第04話 不運は幸運へ繋がる
聖堂があったルペヌの森を後にした聡一とセフィーアは、そのすぐ近くに作られたルー・カルズマという街に訪れていた。
この街の住民は、メルキュリオ大陸全土で信仰されている唯一無二の宗教――アストレア教の信徒と亡国の難民がその大半を占めている。
一つの土地に複数の民族が住み着いた場合、大抵は双方共に相手への確執が起こるものだ。最悪、内紛といった事態に発展する可能性もある。
しかし、この街ではそれら陰湿な雰囲気があまり見受けられない。
人々は活気に溢れていて、砂漠にあったとオアシスとは、街並みはおろかそこに住む人々の表情もどことなく違ってみえた。
(見た目は良い街……っぽいかな)
聡一は声を張り上げる露店の主人たちを見やりながら、そう悪くない印象を覚えた。
この街は中央広場といわれる公園を中心に、東西南北にそれぞれ街の外へ出る門がある。
それらの門へ至るまでの大通りにはそれぞれ方角に見合った名前が付けられており、食糧やら何やら私生活や旅に必要な露店が所狭しと立ち並んでいるのが特徴的といえるだろう。
そこへ現れる掘り出し物目当ての客を、商人たちは舌先八寸あの手この手で呼び寄せて、日々の商いを繁盛させているのだ。
「ところで、ソーイチ――」
「ん?」
そんな中、二人はこの街の南通りを中央広場に向けて歩いていた。無論、中央広場を目指しているワケではない。南門からこの街に入ったために、必然的に足が向かってしまうのだ。
「武芸を嗜んでるっていうのは聞いたけど、貴方って結構強かったのね。少し……見直した」
セフィーアは手頃な宿屋を探しながら、唐突にそんなことを口にする。まだ昼を少し過ぎた程度の時間だが、この街は活気の割には宿屋が少ないらしく、早めに寝床を確保しておきたいのだとか。
無一文の聡一はセフィーアのご相伴に預かるしかなく、自分のあまり情けなさに溜息を零した。
「んー……あれって強いっていえるのかなぁ」
強化された身体能力でただゴリ押しするだけの戦い方に強さもへったくれもない気がする――などと余計なことは言わず、今はただ異世界の街の風景をボンヤリと眺めるのみ。
基本的に白い煉瓦や白く塗装された木造の建築物が多いこの街は、いかにも西洋的な雰囲気に溢れている。そういう場所に縁がなかった聡一は、微細ながらも少しだけ新鮮な気分に浸っていた。
時折、石畳の上をテコテコと進む馬車の御者や、街人、見周りの衛兵、露店の商人や巡礼者、冒険者など様々な人間が聡一の姿をみつけては物珍しそうに眺めてくるが、そこは目を合わせないようにして華麗にスルーを決め込む。
セフィーアも、聡一が不審者に見られないようにお互いの距離を詰めてフォローしてくれているのだから、わざわざ自分から不審がられるような行動を取るワケにもいくまい。
「でも、ソーイチは有無も言わさずあいつらを追い返しちゃったから……。たぶん、目を付けられたかも」
さりげなく周囲の視線に気を払いながら、セフィーアは話を続ける。
「……ですよねー」
溜息と一緒に胃の中で澱む陰鬱な空気を身体の外へ逃がそうと試みる聡一だったが、特に効果がないことを確認し、さらに深い溜息を吐く。
――勢いでセフィーアを庇った聡一は、彼女を連れ戻そうとする私兵団の連中を暴力で追い返してしまった。
たとえこの場でセフィーアと別れても、彼らは聡一とセフィーアは何らかの繋がりを持っていると考えるに違いない。そして、彼女を捕らえるまで聡一をも追ってくるだろう。
帰る手段を探すと決めた翌日……ではない、早くも当日に出鼻を挫かれてしまったワケだ。
「あぁー……面倒なコトになった……」
私兵団の連中を追い払った時の気楽さはどこへやら。面倒な事になってしまったと憂鬱な気分に浸る聡一の耳は様々な露店が立ち並ぶ大通りの活気も右から左へ。
