、一件の家屋があった。


 総合住宅が入り組み、日中でもほとんど日の当たらないこの裏路地に、寂しくポツンと建っている。

 外見は酷くボロボロで、一見ただの質素な家屋にしかみえない。

 ただ、木で出来た扉に貼り付けてあった張り紙【防具とマジックアイテム扱っています】で、なんとかこの建物が冒険者御用達の店であるということがわかった。


 正直なところ、聡一が着いたと言わなければ全く気がつかなかっただろう。


「さ、入ろう」

「ん……」


 あまりに酷い外見に、中に入ることを僅かに躊躇するセフィーアだったが、聡一に手を引っ張られ渋々と付き添う。

 扉の内側には小さな鐘が取り付けてあったらしく、チリンチリンと客の来訪を知らせる綺麗な音が店内に鳴り響いた。


 扉を潜った瞬間、セフィーアは特殊な魔力の波動を感じ、僅かに顔を顰める。ふと聡一の様子をみてみるが、彼は何も感じなかったのか表情はいつも通りだ。


 店内は綺麗に整理整頓されており、掃除も行き届いていた。飾られているマジックアイテムや防具には埃一つない。保存状態も申し分ないほど良好で、どれも傷一つなかった。


「ほえー……なんか建物の外見と違って中身は綺麗に整ってる…………とかテンプレ過ぎるだろッ!」


 また出た。てんぷれ……どういう意味なんだろう?と首を傾げるセフィーアを余所に、聡一は既に気を取り直したらしく、店内に並んでいる防具を吟味している。


 店内は綺麗に整っているだけじゃなく、それなりのスペースがあった。聡一曰く「大きめのコンビニくらいの広さかな?」などと言うが、セフィーアには彼の言っている意味がよくわからなかった。だが、並んでいる商品はいずれもそこいらの防具店やマジックアイテム店ではほとんどお目にかかれないレアな品物ばかりで、すぐにそれらの商品の物色に夢中になってしまい、聡一の戯言などすぐに忘れてしまった。


「いらっしゃい。おや、見ない顔だね。誰からの紹介だい?」


 店の奥から顔を出した二十歳後半と思われる女性は、気さくな笑顔で聡一達を迎えた。


 色白で、豊満な胸に腰まで届く艶やかな金髪。エメラルドグリーンの瞳はどこかの貴族出身かと思わせる風貌だが、その姉御肌な口調と雰囲気からは、そのような印象を毛ほども感じさせない。ここの店主に間違いないだろうその女性が、街の大通りで見かける平民の女性らしい格好をしているのも要因の一つだろう。


「ここには誰かに紹介してもらって来たワケじゃないんだけど……」

「ていうことは、自力でここを見つけたのかい? あんた、なかなか勘が鋭いみたいだね」


 自力で訪れたという聡一達に目を丸くする女店主。確かに、不気味な裏路地の奥へ自分の意思で入り込んだあげく、迷路のような通路を突破してこの店を見つけたとなれば、誰でも驚くだろう。


「で、何を探してるんだい?」

「これから旅に出るにあたって、俺に見合う防具を。実は街中の武具店見て回ったんだけど、なかなかこれだ! って物がなくて。んで、適当にブラブラ歩いてたら、なんとなくなんだけど……ここに"いい物"がありそうな気がして寄ってみたってワケです」

「なるほどねぇ」


 にこやかに談笑する聡一と女店主を見やり、どこか面白くない気分になりつつも、やはり意識はマジックアイテムに向いてしまうセフィーア。ここには余程の物品が揃っているらしい。


