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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第61話  アンレンデ武芸大会、閉幕

 団体戦の決勝戦を終えた凡そ二時間後。


 闘技場内は静まり返っていた。

 観客席どころか立見席にまで人がごった返す中で、誰一人として声を上げない様はある種の不気味さすら醸し出している。


 バトルフィールド上には個人戦、団体戦の本線に出場した冒険者達が集結しており、ただ一点を様々な感情をもって眺めていた。


 この場にいる全ての人間が向ける視線の先。

 バトルフィールドの外延部の奥、一際高くつくられた壇上には今大会の個人戦及び団体戦の優勝者達が堂々と胸を張って並んでいる。

 言わずもがな、聡一達である。

 他人からの注目を浴びることに慣れているらしいセフィーアとファスティオは特に気負いなく。

 慣れていない残りの面々は一様に緊張した面持ちを晒している。


 そんな彼らを見据えるのは、アンレンデ冒険者ギルド本部のギルドマスターであるアルデリオ・ベクティムその人だ。

 既に現役を引退して久しいとはいえ、その身の内で滾る覇気は相対する者に等しい畏怖を抱かせる。

 アルデリオ主導の下で、閉幕式は厳かな雰囲気を纏いつつ、粛々と進められていた。


「では、これよりアンレンデ武芸大会優勝者の褒賞授与式を執り行う――団体戦優勝者代表、前へ」


 壇上には拡声の魔法が仕掛けられており、アルデリオが放つ声はマイクとスピーカーを通したような大音量に調整されている。

 彼の指示に従い、事前に決めておいた代表としてファスティオが優雅な足取りで前に出た。


 ここで初めて闘技場内に詰め寄せていた観客達がざわついた。

 褒賞授与は個人戦の優勝者から先に行われるのが通例だ。過去、これが覆された例は限られている。

 その事実を認識し、観客席が色めき立つが、アルデリオの咳払いによって一瞬にして沈静化した。


 ギルドマスターの仮面を被ったアルデリオはファスティオの前までゆっくり歩くと、脇に控えていた運営員を通して5つの小さな木箱と黒塗りの大きな薄い板を手渡した。


「団体戦優勝おめでとう。【5人の愉快な仲間達】の奮戦、見事なり。貴君らの力と絆は多くの冒険者達の指標となることだろう。これからも慢心せず、己が仲間達とさらなる高みを目指して邁進してほしい」

「ありがとうございます」


 青い色のリボンで纏められた豪華な木箱には、団体戦優勝の証であるバッジが人数分収納されているようだ。

 一抱えもある真っ黒な薄い板は小切手であり、金箔で模様があしらわれ、豪奢な見た目を演出している。

 とはいえ、あくまでこの場限りのパフォーマンス的な代物であり、後でギルドに返還しなければいけないらしい。

 まぁ聡一達にしてみれば、持って帰ってくれと言われたところで困ってしまうだけなのだが。


(パーティ名が締まらない……)


 聡一は内心でそう呟きつつ、表情には出さないように苦心する。ちらっと横目でユウとフェルミの表情を窺えば、ユウも同じことを思っているのか少しだけ眉を八の字に。フェルミは逆にニコニコと笑みを浮かべていた。


 ――あぁ、そういえばこのパーティ名はフェルミが案を出したんだった。と、今更ながら思い出し、ひとりで納得した。


 褒賞を受け取ったファスティオは元の立ち位置に戻り、バッジのケースをセフィーアに預けると、黒い板を持ち上げて、これでもかと観客席へ見せつけた。

 そこへ万雷の拍手が鳴り響く。

 そうするように運営側から事前に通達されていたので、これは予定調和だ。


 拍手が収まった後、アルデリオはタイミングを見計らって口を開く。


「次に、個人戦優勝者であるソーイチ・オノクラよ、前へ」


 名前を呼ばれた聡一が前に出て、アルデリオと向き合った。


「ソーイチ・オノクラ。優勝おめでとう。貴殿の個人戦での活躍、真に見事であった」

「ありがとうございます」


 威厳をもって重々しく告げられたアルデリオの言葉に対し、聡一は軽く頭を下げる。


「十傑協議の結果、満場一致で君の冒険者ランク昇格が認められた。これからはランクSS-の十傑『第十席』として冒険者の活動に従事してほしい」


 わっと周囲から大歓声が轟いた。


 十傑協議とはSSランクの冒険者が集う会合であるが、そのうちの第十席とは十傑に設けられた序列のうち、最も低い地位となる。

 十傑入りを果たしたところで、それに見合った功績がなければ序列は低いのだ。ただし、エキシビジョンマッチにて、指名したSSランカーを倒せば、その者と入れ替わる形で序列を継承できる。

