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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第53話  団体戦決勝試合――その1

『ゲート開門10分前です。そろそろ準備をお願いします』


 時間が迫っていることを告げたギルド騎士は、軽く一礼すると闘技場へのゲートを開閉するレバーの元へ戻っていった。


 それを見届けた聡一達5人は、それぞれ装備の最終確認を始める。……といっても、魔道士であるセフィーアとフェルミは、手持無沙汰に仲間の準備を眺めるだけなのだが。


 コートタイプの戦衣の上から短剣や投擲用のナイフを装着していく聡一。本人曰く特注らしい携帯用小型クロスボウを腰のホルスターに仕舞うユウ。鎧の繋ぎ目の緩みを確認するファスティオの3人。

 作業を1つ1つ丁寧にきっちりと済ませていくその仕草から、彼らの静かな闘志が読み取れる。


 だが、闘志を滾らせているのは相手のパーティも同様であることは間違いない。今頃はバトルフィールドを挟んだ向こう側の控室で、同じように装備を整えていることだろう。


 ――防具に付いた金具が打ち合わされる独特の音は、刻一刻と迫る戦いへの緊張感を刺激する。


「ソーイチ、少しの間鎧を支えてくれないか」

「おっけー」


 鎧が上半身にフィットするように繋ぎ目の紐を調整するファスティオに乞われ、聡一は調整する位置がずれないように鎧を支えてやる。


「ソーちゃん、ベンチに置いてあるあたしの短剣取ってー」

「ほいっと」


 ファスティオの鎧を支えながらも、手に届く範囲にあった彼女の短剣を投げて寄越す。


「あんがと」


 片手で器用に受け取ったユウは短く礼を述べると、ガータータイプの鞘に収められているそれを右の太ももに装着する。

 短パンに皮ブーツという装備により、惜し気も無く晒される脚線美は実に瑞々しい色気を醸し出していた。


「エロす」


 ……戦いを控えた剣士の台詞ではない。

 真顔でのたまう聡一を軽く笑って流したユウは、短剣の柄を布で覆わないように配慮しつつ、腰巻きを身に付けて身支度を整える。

 薄手のカットソーにベスト、二の腕まであるロンググローブの上から手甲。多機能ベルトに丈夫な布地で作られた短パン、膝下まである腰巻き、脛当て付きのブーツといった軽装だ。


「ありがとう、もういいぞ」

「あいあい。んじゃ、俺も準備をば」


 ガチガチの重装鎧で固めたファスティオが満足そうに頷いた。

 鎧の調整を終えた彼から離れ、自らも準備の続きに取り掛かる。

 サブウェポンを全て装備し終えた聡一は、多機能ベルトをしっかりと締めて気合いを入れた。


「――よし!」


 聡一は最後に鉄甲グローブを指の奥までしっかりと嵌めて、準備を終える。ぎちぎちと皮が擦れる音が、彼の戦意高揚を表していた。


「……見事にユウとキャラが被ってる」


 白と黒の騎士剣を携えた聡一を見やり、セフィーアはボソッと呟く。

 彼のベルトにはギルドマスターから贈られた一対の双剣<アファーム>と<ディナイアル>が吊り提げられていた。

 動きやすさと重量のバランスを考えた結果、腰の左右にそれぞれ一本ずつ帯剣するよりも腰の後ろに纏めて収めた方がしっくりくるらしい。左逆手で抜剣し、右手で持ち直すという慣れないスタイルを余儀なくされるが、大した問題ではないようだ。


「うぐぅ……やっぱりそう思う?」


 さり気無く気にしていたらしいユウが、自分の剣と聡一の剣を見比べて肩を落とす。

 聡一は武器としての役目を終えたツヴァイハンダーの臨時の代替品として使用するだけなのだが、それでもユウからすれば釈然としない気持ちがあるのだろう。

 しかし、愛用武器を失った聡一に丸腰のまま試合に出ろとはさすがに言えない。……なんだかそれでも特に問題ない気はするが、とにかく、自分の我儘で仲間に無駄な負担を強いるのは忍びない。


「実力にしてもソーちゃんの方が断然上だし、立つ瀬がないなぁ……」


 そこまでボヤいたユウは、「ハッ!?」と焦ったように顔を上げる。何か嫌な想像でもしたようだ。


「この試合以降、ソーちゃんに二刀流ポジションを奪われたあたしは前衛から外されて、仕方ないから戦術魔法で活躍しようにもフェルミには及ばず、盾役として身体を張ろうにもファスティオに押し退けられた挙句、努力の甲斐無く役立たず認定されて途方に暮れた結果――