「それにしても、坊やは随分と珍しい格好してるね」

「その……色々と複雑かつ単純な事情がありまして」

「複雑なのか単純なのかどっちなんだい?」


 興味深そうに眺めてくる女店主に、聡一は苦笑いで誤魔化しながら曖昧に返した。

 その困ったような、それでいてどこか寂しげな表情に、女店主は顎に手を当てて何やら考え込む。


「ふむ……。よし! 自力でこの店を見つけることができたご褒美だ。二人には店内にあるものどれでも一つだけタダで譲ってあげるよ」

「マジすか!?」

「……ホントに?」


 聡一との会話ですっかり気を良くしたらしく、随分と太っ腹なことを言う女店主。

 しかし、この店に並んでいる品がどれもかなり高価な代物だと理解しているセフィーアは、若干の疑いの眼差しを向ける。


 それに気づいた女店主は、カラカラと笑った。


「まぁ、これでも結構儲かってるからね。品物の一つや二つタダで譲ったところで痛くも痒くもないのさ」

「……なるほど」


 女店主の裏表のない笑顔に、セフィーアもとりあえず警戒を解くことにした。


「ま、新客へのサービスだとでも思いなよ。マジックアイテムなら1つ、防具なら1セット。どれでも好きな物を持っていきな」

「いえすッ!! ゴチになります!」


 無料で防具が手に入ると聞いてテンションがハイになる聡一。旅の過程でかかる費用はセフィーアが出してくれると言っていたが、やはりこの世界に迷い込んでから世話になりっぱなしでとても心苦しかったのだ。

 思わぬ幸運に狂喜乱舞しつつ、彼は先ほどの物色で既に目を付けていたのか、迷うことなく一つの防具を指差す。


「あれください!」


 そう言って彼が指差した代物は、防具を飾ってあるスペースの端も端、店をよく訪れる常連でさえも気付かないような隅っこに他の防具に埋もれるようにしてチョコンと飾られていた。勿論、埃などは付着していないし、手入れもキチンとされている。もしかしたら、敢えて見つからないように配置していたのかもしれない。


「……なんであれが欲しいんだい?」


 聡一が選んだ防具は、見た目からいえば防具というよりも戦衣に近い。全体的に暗黒色で、ボディラインなどに赤いラインが縫われた裾の長いコート型であり、留め具やら何やらの細かいパーツ以外は全て布で出来ている逸品だ。胴衣、グローブ、ボトムス、ブーツ、あとはオマケとして小物や武器を吊り下げる多機能ベルト、伸縮性と吸汗性に優れたフィット型のシャツ、何故か裾がボロボロに綻びた黒い外套、フードにもマフラーにもなる黒い布地のセットとなっている。


 着る人が着れば、それだけでとんでもない威圧感を醸し出しそうな装備だ。


「一番軽くて動きやすそうだったから。他のやつと違ってプレートとか鞣革を全く使ってないし。それになんとなくだけど……他の防具とは違った"雰囲気"を感じたってのが大きいかな」

「ほう……」


それを聞いた瞬間、女店主の瞳が僅かに見開かれるのだが、聡一は気付かない。


「ま、一番の理由は見た目が俺の好みだったからなんだけどね」


 その独特な見た目を気に入ったというのが、この防具を選んだ理由の8割を占めていたりする。


「ふふっ、アンタはホントに面白い子だねぇ。んじゃ、そこの試着室でちょっと着替えておいでな。細かい採寸とか調整するからね」

「りょーかい!」


 「いやっほーぅ! ご都合主義万歳!」と歓喜の奇声をあげながら防具を抱えて試着室に飛び込んでいく聡一を尻目に、セフィーアは2つのマジックアイテムの前で悩んでいた。


 一つは自身の魔力総量の限界を高めるピアス型のマジックアイテム。治癒魔法の使い手でもあるフィーアにとって、それは自身が持つ治癒魔法の持続時間を高めることに繋がる。


 そしてもう一つは反射(リフレクト)の効果が付与された指輪(リング)型のマジックアイテムだ。効果はこの指輪の持ち主に向けて放たれた攻撃型の戦術魔法を反射するというもの。さすがに城砦を破壊するような大威力の魔法は反射の効果を突き抜けてしまうが、それでも大きくダメージが減退されることには違いない。


「うーん……どっちも欲しい……」


 セフィーアは顎に手を当てながら、悩みに悩んだ。


 今の彼女からすれば……というよりも、世にいる魔術師からすればどれも喉から手が出るほど欲しがる垂涎の一品である。これだけの品が世に出回ることなど滅多になく、露店に売りに出せば、定価の10倍以上の値段で取引きされることも珍しくない。どちらか一つと問われれば、迷うのも無理はなかった。


