第02話 砂漠のオアシスにて小休憩
聡一の一人称視点は今回でひとまずお終いです。次回からは三人称になります。
あれからピノという蒼い怪鳥に乗って空を移動すること20分程が経った。
人生初の空の旅を満喫しつつ、道すがら、俺はあの砂漠に移動させられるまでの経緯を事細かに話しておいた。
最初こそ出会って間もない女の子にいきなりバカ正直に全てを打ち明けていいものか悩んだが、仮に嘘を吐いたところでこの世界の知識がまるでない俺が彼女を騙し通せるとは思えないし、記憶喪失の線は既に否定してしまっている。それに、仮にも命の恩人を騙すというのは気が引けるというのもあった。
というワケで、頭がおかしな変人扱いされることを覚悟し、俺はありのまま全てを話したのである。
その甲斐あってか、女の子は最後まで黙って俺の話を聞いてくれた。
そのうえで、俺が最後まで手放さなかったビニール袋の中身と左手に装着している腕時計、さらには携帯電話などの持っている限りの物品を見せ、俺がこの世界の住人ではないことをアピール。
ここの文明レベルが俺が住んでいた時代と同程度だったらアウトだったのだが、そこはなんとか避けることができたらしい。女の子曰く「どれも今の技術力じゃ再現不可能な代物ね……驚いたかも」と言っていた。特に携帯電話が興味深いという。
必死の説明と持っていた品々のおかげで、彼女は俺が"異世界"からやってきたという話をとりあえずは信じてくれた。繰り返すが、あくまでも"とりあえず"だ。
出会って1時間にも満たない、どこの不審者ともしれない男の話をいきなり全面的に信用するほど、彼女は不用心でもなければバカでもないらしい。
ちなみに、さっきの巨大なミミズはアルバクランチという名前で、この砂漠で最大最強の魔物なのだそうだ。
この世界にはああいう魔物がゴロゴロしてるというのだからもう……言葉にできない……。
――そして、些細な外出の時でも肌身離さず身に付けているソーラー電池式の腕時計の短針が午前10時を射した頃、俺たちは砂漠にある集落に辿り着いた。
日の傾きを見る限り、時系列はそんなに俺の世界と差はないようだ。
俺が最初に見かけた集落は、予想通り、砂の浸食と水源の枯渇により既に放棄されたオアシスだったらしい。
そして、ここはといえば、まだ砂の浸食がなく、比較的活気のある集落という話だった。
確かに想像していたよりは規模も大きいし、人の数も多く見受けられる。
なんでも付近に多数の遺跡やら大昔の神殿があるらしく、そこの奥深くで眠っている財宝を求めて多くの冒険者やらトレジャーハンターがこのオアシスを拠点に活動しているそうで、そのおかげで経済的にも潤っているのだとか。
「それにしても、やっぱり砂漠に住む民だけあって俺と服装が全然違うな……」
まぁいくら冒険者やトレジャーハンターが多く滞在していようが、さすがに俺と似た服装の人間が見当たるワケもない。
「そもそも貴方の格好が場違いなの」
「……それくらい自覚してるって」
そう指摘してきた彼女がピノの背から飛び降りた瞬間、ピノは霞のように消えてしまった。
「おぉ!? 消えた!」
「幻獣は好きな時に出したり消したりできる」
なんという簡略的な説明だ……口に出して教えるのも面倒になるくらいこの世界では常識的なことなのだろうか……。
「この世界は奥が深いな」
「そこに軽食屋があるから入るよ」
そんな独白など完全に無視する彼女に連れられて、俺は集落で唯一の食事処に足を運んだ。
◆◆◆
――店内はまだお昼時とはいえない時間だけあって閑散としていた。女の子は出入り口から最も遠いテーブルを選び、俺は彼女の真正面の席に腰掛ける。
愛想のない店主が陶器で作られたコップと水が入った容器を持ってくる。どうやら自分で入れて勝手に飲めということらしい。なんというセルフサービス。まぁ、文句なんてないのだが。
女の子は店内に入って自分たちの他に客が誰もいないことを確認すると、ようやく深く被っていたフードを脱いだ。
「……おぉう」
そこで改めて彼女の美しさに驚かされる。
肩甲骨付近で丁寧に切り揃えられた、空を切り抜いたかのように蒼い髪。そして、まさしく翡翠の宝石を散りばめたかのような綺麗な瞳。世の男どころか女でさえも魅了しかねない美しい顔立ち、全体的にほっそりとしながらも、出るところはしっかりと出ている女性らしい身体つきはとても魅力的だった。
