第52話 団体戦決勝前の朝の一コマ
「アンレンデの武芸大会も今日でお終いなんですよね。ちょっと残念です」
宿泊しているホテルの一室にて、豪華な朝食を堪能している一同。この後に団体戦決勝試合を控えながらも、まるで気負うことなく和気藹々と食事を楽しむ中で、フェルミはどこか感慨深げな表情を見せた。
この街に来てから少々面倒な出来事もあったが、彼女は彼女なりにこの祭典を楽しんでいたようだ。
「あ、そっか。地方や他国からの出店も今日までなんだよね……。外出控えろって注意されたせいで、お買い物も全然できなかったし……大会終わったら気合い入れてレア物漁りにいかないと!」
試合よりもその後の買い物に備えてエネルギーを溜め込むつもりなのか、ユウはもきゅもきゅとパンを頬張る。
曰く、レア物というのは祭の最終日に出品されるのが慣わしなのだそうだ。祭りの最後を盛り上げる為というのが表向きの理由で、裏には余った商品を叩き売る過程で少しでも売り上げを伸ばそうという商人らしい打算が含まれているらしい。
「へぇ……それはちょっと興味あるかも」
ユウのワクワクとした言葉の響きに釣られて、セフィーアは子供のように瞳を輝かせる。今まで庶民の祭りとは無縁の世界にいた彼女からすれば、どのようなくだらないものであれ、抗い難い魅力を孕んでいるのだろう。それこそ、未知の体験というのは、高価な宝石よりも価値がある代物だと思っているに違いない。
「ならセフィも一緒に来る? 楽しいよ!」
「いく」
「あ、私も是非ご一緒させてください」
買い物という女性らしい話題にきゃっきゃと花を咲かせる3人の美女。レア物とかいったいどんな品物を購入するつもりなのかは定かではないが、お金も十二分にあればスペースバッグなんていう不思議アイテムも存在するこの世界である。無駄な買い物は控えるように……などと水を差す必要もない。
女性陣の弾んだ会話を右から左に聞き流す聡一は眠い目を擦りつつ、もそもそとパンを齧りながら午後の予定を考え始めた。
外せない予定としては団体戦決勝試合の後、お昼休憩を挟んでの表彰式くらいなので、その後は各自自由な時間を過ごすことができる。自分も買い物を楽しむもよし、酒場で酒を嗜むもよし、一足先にホテルに帰って寝るもよし。
(……まぁてきとーに過ごそうかな)
思考時間僅か3秒。考えるのが面倒臭くなった聡一は気分の赴くままに行動することを決めると、なかなか覚醒しようとしない胃袋に鞭打って食べ物を無理矢理詰め込んだ。
「あ、そうだ。ソーちゃん」
「あい?」
「夕方からパレードがあるんだけど、良かったら皆で一緒に観ない?」
「パレードねぇ……」
そういえば、そんな張り紙を街中で見かけていたことを今更ながらに思い出す。皆ということは、フェルミやファスティオ、それにセフィーアも一緒だということなのだろう。
2年に1度の祭典の締めとして夕方から大規模なパレードが予定されているようだが、実際のところ特に興味はない。
幼少の頃、某ネズミーなドリームランドに行った際も、夜のパレードに感動どころか退屈しか覚えなかった聡一からすれば、実にどうでもいいイベントでしかないのだ。パレードが始まって1分程で「飽きた。帰りたい」と言った時は、両親から実に複雑な表情を向けられたものである。
閑話休題。
ただ、『異世界の文化』的な意味でなら少しは興味も持てるので、ほんの数分くらいなら適当な場所で見物するのもいいかもしれない。
よーくかんがえよーじかんはだいじだよー。
「うーん、やめとく」
聡一の決断は早かった。
「えーっ!? なんでよぅ!」
「観てるだけなんてツマーンナーイ。人混みキラーイ。てなワケで、夜は1人で気ままに過ごします」
「ぶぅぶぅー……まぁ無理に誘ってもアレだし、しょうがないか」
「物分かりのいい子はダイスキネー」
ぷくっと頬を膨らませるユウの頭を撫でながら、大きな欠伸をかます聡一。その際、セフィーアがほんの少しだけ不満そうな顔を見せたが、それもすぐに消えた為に気付くことはなかった。
そんな中、ファスティオが1人澄ました顔で言った。
「パレードの話もいいが、まずは決勝戦に勝つことを考えるべきだろう。試合に負けて、ユウがエリシア嬢に連れていかれるなどと無様な結果にならないように、な」
「「「「………………」」」」
彼の釘を刺すような一言に、場の空気が凍ったのはいうまでもない。
◆◆◆
アンレンデの冒険者用住居区画――高ランク且つ一定以上の実績を持つパーティにしか与えられない共同住宅の1つにエリシア・ミューディリクス率いる白薔薇旅団は居を構えていた。
