第55話 団体戦決勝試合――その3
風を纏った矢が白煙の壁をごっそりと消し飛ばす。
高速の矢が自身の真横を通り過ぎていく様を束の間だけ目で追ったユウは、驚愕の面持ちでエリシアを見つめる。
「いつの間に戦術魔法を……」
冷笑をもって見つめ返してくるエリシアの余裕に内心で歯噛みするユウ。
以前、互いにパートナーを組んで行動していた頃、エリシアは戦術魔法など覚えていなかった。
つまりはパートナーを解消し、別行動をとった後に魔法を習得したということになる。だが、彼女はこれまでの試合で一度も魔法を使用してはいなかった。
「……まずいかも」
「そうだな」
うっすらと冷や汗を浮かべながら、セフィーアが小さな声で呟く。ファスティオも苦い顔を見せつつ、盾を構える腕に力を込めた。
どうやらエリシアは決勝戦の為に手札を温存していたらしい。まさか、彼女にも魔法の才能があったとは、完全に誤算だ。
「フィールドにいる人間の半数以上が魔法使えるとか……ちょっとシャレにならんでしょ!」
自棄気味に叫び、ユウは聡一よりも一歩前に出る。そして、躊躇うことなく左手のレイピアを横薙ぎに振った。狙うは槍使いの男である。
通常、剣と槍のレンジでは比べるべくもないが、こちらには戦術魔法がある。
ユウは試合開始直後から魔法で電流を帯びさせていた両の剣のうち、レイピアに纏う雷撃を解放することで、槍のレンジ外からの攻撃に打って出たのだ。
いくら魔法で身体能力を強化していようとも、電流が迸る速度に対応できる生物など存在しない。
大きな癇癪玉が破裂したような音……網膜に焼け付く鮮やかな紫電の鎖が、槍使いを襲う。剣の先端から雷光が迸り、獲物に喰らい付かんとする大蛇のように紫電が伸びていった。相手を感電させ、行動不能に陥れるだけの威力を秘めた一撃だ。まともに浴びれば意識の昇天は必至だろう。
槍使いはリフレクトを受けておらず、対魔法製の防具を装備しているワケでもない。防ぐ術は無い。
対象の戦闘不能を確信したユウは、槍使いから視線を外した。
しかし――
ユウの行動を先読みしていたのだろう。女剣士が寸でのところで槍使いの前に自らを割り込ませることに成功する。
雷撃は彼女の持つ盾によって見事に阻まれ、後には女剣士のだけが残された。
「リフレクト!? てかその盾、魔法耐性高過ぎ――っ」
動揺するユウの言葉が女剣士に届くより先に、鋼と鋼が激しくぶつかり合う音が乾いた空に木霊する。
見れば、剣と槍を拮抗させている聡一と槍使いの姿が視界に飛び込んできた。
周囲の目が雷撃に集中した一瞬の隙を突き、奇襲を仕掛けた聡一を槍使いが見事に迎え撃ったのである。
持ち前の俊足を生かし、盾を構えて視界が狭まった女剣士の僅かな死角を抜け、同時に女剣士そのものを死角として利用した会心の一手――腕に覚えのある冒険者全ての者が『これは避けようがない』と感嘆の吐息を漏らすほどの完璧な攻撃だったのだが、槍使いは聡一の初動に反応し、槍で剣を受け止めてみせたのだ。
ユウの攻撃は"絶対に当たらない"と判断し、常に聡一の動きに気を配っていなければ不可能な反応速度といえよう。女剣士が守ってくれると信じていなければ、決してできない芸当……これこそが冒険者パーティの真髄か。
……だが、果たして本当にそれだけなのだろうか?