うん、ピノの背で間近に見つめ合ってたときは気付かなかったケド、この子メッチャ美人だ。
女性をおだてる為の謳い文句がここまで真実になってしまう子なんて、今までの人生で一度もお目にかかったことがなかった。
「ふー……暑かった」
なんて言いながら、軽く頭を振るって綺麗な蒼髪をどかす仕草にドキッとさせられるのも仕方ないよコレ。
「ん? 私の顔に何かついてる?」
「いや、何もついてないよ」
彼女は身に付けていた外套を椅子の背もたれに掛けると、それなりに喉が渇いていたらしく、用意されたコップ2つに手早く水を注ぎ、そのうちの1つを俺に差し出して、もう1つは自分の手元に引き寄せてコクッと一口。それでようやくリラックスできたのか、一息つくように息を吐きだしていた。わざわざ両手でコップを持って飲む仕草にまたドキッとさせられたのはこの際内緒じゃなくてもいいと思う。
俺はでかミミズに出会ったときにやけっぱちでチューハイを1本飲んでいたので喉は乾いていなかったのだが、せっかく俺の分まで注いでくれたのだからと、彼女に習って同じく水を一口飲んでみた。
「ぬるっ」
「文句言ったらダメ。ここでは水は貴重なんだから」
「あ、ごめん」
厳しい目つきで窘められてしまった。今までと違って割と本気で注意されたのでここは大人しく反省。
「そっか、ここはもう日本じゃないんだっけ」
そう呟いてみて、初めて、ここが遠い遠い異国なのだという実感が湧いてきた。
「ニホン?」
「あぁ、俺が過ごしてきた国だよ。最近は色々と混沌としてるけど、それでも世界からみれば裕福な国……なのかな」
「そう……」
よくよく考えてみれば、日本でも深刻な水不足に悩んでいる地域があるというのに、ほとんどと断言していいほど雨が降らないこの砂漠で水を確保するというのはいったいどれほどの苦労がいるのだろうか。
何もかもが充実した国で、ねだれば欲しいオモチャを買ってもらえる程度の余裕がある家庭で過ごしてきた俺には、新聞やテレビで知識を得ていてもそれを実感する機会なんてなかった。
そんな物想いに耽る俺をどう捉えたのか、彼女は少し後悔したような顔をしていた。
「ごめんなさい、気分悪くさせた……?」
「違う違う、誤解だって。ただ、俺が生まれた環境がどれだけ恵まれていたのか痛感してただけだよ。君は全く悪くない」
「そう? なら、いいけど」
そう静かに呟く彼女の姿は…………言葉にならなかった。
「と、とりあえず、まずは自己紹介しとくよ。ずっと貴方って呼ばれるのもなんかこそばゆいし」
俺は気まずくなった空気を誤魔化す為に、コホンと軽く咳払いをしてから名前を名乗った。
「俺の名前は聡一。御野倉聡一。君は?」
俺が空気を入れ替えようとしている雰囲気を読んでくれたのか、彼女もどことなく沈んでいた表情を消してくれた。
「変わった名前ね。私はセフィーア・ベルウィンド」
よろしく。と微笑む彼女はとても魅力的で……。
「いい名前だね」
思わず、こんな言葉が口から洩れていた。本音だけど。
「……ありがと」
「セフィーアか……セフィ……フィーア……うん、フィーアって呼んでいい?」
俺がそう言うと、フィーアは一瞬だけ驚いたような表情をみせて、
「普通、そこはセフィって呼ぶと思うんだけど。まぁ好きにすれば?」
照れているのか、さりげなく視線を外しながらそう言ってくれた。
やばい、可愛い。
「うん、好きにする。じゃあ、フィーア。とりあえずこの世界のこと詳しく教えてくれない? この先何も知らないままじゃ、さすがにマズイと思うんだ」
「ん」
俺は勢いに任せて彼女にこの世界についての説明を求めた。別に知らないままでもなんとか世渡りする自信はあるけど、せっかく入れ替えることができた空気を再度の沈黙でわざわざ濁す必要はない。
俺の言葉に頷いて納得してみせたフィーアは、革製の大きな鞄を自らの膝の上に置くと、その中から1枚の地図を取り出した。
いやそれはいいんだけど、一抱えもありそうな大きなバッグをいったいどこに仕舞っていたのだろうか?少なくともここに来るまでは手ぶらだったハズなんだけど。
「さて、まずは現在地なんだけど……」
どんな手品を使ったのか聞いてみようと思ったのだが、その前に彼女が口を開いてしまった。まぁ鞄のことなんて今この場ではさして重要でもないし、またあとで改めて聞いてみるとしよう。
「まず、今いる場所がここ」
彼女が指さしたのはミネベア連邦共和国領土のレト砂漠にあるルカナオアシスというところだった。