白薔薇旅団は武芸大会限定の一時的なパーティではなく、ギルド側にきちんと活動申請を申し込み、正式に認められた正規の冒険者パーティである。
その彼女達がアンレンデを活動拠点と定めた際に、それまでの功績を認められて与えられたのが今住む豪奢なアパートタイプの建物だった。
総勢8名という大人数にも関わらず、1人1部屋の広々とした生活スペースを与えられている点からして、白薔薇旅団が残してきた功績の一端が垣間見えるというものだろう。
その中でも大黒柱であるエリシアは、最上階の一番良い部屋に住んでいる。……まぁ彼女はパーティ唯一のAランクであり、最大の功労者なので、当たり前といえば当たり前の待遇ではあるが。
撫でるように白いカーテンを揺らす冷たい風。開けた窓から差し込む眩しい朝日。優雅に空を飛んでいく鳥達を眺めながらも、エリシアはどこか遠い目でコーヒーを啜った。
「はぁ……」
湯気が迸る熱い液体を喉の奥に流し込み、身体が温められたところで艶っぽい吐息が絞り出される。
頭を空っぽにして、揺り椅子に身を委ね、青い空をただ眺める。
雑事を忘れ、緩やかに流れゆく雲と同化するように、エリシアは瞼を閉じた。
思えば、馬鹿な理由で彼ら――ユウが属するパーティに団体戦参加を強制させてしまったものだ、と薄く自嘲する。
表向きは、ユウが口走った言葉の真偽……ソーイチと呼ばれる男の実力を確かめることを名目としているが、それだけなら"勝ったらユウを貰っていく"などと付け加える必要はない。
そもそも、エリシアが提示した条件は相手側からすれば不条理極まりないものだ。何しろ、勝って得る物は無く、負けたら大切な旅の仲間を失うというものなのだから。
もし逆の立場であれば、迷わず無視するレベルだ。
それが分かっていながら、敢えて喧嘩を吹っ掛けた理由は――
「嫉妬……か……」
自分から離れ、他人と深く付き合うことを避けるようになった旧友が、新しい居場所を手に入れて満ち足りた表情を見せていた。
その根幹にいると思われる人間に対して稚拙で陳腐な感情を抱いてしまい、気付いた時には1人で高笑いしていた。
あの場において、彼と直に手合わして実力を確かめたいと思ったのは嘘ではない。だが、それは既に個人戦にて疑いようのない形で証明されている。
ソーイチという人物がトップランカーと正々堂々と死闘を繰り広げた時点で、こちらの大義名分はとっくに崩れているのだ。
それでも――
「大事な旧友を奪われたも同然なんですもの。一発くらいぶん殴ってやらないと気が治まりませんわ。こう、えぐるよーに!」
しゅびっ!と拳を前に出してパンチの真似をする。そこでハタと正気に返ったエリシアは、きょろきょろと室内を見回して誰にも醜態を目撃されていないことを確認したあと、軽く咳払いをして気持ちを落ち着かせた。
「……あらやだ、はしたない。まるで嫉妬に狂った恋する乙女みたいだわ! オホホホ」
口元に手を当てて、お上品に笑ってみせるエリシア。
今日の団体戦、勝てる見込みは薄いが、負けるつもりは毛頭ない。せめて、ソーイチという男にパンチの一つでもお見舞いしてやろう……自分の扱う武器は弓だけど。
――そんなことを考えながら、エリシアは冷めつつあるコーヒーで喉を潤した。
◆◆◆
部屋のインテリアとして置いてある花瓶。
アリアはそこに生けてある花に水をやる。さんさんと大地を照らす太陽の光を浴びて、葉に付いた水滴が宝石のように輝く。
その光景はとても美しく、武器を携えることが日常となっている人間の荒んだ心を慰めてくれる。
水浴びを楽しむように小さく揺れる花弁を眺めながら、アリアは小さく微笑んだ。
「師匠、朝食できましたよ」
「ん」
スタンの呼ぶ声に短く応じる。
僅かな癒しのひと時を満喫したアリアは食事が用意されているテーブルへと足を運んだ。
いつも通りの朝。普段と何も変わらない平穏な時間だ。
椅子に腰を降ろし、パンにスクランブルエッグ、ソーセージ、野菜スープといった献立に満足げに頷く。
食欲を掻き立てられる香りにお腹の虫が控えめに鳴き、栄養の補給を訴える。
今日はいつもより多めに食べられそうだ、と少しだけ気分が良くなった。
「あ、そうだ。僕、夕方からちょっと出掛けますんで。夕食はいらないです」
「夕方から……?」
スープを一口啜ったところで、唐突にスタンがそう告げる。
アリアはパンを千切りながら首を傾げた。
「ほら、パレードですよ。観に行こうってナーシェに誘われまして」