 そうこうしているうちに、着替えが終わった聡一が試着室から姿を現す。


「どう? どう? 似合ってる?」


 裾を持ってその場をクルリと回る聡一の様子に、もしこの場に彼の友人達がいればお前は女か!と容赦ないツッコミを入れただろう。


「へぇ、黒髪のアンタに良く合ってるじゃないか。見たところ、特にサイズの調整が必要な箇所はなさそうだけど、着てみた感じはどうだい?」

「大丈夫。まるで俺の為に縫われたかのようにピッタリだ」

「ハハーン、言うねぇ」


 女店主は聡一の素直な物言いに職人としての笑みを浮かべる。やはり、製作者としては使用者に気に入ってもらえるのが一番なのだ。


 聡一は脱いだ服を女店主から貰った風呂敷に包むと、セフィーアの傍に寄って彼女の顔を覗き込む。


「フィーアは何を貰うか決めた?」

「……まだ悩んでる途中」


 セフィーアは紅い宝石をはめ込んだピアスと、緑色の宝石をはめ込んだリングの前でずっと唸っていた。


「店主さん、このピアスとリング、いくらするの?」

「どっちも金貨12枚だよ。お譲ちゃんは幻操士みたいだから半額の金貨6枚になるけどね」

「そう……」


 金貨2〜3枚までだったらどっちか安い方を買ってしまおうかとも思っていたが、これから旅するにあたり、あまり金貨を失いすぎるワケにもいかない。


「ふーん……そのピアスとリングのどっちにするか悩んでるの?」

「そう。どっちも貴重なマジックアイテムだから、なかなか決められなくて……聡一はどっちがいいと思う?」

「そうだね……俺的にはピアスをオススメしたいかな。フィーアの蒼い髪とは対照的な紅だから、よく似合うと思うんだ」

「いや、見た目のことで聞いたワケじゃ…………まぁいいか。じゃあ、これにする」


 聡一のトンチンカンな返答に眉を顰めるも、まんざらではなかったらしく、セフィーアはピアスを手にとって女店主に提示した。


「俺の意見だけでそんなにあっさり決めちゃっていいの?」

「あっさりじゃない。散々悩んだもん」

「あ、左様ですか」


 二人の会話をニヤニヤしながら聞いていた女店主は一度奥に引っ込むと、手鏡を持ってきた。


「ほい、手鏡。耳に付けてみな」


 セフィーアは手鏡を利用して早速右耳に装着する。途端に、身体の内側で魔力の猛りを感じた。


「凄い……」

 露店商や国営のマジックアイテム店では到底及びもつかない程の高い効果に内心で驚愕する。

 ハッキリ言って想像以上だ。

 まさかこんな凄い代物を手に入れられる日がくるとは思っていなかっただけに、喜びも大きい。


「……どうかな?」


 身の内で猛る魔力を落ち着かせたあと、セフィーアは聡一に向き直り、右耳に付けたピアスを見せる。


「似合ってるよ」


 そして、聡一の偽りない笑顔の前に白い頬を紅潮させた。とはいっても、よく注視しなければ気付かない程度でしかなかったが。勿論、聡一は気付かない。


「右耳や魔力の胎動に違和感はないかい?」

「えぇ、問題ありません」

「よしよし」


 自慢の商品に不備がないことを確認し、女店長は満足げに頷いた。それから聡一の方に向き直り、彼が着ている防具を見やる。


「滅多にないと思うけど、もしその防具が破けたり破損しちまったらここに持ってきな。その時は修復してやるから。さすがに有料だけどね」

「そのときは安くしてください」

「あんたには遠慮ってもんがないのかい?」


 自重しない聡一に、女店長は軽くデコピンしながら笑みを零す。


「それと、珍しい鉱石やレアな素材を手に入れたら、ぜひウチに持ってきておくれ。そこらの店よりも高く買い取るからさ」

「はーい」

「わかりました」


 それに満足そうに頷いた女店主は、扉に何やら言葉をかける。


「んじゃ、冒険頑張りなよ! またおいで!」

「ういっす!」

「ありがとうございました」


 笑顔で送り出してくれる女店長に見送られ、聡一とセフィーアは店を後にした。


 そして、賑やかだった店内を寂しい静寂が包みこむ。


「それにしても、まさかあれを持っていかれちまうとはねぇ……」


 女店長は軽く溜息を吐くと、聡一が装備していった防具が置いてあった場所を眺めた。


 大陸でも一、二を争う程の高度な付与(エンチャント)技術で防護(プロテクト)反射(リフレクト)の魔法を刷り込ませたあの防具は、自身の最高傑作といってもいい代物だった。


 胴衣やボトムスに使用した生地には優れた硬度を持つダマスカスの粉末を混入させており、それだけでも安物のプレートメイル以上の防御力を確保している。さらに黒革のグローブには近接格闘用のダマスカス鉄甲が仕込んであり、同じく黒革のブーツには足の指先を護るためにダマスカス板が縫い込んであった。


