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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第48話  回想(アリア視点)

 私の膝の上で意識を失った冒険者――名前はソーイチ。

 彼の手を取り、そっとグローブを裏返しながら外してやる。すると、予想通り、皮がべろりとグローブに引っ付いていた。あまりに酷い損傷具合に今更ながらやり過ぎたと後悔が生まれるが、反省はしない。

 内臓にもかなりのダメージが蓄積されている……よくこんな状態であれだけ動けたものだと感心してしまう。


「ごほっ……かふっ……かっ……」


 意識を失ったせいで舌が縮んでしまったのか、咽喉の奥に血が溜まったらしく、彼の呼吸がおかしくなった。

 私はソーイチの気道を確保すると、小さな竜巻の魔法を作り、口の中に入れる。


「げぼっ! かはっ……はぁ……はぁ……」


 咳き込むような声と共に咽喉の奥から血が噴出し、それと同時に小さな竜巻の魔法が霧散した。溜まった血を除去することに成功したようで、まともな呼吸音が聞こえてくる。

 私はホッと胸を撫で下ろした。

 顔に結構な量の血飛沫が付着してしまったが、なんてことはない。あとで洗えばいいだけのことだ。


「――ソーイチッ!!」


 まさに形振り構わぬといった勢いで影が飛び込んできて、聡一を奪い取るように抱えてしまった。

 どうやら彼の知り合いの治癒魔道士のようで、すぐさま治癒魔法特有の温かい魔力の波動が伝わってくる。


 ……少し不満だが、仕方ない。


 徐々に落ち着いた表情を取り戻していくソーイチ。腕は確かなようだ。みるみるうちに内臓の損傷が回復していくのがわかる。

 私は蒼い髪の女性から発せられる、そのとんでもない魔力量に少し驚いた。

 余程焦っているのか、少しばかり構成魔力の練り方が雑になっているが、それを補って余りある個体魔力のベールがソーイチと彼女を覆っている。


 もし個体魔力に色があったとすれば……きっと優しく穏やかで、包み込むような柔らかさを備えた群青の光の粒が、私達の周囲を覆うように渦巻いていることだろう。


 私は彼女だったらソーイチを預けても大丈夫だと判断し、バトルフィールドから去ることにした。

 入れ違いに闘技場専属の治癒魔道士達が走ってくるが……少しばかり行動が遅い。真っ先に飛んできた蒼髪の女性の行動力を見習ってほしいものだ。


「アリア様! 大丈夫ですか!?」

「……私には専属の治癒魔道士がいるから平気。それよりも彼を」


 未だに血が溢れたままの左腕を見て、蒼い顔をした女性の治癒魔道士が慌てて声をかけてきたが、私は立ち止まることなく、その場を後にする。


 去り際にちらっとソーイチの方をみると、損傷した内臓の治療に専念している蒼髪の女性に代わり、複数人の治癒魔道士達が彼の両手を癒していた。

 あの分なら、きっと後遺症どころか痕も残らないに違いない。


 今度こそ振り返らずに、元来た赤の出入り口から控室へ向かった。すると、そこには愛弟子のスタンが佇んでおり、眩しい笑顔で迎えてくれた。


「おかえりなさい。試合、ずっと観てましたよ。凄く格好良かったです!」

「……ありがとう」

「さ、左腕診せてください」

「……お願い」


 控室に常備されている長椅子に腰掛け、治癒魔法の使い手である愛弟子に腕を見せる。


「師匠が怪我するところなんて、初めて見ました」

「……そう?」

「事前にプロテクトを唱えておけば、傷を負うこともなかったでしょうに」

「……それはフェアじゃない……けど、そうしておけばよかった……と思う」


 そもそも魔法を使う気など最初はなかった。私は魔法を駆使するよりも、剣を持って闘う方が好きだったから。だけど――


「でも、さすがに魔装武器(ミスティックウェポン)はやり過ぎじゃありませんか? あんな非常識な武器を使われたら、真っ向勝負じゃどうしようもないですよ」

「……あぁでもしないと……勝てる気がしなかったから」

「魔法を駆使して、メディルネージュの能力も解放して、やっと倒せる相手かぁ。同じ人間とは思えませんね、ホント」


 そんなことをしみじみとした口調で言われ、私は先程の戦いを思い返す。


 ――彼は本当に強かった。


 少しでも実力を公平にする為に、これまで魔法を使えない相手には剣だけでしか戦ってこなかったのだけど……ソーイチはそんな不利を軽々と覆すくらい才に溢れていた。

 ツヴァイハンダーの扱い方に少しだけぎこちなさが見受けられたものの、それでも純粋な剣術では彼の方が僅かに上手だった。彼が最も手に馴染む武器をその手に持ったとき、果たしてどうなるのか……興味は尽きない。