「このメルキュリオ大陸はそれぞれエルディエム帝国、クレスティア皇国、ミネベア連邦共和国、神聖アークレイム教国という4つの大国が支配してるの」
――大陸最強の軍事力を有するエルディエム帝国。
――大陸最高の技術力を有するクレスティア皇国。
――大陸中最も豊富な資源を持つミネベア連邦共和国。
――大陸唯一の非武装認定国である神聖アークレイム教国。
そして現在、これらの4大強国のうち、大陸最大の軍事国家であるエルディエム帝国と大陸最高水準の技術力を誇るクレスティア皇国が戦争状態にあるという。
戦争の只中にあるこの2つの国は、警戒の為に自国領土に入ろうとする民間人の取り調べが強化されているのだとか。
「戦争ねぇ。俺の世界でも未だにあちこちでドンパチやってるけど、やっぱどこの世界も一緒か」
「………………」
身元を証明できる物が一切ない今の俺では、入国は果てしなく難しいらしい。
しかも、この2つの強国同士の戦争がいつ世界に飛び火するかわからない状況なのだというから救われない。
フィーアによれば、既に帝国は複数の小国を吸収しながら順調に領土を拡大させているらしく、恐らくどの国も巻き添えは避けられないだろうとのこと。
こんなご時世にこの世界へ飛ばされてしまうとは、つくづく俺も運がない。
「それから貴方の世界には存在しないという魔物について。ピノの上でも説明したけど、この世界には一般人でも倒せるような雑魚から小国を滅ぼしかねない危険な奴までうじゃうじゃいるの」
魔物はその種類によってランク付けされていて、弱い魔物G〜強い魔物SSまで幅広く存在し――
「勿論、こちらも黙って指を咥えたままじゃない。メルキュリオ大陸に存在する国はどこも例外なく、魔物に対抗する為に冒険者ギルドっていうのが設けられているわ」
それらに応じたランクを持つ冒険者が、身の丈にあった魔物を討伐することで日々の生活費を得ているらしい。ちなみに、ギルド登録を済ませた冒険者にはギルド側からギルドカードという身分証明書が発行され、それさえあれば基本的にはどこの国だろうと出入り自由なのだとか。
――これは使えそうだ。
「でも、やっぱりどれだけ個人の技量が神がかっていても、個人レベルで倒せる魔物には限界がある。いい例が、さっきソーイチが為す術無く潰されかけたアルバクランチとか……」
「あの圧倒的質量の前じゃ、正直どうしようもないね」
もし目の前の命の恩人が現れてくれなかったらと思うと背筋が凍る。今頃肉片すら残っていなかったかもしれないのだ。
「あいつは砂漠の砂を糧にして生きてる魔物だから、基本的にはそこまで脅威じゃないの。それでも災害レベルの脅威となる魔物には違いないんだけど」
災害レベルって……どんだけですか……あぁ、小国が滅びる程度か。
生まれて初めて遭遇した魔物がこれとか、俺ってどんだけぇ〜……少し古かったかな。
「そんな人知を超えた魔物に対抗する為に生み出されたのが、幻獣を使役して自らの戦力とする――幻操士」
――幻獣。
俺がピノを指して鳥だ鳥だ言うたびに出てきた単語だ。でも、幻操士なんて言葉は今初めて聞いた気がする。
「フィーア、幻操士ってなに……?」
「私みたいな人間のコト。己の精神を原型として形作られた、幻獣と呼ばれる存在を自由自在に操ることができる者」
そこで彼女はさらりと髪を掻き分けて、左耳に付けていたピアスを見せてくれた。
「……そしてこれが、幻操士である証のピアス」
傍から見ると、それなりに装飾が凝ったそこそこ高価そうなピアスとしか思えないが……。
「このピアス自体には何の魔力的価値もないけど、冒険者にとっては身に付けてるだけで様々な便宜を図ってもらえるようになる便利な代物よ」
「……なるほどね」
とうとう"魔力的価値"なんて単語が出てくるし……この分じゃ魔法とかもありそうだ。
もうリアルRPGとしか思えない。
この世界に飛ばされてからというもの常に驚かされっぱなしだったが、ここまでファンタジーな世界だと死者蘇生の呪文とかもありそうで恐い。
なんとなく気になったので聞いてみることにした。
「あの……もしかして、この世界には魔法とか……たとえば死者蘇生の呪文とかもあったりする?」
「ある」
「ですよねー……ってあるんかい!?」
ノリで聞いてしまったが、まさか本当に実在するとは思わなかった。テンプレRPG過ぎるだろ!
