第59話 団体戦決勝試合――その7
屍人になって帰ってきました
聡一とユウ、前衛が苛烈な戦いを繰り広げている中で、フェルミはその様子をじっと見つめていた。
無論、戦術魔法の構築を怠っているなどということはない。練られる魔力の質から繰り出される魔法に当たりをつけ、相手の構築速度を遥かに上回る早業で魔法を練り、絶え間なく繰り出される敵の魔道士の攻撃を次々と相殺していく。
空中でぶつかり合い、鮮やかな軌跡を残して霧散する色とりどりの魔法は、その一つ一つが人間を行動不能にできる恐ろしいものでありながら、美しく幻想的な光景をバトルフィールドに齎し、観客を虜にした。
魔術を齧る者は、フェルミの敵の魔法に対する反応速度、芸術ともいえる魔力構築の無駄の無さ、魔道士を名乗る者の中でもほんの一握りしか行使できない二重構築という、次元が違う実力を前に溜息しか出ない。
しかし、そんな一介の魔道士連中の嫉妬や羨望渦巻く胸中など意にも介さず、フェルミは自分達と相手側の圧倒的な連携力の差を前に、内心で深く溜め息を吐いた。
敵の電撃系の戦術魔法が聡一に向けて放たれたとき、フェルミはセフィーアに向けて放たれた巧魔紙による戦術魔法を防ぐことで手一杯で、聡一までフォローする余裕がなかった。
幸いにして、聡一がスローイングナイフを宙に放り投げて相殺するという、想像の斜め上を行くとんでもない荒業で回避したものの、これには本当に焦った。
万が一ここで聡一を戦闘不能にされていたらと思うと、背筋に冷たいものが奔る。
そして、敵の魔道士に目を向けたときに垣間見た、驚愕の表情から察して、狙いは最初からセフィーアではなく聡一だったのだと理解し、フェルミは自らの判断ミスを悟った。
敵の魔道士はセフィーアとフェルミに対し、絶え間なく魔法をぶつけることで、自らの狙いは後衛である彼女達だけであると思わせつつ、頃合いをみて聡一を叩く心算であったのだ。これまでの魔法の応酬の全ては、聡一を潰す為だけの布石だったわけだ。
とにかく全力でセフィーアを敵の戦術魔法から護ればいいと高を括っていた自分が愚かしい。こちらの戦力の鍵となっているのは紛れもなく聡一だ。彼一人を潰すだけで、こちらの敗北は必至となるのは自明の理だというのに。
「これが対人戦というものなのですね……」
強敵との戦闘というものを知ったフェルミは、自らを叱責しつつも、どこか楽しそうに笑った。
その笑顔が消えると同時に、聡一が苦戦していた槍使いと女剣士を打ち倒し、形勢が逆転する。
動揺したエリシアはユウから痛烈な一撃を喰らい、セフィーアとフェルミを狙っていた魔道士の片割れが、前衛として戦いに参加した。
怒涛の展開だ。
先程まで苦戦していた相手をこうもあっさり戦闘不能に追い込むとは、彼に一体何があったのか。
よくよく見れば、ソーイチがドヤ顔していることに気付き、フェルミは首を傾げる。
そして、「もしかしたら、肩を串刺しにされた時点で、何か攻略の切っ掛けを得たのかもしれない」と結論付けた。
「……何れにせよ、後でお説教することには変わりませんが」
誰にも聞こえない声量でこっそりとそう呟いたあと、フェルミは視線をカラーゾーン内で魔法を構築している女魔道士に向けた。
今、彼女は周囲に護衛も無く、孤立している。
これはチャンスである。
自分達への攻撃頻度が減るだけではない。構築できる魔法の速度も、一度に撃てる数もフェルミの方が上である現状、女魔道士を打ち倒すことは容易だろう。
そう判断したフェルミは、早速実行に移そうと魔法の構築を開始する。
しかし、彼女の思惑通りに事が運ぶことはなかった。
「あっ……!」
自分が魔法で狙撃されることは承知済みだったらしい女魔導士が、"煙玉"を使用したのだ。
これで彼らは20秒間、フィールド上における制限の一切が無くなる。
カラーゾーンの制約も消え、チームリーダーであった女魔導士は自由にフィールド上を動けるようになり、さらには彼女を倒したところでリーダー撃破という勝利条件を満たせなくなってしまった。
ふと視線を脇にやってみれば、相手側メンバーの待機組3人が一斉にバトルフィールドへ上がっていた。
これで白薔薇旅団はバトルフィールドに計6人のメンバーを配置していることになる。このまま20秒が過ぎれば、ルール違反で何もせずともセフィーア陣営の勝利となるが、そうは問屋が卸すまい。
『いくぞ! 俺に続けっ!!』
どうやら、セフィーアへ向けて強引な突撃を敢行するつもりのようだ。当然、懐に仕舞い込んでいたブーストの魔巧紙を用いて身体能力を上げているので、その身のこなしは驚くほどに素早い。
聡一ら前衛も当然彼らの行動に気付くが、いざ阻止しようにもエリシアと巨漢魔道士の後先考えない猛攻に曝され、足止めを食っていた。
戦術の要となる前衛二人を失った彼らは、破れかぶれでもあるのか、ここで一気に勝負を決める腹積もりらしい。
後先考えず、ありったけの魔力を使い尽くすつもりで繰り出される戦術魔法の暴威の前では、ユウは言わずもがな、さすがのソーイチも迂闊に手が出せない。
「いやあああ!? あとぅいっ!! 炎はらめぇぇぇ!! PTSDになっちゃうぅぅ!!!」
渦巻く炎が壁のように聡一を囲み、中に囚われた聡一が堪らず悲鳴を上げる。
