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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第56話  団体戦決勝試合――その4

 スモーク魔法が渦巻く白煙の壁の内側で、咄嗟に盾でセフィーアを庇ったファスティオは素早く視線を巡らせる。


「セフィーア、怪我はないか?」

「ん、大丈夫」


 チームリーダーであるセフィーアに怪我はなく、少しばかりの安堵がファスティオの胸を過る。フェルミが発動させたスモークは、見事に敵の目視を封じることに成功したようだ。

 無論、これが広範囲高威力の戦術魔法であったならば、また別の対策を講じねばならなかったところであるが、殺し厳禁という大会のルールに則っている以上、放つ魔法は必要最低限の威力しか出せないという大前提がある。それに相手魔道士から漏れ出していた魔力の質を加味すれば、予測は簡単だった。


「ファスティオさん、私の心配はしてくれないのですか?」

「ふっ。お前が魔法で敗れるところなど想像もつかんよ」

「むぅ……まぁいいでしょう」


 どこか不満そうにむくれながらも、己の実力を評価されていることに悪い気はしないらしい。フェルミはそれ以上愚痴ることなく、戦いの中に意識を戻す。


「ファスティオさんの大盾って、リフレクトが付与されている高級品ですよね?」

「あぁ」

「なら、プロテクトだけお掛けします」


 言い終わる前に、ファスティオの身体が淡い光で包まれる。改めて解説するまでもなく、プロテクトの効果に他ならない。まるで蝋燭の炎を息で吹き消すようにあっさりと高難度の魔法を完成させる様は、他の魔道士からすれば寒気を覚える光景であろう。事実、セフィーアは驚きのあまり言葉を失っている。


「素晴らしい構築速度だ。さすがだな」

「煽てても何もでませんよ?」


 フェルミからすれば、誇れることでも自慢できることでもないようだ。少し困ったように薄く笑うだけで、それ以上の反応はみせない。


「まぁそんな事はさておき、どうやって攻めたものでしょうか」


 少し悩むような素振りを見せながら、フェルミは言った。


「確かにね。相手側に2人も戦術魔道士がいるとなると――ッ!?」


 言い終わる前に、突如として烈風が3人を襲う。

 強烈な風が砂塵を舞い上げ、セフィーアは思わず目を瞑った。


「くっ!」


 一瞬のうちに暴風は止み、激しく頬を叩いていた砂埃の感触も消える。そして、そっと目を開けたセフィーアは、周囲を覆っていたスモークの壁が綺麗に取り払われている光景を目の当たりにした。


(戦術魔法? いったい誰が――)


 セフィーアが自分の頭で解答を導き出す前に、ユウの険しい顔が視界に映る。


「いつの間に戦術魔法を……」


 そう歯噛みしながら呟くユウの視線はエリシアに向けられていた。


(なるほど、犯人は彼女か)


 セフィーア達にとって、エリシアが戦術魔法を使えるとは予想外だとしか言いようがない。ユウも事前に報告などはしていなかった為、恐らくは今の今まで知らなかったのだろう。

 試合前の作戦会議でも、これまで得た白薔薇旅団の情報を分析した結果、敵の魔道士は2人のみであると結論付けていた。これを踏まえて戦術を練っていた為、3人目が発覚した今、大きな修正を強いられることになる。