「でも、肉体は元通りでも、その者に魂は宿らない。ただ術者の命令に従って動くだけの肉の塊になってしまう。だから、死者蘇生の魔法は死者への冒涜として大陸規模で禁忌中の禁忌に指定されてる」
あ、某有名ファンタジーやクエストみたいに、まともな蘇生魔法ってワケではないのね……。
「てかさ、命令に従って動くだけっていうけど、それっていっぱい死体集めちゃえば簡単な部隊ができちゃったりしない?」
この台詞にセフィーアは驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を元に戻すと、至極真面目な様子で頷いた。
「その通り。情けも、容赦も、慈悲も、躊躇も、恐れも、快楽も、何も感じず、痛覚もないから腕を斬り落とされても、脚を吹き飛ばされても怯まない。一切の規律の乱れがない最強の軍隊ができあがる。だからこその禁忌指定」
まさしくネクロマンスな世界だ……聞かなければよかった。
「魔法についてもう少し詳しく説明しておくと、この世に存在する代表的な魔法は2つあるの。1つは、自然の力を利用した攻撃型の魔法と、この世の法則を弄って身を守る防御型の魔法を扱う"戦術魔法"。それから、怪我や病気を治したり、身体に入り込んだ様々な毒素を除去する"治癒魔法"……この二種類」
人差し指を中指を立てて、セフィーアは2つをアピールする。
「他には、特殊な系統として圧縮、拡張、付与とか色々種類があるけど、まぁここらへんは魔法を使えない素人に説明してもよく理解できないと思うから省く」
ふむ。まぁそれも尤もだから今は何も言わないけど、いつか詳しく知りたいところだ。
「大抵は個人の性格や資質に左右されて自分の得意な系統の一種類しか扱えないけど、稀に複数の系統を操る天才もいる。ちなみに私は治癒魔法の使い手」
どこか誇らしげにそう言ったセフィーアは空になったコップに水を注ぐと、ずっと喋っていたせいで乾いたらしい咽喉を潤す。
「へぇ、俺でも魔法使えるようになるかなぁ」
「魔道士としての素質があれば、ね。まぁ、大まかに説明してこんな感じ」
「ありがと。大体は把握できた」
つまり、俺は戦争只中の魔物蔓延るとてもとてもファンタジーな世界に迷い込んでしまったということでFA。
「ん」
フィーアはそんなに饒舌な性格じゃないらしく、説明を終えた途端に「……話し疲れた」なんて呟いている。普段どんな生活をしているのやら。
「……で、どうするの?」
「ん? どうするって?」
「これからのコト。行く充てもなければお金もないんでしょ?」
コップの水を飲み干したらしいフィーアは容器から新たに水を補充しつつ、視線をこちらに向けてきた。
「とりあえずは冒険者とやらになって、この世界を旅しながら元の世界に帰る方法を探すつもりなんだけど……」
ちゃんと元の世界に帰れるかどうかはわからないし、仮に帰る方法を見つけたとしてそれを行使することが可能かなんてわからないけど、やれるだけのことはやるべきだろう。やる前から諦めるなんて選択肢はない。
――しかし。
「冒険者になるのはいいんだけど、問題はどうやって装備を整えるだけのお金を稼ぐかなんだよねぇ」
買い物帰りに巻き込まれた俺が"まともな装備"なんて持っているハズもなく、お金も財布の中にあるにはあるが、元の世界の通貨がここでも使えるなんて偶然はありえないだろう。
そうなると、どこかで働き口を見つけて銭を稼がなければならないのだが……。
「俺みたいな身元不明の不審者雇ってくれるような働き口が、すんなり見つかってくれればいいんだけど」
スタートラインに立てるまでどれくらいの期間を要するのかまるで見当がつかなかった。
それ以前の問題として仮住居をどうするかも考えなければならないし。
前途は多難だが、それでもまぁ言語が通じる以上はなんとかなるだろう。そんなことを思っていたら――
