番外 ロシーグの結末
題名のとおり、大会後のロシーグ君のお話です。しかし、端折って端折って端折りまくった為に物語として成り立っていませんので、興味のある方だけ流し読みしていただければと思います。背景などは一切明かされず、結果だけしか書かれていません。興味のない読者様はすっ飛ばしてしまっても全く問題はありません。
闘技場内にある寂れた中庭。
どことなく哀愁を感じさせる無人の景観が、まるでそこだけ周囲の喧騒から切り離されているかのように見る者を錯覚させる。
その中で、ポツンと用意されたベンチに座る一人の男がいた。
ロシーグ・ヴァンデストリ。冒険者ギルドに登録された、れっきとしたAランクの冒険者である
準決勝戦にて聡一に敗れた彼はそのまま医務室に運ばれ、決勝戦が終わった頃になってようやく意識が回復したのだ。
気を失っている間に魔法による治癒は完了しており、目覚めると同時に帰宅を許可されたのである。
だが、そのまま素直に帰宅する気分にもなれず、人がいない中庭のベンチで何をするでもなくただ座っているのだ。
いや、この表現は正しくない。
ただ座っているというのは単に今の状況表わしているだけであり……本当は待っているのだ。幼馴染であるレーナを。
これまでずっと避け続けてきたクセに、どうして今になって彼女と向き合う気になったのか。それはロシーグ自身よくわかっていない。
ただ、聡一との勝負で完敗し、力に溺れていた鼻っ柱をへし折られたことで、目に見えない何かが吹っ切れた気がしたのは間違いない。
極め付けに、聡一とセフィーアのやり取りである。
頭を撫でられ、嬉しそうに表情を緩めていた彼女の笑顔を見て、決心がついたように思う。
だからこそ、ロシーグはここで待っている。見つけてもらいやすいように、敢えて人がいないこの場所で。
だが、もしかしたら彼女は来ないかもしれない――と、弱気な自分が心の隅で震えているのを自覚し、実に自分勝手極まりないとロシーグは自嘲した。
本来ならば自分から彼女を探しにいくべきだろうに、行動を起こす勇気すらないとは、いい物笑いの種である。
そもそも来てくれるほうがおかしいと、自分に向けて言い訳をしている惰弱な己の醜さに辟易しながら、ロシーグは組んだ両手で頭を支えるように俯いた。
――ロシーグが聡一からセフィーアを奪おうとしたのは、ただの嫉妬が原因だった。
突き飛ばされ、混乱するセフィーアを守るように抱く聡一。
聡一の腕に抱かれ、落ち着きを取り戻していくセフィーア。
そんな2人を見て、かつての自分と幼馴染を思い出し、どうしようもない苛立ちに駆られた。
……その結果が、今の惨めな自分に他ならない。
他人の女を無理矢理奪おうと喧嘩を吹っ掛け、見事に返り討ちにあった、身の程知らずの糞野郎。
それが、ロシーグ・ヴァンデストリだ。
他人の恋路に横槍を入れようとした、不届き者に相応しい末路だと思う。
だが、そんな自分が元恋人であった幼馴染に会って、今更何をしようというのか。
『ロシーグ……』
そんな自問に答えを導き出す前に、彼女――レーナが姿を現した。
やはり、彼女は来てくれた。その事実に喜びを抱くと同時に、言いようのない疲れを感じたのは何故だろう。
「よう、久しぶりだな」
「う、うん。久しぶり」
拒絶されると思っていたのだろう。これまでと違うロシーグの態度に怯むレーナだったが、意を決したように口を開く。
「……隣、いい?」
「あぁ」
レーナは静かにロシーグの隣に腰掛け、スカートの裾を力強く握る。
用意した台詞を言い出す切っ掛けが掴めずにいるらしく、俯けていた頭を上げては何かを言いかけ、それを喉の奥に呑みこみ、再び俯くといった動作を繰り返している。
一連の動作を黙って眺めていたロシーグはふっと柔らかく笑みを零すと、空を見上げながらぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。
「俺な……この個人戦で、とあるいけ好かない野郎の女を奪おうとしたんだ」
「……」
この時点でレーナは物言いたげな顔をするが、なんとか堪えて無言を貫く。
「んで、さっきボコボコにされた」
「あ……もしかして……」
ボコボコにされたという台詞で標的が誰だったのか見当が付いたレーナは、思わず口元に手を当てる。
