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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第51話  杖持ちの魔道士――その2

 ――団体戦試合開始直前の控室にて。


「さて、作戦会議だ」


 ファスティオは長槍を脇に置き、壁に凭れて言った。

 だが、皆の反応は鈍い。


「って言われても……相手は団体戦常連の強豪チームなんでしょう? そんなの相手にどう戦えばいいのか、私には見当も付かないんだけど」


 どこか埃っぽい臭いに少しだけ顔を顰めるセフィーアは面倒くさそうに応じた。


「敵は近接が3人、弓使いが1人、戦術魔道士が1人。手堅い構成だよねー。連携は当然、実力も高くて、戦い方も堅実。人数的に不利な私達が勝つには、何か奇策がないと厳しいかも?」


 奇策と言いつつも、ユウ自身には何も案が浮かばないようだ。黙々と布で二本の愛剣を拭うだけで、その口から具体案が出てくることはない。


「もう、このバカが試合に参加できれば何も悩まなくて済むのに――なんて、他人任せな思考はなんとかしないとね……ホント」


 セフィーアは自嘲気味にぼやきながら、長椅子の上で呑気に気絶している聡一の頬を突いて遊ぶ。


「奇策か。ふむ――」


 顎に手を当てて考え込むファスティオ。だが、眉間に皺を寄せる様子からして、彼から妙案が得られる可能性は低いだろう。


 それを察したユウはカラカラと気楽に笑いながら言った。


「ま、皆で力を合わせればなんとかなるって。こっちには希少で貴重な治癒魔道士様もいらっしゃるワケだし!」

「皆で力を合わせればって……子供の勇者ごっこじゃあるまいし」


 熟練の冒険者らしからぬユウの安直な考えに、少し呆れ気味なセフィーア。しかし、彼女の考えは子供っぽいことは否めないが、真理でもある。


「まぁ腕や脚を斬り落とされたくらいなら、すぐにくっ付けてあげるけど。でも、目を潰されるのはなるべく避けて。あれ、治すの凄く手間なの」


 気負いなく、さらっととんでもない事を口にする。セフィーア本人的には励ますつもりで言ったのだろうが……。


「……目を潰されても治せるなんて、今初めて知ったんですけど。ていうか、治癒魔道士ってそこまでできるの?」

「私はできる。他の魔道士がどうかは知らない」

「治癒魔道士が国から破格の待遇受けてる理由が、ちょっとだけわかった気がする……」


 治癒魔道士の底知れなさを実感したのだろう。一筋の冷や汗がユウの首筋を伝っていく。


「あの――」


 いつの間にか作戦会議から談笑にシフトしている皆に向けて、それまで黙っていたフェルミはやんわりと声を掛けた。

 皆は一様に視線を集中させる。


「私の風魔法で、敵を纏めて場外へ吹き飛ばす――なんてどうでしょうか?」


 実に端的にして簡潔。どこかおっとりとした口調とは裏腹に、提示された案は豪胆極まりなかった。


「「「……え?」」」


 奇策も何もないフェルミの言葉にきょとんとした顔をする一同。当然といえば当然の反応だが、それでもフェルミは怯まない。


「ファスティオさんとユウさんは私とセフィーアさんを守る。セフィーアさんは後ろで控える。私は魔法で敵を吹き飛ばす。至極単純なお仕事です」


 単純なお仕事――口だけで言うなら確かにそうだ。しかし、3人はフェルミの右手に握られている杖に視線を向けて、表情を強張らせた。

 それは、彼女に対して抱いている疑問が全員一致していることを意味していた。


 皆の表情から、彼らが何を言いたいのかは、フェルミも当然察しているだろう。それでも、彼女には余程の自信があるらしく、その笑みには陰り一つ見られない。


 態度だけでいえば、頼もしいの一言に尽きる。彼女のぶれない姿勢は、それだけで無類の信頼を置くに足る価値を見出せる。

 ただし、それでフェルミの案を採用できるかといえば、全くの別問題だ。


 あまり仲間にこういう事は言いたくないけど……といった心境を胸に押し留め、ユウは険しい顔で口を挟む。


「魔法で吹き飛ばすって簡単に言うけれど、それがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってる? それこそ複雑極まりない式の構築と途方もない魔力量が必要になるんだよ? そもそも、杖で威力を半減させられた魔法なんて――」