『ユウ、君は何の役にも立たない愚図だね。もうパーティから出て行ってくれない?』

『そんな!? 私の居場所はここしかないの! 何でもするから一緒にいさせて!』

『……へぇ? 今、何でもと言った?』

『う、うん……』

『そうかい。なら、ユウにはこれから毎日俺だけの為に働いて貰おうかな』

『え?』

『今この瞬間からユウは俺の奴隷ね。朝から夜までたっぷり奉仕してもらうよ。勿論、ベッドの中まで』

『あ……う……』

『あれ? まさか嫌なの? なら、残念だけど――』

『い、嫌じゃないです! 幾らでもご奉仕します! だから、だから皆と一緒に……』

『……そうこなくっちゃ』


 ――なんてことになって、私はソーちゃん専属の慰め係として夜な夜な……」


 後半部分からウットリと表情を蕩けさせていくユウと反比例するように、セフィーアはこめかみに青筋を浮かべていく。


「あーれーどうかおよしになってー的な展開になって……それはそれで悪くないかも、うん」

「おいコラ、どこまで妄想してんの。ソーイチは私の専属護衛なのよ。つまり、ソーイチの奴隷は私の奴隷。××(ペケペケ)なことなんて、神が許しても私が許さないんだから」

「もー仕方ないなー。そこまで言うならセフィも入れてあげるってばー」

「どこをどう解釈したらそうなるのよ!?」


 とぼけたユウの態度にセフィーアはムキィー!と苛立たしげに頭を抱える。完全にユウのペースに乗せられているようだ。


「仲間ハズレは嫌ですー!」

「お? じゃあフェルミも入れて4人ね!」

「悪乗りすなっ! あーもー!! 収拾がつかん!」


 そこへ話の内容を理解しているにも関わらず悪乗りするフェルミも乱入し、事態はさらなる混迷を極め――


「いくら何でも鬼畜外道キャラ過ぎるじゃないですかー! やだー!」


 後ろでは、ユウの妄想に出てくる自分の人物像にショックを隠せないらしい聡一が、発狂気味に叫んで地面に蹲る。


「やれやれ……」


 1人だけ冷静なファスティオは、目の前の阿鼻叫喚にうんざりした顔で傍観を決め込んだ。


『あ、あの……お時間ですのでゲート前にお越しいただけますか?』


 タイミング悪く現れたギルド騎士が、遠慮がちに声をかける。若干顔が引き攣っているが、この惨状を見てしまえば無理もない。


 こんな調子でエリシア率いるパーティに勝てるのだろうか。ファスティオは一抹の不安を覚え、頭を押さながら首を横に振った。


 ◆◆◆


『2年に1度の祭典、一週間にも及んだアンレンデ武芸大会も終わりが近づいて参りました』


 司会者の落ち着いた声音が闘技場内に響き渡る。

 祭りの終わりが近づいている。その事を思い、名残惜しさが沈黙となって観客達の口を閉ざす。


『長い歴史を誇る武芸大会において、今大会である第189回は未だ嘗てない興奮と感動を齎してくれました』


 淡々とした口調だが、それが事務的な台詞ではなく、彼の本心であることは誰もが理解している。それだけの価値が今回の武芸大会には存在したのだ。

 第189回の大会に居合わせた観客達は、歴史的瞬間をその眼に焼き付けることができた幸運に感謝し、それと同時に冒険者に対する新たな可能性を見出した。


 心に深く刻み込まれた一週間を閉める、最後の試合の幕が上がろうとしている。


『これよりアンレンデ武芸大会最終試合、団体戦の決勝戦を執り行いたいと思います。冒険者として最高の栄誉を手に入れるのは、果たしてどちらなのか――』


 赤と青。2つの鉄扉が同時に、積み重ねた歴史の重みと共にこびり付いた埃と錆を落としながら、ゆっくりと開かれる。


『勝者に栄光を。敗者に名誉を。死力を尽くして、武芸大会の歴史に優勝という文字を刻みつけろ!! 両チームの入場です! 皆さま、盛大な声援と共に栄えある冒険者達をお迎えください!』