 剣だけでは崩せない――そう悟った私は、大型の魔物用に考案された地面設置(トラップ)型の戦術魔法を使用した。結果、発動した瞬間に投げられたスローイングナイフで見事に腕を貫かれてしまった。

 熱波と爆風で煽られながらも正確に利き腕を狙う技量には、痛みを忘れて思わず感服させられてしまった程だ。


 この時点で、頭の隅にあった大会のルールが霞み始めたように思う。


 トラップ魔法……要するに最初の不意打ち以外はどんな魔法も通じなくなってしまい、正直焦った。魔法を剣で叩き切るなんて常識の範疇を超えている。ずるい。


 剣も駄目、それなりに魔力を消耗する高威力な魔法も駄目とあってはどうしようもない。死なない程度の魔法では、彼を打ち破ることはできないと痛感させられた。


 ――というわけで、仕方なく今の自分で生み出せる最高威力の魔法を作りだした。……私が彼に勝つにはこれしかなかった。 

 やり過ぎたとは思ったけど、あの場で魔法を消したら、それはソーイチという冒険者の覚悟を冒涜することになってしまう。

 そんなことはしたくなかった。

 何より、あの強い意志が宿った黒い瞳が、私を期待させるんだもの。彼を試したくなってしまうのも無理からぬというものだ。


 それに、負けたくなかったし。


 ……そして、結果的にソーイチは私が生み出せる最高の戦術魔法を正面から受け止めてみせた。

 まさか、魔法を掻き消すなんて大技を披露してくるとは思わなかった。

 いや、少し違うか。あれは魔法を分解していたように見えたから……とにかくよくわからない芸当であるのは間違いない。

 ただ、炎の熱で両手を火傷していたことから、ソーイチ自身も手に余らせている代物らしいことはわかる。


 結局、最後の最後は愛剣の特殊能力に頼らざるを得なかった。もしメディルネージュが手元になかったら、勝者と敗者が入れ替わっていたかもしれない。


 あぁ、思い出すだけで胸が熱くなる。


 彼と剣を交えた時の興奮がまだ身の内で猛っているように感じて、私は高鳴る鼓動を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。


「師匠? 大丈夫ですか? 傷、痛みます?」

「……大丈夫、続けて」

「わかりました」


 ――実力が拮抗した相手との真剣勝負は、舞踏会で意中の相手を抱いて踊っている時の高揚感に似ているかもしれない。

 曲が終わった瞬間の喪失感に脅えながらも、相手の体温を感じて心臓を高鳴らせる。終わってほしくない、このままずっと踊っていたい……そんな甘く切ない感情を胸中に抱く感じだろうか。


 でも、今、私の胸の内を占めているのは喪失感ではなく、何とも心地良い充足感だ。


 スタンが大会を見物したいと言い出さなかったら、こんな感慨に浸ることもできなかった。本当に感謝してもしきれない。


 ――武芸大会では、SSランカーは全員観客として出席することが義務付けられている。


 しかし、いつもいつもレベルが低い試合ばかりで、退屈極まりない。

 恒例のエキシビジョンマッチでも、最近は私達から勝利をもぎ取る気概で挑んでくる挑戦者は稀になってしまっている。

 どいつもこいつも『SSランカー相手では負けても仕方がない』なんて考えている連中ばかりで、相手をしても面白くないし、面倒なだけでしかない。


 最初は適当に違約金を払って、アンレンデから逃げよう――と、本気で画策するくらい思い詰めていた。


 だけど、街中でのソーイチとの出会いが、私に希望を抱かせてくれた。

 この人なら、もしかすれば……と。


 そして、試合当日。

 映水球に映し出されたソーイチのランクを見て、私の彼に対する関心はさらに強くなった。

 常識というワケでもないけど、基本的に上位ランクとの実力差があり過ぎるG、F、Eランクの冒険者が武芸大会に出場することなど滅多にない。しかも本戦まで残ったとなれば、誰だって興味の1つや2つは湧いて出てくるものである。