 聡一はアリアに敗北し、十傑の協議を受ける形で十傑入りを認められた為に、末席である『第十席』からのスタートとなったのだ。

 それでもSSランカーは地位や名誉を求める冒険者にとって垂涎の的だ。序列など関係なく十傑入りを望む者は星の数ほど大勢いる。

 ここ最近は冒険者のSSランク入りもぱったりと途絶えていた他、十傑の席にも空席があった為、新たな第十席の登場に観客席は大いに沸き立った。


 ――にも関わらず。


「身に余る栄誉ですが、丁重に辞退させて頂きます」


 SSランカーへの昇格を拒む聡一の声が闘技場内の隅々まで響き渡り、瞬時にして周囲が静まり返った。

 自らの晴れ舞台ともいえる場で、衆人環視の注目を集めたうえでの堂々とした拒否の姿勢。これに唖然とした表情を浮かべるのは観客達だけではない。来賓席に座る各国の貴族や王族、当の十傑の面々も皆揃って同じ顔をしている。


「うくっ……ふっふふふ……」


 唯一、ランクSS+にして十傑第一席、数多の冒険者の頂点に立つアリアだけは心の底から愉快そうに笑った。

 厳粛な場面なので声は潜めているものの、抑え切れない笑いの衝動は彼女の周りに集う他のSSランカー達に筒抜けである。

 訝しげな視線を集めるアリアだが、当人はそんな事などお構いなしに肩を震わせ、必死に笑いを堪えていた。

 そんな彼女の隣に立つハール・ギャレットは、鉄面皮の裏で驚愕を押し殺す。

 あの青年は、目の前の少女にいったいどれほどの影響を与えたというのか。

 武芸大会という極々短い期間の中で、俄かには信じ難いほどにころころと表情を変えたトップランカー。

 そんなアリアの姿をこれまで一度として見たことのなかったハールは、彼女にそんな変化を齎した聡一に戦慄にも似た感情を抱いた。


 ――などと、十傑第二席の心情など知る由もない聡一は落ち着いた表情を崩さない。


「それは十傑の席を拒むということかね?」

「ランクの昇格も含めて、その通りです」


 割れたコップの中身が零れるように騒めきが広がっていく。

 しかし、聡一は周囲の動揺など気にする素振りも見せず、淡々と言葉を発した。


「冒険者としての経験が圧倒的に不足しております。そんな俺がSSランクに抜擢されたところで、十傑の名を貶める結果しか生みません」

「……そんな事はないと思うがね」

「俺には過ぎた名誉です」


 頭を下げたまま、あくまで拒否の意を示す聡一。

 公の場で真っ向からランクの昇格を否定されてしまっては、いくらギルドマスターの権威をもってしても取り成すことはできない。

 アルデリオは口惜しさを何とか胸の内に飲み込むと、ひとつ頷いた。


「よかろう。本人の希望により、ソーイチ・オノクラのSSランク昇格、及び十傑入りは取り消しとする!」


 ギルドマスターの一声により、聡一は下げていた頭を上げた。


「……公の場で十傑入りを拒んだのは、アンレンデの歴史上で君が初めてじゃろうな。恐れ入ったわい」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 個人戦優勝の証として作られた特別なペンダントを渡しつつ、アルデリオは少しばかりの苦笑を漏らす。

 それに対し、聡一は僅かに唇の端を持ち上げてペンダントを受け取ると、恭しく後ろに下がった。


 役目を終え、檀上から退出する聡一達の背を見送り、最後にぐるっと観客席を見渡したアルデリオは全身に覇気を巡らせて言葉を紡ぐ。


「出場者、観客を含め、諸君らが今大会を通して何を感じ、何を得て、何を見出したのか。それは本人にしかわからぬことだが――」


 既に現役を引退した身とは思えない、力漲る言葉が観衆の鼓膜を揺さぶった。


「願わくば。この武芸大会にて鎬を削った猛者達の勇姿を、ほんの少しばかりでも、明日を生きる為の糧として心に焼き付けてもらえればと思う」


 自分の言葉が隅々まで浸透した頃合いを見計らい、アルデリオは声高々に言い放つ。


「以上をもって、第189回アンレンデ武芸大会の閉幕を宣言する!」


 ここに、冒険者による二年に一度の祭典が幕を閉じた。


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