先ほどまで微かにあった新鮮な気分もどこかへ吹き飛び、まだ冒険者になるどころか明日を無事に迎えられるのかすら不明瞭なのにとんだ厄介事を抱え込んでしまったと頭を抱える。
だが――
「まぁ後悔なんてしてないけどさ」
聡一は後悔もしていなければ反省もしていなかった。
言葉で飾る必要などない。聡一はただ困ってる女の子を助けただけでしかないのだから。
それが偶然セフィーアであったというだけであり、今回の事で身に受けた恩を返せたとは思っていない。
「……ホントに?」
「ホントに」
「じゃあ、また私があいつらに絡まれたら、助けてくれるの?」
「当然です。男は女を護るものなんだから」
それが彼の考えであり、絶対に譲れないポリシーである。
そんな風に考えている聡一をどう思ったのか……セフィーアは急に立ち止まると、意を決したように振り返って口を開いた。
「――ねぇ、私の身辺護衛として雇われるつもりはない?」
風が強く吹きつけた。
男性にしては少し長めに伸びた黒髪と、肩甲骨あたりまで伸びた艶やかな蒼髪が、ふわりと宙へ踊る。
「へ?」
一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
「ソーイチはもう私の身の上のゴタゴタに巻き込まれちゃったワケだし、面倒は避けられないと思うから……。ホントなら私が屋敷に大人しく帰るのが筋なんだろうけど、でも、私はまだ旅を続けていたい。なら、旅は道連れっていうし、一緒にいたほうがお互い得かなって……。それに聡一も元の世界に帰る方法を探すんでしょ? こう見えてお金は屋敷から盗……いくらか持ってきたおかげでそれなりに余裕あるの。引き受けてくれるなら依頼料として貴方の旅の資金は私が出してあげてもいい。だから……」
こういうことに不慣れらしく、頬に朱に染めながら取り繕うように言葉を捲くし立てるセフィーアは、乱れた息を整えようと一度大きく深呼吸して――
「私と一緒に旅……しない?」
不安そうに、されど期待に満ちた瞳を潤ませて、か細い声でそう言った。
言い終えると同時に恥ずかしそうに俯くセフィーアに見惚れながら、聡一は思う。
(神様、最低だとか言ってごめんなさい。そして、ありがとう)
出だしでいきなり砂漠に放り出され、ブラキオサウルスも真っ青な巨大過ぎる魔物に襲われ、いきなり厄介事に首を突っ込んでしまったけど……たぶん、目の前の女の子と出会えたことは今までの人生の中で一番の幸運なことなのかもしれない――と、聡一は素直にそう思った。
「フィーアの護衛役、喜んで引き受けさせてもらうよ」
「――ッ!」
パァッと表情を明るくするセフィーアに思わず微笑みかける。聡一にしても願ったり叶ったり、棚から牡丹餅な提案だ。断る理由がない。
それに、この世界に飛ばされて一番最初に出会った女の子とこれからも一緒にいられるというのは、純粋にとても嬉しかったのだ――家族も、親戚も、友達も、知り合いすらいない、正真正銘の一人ぼっちである聡一からすれば。
しかし、聡一はあえて余計な台詞は挟まなかった。
とにもかくにも、これでとりあえずはこの世界での生活の目処が立ったと安堵する――と、
『青春だねぇ』
『若いっていいわね……』
『くそっ……こんな大通りでイチャつきやがって……』
そこ彼処から聞こえてくる囁きにより、ようやく自分達がかなり恥ずかしい会話を繰り広げていたことに気付いた。
セフィーアも丁度それに気付いたらしく、顔を耳元まで真っ赤に染めている。
「そ……そうと決まればさっさと宿屋確保してソーイチの武器と防具買わなきゃ」
「さ~んせ~い」
自分達に向けられる好奇の視線から逃げるように、二人は宿の確保に向かった。まぁ聡一は持ち前の図太さから、さほど気にしてはいなかったのだが。
◆◆◆
それからしばらくして、セフィーアに連れられた聡一は国が運営している巨大な武具店に足を運んでいた。
