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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第46話  誘い

 多くの人々で混み合う闘技場の玄関ホール。

 その四隅の一角が集合場所と予め聞かされていた聡一は、周囲に視線を巡らして仲間達の姿を探す。


「あっ、来た! ソーちゃん、こっちこっちー!」


 手を振るユウの姿にどこかホッとしながら、聡一は皆の元へ小走りに近づいた。


「優勝おめでとうございます、ソーイチさん」

「お疲れさん。これで問題の一つが無事に片付いたな」


 労いの言葉をかけてくれるフェルミとファスティオに軽く笑いかけながら、聡一は肩を竦めて言った。


「ベルナスの事が少し気掛かりだけどね」

「そうだな。運営もさすがにあの場では見逃したようだが、今頃はギルドの諜報部の連中が動いているかもしれん。しかし、奴のあの打たれ強さはまさか――?」


 顎に手を置いて唸るファスティオ。やはり気付いていたらしい。


「何か心当たりでもあるの?」

「……あるといえばある、としか言えんな」


 珍しく難しい顔で押し黙るファスティオの態度から、どうやら思い出したくない類の話らしい。

 内心で『しくったな』と頭を掻いた聡一が何かフォローを入れる前に、ユウが口を開いた。


「まぁまぁ、ベルナスの事なんて気にしたって仕方ないって。それよりも、誰かさんがソーちゃんに何か言いたそうにモジモジしてるよ?」


 人をからかうような笑みを浮かべながら、ユウは視線をセフィーアに向ける。


「モ、モジモジなんてしない!」

「んー? そうなのー? これは失礼致しましたぁ」

「もう! バカッ!」

「いやーん。ソーちゃん助けてー」


 顔を赤くしてポカポカと殴りかかってくるセフィーアから逃げるように、ユウは素早く聡一の背に回り込む。

 必然的に聡一と顔を向き合わせることになったセフィーアは、咄嗟に俯きながらも蚊の鳴くような声で言った。


「そ……その……」

「うん?」

「……ありがとう」

「あいよ」


 短い一言と共に、頭に優しく手が置かれる。


「ん……」


 聡一に頭を撫でられ、セフィーアは子犬のように大人しくなりつつ、嬉しそうに頬を緩めた。


 そんな彼女を眺めながら、聡一はふと考える。


 時折忘れそうになるが、セフィーアは大国の貴族の次期頭首となる人間だ。その資格もいずれ剥奪されるとはいえ、本来ならば一介の冒険者風情が声を掛けることはおろか、その御身を拝見することすら叶わぬ類の人種なのである。


 一般的に雲の上の存在と称される彼女が、どこの馬の骨とも知れぬ男に頭を撫でられる――ある意味で奇跡ともいえるような光景に自分が係わっているのだと思うと、改めて不思議な気分になる。


 人生、何が起こるかわかったものではない。


 だが、こんなやり取りもいずれは終わりが――


(――……っ!)


 胸にちくり針が刺すような痛みが奔ったような気がして、聡一は一瞬だけ顔を顰める。


 そこへ、ユウの陽気な笑い声が鼓膜に響いた。


「はっはっは! ナイスワーク、ナイスワーク! この調子であたしの事も華麗に助けてくれたまへよ?」


 一瞬の表情の変化に気付いたワケではないのだろうが、ユウはふざけながらも激励するように聡一の背中を叩く。


「ふっふっふ、報酬はホッペにチューでいいんじゃよ?」


 朗らかに笑うユウに救われた気がして、聡一は気恥ずかしさを隠すように言い放つ。


「え? そんなのでいいの? それなら前払いでもいいよ?」

「な、なんですとッ!?」


 聡一はあくまで冗談を返したつもりだったのだが、ユウの思いもよらぬ返答に目を輝かせる。ちょっとばかり浸り掛けていたブルーな気分など一瞬で吹き飛んでしまった。単純な男だ。