「さすがトップランカーと渡り合っただけのことはありますね。良い動きです」
「…………」
周囲の人間が思わず驚嘆の声をあげるなかで、槍使いのどこか濁っているようにみえる眼光が、聡一の双眸とぶつかった。
違和感を訴える脳を無理矢理抑え込むように、考えるより先に身体が動く。
上段からの斬り下げから下段からの斬り返し、腰の捻りと遠心力を乗せた回転斬りへと繋げた瞬速の剣撃。一切の無駄を省いた身のこなしは、実際に対峙していない傍観者にすら戦慄を与える程である。
それにも関わらず、槍使いはその全てを受け流し、防ぎ、避けてみせた。かなり荒削りであり、聡一が攻めに回れば防御で手一杯といった様相を呈してはいるが……。
(この人……強いなぁ)
魔法によって身体能力をブーストをさせているとはいえ、掠り傷の一つも負わずに聡一の攻撃を全て見切ってみせたその実力は、既に疑う余地もない。
「――っ!?」
「ソーちゃんッ!!」
ユウが叫ぶよりも早く、聡一の背筋に悪寒が奔る。
戦場において、数多の兵士を震え上がらせるその鋭く短い風切り音は、紛れもなく弓矢が奏でる独特の死の音色だ。
今回に置いてはあくまで試合であり、エリシアも相手の殺害を極力避ける為、矢の先端に捏ねた粘土を仕込んでいる。とはいえ、頭部に当たればあえなく天国へ昇天しかねないし、関節への直撃は致命的な隙に繋がることは間違いない。さらにいえば、彼女の場合は魔法で打撃力を強化している。その恐ろしさはわざわざ語って聞かせるまでもないだろう。
聡一は反射的に短剣を抜き放つと、後ろに跳躍して槍使いから距離を取りつつ、射掛けられた矢を正確に叩き落とす。
刹那、己の握力を遥かに上回る衝撃が掌に圧し掛かる。矢尻に付与されていた風魔法が解放された結果だ。
「――ぐっ」
聡一は手首を痛める寸前で、自ら短剣の柄を手離した。
主の手を離れた短剣は場外まで吹き飛び、乾いた音をたてて地面を転がった。これではもう試合中の回収は叶わないだろう。
一発の矢を叩き落とした代償としては少々高過ぎる。
「ちっ……!」
いざというときに重宝する短剣を手元から失い、聡一は忌々しげに舌打ちした。そして、改めて魔法の恐ろしさを思い知らされる。
この世界の魔法は、ファンタジーゲームに出てくるような型に嵌った単純な魔法では断じてない。どんな魔法を放っても、結局は数値的なダメージしか表記されないモニターの向こう側とは違う。
使い手次第で無限の戦術を編み出せるのが、この世界における"戦術魔法"である。
単純な風魔法にしても、吹き飛ばされた挙句に硬い大地に叩き付けられて全身打撲。さらには身体中を切り刻まれる痛みと出血多量による意識の朦朧などといった、ゲームならばプレイヤーがコントローラを放り投げるレベルのチート性を内包している。
(戦術魔法か……アリアの時にも痛感したけど、本当に厄介だな!)
「逃がしませんよ」
「……ッ!」
意識が叩き落とした矢へ僅かに流れた瞬間、その一瞬の隙をも逃さない槍使いの追撃が迫った。聡一の右肩に狙いを定め、重く鋭い突きを放ってくる。
槍系列特有の広いレンジと槍使いのブーストされた身体能力が、間合いからの離脱を許さない。
「……」
避けられないワケではない。防げないワケでもない。しかし、ここで右腕を犠牲にすれば、相手を戦闘不能にするだけの反撃を与えることができる。
戦士が最も致命的な隙を曝け出す瞬間というのは、相手を討ち取ろうと武器を振るう今まさにこの時であるからして。
刹那の逡巡、そして決断する。
長期戦にて互いに消耗する泥試合を演ずるよりは、短期決戦の足掛かりを作ったほうがまだマシだと聡一は判断した。
そもそも長期戦になったところで、白薔薇旅団には予備人員が控えている。いざとなればメンバーを交代すればいいだけの話だ。じり貧になればなるほど、聡一達の勝ち目は薄くなる。
一方で、人数で劣る聡一達にとっての強みといえば、優秀な治癒魔道士であるセフィーアがいることである。
前衛がどんなに深手を負っても、彼女が無事でいる限り、何度でも戦線に復帰できるというのはこれ以上ないほど精神的に優位にあるといえるだろう。これを利用しない手はない。
……まぁ、無茶をするという意味で、仲間からのお説教は覚悟しなければならないが。
(もう一度てへぺろやったら……確実に断頭コースでつネ。おぉコワイコワイ)
肉を斬らせて骨を断つ――対価として負う激痛と辛いお説教への覚悟を決めた聡一は、投擲ナイフの柄に意識を向ける。
槍使いの利き手は既に把握している。その手を投擲ナイフで貫いてしまえば、彼は槍を振るえなくなるハズだ。片手で御せる程、長物というのは扱いやすい武器ではない。
(見たところサブウェポンも持ち込んでいないようだし、成功すれば後はこっちのもんかな)
聡一は目を細め、神経を集中させる。
タイミングはシビアだ。相手に"当たる"ではなく"当たった"と確信させる、ギリギリのラインを見極めなければならない。
だが、下手な避け方は逆効果となる。タイミングを誤れば、肩に穴を開けられた挙句、彼の武器の特徴である鉤爪で即座に衣服を絡め取られ、地面に引き倒されてしまうだろう。その後どうなるかは……想像したくもない。
そして……
新コーナー!
【ファスティオ君の憂鬱】
ファスティオ「今回の俺の出番は……「そうだな」の一言だけか……」
挫けるなファスティオ!
――続k(ry