一階は武器、二階は防具と区別されている木造の武具店は、大きめのスーパーマーケットに匹敵する面積を誇っている。
聡一はゲームやラノベの影響で、こういった店は小ぢんまりしているものだとばかり思っていたが、どうやら認識を改めなければいけないようだ。
しかし、ここはゲームの世界ではない。武器とは、どれも魔物や人間を"殺せる"ように工夫された代物である。初めは目を輝かせながらそれらを見ていた聡一だったが、徐々に真剣になっていった。
それもそのハズ。ここに客として赴いている冒険者達は、誰一人として軽い気持ちで武器を選んでなどいないのだから。
決して遊びではないのだ。彼らは己の武器と防具に文字通り命を預けているのである。
ゲームのようにお金と鞄の空きがある限りどれだけ武具を積んでも問題ナシとはいかない。
聡一はそれを肌で感じ取り、いつしか鋭い眼つきで壁に立て掛けられている武器を見つめていた。
セフィーアは何も言わず、ただ黙って聡一の後ろにくっついていた。彼女は幻操士であり、魔道士でもある為に武器などの類は使用しないが、それでも武器選びの重要性は心得ている。自分の余計な助言で、いざというときに前衛で戦うことになる聡一の武器選びに対する直感を鈍らせないよう、細心の注意を心掛けていた。
「ねぇ、ここの武器って露店で買うよりも値が張るの?」
「それなりに。でも、値が張るぶん露店で売ってる安物なんかよりずっと信頼のおけるいい武器が置いてある……みたい」
「そっか」
「貴方の命を預ける物だもの。焦らなくていいからじっくり選んで」
「うん。ありがと」
そして、店の武器をじっくりと吟味すること1時間。聡一がとある武器の前で立ち止まった。
店内を見回し、ちょうど通りかかった店員に呼びかけ、壁の上方に立て掛けられていた武器をとってもらう。
「店員さん、あそこにある武器取ってくれませんか?」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
客の要望に応じた店員は近くに控えていたもう一人の店員に梯子を持ってこさせると、二人掛かりで立て掛けられていた武器を降ろす。
ツヴァイハンダーと呼ばれる聡一の身の丈ほどもある幅広の両手剣だ。本当は扱い慣れている日本刀か、太刀に似た類の武器があればそれにしようと考えていたのだが、生憎とこの店には置いてなかった。
「お待たせしました」
聡一は店員から両手剣を受け取ると、柄の握り具合を確かめる。少しばかり太いが、許容範囲内だ。刃は幅広の両手剣には珍しくかなり洗練されていて、一片の曇りもない。
これは初めから叩き斬る剣ではなく、斬り裂く剣として制作されたようであった。
「軽く振ってみてはいかがでしょうか?」
「いいんですか?」
「勿論でございます。その為の幅広いスペースなのです。存分にお振るいください」
武器が置かれているスペースが必要以上に広いことに疑問を抱いていたのだが、どうやらこれは武器を振り回しても危険がないように予め配慮された広さだったらしい。
周りを見回してみると、幾人かの冒険者が手にした武器の感触を確かめるように、素振りしていた。
それに倣って、聡一も剣を下段に構える。
店員に促されたセフィーアが自分から十分な距離をとったことを確認すると、聡一はツヴァイハンダーを軽く振った。
(……軽っ)
あまりの軽さに調子に乗った聡一は、ファンタジーアニメのワンシーンのように派手に、されど繊細に剣を回して、その重さと振るった際の微細な空気抵抗を手に馴染ませる。
ちょっと格好付けてみたいという些細な思惑もあったのは内緒だ。
目にも留らぬ剣閃は無数の白刃と化し、刃が空を切る音が店内に響き渡るなか、最初は両手で扱っていた聡一だったが、自身の強化された筋力のおかげで全くといっていいほど剣の重さを感じないので、さらに調子に乗って片手のみで振り回してみた。