「大丈夫です。何も問題ありません」


 ユウの台詞を途中で断ち切り、フェルミはきっぱりと言い放つ。

 5人の中で唯一戦術魔法を専門としている彼女が、自身の売りである戦術魔法を理解していないハズがない。本職の魔道士に対して、お触り程度にしか戦術魔法を学習していないユウの台詞は些か傲慢に過ぎた。


 だが、ユウの言いたい事も最もなのだ。それだけ、魔道士が杖を持つという事実はバッドステータスとして他人に受け取られてしまうのである。


 それを十全に理解しているフェルミは、少し恥ずかしそうに頬を染めた。


「……恥ずかしながら、私、昔から構成魔力の匙加減がどうにもヘタっぴでして。魔法の威力調整が苦手なんです。式を追加して威力を削ぐことも可能なんですけど、それだと余計な手間と時間が掛かりますし、ならばいっそ杖を利用しようと……てへぺろ!」


 つまりは、普通に魔法を構築してしまうと威力の補正が効きすぎて、やり過ぎてしまう。だからこそ、杖を用いることで自分にリミッターをかけているのだ、と。


 軽い悪戯を発見された子供のようにモジモジと言葉を紡ぎながら、昨日の聡一を真似したつもりなのか、可愛らしく舌をぺろっと出す。

 もし聡一が起きていたら、どこぞのムキムキの悪魔たんのように「かわいい!」と叫んでいたことだろう。

 

「まだ皆さんには"本気"を見せていないので信じてもらえないかもしれませんが、これでも戦術魔道士としてそれなりの修行を積んできています。敵を纏めて吹き飛ばす程度、造作もありません」


 それは戦術魔道士としての彼女の自信と誇りを窺わせる一言だった。

 そこまで言うからには、真実、魔法の構築など簡単にやってのけるに違いない。


 ならば、これ以上の言葉は不要だ。ファスティオ、セフィーア、ユウは頷き合い、フェルミに視線を合わせる。


「他に案も浮かばんし、それでいこう。盾役は任せておけ」

「今回は特に出番も無さそうだし、私は後ろで楽させてもらう――ていうか、この団体戦で私が活躍する場面なんて、果たしてあるのか……無さそうな気がする」


 ――仲間から向けられる信頼の眼差し。


「なら、あたしは援護に徹するね。あと、キツイ事言っちゃってごめんなさい」

「お気になさらず。魔法は任せてください」


 申し訳なさそうに頭を垂れるユウに対し、フェルミは朗らかに笑った。

 皆の気持ちも纏まり、作戦――とはさすがに単純過ぎて呼べないかもしれないが、一応の策も決まった。

 闘技場における陣形やら各々の細かな動き方も恙無く決まり、あとは試合の開始を待つのみとなったところで、はたと何か気づいたようにセフィーアが顔を上げる。


「ところで一つ疑問なんだけど、ファスティオは私達より長くフェルミと一緒に行動していたんでしょう? それなのに一度もフェルミの本気を見た事なかったの?」


 セフィーアの疑問にファスティオが口を開くよりも先に、フェルミが答えた。


「長いといっても、ファスティオさんとは皆さんよりも一カ月程早く出会ったというだけですし。それに大抵の魔物はファスティオさんが1人で片付けていましたので。私は最低限のサポートしかしたことがなかったのです」

「そういうことだ」


 要するに、フェルミの魔法に頼るまでもなく、戦闘ではファスティオの槍一本で事足りていたようだ。

 それなら彼女の魔法の腕を知らないのも無理はない。


 セフィーアは納得したように頷くと、再び聡一の頬をぶにぶにと弄り始めた。


 ◆◆◆


 爆風。遅れて、観客達の悲鳴。


 あまりに強烈過ぎる暴風に目も開けていられない。それどころか、風圧で身体ごと持っていかれそうな始末だ。


『こ、これは!? いったい何が――』


 叫ぶ声も轟音によって無情に掻き消されていく。信じられない事だが、この魔法は間違いなくあの杖持ちの魔道士が放ったものだろう。


 この魔法には対象者にダメージを与える効果はなく、ただ暴力的な風が荒れ狂うだけというシンプルなものだ。

 それ故にリフレクトは意味を成さず、強烈な風圧を抑える手段もない。

 しかし、一見簡単にも思えるこの魔法だが、実現させる為に組まれた式の工程は非常に緻密で繊細かつ複雑なものであることは間違いない。例えれば、垂直に立てたコインの上に、さらにコインを積み上げているようなものだ。