「…………」

「それならホッペじゃなくて唇に変更しても――ぐほぉっ!!」


 不機嫌そうに頬を膨らませたセフィーアの無言のボディブローが聡一の腹部に直撃した。


「コントはそのぐらいにしておけ。そろそろ移動しよう」


 膝を震わせながら地面に崩れ落ちる聡一に苦笑しつつ、ファスティオは周囲を見渡しながら言った。


「バカな!? 今の一連の流れをコントの一言で済ませる……だと……? それではまるで俺がオチ担当――」

「そうですね。少々目立ち始めているようですし」


 ワケのわからない台詞をのたまう聡一は無視し、フェルミがファスティオの発言に同意する。


「あっ……ちょっとおふざけが過ぎたかな?」


 いつの間にか周囲の一般人や冒険者の注目を浴びてしまっている状況に、ユウが自分の口元を抑える。


『失礼。個人戦優勝者のソーイチ・オノクラ様とお見受けします』


 そこへ、今まで話に割り込むタイミングを窺っていたらしい一人の若い男が話し掛けてきた。その瞬間、忌々しそうに歯噛みする者が数人程視界に映ったのは気のせいではないだろう。


 やたら上等な衣服と丁寧な物腰から透けて見える上からの目線に、嫌な予感を覚えない者はいなかった。


「どなたですか?」

『初めまして。私、テザビア王国財務大臣補佐官のアンテレスと申します。まずは祝辞を。優勝おめでとうございます。あのような手に汗握る試合を観たのは生まれて初めてですよ』


 愛想笑いを浮かべる男の心にもない賛辞を聡一は右から左の耳へ聞き流す。


(あんな消化試合で喜んで頂けて、俺も嬉しいですよーだ)


 気分が酷く冷めてしまったが、ここで皮肉を返さなかっただけ、よく耐えたと自分を褒めてやりたい。


「そのお使いさんが、俺に何か用でも?」

『我が主も私と同様、貴方様の活躍に大層感動されまして。是非昼食を共にしたいと仰られています。勿論、お連れの方々も一緒に――』


 ここで、セフィーア、ユウ、フェルミの三人の視線を向ける男。その瞳が好色そうな輝きを宿すまで、ものの数秒もかからない。


 それを察した聡一は内心で唾を吐く。

 使者である男がこれなのだから、その主とやらの器が知れるというものだ。

 恐らく、碌な昼食会にはなるまい。

 彼が自分達を昼食に誘ってきた理由など最初から見当は付いているが、このままホイホイ昼食会に参加した暁には、標的が自分ではなく、彼女達に向いてしまう可能性も十二分に有り得る。


「申し訳ありませんが、お断りします」

『なっ!?』


 にべもなく断る聡一の態度に、焦る使者の男。


『お、お待ちください! 我が主はクレスティア皇国のとある伯爵とも深い繋がりが――』


 取り繕うように自分の主が誰なのかを述べようとするが、既に眼中にはない。


 背を向けてその場を後にする聡一に続き、セフィーア達もさっさとホールを去るのだった。


 ◆◆◆


 自分が起きているのか、それとも夢を見ているのかすらわからない。

 思考が定まらず、四肢の感覚もない。

 確かなのは、底なし沼に嵌っているかのような酷い倦怠感だけ。

 視界が利かず、暗闇が身体に絡みつく。


 ベルナスはそのまま自分が冥府の闇に引き摺られていくのではないかと、漠然とした恐怖を覚えた。

 それと同時に、脳内の霞みが晴れていくように少しずつ頭が冴えてくるのを自覚する。


 そして、次に襲い来るのは敗北感と度し難いほどの憎悪。


 決勝時の記憶は曖昧だが、自分は徹底的に打ちのめされ、結果、負けた……それだけはハッキリと理解できる。


 こんなハズではなかった。


 薬を売ってきた闇商人は、軽い興奮と服用時の記憶障害が発生するとしか言っていなかった。こんなに副作用が酷いとは聞いていない。


 ……まんまと騙されたのか。


 悔しさから無意識に歯軋りしそうになり、顎に力が入った瞬間、激痛が奔る。

 どうして自分がこんな目に――恥辱と屈辱が綯い交ぜになり、頭がおかしくなりそうになる。

 今頃は勝利の栄光という美酒に酔いしれながら、彼女を貰い受けていたハズなのに。


 ソーイチ・オノクラ……奴さえ、奴さえいなければ……!