 オマケの外套やフードマフラーにしても、優れた耐火、耐水、耐熱、耐寒の効果を付与させており、それらだけで金貨6枚……聡一が持つツヴァイハンダーと同じ価値がある。


 希少価値が高い布と金属を惜しげもなく使用した至高の逸品――国営の武具店にでも売り込めば、城を建てられるほどの価値がある代物だったのだ。


 しかし、その価値に気付かなかった冒険者達は、プレートも鞣革も利用してないあの防具を一見しただけで興味を失っていった。


 それを――


「坊やは"勘"だけであの防具の性能を見抜いた……」


 実際には防具から漏れる微かな魔力の残滓を違和感として見抜いたというのもあるのだが、それにしたって並大抵の魔道士では勘付くこともできないような微細なものである。


「それと坊やの連れのお譲ちゃんもなかなか見所があったねぇ」


 長年この店をやっているが、この店を覆う空間拡張性魔法の魔力に勘付いたのはあの女の子が初めてだ。

 魔力の総量を増強する紅いピアスにしても、あれは一定の魔力容量(キャパシティ)を秘めている魔道士が身に付けて初めて効果を得られる代物であり、未熟な者が身につけてもただの装飾品にしかならない。


 黒髪の坊やにしても、蒼髪のお嬢ちゃんにしても、将来が楽しみになる逸材だ。


「あの子達は大物になるかもしれないね」


 久々に出会った期待のルーキーに思いを馳せ、今度店に寄ったときのために何かプレゼントでも用意しておこうかと考えるのであった。


―― 一方、店を出た二人はといえば。


「…………おぉう……」

「いつの間に……」


 店の扉を開けて外に出た瞬間、自分たちが大通りにすぐ出られる裏路地の入口付近にいることに、ただ驚愕するしかなかった。


「……あの人……何者なの?」


 セフィーアが口にした疑問に答えられる者は……誰もいない。


「……。日も暮れてきたし、とりあえず今日のところは宿に戻りましょう」

「うい」


 聡一は手に抱えていた漆黒の外套とフードマフラーを被り、ホカホカの笑顔を満面に浮かべながらセフィーアと共に帰路へとついた。


◆◆◆


「うー……食った食ったぁ……げっぷ」


 聡一は綺麗に整えられたベッドに倒れ込み、膨れた胃袋を満足げに摩った。


「それにしても、まさかこの世界にも風呂があるとはねぇ。ラッキーラッキー」


 そして、今は風呂の順番待ちの最中だ。そう大きくないこの宿屋は風呂が男女別で用意されているワケではなく、1つの風呂を全員で共用する形となっている。


 合計4部屋しかないこの宿には自分以外には女性しか泊まっておらず、必然的に聡一が一番最後に利用しなくてはならなかった。

 ただ、文明レベルが圧倒的に違うこの世界で風呂が入れるとは思っていなかった聡一からすれば、順番が最後だろうが何だろうが温かい湯船で汗を流せるだけでもありがたいことであり、文句などあるワケがない。


「………………」


 ふぅ~……と一息つき、ぼんやりと天井を眺めた。


 突然の異世界乱入、巨大過ぎる魔物との邂逅、幻獣を従える女の子との出会い、国境越え、幻操士の試練、私兵との乱闘、武器の購入、防具を求めての街中の散策等々、こうしてボーッとしていると途端に現実味が薄れてくる。


 ふと、元の世界にいる友人達のことが気になった。アパートの鍵は掛けてなかったので、立ち往生ってことはなかっただろうが、いつまで経っても帰ってこない俺をどう思っただろうか。


 心配してくれているだろうか?それとも――いや、考えても仕方がない。携帯は繋がらないし、元の世界に帰る方法は不明。心苦しいが今の自分に出来ることは何もない。とにかく、今はこの世界で生き抜くことを第一に……。


 そんなことを考えているうちに、聡一はいつの間にか夢の中へと落ちていた――


(ここは……)


 見慣れたアパートの一室。この世で最も落ち着くことができる場所。


(俺の部屋……)


 2DKの狭いアパートの自室を見渡し、そして、これが夢だと気付いた。


(いきなりホームシックですか俺……うん?)