 常人には決して真似できないし、下手をして積み上げたコインを瓦解させるようなことにでもなれば……。


 そこまで考えて、紅の魔剣リーダーである魔術師は身を震わせた。


『こんな途方もない魔法を平然と構築するなんて……』


 必死に耐えるものの、ずるずると場外へ押し出されていく身体。無意味な抵抗と理解しつつも、どうしようもない焦燥が思考よりも先走り、筋肉を硬直させる。


『――彼女はいったい何者なんだ!?』


 そんな叫びを残して、魔術師は力尽きたように吹き飛ばされた。


 やがて風が収まり、恐る恐る目を開く観客達の視界に映ったのは、盾を地面に突き立てて風を凌いだらしいファスティオと、前の人の腰にしがみ付ついて百足のように連結したセフィーア達の姿であった。

 なかなかシュールな光景である。


『――勝者! 5人の愉快な仲間達!!』


 司会者の勝利宣言と惜しみない拍手喝采が闘技場に響き渡る。

 予想外の敗北を喫した紅の魔剣メンバーは場外の草地でよろよろと立ち上がると、悔しそうに歯を噛み締めた。

 上手く受け身を取れずに身体を痛めた仲間に肩を貸し、各々退場していく。


「結構上手くいったわね。魔法一発大作戦」


 去っていく敗者達の背中を見送りつつ、セフィーアは風に曝されて乱れた髪を手櫛で整えた。ぐしゃぐしゃに乱れた髪にムッと顔を顰める。


「フェルミ以外に誰も活躍してないのが痛いところだがな」


 なんとなく消化不足的な苦笑を浮かべるファスティオ。ちまちまと飛んでくる非殺傷の矢を防ぐ以外に特に仕事をしていないというのは、彼なりに物足りないものがあるのだろう。


「それにしても、とんでもない風だったね。あれに何かしらのダメージ要素が入ってたらと思うとゾッとするよ……」


 セフィーアと同じように乱れた髪を直しながら、ユウは額の汗を拭った。攻撃魔法で相手を牽制したり、飛んでくる矢を剣で弾いたりとそれなりに忙しく動いていた彼女は、適度に運動したあとのような清々しい顔をしている。


「相手のリーダーさんが対魔道士戦のセオリーを守ってくれて助かりました。でも、一度種明かしされた戦法がこの先も通用するとは考えられません。次からはちゃんとした作戦を組み立てなくてはいけませんね」


 勝利の貢献者であるフェルミは己の杖を胸に抱える。


 セフィーアはそんな彼女の後ろ姿を眺めつつ、


(杖のデメリットを生かして、ストッパー代わりに利用する戦術魔道士……か。奇才って、彼女のような人をいうのかも)


 身近にとんでもない魔道士がいたという事実に苦笑した。


『勝者に盛大な拍手と称賛の言葉を!』


 司会者の言葉に促され、闘技場が歓声と黄色い悲鳴で彩られる。

 観客席間際まで吹き飛ばされて倒れている聡一を回収したセフィーア達は、意気揚々と手を振りながら控室へと退散していった。


 ――その後、意識を取り戻した聡一が正式に追加選手として待機することで、『5人の愉快な仲間達』は快勝を続ける。

 対峙した敵チームは聡一の奇襲による壊滅を恐れ、常に聡一の動向を気にし、その結果チーム本来の実力を発揮することなく、悉く破れ去っていった。


 そして、長かったアンレンデ武芸大会を締めくくる、団体戦の決勝戦……ユウの身柄を要求するエリシア・ミューディリクスとの戦いが幕を開ける。

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