「うん、悪くない」
左右の腕で一通り感触を確かめたあと、聡一は左手に持った剣を斜めに斬り下げて動きを止める。
そのまま、「気に入ったからこれ買って〜」とセフィーアにおねだりしようとしたところで、彼女と店員が目を丸くして自分を凝視していることに気が付いた。
それだけではなく、目に届く範囲にいる全ての店員や冒険者等の注目を買ってしまっていることも理解した聡一は、少し調子に乗りすぎたかと自分の迂闊な行動を恥じた。
「あのぅ……これ欲しいんだけど、ダメ?」
「――ッ! ほ、ホントにそれでいいの?」
「うん」
「ん、わかった」
物凄く言い辛そうな顔で伺いたてる聡一にハッと我に返ったセフィーアは、口を開けたままボケッとしている店員に目を合わせる。それでなんとか自分を取り戻した店員は、ここぞとばかりに商人魂を燃焼させた。
「さすがお客様はお目が高くていらっしゃる! その剣は我が店自慢の両手剣、我が国が誇る鍛冶職人ガント・アーベリンが約半年の月日をかけて制作した渾身のひと振りでございます」
「誰それ?」
「知らない」
「なんと! ご存じないのですか!? 彼が手掛けた武器はどれも斬れ味、耐久性に優れ、その性能の高さから、かの有名なSSランクの称号を持つ冒険者ハール・ギャレット様もご愛用なされているほど……!」
身も蓋もない二人の会話に肩を落とした店員は、その鍛冶職人と彼が手掛けた武器の功績について熱弁する。しかし、それらにまったく興味がない聡一とセフィーアは店員の説明を適当に聞き流すと、会計を済ますべくその場から離れた。あとには涙目になった店員のみが残されたのだが、それはどうでもいい話だ。
そして、出入り口付近に設置されている会計場に控えていた女性店員にツヴァイハンダーを差し出し、値段を聞いてみた。
「こちらはルティオール金貨6枚になります」
「き、金貨?」
まだ青銅貨しか見たことがない聡一は思わず一歩後ずさるが、セフィーアはそれを気にも留めずに幻操士の証であるピアスを手に取り、女性店員にみせる。
「……。はい、確かに幻操士様と確認致しました。ギルド条約に基づき、武具の値段を半額とさせていただきます」
それを聞き届けたセフィーアはどこからともなく例の鞄を出現させると、中身を漁って財布らしき子袋を取り出し、その中から金色に輝くコインを3枚提出した。
「――確認致しました。お客様は当店で金貨1枚以上の武具をお買いになられた為、こちらの鞘を無料でご提供させていただきます」
その言葉と同時に、女性の傍に控えていた男性店員が濃茶色の革で覆われた鞘を差し出してきた。その大きさから、ちゃんとツヴァイハンダーに合わせて作られた代物であることがわかる。いざという時に剣を取り出しやすいよう様々な工夫が凝らしてある、いい鞘だった。
「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げる女性店員に軽く頷いてから、セフィーアは子袋を鞄の中に仕舞う。それから、聡一が剣を鞘に収めるのを見届けた後、言った。
「次は防具ね」
「ういっす」
「ねぇ、フィーア」
「ん?」
「金貨1枚って青銅貨に換算すると何枚になるの?」
「青銅貨50枚で白銀貨1枚、白銀貨50枚で金貨1枚になるから……えーと……2500枚になる」
「……レト砂漠の軽食屋で払ったルティオール青銅貨は二人分合わせて4枚、この街で二泊三日の宿を二部屋とったときに白銀貨1枚払ってお釣りが青銅貨2枚だったから……青銅貨1枚を日本円で200円と仮定するとして――ツヴァイハンダーの値段は2500×金貨3枚の×200円で……150万円!? でも、それで半額だから本来は300万円……だと……?」
「……円?」
「いや、こっちの話……………………ありえん」
「ちなみに金貨20枚で白金貨1枚だから」
「白金貨なんて物もあるの!?」