「……まずいかも」

「そうだな」


 誰に言ったワケでもない独白にファスティオが頷き――突如として、鼓膜に痛みを伴う大きな破裂音が2人の耳を劈き、電流の軌跡が網膜を焼いた。

 決して油断していたワケではなかったが、不意打ちのような閃光に瞳が耐え切れず、セフィーアは思わず瞼を強く閉じた。その後、数瞬遅れて鋼の衝突音が耳朶を叩く。


 何が起こったのか理解できず、焦燥が言葉となって口から漏れ出る。


「な、何が起こったの!?」

「ユウの雷撃を女剣士が盾で弾いた。ついでにいえば、その間隙を突いたソーイチの奇襲を槍使いが横合いから防いだのさ」


 視界を緑色に染められ、しょぼしょぼと目を擦るセフィーアを背中に隠しつつ、ファスティオは特に取り乱した様子もなく淡々と答えた。


「あの斬撃を防ぐとは敵ながら見事。どうやらソーイチの行動は読まれていたようだな」


 どちらの攻撃も初動を見てから反応したところで間に合うものではなかったと断言したファスティオは、言葉少なに相手を称えた。


「……全くわからなかった」

「安心しろ。今の攻防、前衛職の人間でも全てを見切れた奴は少ないだろう。きっちり目を開けていたとしても、な」


 まさしく刹那の衝突。一連の動きを完璧に見て取れた人間が、果たしてこの場にどれほど居合わせただろうか。そういう意味では自分もそこらの一般人と差して変わらない――そう揶揄されているようで、セフィーアは少しばかりの悔しさを胸に募らせた。勿論、ファスティオにそんな気など毛頭ないことは十全に理解しているのだが。


「それにしても妙だな」


 絶え間なく続く鋼の反響音。熾烈な攻防を披露する両チームの行く末を固唾を飲んで見守る観客達。

 呼吸を整える暇すら惜しむように攻め立てるソーイチと、それを必死に受け流す槍使いの様子を逐一観察しながら、ファスティオは訝しむような声音で小さく呟いた。


 聡一が畳み掛ければ防戦一方となるものの、その全てをきっちり防御している槍使いの動きにファスティオの戦士としての勘が警鐘を鳴らす。


(あの槍使い、聡一の初動よりも早く動いてないか?)


 見間違い、気のせいだと一笑されても反論できない程の極々小さな違和感だが、槍使いを果敢に攻めている聡一のどこか戸惑うような表情を見るに、あながち間違っているとも言い切れない。

 痒いところに手が届かない、そんなもどかしさがファスティオの思考を絡めとろうと蔦を伸ばす。


(いかんな。集中しなければ)


 軽く頭を振り、目の前の戦いに意識を戻す。さすがに無警戒というわけにはいかないが、考え過ぎて戦いに支障をきたすような真似は避けなければならない。あの槍使いにはブーストによる効果とはまた違う何かがあるかもしれない……今はそれだけを頭の隅に留めておけばいい。


(少なくともベルナスの二番煎じではなさそうだし、ソーイチとユウの2人なら特に心配する必要もないだろうが……)


 しかし、心配とは別の理由で、戦術を変える必要はあるだろう。


 見る限り、前線の状況は芳しくない。ユウと聡一が2人掛りでも敵の前衛を崩せず、思った以上に手を焼いているようだ。

 現状、敵の身体強化は前線で戦っているユウに多大な負担を与えている。聡一も経験不足故にユウと上手く足並みを揃えることができずにおり、どうにも動きが悪い。

 ただ、勘違いしてはならないことだが、ユウの剣の実力は文句の付けようもなく一級品である。彼我の力量の差においても、ユウは女剣士を上回っているといっていい。だが、いくらユウの剣技が一流でも、身体能力で差を付けられてしまっては、せっかくのアドバンテージも土に埋もれてしまうことは必定。

 前線の主導権を聡一達へと傾かせるには、ユウの身体能力を相手と対等にしてやることが絶対条件だろう。


 そう思い立ったファスティオはセフィーアに向き直り、開きかけた口を閉じた。微かな笑みを残し、視線を再び前に戻す。


 直接指示するまでもなく、既にセフィーアはユウの為にブーストを構築していた。目を閉じ、魔力の本流で蒼色の髪を靡かせる姿は、人にあらざる神々しさを感じさせる。

 フェルミもセフィーアの魔法構築を中断させられないように、敵の後衛の周囲にスモークを張っていた。しかも、今度のスモークには催涙効果が追加されているらしく、敵の後衛は見事に涙目で咳き込んでいた。