それには構わず、ロシーグは疲れたような口調で言葉を続けた。
「あの野郎から女を奪おうとしたのは、ただの嫉妬だ」
「え?」
「あいつと傍らにいた女……あいつらを見てたら、昔の俺達の関係を思い出しちまってな。妬ましくて、つい喧嘩を吹っ掛けちまったんだ。ほんと、ガキみてぇ」
自嘲的な笑みを浮かべて自分の行いを悔いるロシーグは、意識だけをレーナに向ける。
「幻滅したか?」
「幻滅した。最低だわ」
「そうか、そうだな」
遠慮なく即答する幼馴染から怒気を感じ、肩を竦める。当然の感想だ。
次に飛んでくるのは侮蔑か拒絶の言葉だろう――そう思い込んでいたロシーグは、レーナが発した次の一言に思わず言葉を失った。
「でも、貴方らしいと思う」
「……は?」
まるで、澄んだ水面を思わせるような優しい声音だった。
貴方らしい――それは侮蔑でも拒絶でもなく、肯定する一言。
レーナは昔を思い出すかのように、目を瞑る。
「ロシーグってば、昔から嫉妬深かったもんね。私が男の人にちょっと声を掛けられただけで、拗ねちゃうし」
「い、いや、確かにそうだったけども」
「そのクセ、ちょっと際どい服装の女の子を見つけるとすぐに目で追うし。私が隣を歩いてるのに!」
「あーなんていうか、男の性というか? 所謂、不可抗力というやつで……すまんかった」
罰が悪そうに頭を下げるロシーグに対し、レーナは微笑を浮かべた。
そのやり取りに遠い過去の自分達が重なり、胸が締め付けられた。
それは彼女も同じだったらしく、愛らしい笑みの中に微かな痛みを滲ませていることが見て取れる。
「ロシーグ、一つだけ聞かせて」
「なんだ?」
「私たちはもう、やり直せないのかな?」
飾りのない言葉だった。
それだけに、冗談などというものが一切含まれていないことは容易に察することができる。
「それは……無理だ」
言葉に詰まるロシーグの瞳を、レーナは悲しげに見つめた。
「なんで? やっぱり、私の事が許せない? あの日、貴方を拒絶したから――」
「そうじゃねぇ、そうじゃねぇんだ。確かに許せなかったのは否定しないさ。けど、今はもうあの時の怒りは消えてる。アスタルから事情は聞かされたしな」
「じゃあ、どうして?」
「……俺は昔のような純情なんざとっくに捨てちまってるんだよ。もう何人もの女を抱いて、その度に捨ててきた」
一時の情欲を解放する為だけに、何人もの女性を抱いたと言いにくそうに告白するロシーグ。その声音には、己が罪を懺悔するような、確かな後悔が滲んでいた。
「こんな無責任な男とよりを戻すよりは、他のいい男とくっ付いたほうがお前も幸せだろ」
「………………」
レーナは俯き、何も言わない。
彼女の無言が意味するのは失望か、絶望か、或いはその両方か。
前髪が陰になっているせいで表情は窺い知れず、ただ無情に時間だけが過ぎていく。
――沈黙が続き、やがてレーナが顔を上げた。
レーナの心の中で、どんな葛藤があったのかは知る由もない。
ただ、彼女は穏やかな表情で遠くを見つめ、静かに口を開いた。
「ロシーグがいなくなってから、私は毎日ただ泣いてるだけだった。会いに行きたくても、会わせる顔がなくて、結局泣くことしかできなかった。そんな私を励まして、貴方の後を追おうって決断してくれたのはアスタルだし、家に篭って動こうとしなかった私を引っ張ってくれたのはマーヤであって、自分で決断したワケじゃない。ここまで来る途中だって、何度逃げ出そうと思ったことか……」
「レーナ……」
「それでも今日貴方に会おうと思ったのは……もし拒絶されたら、そのまま死ぬつもりだったから」
「――んなっ!?」
俄かには信じ難い台詞に、さしものロシーグも素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
それから、その真意を探ろうとじっとレーナの顔を覗き込んだ。
「今もそんな馬鹿な事を考えてんのか?」
「それはロシーグ次第かな」
「なんだと?」
生きるも死ぬ自分次第だと言われ、ロシーグの瞳が冷たく細まる。
それでもレーナは微笑みを絶やさなかった。
「私ね、今の今までずっと考え続けてた。それでね、気付いたの。私には貴方しかいないって。他の男なんかじゃ駄目なんだって」
「…………」