ナーシェとは、冒険者ギルドに務めるスタンと同い年の女の子である。彼がまだ正式に冒険者としてデビューを果たす前からの知り合いであり、当時はとある出来事から塞ぎ込んでいたスタンを今の明るく前向きな性格にまで持ち直させた貢献人だ。
「……そういえば、そんな催し物があったっけ。うん、青春するのはとてもいいコト」
弟に訪れた春に満足する姉のような態度で頷くアリア。
ナーシェがスタンに想いを寄せているのは当人達を除いて周知の事実として認識されており、周りの人間は温かい眼差しで彼らの行く末を見守っている……のだが。
「は? 何言ってるんですか? ただ2人でパレード観て、帰りにどっかで食事するだけですよ?」
今のところは、先行きに不安を抱かざるを得ない状況である。
「……その認識を改めなさい。ナーシェが可哀想」
「えぇ!? なんでそうなるんですか!?」
「……スタンはつくづく女泣かせ」
「そんなバカな!?」
目を細め、呆れた態度を隠さないアリアの反応に戸惑うスタンは、何故自分が責められているのか本当に理解していないらしい。
自分も鈍感と言われるタイプの人間だが、他人の感情の機微に対しては敏感であると自負している。
しかし、スタンの鈍感具合は真正だ。ここまで来ると一種の病気なんじゃないかと冗談抜きで思えるくらいである。
その事に溜息を禁じえず、アリアは胸の内でそっとナーシェに黙祷を捧げた。
「てか、僕の事より師匠はどうするんですか?」
敬愛する師匠からの責めるような視線に耐え切れなくなったのか、スタンは多少強引に話の流れを変える。
「……別にどうも。閉会式が終わったら帰る」
どうするのかと問われても、誰かに用事も無ければ特に予定もない。アリアは弟子の切り返しに普段と変わらぬ表情で答えた。
「パレードは観に行かないんですか?」
「……行かない。興味もない」
もきゅもきゅと食事に集中しながらも、淡々とした態度を崩さない。
娯楽など彼女にとっては何の価値もないものなのだと表情で語っているようにも見えて、スタンは一抹の悲しさを覚えた。
「そうなんですか。てっきり、ソーイチさんでも誘って観に行くものかと思ってました」
「――……!」
スプーンを持つ手が止まり、衝撃を受けたように凍るアリア。もしかしたら『その発想はなかった』と耳に聞こえぬ声で叫んでいるのかもしれない。
「もしかして、そこまで考えが及んでいなかった……とか?」
「………………」
沈黙のまま、深刻な表情でアリアは頷いた。
なんてこった。と、スタンは頭を抱えたくなる衝動に駆られる。
これまで普通の少年少女が送る人生とは縁遠い生活をしてきた弊害か、それとも彼女自身の天然さ故か。彼女には友人を遊びに誘うといった概念が無かったらしい。
何れにせよ、これはアリアの人生にとって大きなターニングポイントとなる――スタンは直感で悟った。
「なら、大会が終わったあとにでも誘ってみては如何ですか? いえ、是非誘うべきです」
「……やめとく。……迷惑……だと思うから」
人が変ったように力説する弟子に戸惑いつつも、アリアは先程までとは打って変わって弱々しい声で遠慮する。
「ちょっ迷惑って――師匠を友達だって認めてくれたソーイチさんが、そんな狭量な人のワケないじゃないですか!」
しかし、スタンは引き下がらなかった。何故なら、彼女の言葉は相手を想った純粋な遠慮ではなく、他人に拒絶されることへの恐れからきているものだと容易に理解できたからだ。
せっかく生まれて初めての友人ができたというのに、ここで行動を起こさなければ今までと何も変わらない。それが分かるからこそ、スタンは必死に言葉を重ねる。
「ソーイチさんなら、二つ返事で付き合ってくれますよ!」
「……そうかな?」
「絶対です。間違いありません」
彼は彼なりの判断でそう確信しているのか、その口調に迷いはない。僅かに揺らぐアリアの瞳からもう一押しだと悟ったスタンは、彼女に考える時間を与えることなく、さらに続けた。
「それに大会が終わったらまた旅立つんですよね? そうなったら女神様の気紛れでもない限り、当分は会えないじゃないですか。ただでさえ、冒険者なんていう明日をも知れぬ職業に就いてるんですよ? ここは少し強引にでも誘うべきです!」
強引なのはどっちだとツッコミを入れたくなるような勢いで、己が師匠を諭す弟子。その熱意に当てられたワケではないのだろうが、
「……うん。わかった」
アリアは少しだけ頬を染めて、はにかんだ。
「せっかくのお祭りなんですから、楽しまなきゃ損ですよ師匠!」
スタンは励ますように歯を見せて笑った。
――姉が弟を想うように、弟が姉を想わないハズがない。