 その場から抜け出したいだろうに、チームリーダーという役割を任せられている以上、カラーゾーンの中に縛られるしかない女魔道士には同情する。男魔道士もチームリーダーの直衛でも任されているのだろう、苦しそうに呻きながらもその場から離れようとはしない。


「……えげつない光景だ」


 ファスティオは僅かに顔を顰めながら言った。


 ちなみに、催涙効果は本来のスモークには含まれていない。聡一のアイデアを元に考案された、フェルミの独自改良である。

 アイデアの元ネタは、地球において主に暴徒鎮圧の際に用いられる催涙弾であることは言わずもがな。


 兎にも角にも、既存の魔法にアレンジを加えるのは上級者でも難しいといわれているのだが、それを苦もなくやってのけるフェルミは魔道士としての実力だけでなく、その奇抜な発想においても才能の片鱗を覗かせる。


 何はともあれ、少なくともこれで魔道士による妨害の心配は無くなった。エリシアもセフィーアの魔法構築に気付き、即座に矢を射掛けてくるが、偶然にもその射線上に躍り出た聡一が短剣で矢を叩き落してくれたので問題は無い。おかげで彼は短剣を失ってしまったようだが、まぁ瑣末な事だ。


 そして、セフィーアのブーストが完成し、ユウの身体を包み込むのとほぼ同じタイミングで、前線の空気が一変する。


「――!」


 長槍が聡一の右肩を貫く光景を目にし、セフィーアは息を呑んだ。

 零れ落ちる鮮血が地面を紅く汚すよりも早く、槍使いはバックステップで瞬く間に間合いを離す。遅れて放たれた反撃の投擲ナイフは、虚しく宙を切った。

 その一部始終を見ていたセフィーアの顔に不安の影が過る。

 それに対して、聡一の表情は微動だにしない。しかし、纏う雰囲気が張り詰めたものへと変化したことをセフィーアは直感的に理解した。それを証明するかの如く、聡一の右手から剣の柄がするりと抜け落ちる。白銀の剣が軽い音をたてて地面を転がる様は、まるで力尽きた戦士の骸を連想させた。

 戦闘の流れが白薔薇旅団側に大きく傾いたことは、素人の目から見ても明らかだった。


「――ケリー! 行きなさい!」


 これを好機と見たエリシアの指令が飛ぶ。ケリーと呼ばれた女剣士は一つ頷くと、盾でユウを強引に押し退け、それこそ突風の如く駆けた。


「待て……ちっ!」


 脇目も振らずに背中を向けて走り去る女剣士をユウが追撃しようとするが、横合いから3本続けざまに射られた矢により、足止めをくらってしまう。

 忌々しげに舌打ちしたユウは自身に直撃しそうな矢のみを剣で叩き落とすと、矢が飛んできた方向へ視線を向ける。

 その視界に、弓を構えたエリシアが映し出された。


「……邪魔しないでよ」


 背筋を凍てつかせる低い声が、ユウの喉から絞り出される。


「そうツレないコト仰らないでくださいな」


 だが、苛立つユウの殺気などまるで意に介さず、エリシアは薄ら笑いを崩さない。それがまたユウの不快感を助長させた。


「彼を打ち倒す絶好のチャンスですもの。今、ケリーの邪魔をさせるワケにはいきません。申し訳ありませんが、貴女には少し付き合っていただきますわ」


 研ぎ澄まされた闘志が微風となり、相対するユウの髪を揺らす。

 エリシアは一旦弓を背負うと、空いた両手を腰に下げている2本の短剣に伸ばした。ふわりと闘技場を凪いだ風が彼女の挑発的な笑みを攫い、捕食者めいた鋭利な眼光だけを残す。


 そして――


 短剣をそれぞれ逆手に構え、躊躇いなく懐に飛び込んでくるエリシアを迎え撃つべく、ユウは雷撃を宿したロングソードを無言で振り上げた。

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