 魂を焼き尽くすかのような憤怒が、奈落の底から這い上がってくる。

 これまで、望む物は如何なる手段を用いてでも全て手に入れてきた。

 そんな自分が、生まれて初めて"焦がれた物"を……奴は奪っていった。


 憎い。


 憎い!


 奴が憎い!!


『いい顔だ』


 ――誰だ!? 


 まるで頭蓋に直接思念をぶち込まれているような……人の抗う意志を根こそぎ奪っていく、どこまでも暗く冷たい男の声が脳内に響いてくる。


『悪いが、貴様の心を少し覗かせてもらった。……心地良い憎悪だ。このままギルドに始末させるのは惜しい』


 心を覗く、そんな芸当など見た事も聞いた事もない。だが、語りかけてくる男の声音から嘘を感じることはできなかった。


 ――貴方は……誰だ……?


 まるで酒を飲んだあとの酩酊状態のように、視界が利かない闇の中で世界が回っている。

 凄まじく気持ち悪い感覚だ。


『ふん。私が誰かなど、今はどうでもいい事だ』


 男はベルナスが発した問いには答えず、芝居掛った口調で言葉を紡ぐ。


『それよりも私の下僕になれ。さすれば、貴様は今置かれている窮状から無事に脱することができるだろう』


 ――この僕がお前の下僕に? 冗談も休み休み言え!


 相手の正気を疑うような突然の要求に、抑えようのない怒気がこみ上げてくる。


『お前を負かした男に復讐したいのだろう? ならば私に従え。それともギルドの牢屋の中で、醜い糞虫として一生を過ごすか?』


 ――くそっ


 ……男の言うことは正しい。このままベッドの中に籠っていても、待っているのは破滅のみだ。

 今の自分にある金、名誉、地位。その全てを剥奪され、挙句の果てに臭い飯しか食えなくなるなど、到底耐えられるものではない。


 それだけに、男の言葉には抗い難い魅力が存在した。


『憎き敵を葬れるだけの圧倒的な力が欲しくないか?』


 ――欲しい


『欲しい物を文字通り力尽くで奪えるだけの力が欲しくないか?』


 ――欲しい


『これまでの何不自由ない暮らしに未練はないと、本当にそう言えるのか? こんなくだらない結末に不満はないのか?』


 ――僕は……あの男に復讐できるチャンスがあるのならば、悪魔にでも魂を売ってやる!


『ならば、私に従え』


 それは悪魔との契約。


 自らの誇りを売り、ベルナスは力を手に入れる。


 男はいったい何者なのか、ベルナスを下僕にして何をさせたいのか疑問は尽きない。


 だが、ベルナスにとって細かい事など最早どうでもよかった。


 聡一を葬り去り、セフィーアを力尽くで手に入れる――彼の望みは、それだけだった。


『ふふ……交渉成立だ。今この瞬間から貴様は私の物になった。よって、約束通り我が女神の名のもとに、力をやろう』


 男がそう言い終えた瞬間、身体の芯に気体のような、若しくは液体のような、得体の知れない何かが流れてくるのを感じた。

 その何かは心臓に集約すると、血液が循環するように全身を隈なく巡っていく。

 鳥肌が立ち、今まで感じた事のない快感にも似た高揚感が心を満たしていく。


 ……気がつくと、見慣れぬ一室のベッドから天井を見上げていた。


『おい、奴の意識が戻ったみたいだぜ』

『マジかよ、どうなってるんだ? さっきまで何の反応も――』

『いいから、誰か諜報部に連絡してきなさいよ。あたしはこのままこの人の治療を続けておくから』

『俺も諜報部の連中って苦手なんだよな……ここはサテーヌスに任せた!』

『あっお前ら卑怯だぞ! ここは公平に――』


 騒ぎ始める治癒魔道士達には構わず、ベルナスは指先から腕、足の動作を確認していく。


 ――身体は……動く……。


 ならば。


 カーテン越しに言い争いを続ける魔道士達の目を盗みつつ、ベルナスはベッドの脇のテーブルに置かれた自分の装備から徐に長剣を掴み取った。

 全身ズタボロの重傷者が、満足に身体を動かせるとは考えてもいなかったのだろう。所持品の管理がずさんであったことに、思わずほくそ笑む。


 そして――


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