 まさかソーイチがF-などという初心者紛いのランクとは思わなかっただけに、私の驚きは一入(ひとしお)だった。

 ……名前の下に記載されていた彼のオッズには、思わず笑ってしまったが。


「先程の試合を思い返してるんですか?」

「……どうしてわかったの?」

「師匠の顔を見れば一目瞭然ですよ」

「……私、どんな顔してる?」

「とても嬉しそうです」


 ――ソーイチは私の勝手な期待を裏切らなかった。


 バトルフィールドに立った姿を見たとき、全身に鳥肌がたった。

 自然体、歩き方、呼吸、目線、意識の矛先……武を極めんとする者ほど、それらは洗練され、無意識に際立たせてしまうもの。

 高次元の実力者は、そういう何気ない相手の動作を見て、その強さを推し量る。


 しかし、ソーイチはそこからさらに一歩進んでいた。


 その身に染みついたあらゆる動作を、戦闘時に発する気合を、己の意志の統制下に置いて、強さの本質を巧妙に隠していたのだ。

 無駄な殺気や闘気を一切放散させることなく、必要な時、その一瞬に全てを込めて爆裂させる。それを読み取ることができなかった冒険者は、倒れても尚自分が何をされたのか理解できなかったことだろう。

 己の気配の扱いに少し未熟な部分が残ることから、まだ発展途上を思わせるが、その次元は既に常人には及びもつかない領域に達しているのは火を見るより明らかだ。

 だからこそ、その存在が際立ったといっていい。


 私が街でソーイチを助けたときは既に危機に陥っていた為、彼の力量を正確に推し量ることはできなかったが、今にして思えばこれでよかったのかもしれない。

 おかげで、ソーイチの戦いぶりを新鮮な気持ちで見物することができたのだから。


 ……対戦相手にはご愁傷様としか言いようがないけど。


 初戦の相手はランクSというSSランクに最も近い冒険者と称されていたものの、哀れ、己の持ち味である待ちの姿勢を生かせずに敗退していった。もしも、ソーイチの挑発を受け流し、自分のペースを保つことができていたら、恐らく今大会で最も見応えのある試合になっていただろう。……勝てるかはともかく。


 特異な武器を使用していたランクA-の冒険者との試合はなかなか面白かった。この先、己の実力に慢心せず、地道に努力を続けていれば、恐らくSSランカーにも手が届く領域にまで来れると思う。


 ここまではよかった。大抵の試合はあっさり終わってしまっていたけど、見るに耐えないという程ではなかったから。


 でも、決勝戦は最悪だった。

 相手の冒険者……名前は忘れた。あの自尊心の塊のような人間は、自分がソーイチに負けるなど微塵も考えてなかったのだろう。

 実力が低い冒険者達ですら、直接対峙すればソーイチの強さの底が見えないことを察して恐怖していたというのに……彼はそれすらも理解できなかったらしい。それとも、理解したうえで彼を打ち破る自信があったのだろうか。

 どちらにせよ、哀れで滑稽な道化師(ピエロ)でしかなかった。あれでランクS-とは笑わせる。

 碌な試合にならないことは分かり切っていたが、それでも私はソーイチの一挙一動を見逃したくなくて、その場に居座り続けた。


 試合が始まり、金髪さん(仮名)は果敢に攻めていく――が、ソーイチには掠りもしない。


 腕は確かによかった……と思う。剣の振りは速かったし、基礎もしっかりとしていた。覇気も闘気も"殺気"も十分だった。何度殴り倒されても起き上る根性も好評価に値する。といっても、クラスSの要注意指定であるモータルグルームを、本当に単騎で討伐を果たしたのかは疑問が残るレベルだけど。なんか正気じゃなかったっぽいし。

 私がそんなことを考えてると、剣が地面を跳ねる音が聞こえたと思いきや、次の瞬間には金髪さんが哀れにも大の字になって寝転がっていた。

 顔を大きく凹ませたままピクピクと痙攣している。どうやら脳震盪を起こしているらしく、一向に起き上がる気配がない。

 司会が試合終了を宣言するも、何が起こったのか理解できずに静まり返る場内で、時間だけが過ぎていく。


 ソーイチが私の眼差しに気づいたらしく、軽く振り返って視線を寄越すが、すぐに外されてしまった。

 それでも、心臓を鷲掴みにされたようで、少しばかり動悸が激しくなった。


 それから、司会者が優勝者であるソーイチの名を告げ、係員がエキシビジョンマッチの指名権限の白紙……つまりは私達のいずれかに対するギルド公認の挑戦状の紙を与えようとして――