「なら、アークレイムに行ってみる? 運が良ければすぐにでも旅に出られるようになると思うし」
セフィーアがこんなことを言い出した。
「なんでアークレイムへ?」
「あぁ……説明するの忘れてた。アークレイムの正式名称は神聖アークレイム教国っていうのは教えたね? あの国はこの世界で唯一"幻操士"になる為の試練を受けることができる国でもあるの」
幻繰士なんて単語が出てきた時点で、フィーアが何を言おうとしているのかわかった。彼女が耳に付けてるピアスはそれだけで様々な特典がある代物だって言ってたし。
「その幻操士の試練って誰でも受けられるのか?」
「試練は誰でも受けられるし、お金もかからない。……確率は低いケド、成功すればそれなりにこの世界での生活が楽になるハズよ」
身分に関係なく誰でも受けられて、しかもお金がかからないというのであれば、これを利用しない手はない。
でも、何故確率が低いのだろう……?
「なんで確率低いの?」
「魔道士のように、ある種の才能がある人間しかなれないから」
「おぉう……ここでも才能の弊害かよ……」
よくよく考えればわかることだったけど、RPGの召喚士と似たようなものか。
「で、どうする?行くなら連れてってあげるけど?」
「ぜひ連れてってください」
それでも、俺は行くしかないんだ。それこそ、藁にも縋る想いで――。
それに、仮に失敗しても、神様を信仰してる国なら、身の振り方に関して何かしら世話してくれるかもしれないし。
少なくとも、砂漠の一集落に居残るよりはずっとマシに違いない。
俺はセフィーアの好意に深く感謝しつつ、頭を擦りつけるようにして低頭した。
「ん」
セフィーアは短く一言だけ述べて了承した意を示すと、テーブルの隅に置いてあったメニュー表を手に取って眺め始めた。
「幸い、ここから試練を受けられる巡礼地までは遠くないし、軽く何か食べてから出発ね」
「あいさ」
俺はなんとか話が纏まったところで、舌を潤す程度に水を飲んだ。
そして、やっぱり温いなぁと感想を抱いたところでふと疑問が頭に浮かび上がった。
「そういえば、国境を跨ぐんでしょ?検問とか平気なのかなぁ。もし引っ掛かったら面倒なことになりそうだけど……」
いくらこの国がまだ非戦争国だとしても、国境付近に検問がないとはさすがに考えられない。万が一捕まってしまったら、元の世界に帰るだの何だの言う前にその時点での命の保障がなくなってしまう。
「ピノに乗ってればそんなの関係ないから平気」
「ですよねー」
俺って、バカなのかもしれない。
「余計なこと気にしてないで、とりあえずソーイチも何か食べておきなさい。奢ってあげる」
「いえすッゴチになります! えーと、どれどれ」
フィーアからメニュー表を受け取り、この世界の料理にはどんなものがあるのかワクワクしながら覗いてみた。
そして、意味不明な文字の羅列を見て、不覚ながらも涙が込み上げてきた。
「…………先生……文字が……読めませんッ……!」
「はいはい。あとで教えてあげるから泣かないの」
――この世界で生きるには厳しい障害がまた一つ増えてしまった……。
「ところでさ、行きがかり上助けただけの他人でしかない俺にどうしてここまで親切にしてくれるの?」
「どうしてって、困ってる人を助けるのは人として当然でしょう?」
「……まぁ倫理的観点からすれば十分正しいとは思うけど……なんていうか、フィーアって変わってるよね」
「そう? 巨大な魔物に押し潰されそうな状況にも関わらず、平然とお酒を口にするソーイチほど変人じゃないと思うケド?」
「いやまぁ……仰る通りですが……」
「それに、突然この世界に迷い込んだってのたまう変人と一緒にいれば、何か面白そうなことが起きそうだし」
「フィーアって意外と好奇心旺盛なんだね……」