それしか答えを導き出せなかったのだと、レーナは告白する。
そして、徐にベンチから立ち上がると、懐に隠し持っていたらしい果物ナイフを取り出しながら、堰を切ったように言い放った。
「お願い、ずっと一緒にいて! 一緒にいてくれないのなら、貴方を殺して私も喉突いて死ぬ!」
彼女の真剣な……それでいながら今にも泣き出しそうな表情から、それが冗談ではないとロシーグには嫌というほど理解できた。
「レーナ……言っておくけどな、それ立派な脅迫だぞ……?」
だというのに、傍から見れば非常に緊迫した状況にも関わらず、ロシーグは呆れた雰囲気を隠そうともしない。
はっきり言ってしまえば、彼女がナイフを振りかざしたところで掠り傷一つ付けられない事は間違いないだろう。
しかし、それは問題ではない。
ロシーグにとって重要なのは、このような正気とは思えない行動を起こさせてしまう程、レーナを追い詰めてしまっていたという事実なのである。
「…………駄目なの?」
「だあああったくッ!! 駄目も何も、最初から俺に選択肢なんてねぇんだろうが!!」
今にも溢れ出さんとする涙と震える声は、如何なる苦痛よりも耐え難く――
ヤケクソ気味に頭を搔き毟りながら立ち上がったロシーグは、そのまま彼女を力一杯抱き締めた。
「え? え?」
突然の抱擁に動揺し、目を見開くレーナ。
しばらくして、その掌から力無く零れ落ちたナイフが、乾いた音を立てて地面に転がる。
その表情が驚愕から幸福に変わるまで、大した時間は要さなかった。
「だが、本当に俺でいいのか? お前は俺を選んで後悔しないのか?」
「後悔なら、今までたくさんしてきたもの」
「そ、そうか……」
きっぱりと言い放つレーナに戸惑いながらも、ロシーグは再度彼女の意志を確認する。
「もう一度言うが、俺は大勢の女を捨ててきた男だぞ?」
「今まで抱いてきた人数の10倍……やっぱ100……1000倍愛してくれるなら許す。浮気したら殺す」
「物騒だなオイ。つーか、どんどん増えてるじゃねぇか。いくらなんでも欲張り過ぎだろ」
「不服なの?」
「……んなことねぇよ」
レーナの細い身体を抱きながら、ロシーグは彼女の耳元でそっと囁く。
「――怖かった。お前の口から、あの時みたいにもう一度『さようなら』を言われるんじゃないかって。それが怖くて怖くてどうしようもなかった。だから、お前を拒絶することで今までずっと逃げてたんだ」
「……うん」
ロシーグの頬を撫でながら、レーナは言った。
「弱いね、私達」
「そうだな」
「でも、1+1が2になるように、弱い者同士が寄り添えば、少しは強くなれると思うの」
「そうか? ……いや、そうかもな」
失った宝物を取り戻し、安堵した子供のような笑顔を見せる2人。
「やっと……やっと……貴方のもとに辿り着けた」
「迎えに来てくれて、ありがとう」
欠けていたピースがぴったりと嵌る感覚が、2人の胸にゆっくりと浸透していく。
――ようやく一つになれた彼らを祝福するように、頭上を複数の白い鳥が飛んでいった。
《まじめなあとがき》
まずは捕捉を。ロシーグ君とレーナは幼馴染で恋仲でしたが、ある日、彼女から一方的に別れを告げられてしまいます。
(レーナがロシーグに別れを告げたのは止むを得ない事情がありました)
そして、傷心のロシーグ君は故郷から離れたい一心で、冒険者を目指すという名目で旅に出てしまいます。
しばらく放浪したのち、アンレンデに流れ着いたというワケです。
んで、主人公達と一悶着→大会でフルボッコ→今ココって感じです。
背景を含めてお話を書くと、それだけで2~3話ほど無駄に潰してしまうので、省略に省略を重ねて省略しました。
番外の為に本編をおろそかにするワケにもいかず、私の更新速度も鑑みた結果、このような形になりました。
楽しみにしてくださった読者の皆様には大変申し訳なく思っています。
本当にすみません。
で、この話を纏めますと、主人公達に嫉妬したロシーグ君は、勝手に主人公達を巻き込んで勝手に戦いを仕掛けた挙句フルボッコにされ、何かを悟り、勝手に幸せになっちゃいましたってことです。
つまり、フルボッコにされた以外は勝ち組です。リア充です。
ちなみに、ガチだとロシーグ君はベルナス君より強いです。
ロシーグ君は条件次第でSランクを叩きのめすだけの潜在能力を持っています。