「ちくしょおおお!! うおらぁぁあああっ!!」
人間離れした膂力を持って剣を振るい、その強烈な風圧で炎を消し飛ばそうと試みる聡一だが、試み虚しく、炎の壁はその勢いこそ弱めるものの、すぐに元に戻ってしまう。それでも蒸し焼きにならずに済んでいるだけ、僥倖なのだろうが。
相当量の魔力を込めたのだろう。見れば、肩で息をしているエリシアの姿があった。何がなんでも聡一を閉じ込めようとかなり無理をしたらしい。
ちなみに、この魔法には手加減など一切加えられていない。殺すつもりで魔法を撃たないと、足止めにすらならないと彼女は承知しているからだ。
援護に向かおうとしたユウも巨漢に肉弾戦を仕掛けられ、繰り出される怒涛のラッシュを裁くので精一杯といった様子であり、前衛は完全にその足を縫い付けられてしまった。
フェルミがその様子を把握したところで、唐突に足元の地面がボゴッと危険な音を立てて盛り上がる。
反射的にその場から身を投げ出すと、直前まで彼女がいた場所に大きな土塊が出現した。
寸でのところで回避に成功し、薄らと冷や汗を滲ませるフェルミ。
土塊に込められた魔力の残滓、その根源足る先に目を向ければ、煙玉を使用した女魔道士が鋭い眼差しで彼女を見据えていた。
女魔道士が放ってくる土塊の魔法は、大雑把で粗削りだ。非殺傷が前提のルール故、当たったところで致命傷にはなり得ない。
しかし、突き出てくる土塊は大きく、勢いもそれなりに強い。
直撃すれば、フェルミの華奢な身体など簡単に上空へ打ち上げるだろう。それだけでなく、下手な避け方をして土塊に足を取られれば、転倒する可能性だってある。
足を縺れさせたら最後、コンボの如く地面を転がされ、あえなく場外へ放り出されるのは想像に難くない。
「出し惜しみはなしですか」
大雑把で粗削り故に、式も至極単純。それが構築速度の上昇に繋がっている。
ダメージを与えるというよりは、フェルミの足場を固定させないことで集中力を削ぎ、魔法を構築する隙を与えない作戦らしい。
怒涛の勢いで土塊を作製し続ける女魔導士の魔力も相当な勢いで減っているのは間違いないが、さすがに煙玉の効果が切れるまではもたせるだろう。
実に効果的だ。
最早、援護は不可能というしかなかった。
「ファスティオさん! 敵を食い止めてください!」
次々と間断なく生み出される土塊を必死に避けるフェルミが、それだけをなんとか絞り出す。
セフィーア達に向かってくる追加人員は、両手持ちの戦斧を持った壮年の男、長剣を両手持ちで構える少年、短剣を左右の手で一本ずつ持つ身軽な装いの少女という、いずれも前衛を意識した装備の面々だ。
『俺が正面から抑える! お前達は隙を見て突っ込め!!』
『はい!』
『わかりました!』
殺気立つ戦斧持ちの男と、それに続く少年と少女。
彼らを真正面から見据えたファスティオは、ただ一言、静かな声音で言った。
「――任せろ」
◆◆◆
上空で奮戦しているピノに意識を向けていたセフィーアは、3人の敵を迎え撃つファスティオにブーストの魔法を唱える。
流石にフェルミほど素早く構築はできないが、それでも十分な余裕を持って、その輝きはファスティオの肉体を包む。
「感謝する」
「……頑張って」
本来ならば前衛を担当する皆にブーストを施しておきたいところだが、この魔法は高性能故にかなりの魔力を消費する。
さらには持続時間もそれ程長くないので、タイミングは慎重に見極める必要があるのだ。
戦斧の男とファスティオが激しく激突する様を見届けたセフィーアは、再び意識を空へと向けた。
大空を自在に舞いながら、相手の死角を果敢に攻め立て合う二匹の巨大な幻獣。その実力は傍から見れば拮抗しているように見えるかもしれない。
しかし、そうではないことをセフィーアは肌で感じている。
はっきり言って、戦況は圧倒的にピノが不利だ。セフィーアが付きっきりでピノを管理し、尚且つエリシアがラスターンに目を向けていないからこその、ギリギリの均衡といえるだろう。
幻獣とは使役する者の精神を原型に、当人の理想を模して形作られた存在だ。
元々、争い事からは縁遠い生活を送ってきたセフィーアと、幼い頃から魔物を駆逐する為の訓練を受けてきたエリシアとでは、幻獣の性質がまるで異なる。
元より、純粋な戦闘力では、ピノに勝ち目はないのだ。
それを承知の上で、セフィーアはピノを操る。
少しずつ、少しずつ、戦闘空域をより上空へと押し上げていく。
戦いの過程で、自然に高度が上がっていったように見せかける為に。
「……まだ……もう少し」
グリフォンのような外見をした、エリシアの幻獣ラスターンは特殊な攻撃方法を持っている。自らの羽を硬質化させ、高速で打ち出す技だ。
その巨大から繰り出される羽は、一枚一枚が小剣のように大きく、鋭い。
それを広範囲にばら撒くように放ったり、或いは一点に集中させて放つといった戦法でピノを撃墜しようと猛威を振るってくる。
発射体勢が独特である為、事前に察知できるのが唯一の救いか。自慢の機動力でなんとか攻撃を躱しつつ、尚且つ地上にいる仲間に矛先を向けさせないように立ち回るのは非常に神経を削る。
しかし、それも終わりが見えてきた。
準備はほとんど整っているといっていい。
「あとはタイミング次第……」
ぽつりと零したセフィーアは、焦らずに機会を待ち続ける。