 聞き慣れたといっても過言ではない歓声もこれが最後だと思うと、何だか少し寂しさを感じる。

 聡一はそんなことをふと考えて、苦笑した。

 成り行きで参加することになった武芸大会だったが、思いの外、満更でもなかったと振り返っている自分がいる。


 ――なんだ。大会には興味無いとか言っておきながら、何だかんだで楽しんでいたんじゃないか。


 思えば、大会に参加したからこそアリアやスタンと出会えたのだから、そういう意味では言葉に出来ないほどの意義があったと断言できる。


『スモーク魔法発動!』


 司会者の声と同時に白煙が充満していく。

 対面で挑発的な笑みを浮かべていたエリシアが一瞬のうちに煙に飲み込まれた。


 相手は8人ものメンバーを有する強豪だ。その構成も敵に合わせて柔軟に変更できるのが大きな利点となる。

 当然、白薔薇旅団はこちらにとって最も有効となる編成を組んでくるだろう。


「さて……どう出てくるか……」


 ファスティオの唸るような呟きが聞こえた。

 彼はチームリーダーであるセフィーアの盾役として、カラーゾーンのすぐ傍に陣取っている。初戦時同様、弓矢によるリーダーへの不意打ちが怖いので、セフィーアからあまり離れることができない。


 もたもたしていられない。聡一達も予め決めておいた位置へ素早く移動を開始する。


 時間が経ち、闘技場を真っ二つに分断していたスモークが徐々に霧散し始めた。

 少しずつ輪郭を濃くしていく複数の影。薄らと相手の配置が明らかになっていく。


「――そうきたか」


 ファスティオは目を細め、厳しい表情で敵を見据えた。

 エリシアが率いるパーティの構成は、片手剣に盾を装備した女性の剣士とルツェルン・ハンマーに酷似した長物の武器を持つ男性の前衛2名。戦術魔道士の男女、後衛2名。弓兵であり、幻操士でもあるエリシアの計5名。待機位置に人員はおらず、全員が闘技場のフィールド内にて位置についている。

 戦術魔道士を2人も配置しているのは、間違いなくフェルミの実力を警戒してのことだ。【紅の魔剣】の二の舞を防ぐ為に、2人掛りで彼女を抑え込むつもりらしい。


 チームリーダーにはエリシアがなるものだと思っていたが、その役目は後衛である戦術魔道士の女性に任せるようだ。カラーゾーンのぎりぎり外でもう一人の戦術魔道士も待機している。魔法構築の隙を相互に埋める作戦だろうか。だが、戦術魔道士の男性はローブを着用していても隠し切れないほど筋骨隆々の肉体を誇っている。存外、肉弾戦も得意なのかもしれない。いざとなればチームリーダーの盾となって、己が身体を壁にする気なのやも。


「分かってはいたが……やはり手強いな」


 目で捉えるだけで分かる、白薔薇旅団の結束力と統率力。1人1人が自分の役割をしっかりと認識し、自分の長所と短所、味方の長所と短所を上手くカバーしている。

 刃を交えれば、文字通り阿吽の呼吸で攻め技を繰り出してくるだろう。

 これを打開するには、こちらも相応の連携が必要となる。しかし、それを実現させるのは現段階では非常に難しい。何故なら、このパーティはまだ"実戦"を経験していないからだ。個々の技量に皆の認識が追い付いていない。

 これまでの試合で少しばかりメンバーの癖を知ることはできているものの、まだまだ連携という言葉には程遠いと認めざるを得ない。

 このパーティはまだ味方の動きをそれぞれが学ぼうとしている段階だ。意志疎通が上手く計れず、どうしても動きが想定よりワンテンポ遅れてしまう。

 個人のセンスの高さなら、数多の冒険者パーティの中でも随一であると断言できるのだが……。これまでの試合を全て切り抜けられたのも、これが最大の理由である。

 だが、それだけでは白薔薇旅団には敵わない。


 ファスティオは、暇そうに欠伸を噛み殺している聡一を見やる。


 5人の愉快な仲間達の切り札である彼。団体戦ではこれまでの試合に手を出さないようにしていたが、この決勝だけは話が別だ。


 斬り込み隊長よろしく、最初から闘技場内にて前衛の位置についている。その隣にユウを置く事で、2人が敵前衛を受け持つ。


「ソーイチの働き次第か……」


 冒険者として、武器を扱う者として、彼一人に頼ろうとしているこの考えは情けないと思う。なればこそ――


「せめて足を引っ張らないように気張らねばなるまい」


 ランスを握る手に力がこもる。

 最後の最後でエリシアに仲間を持っていかれる幕引きなど、誰も望んではいない。まだ冒険らしい冒険もしていないのに、いきなりの別離など許してたまるものか。


『今回の試合では双方のチームに幻操士がおりますので、幻獣の召喚が許可されております。では、冒険者として悔いのない戦いを――始めっ!』


 声高らかに試合の開始を宣言する司会者。


 さて……くだらない賭け試合など、さっさと終わらせるとしよう。


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