 ふと気配を感じ、自室を覗いてみると、愛用のベッドの上で誰かが寝ころんでいる。


「えーと……誰?」

「おぉッ!?」


 不審に思った聡一が声をかけると同時に、驚いたように跳ね起きた少女。

 その子は軽くウェーブがかかった輝くような白金色の髪を太腿の辺りまで伸ばし、簡素な白いワンピースに身を包んでいた。

 歳はよくわからない。10台後半のような気もすれば、二十歳前半でもあるような気がする。


「……女の子?」

「性別的には確かに女だな」


 ベッドの上に胡坐で偉そうに踏ん反り返る女の子に、聡一は額に手を当てて嘆いた。


「俺……溜まってるのかな……」

「ほう。ならば、ここで少し消化していくか?」

「余計なお世話だよ」


 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる女の子に、聡一は疲れたように肩を落とす。

 そのまま、胡坐を掻いている女の子のことなど気にも留めずに、自分のベッドへと寝転んだ。


「すぐ近くに見知らぬ女がいるというのに、遠慮の欠片もない奴だなお前は」

「どうせ夢の中じゃん。それにここは俺の部屋だよ? 遠慮する理由がないね。まぁそんなことはどうでもいいとして――」


 夢の中でも現実の疲れを感じているのか、聡一は目を瞑って身体をリラックスさせた。


「で、君は誰だい?」

「うむ。我はお前を"この世界"に呼び寄せた者だ」


 その問いを待っていたのか、女の子は嬉しそうな笑みを浮かべると、あまり育っているとはいえない胸を張る。


「この世界ってのは、この夢の世界のこと? それとも現実での異世界のこと?」

「どっちもだ」

「あ、そう」

「む?貴様信じてないな?」


 興味なさそうに聞き流す聡一に頬を膨らませる女の子は、八当たりとばかりに聡一の腹の上に圧し掛かった。

 しかし、ここはあくまで夢の中。馬乗りになられたところで重さも苦しさも感じない聡一は面倒臭そうに瞼を開ける。


 その態度から今は何を言っても無駄だと悟った女の子は、諦めたかのように呟いた。


「まぁ、今は何を言っても信じてもらえないかもしれん。ただこれだけは断言しておくぞ。お前はいずれ必ず私と出会うことになる。現実世界でな」

「はいはい。で? 現実世界で君と出会ったその先はどうなる?」

「どうせ信じるつもりなどないだろう? ならば教えたところで無駄だ」

「そう拗ねなくても……」

「誰が拗ねてるだと? バカも休み休み言え。今は私の存在を覚えていればそれでいいのだ。どうせ……」

 

 ――お前に逃げ道などないのだから。


「――ソーイチ!」

「おぉうっ!? …………フィーア?」


 セフィーアに起こされた聡一は寝ぼけ眼で彼女を見つめる。遅れて、火照った彼女の髪から漂うシャンプーの香りが鼻腔を刺激した。

 本来ならば、部屋に入られる前に相手の気配で起きることくらいできるのだが、疲れているのか今回は少し深く寝入ってしまったらしく、起されるまで全く気付かなかった。


「お風呂空いた」

「ん? んー……っ! ……りょーかい」


 変な夢をみたものだ……と、自分の頭の構造に疑問を覚えつつも大きく伸びをし、眠い眼を擦りながら備え付けのタオルを持って脱衣所に向かおうとする聡一は、そこで何かを思い出したのか立ち止まって振り返った。


「そうだ。預けてた俺の買い物袋、この部屋に置いといてくれない?」

「ん、わかった」


 温くなっているだろうが、風呂上りにチューハイを一本開けるのも悪くないだろう。少し酔った方が寝付きも良くなるハズだ。

 そんなことを考えながら、聡一はフラフラと扉を開ける。


「それから、今更だけど」

「ん?」

「助けてくれてありがとう」

「……確かに今更ね」

「最初に言いそびれちゃうとなかなか言い出せなくてさ」


 聡一は眠そうな顔のまま軽く笑みを浮かべると「おやすみ」と言葉を残し、今度こそ背を向けて部屋から出ていった。


「おやすみなさい」


 こうして、異世界での1日が終わりを告げる。


「それにしても、この防具ってギル〇ィ〇アに出てくるロ〇カイの衣装によく似てるよな。こっちの方がちょっと裾長いけど。元の世界の知り合いがいたら絶対に厨二病乙っていわれてしまう(ガクガクブルブル)」

「ちゅうにびょう? 何かの病気?」

「フィーアは知らなくてもいい言葉だからね? 忘れるように」

「………………」

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