 気付けば、それに待ったをかけていた。

 別に目立つような真似をしなくても、彼の方から挑戦状を送りつけてきただろうに……その時の行動原理は、自分自身のことながら未だに把握できていない。


 今度こそソーイチがランカー席に振り向き、私の瞳をまっすぐに刺し貫いてくる。


 メルキュリオ大陸を隅から隅まで渡り歩いた私ですら、これまで一度も目にした事がない髪と瞳の色――黒曜石の双眸に、なんだか吸い込まれそうになる。


 漠然とそんなことを思っていたら、ハールがいきなり真横で大声を出すものだから吃驚してしまい、つい視線をソーイチからハールへと向けてしまった。

 それと同時に、静まり返っていた観客達が鬱憤を晴らすように騒ぎだしたので、思わず顔を顰めてしまう。

 ふと視線を戻せば、彼はもうこちらに背を向けてバトルフィールドから立ち去ろうとしていた――。


「――しょう――師匠っ……治療終わりましたよ」

「……?」


 私も疲れていたのか、軽く意識が飛んでいたらしい。それなりに血を失ったせいか、長椅子から立ち上がろうとしたら眩暈がした。

 立ち眩みに抗うことができず、無様に長椅子の上に転がってしまう。


「っと! 気を付けてください。大分血が失われていますから、急に動くと気分が悪くなりますよ」

「……」

「そんな調子じゃ、歩けるようになるまでしばらく掛かりそうですね」

「……」


 くらくらと定まらない視界に気持ち悪さを覚え、背凭れに体重を預けて身体を休める。すると、不意にスタンが私の背中と太腿の下に手を入れてきた。

 何事かと問い質す前に束の間の浮遊感を味わい、気付いたら私の顔のすぐ傍に愛弟子の顔があった。


「僕が部屋まで運びます。不愉快でしょうが少し我慢してください」


 返事を発するより先に、お姫様抱っこのスタイルで控室から連れ出されてしまう。


「……スタン」

「はい?」


 私は昔から感情を表に出すのが苦手で、事あるごとに皆から"まるで人形のようだ"と罵られてきた。

 しかし、だからって感情がないなんてことは断じてない。人から美味しいお菓子を貰ったときは普通に嬉しいし、悪口を言われたら頭にくる。


 つまり、何が言いたいのかというと――


「……降ろして。……少し休めば歩けるようになる」

「駄目ですよ。師匠はそう言って何でも一人で済ませようとするんですから。少しは弟子を頼ってください」

「……人に見られたら恥ずかしい」

「地下通路を通りますから、必要最低限の人達にしか見られませんって」

「……そういう問題じゃない」


 抗議してもスタンは華麗に無視。どう言い繕っても納得してもらえそうにない。

 私は無駄な努力はしない主義である。早々に愛弟子への説得を諦めて、揺られるがままに瞼を閉じる。


「……あ、そうだ」

「なんですか?」

「……明日、ソーイチのお見舞いに行く。……その時に手合わせの件、お願いしてみる」

「本当ですか!? なら、僕もご一緒します! 何か手土産でも買っておかなければいけませんね。師匠を部屋に送ったらひとっ走り行ってきます」

「……うん。お願い」


 そして、これまでに感じた事のない気持ちのいい疲労感に押されて、私の視界は急速に光を失っていった。


「――寝ちゃいましたか。幻獣を召喚していれば、もっと早く片が付いたんでしょうけど……。でも、それだと試合にならないもんなぁ」


 ◆◆◆


 ――――アリアの日記――――


 今日はエキシビジョンマッチでソーイチと闘った。とても楽しかった。こんなに大会を楽しめたのはいつ以来だろう。

 彼のSSランカー入りには誰も反対しないハズだ。ソーイチがSSランカーになれば、欠員が出てしまった十傑が再び揃うことになる。

 まぁそれで特に何かが変わるってことはないけど、なんとなく嬉しい。

 ソーイチからは特別な何かを感じる。それが何かはわからないけど、少なくともこれまで出会った人間の中で彼のような雰囲気を持つ者は見た事が無い。

 色々と興味が尽きない。

 そういうワケで、明日はスタンを連れてお見舞いに行くことにした。少しくらいはおめかししていこうと思う。

 …………。

 どうしてかわからないけど、なんだか落ち着かない。

 外の空気吸って、ホットミルク飲んで、さっさと寝ようっと。


《真面目なあとがき》


大体書き終わった頃になって、日記風にすれば面白かったかも?って思いました。

最後のはその名残です。

機会があれば、チャレンジしてみようかしら。


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