第63話 敗者と勝者のデート――その2
空はすっかり暗くなり、普段ならば街灯が点灯している頃合いだが、この日ばかりはいずれも沈黙していた。
その代わりというべきか、通りには冒険者ギルドやこの街を運営する職員達と有志のボランティアが手にランタンを持って、パレードの道を照らすように佇んでいた。彼らは、観衆がパレードの進路上に飛び出さないように壁を作る役目も負っているらしい。
そんな彼らが、ランタンを上下にゆっくりと揺らし始めた。タイミングを合わせているらしいそれは、光の漣となって観衆の目を釘付けにする。
「そろそろパレードが始まるみたい」
「へえ、あれが合図なんだ」
眼下に広がる幻想的な灯りが、アリアの瞳で反射する。美しく彩られた彼女の横顔に、聡一は思わず我を忘れて見惚れた。
遅れてそれに気付いた聡一は、己の感情を誤魔化すように手元のワインを呷った。
やはり"美しいもの"というのは、時代や環境など関係なく、老若男女の心を捕らえて離さない魔性を孕んでいるようだ。
パレードは街の外周を南から時計回りに北へ回り、最後に中央の闘技場前広場へ向かう形で終了する。
当然、ルート上に面した通りにはこれでもかと大勢の人が詰めかけてきており、さながら人の津波ともいうべき様相を呈していた。
しかし、今の2人はそんな人混みとは無縁の優雅なひと時を過ごしている。
アリアの案により、ギルドマスターが懇意にしている超豪華なホテルの一室を借りて、そこからパレードを見物することになったのだ。
当然ながら、そのホテルはパレードのルート上に面している。というより、パレードのルート上である事を織り込み済みで建てられたホテルである。
特に予約も何もしていなかったそうだが、アリアが受付に顔を出すや否や、このホテルのオーナーが慌ててすっ飛んできたのは記憶に新しい。そのまま、アリアに一言も喋らせることも無く、最高の部屋へと自ら案内し始めたのには、流石に聡一も引いた。
ちなみに、そのオーナーは大会優勝者である聡一の顔もしっかりと把握していたようだ。料金はいらないから、代わりに、十傑第一位と大会優勝者が利用したホテルである事を大々的に宣伝する許可が欲しいとの事だったので、それくらいならと快諾した次第である。
そんな経緯を持って、豪華な一室を占有した2人は、パレードを存分に見物できるように設けられたバルコニーにて、ルームサービスとして届けられたワインを片手にパレードの開始を待っていた。軽食のカナッペをつまみながら。これがまた繊細な味付けで、非常に美味なのである。ひとつ食べると、またひとつ食べたくなる、そんな美味しさだった。ここのホテルの調理師は良い仕事をしていると内心で賞賛する。
「このスモークサーモンのムース? のカナッペ、感動した。めっちゃ旨いんですけど」
「こっちの、キャビアを使ったカナッペも美味しいよ?」
「きゃ、きゃびあ……一般庶民には手の届かない高根の花……こんなものまでサービスで出てくるとは……十傑のネームバリューまじぱねーしょん」
「はい、あーん」
「おっと、アリアは揚げたこ焼きの悲劇を繰り返すつもりかな?」
「大丈夫、ここには私とソーイチのふたりきり」
「そういえばそうだった。では遠慮なく、あーん」
「ぁっ」
にこにこと花の咲くように微笑むアリアがカナッペを食べさせる。その際、故意ではないとはいえ、聡一の唇が指先に触れてしまい、小さな声を漏らした。
同時に、アリアの指先を舐めてしまったことに気付いた聡一が顔を青く変色させる。
「――ぺろっ」
動揺する聡一の前で、アリアは少し照れた様子を見せつつ、聡一の唇が触れた己の指先を舐めた。
聡一は両手で胸を抑えて、その場に崩れ落ちた。
そんな仲睦まじいやり取りを終えてしばらく。互いの冒険譚を交えつつ、談笑しながら待っていると、とうとうパレードが動き出したらしい。
式典用の正装に身を包んだギルドナイトの一団と、あれは今日の為に招聘された楽団だろうか。小綺麗な衣装に身を包んだ一団が、様々な楽器を手に持ち、不思議なテンポのメロディーを奏でつつ、移動を始めた。
それに合わせて、派手に飾り付けられた多数の馬車が列を成しつつゆっくりと光で繋がれた道を進み出す。
魔力を原料とする様々な色彩のランタンによって、鮮やかに照らされる馬車の列を見た観客達の、一際大きな感嘆の声がアンレンデを包み込んだ。
「あの飾り付けられた馬車って、何をイメージしてるんだろう?」
「歴代の十傑」
ポツリと零した聡一の呟きに、アリアが反応する。
聡一の興味が馬車に向いたことを察したアリアは、淡々とした声音で話を続けた。
「アンレンデの創立から始まる、既に故人となった十傑をイメージしてるの」
「故人……ということは、アリアの馬車はあの中にはないんだ?」
「うん」
瞳の中に静謐な光を宿しつつ、馬車を見守るアリアの横顔を見つめる。
一台一台丁寧に、それでいて豪奢に。故人の名誉と栄光を称えるかのようにデコレーションされた馬車を見て、いつか、このパレードの中にアリアをイメージした馬車も加えられるのだろうかと、ふと考える聡一。
このアンレンデが滅びない限り、冒険者として活躍した歴代の十傑が忘れ去られることはないのだろう。
「綺麗……」
「十傑が、アンレンデの人々にとってどれだけ特別な存在なのか、よくわかる光景だね」
ああいった美しい形で、人々の記憶の中に連綿と刻まれていくというのは、とても素晴らしいことだ。
だが同時に、故人を祀るあの馬車の中に、アリアのものが加わった光景は見たくない。そう思ってしまう。聡一は言葉にならない感情を、舌の上でワインと一緒に転がした。
表彰式の場で十傑入りを辞退していなければ、いつか自分の馬車も作られていたのだろうか。そんな思考を苦笑と共に飲み干した。
「――柄じゃないって」
「え?」
「いや、なんでもない。ただの独り言だよ」
2年に1度の祭典、そのフィナーレを飾るに相応しいパレードは、長い年月を掛けて少しずつその時間を伸ばしているという。
一台、また一台と飾り付けられた馬車が加わるに連れて、その時間も伸びていくという事だ。
光に彩られた道を、多くの人々の想いを乗せた馬車が、ギルドナイトに先導されつつ進んでいく。
聡一は、バルコニーに設置されたテーブルに視線を向けた。
テーブルの上には一個の花瓶が置かれ、色とりどりの花が添えられている。
その中から、比較的に小さな花を選び、アリアに見せた。
「アリア、この花の花言葉ってわかる?」
「この花はリュシオン。花言葉は『追憶』」
聡一の指先に摘ままれた小さな花を見て、アリアは柔らかく微笑んだ。
「追憶、か。まさにドンピシャだな」
そんな言葉が風に乗り。
聡一はリュシオンの花をそっと手放し、パレードに捧げた。
フフッ何度でも蘇るのです。
それでは皆さん、転生先の異世界でまたお会いしm(グチャアッ