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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第44話  金髪碧眼の狂人

「ヒャハア!!」


 ベルナスの喉から発せられる奇怪な叫び。その声音に含まれるのは、興奮と愉悦。残虐且つ短絡的な思考。欲しいものを奪い取るために、立ちはだかる憎き敵を殺す……それに尽きる。


(速いな……)


 聡一は次々と息つく暇もなく繰り出される斬撃の数々を受け流し、かわし、捌き、いなす。

 危なげなく相手の攻撃を処理していくが、それも集中力が持続する間だけの話だと、冷静に分析する。

 ベルナスの斬撃はそのどれもが愚直なまでに真っ直ぐであり、速く鋭い。その速さは聡一のツヴァイハンダーによる振り下ろしの斬撃の速度をも凌ぐだろう。重さに関していえば、さすがにグリアズには及ばないものの、中堅の冒険者程度なら一太刀で両断できそうな力を備えている。


 それでも、聡一はつまらなそうに鼻を鳴らした。


 確かにベルナスのブロードソードによる破壊力は脅威的だが、それだけである。


 いくら剣閃が速くても、構えからの予備動作に何のフェイントもなく、ただ我武者羅に剣を振り続ける――その程度の攻撃に手傷を負わされる程、温い修練を積んではいない。


 正直な感想をいえば、この程度の腕で災害レベルと恐れられる竜種(ドラゴン)を倒せるのか、という疑問すら残る程だ。まぁまだ数える程しか見てないので何とも言い難いところではあるが。

 これまで出会ったのは災害レベルであるアルバクランチとグリアズのみであるからして、それらを基準に考えてしまう自分の視野が狭いことくらい自覚している。だから、聡一はそれ以上深くは考えないことにした。考えても詮無いことだ。


 聡一はベルナスの攻撃を受け流しつつ、適当なタイミングで剣を払った。


 思わぬ方向に力を流され、ベルナスは大きく体勢を崩す。その様子はまるで、剣を握り始めたばかりの素人が熟練の剣士に軽くいなされたかのようでもある。


 決してランクS-の冒険者が晒していい醜態ではない。


 これではランクA-のロシーグより弱いではないか――眉を顰めつつ、聡一はベルナスの懐に難なく入ると、その腹部に重い拳打をめり込ませた。

 拳は金属の鎧を叩いただけだが、衝撃はしっかりと内部へ送っている。


「ぐげっ」


 蛙が潰れたような声でベルナスが呻く。衝撃で空中に身を浮かせたことから、その威力の大きさが窺い知れるだろう。


 どんなに身体を鍛えた人間でも、内臓へ直接送られたダメージは防ぎようがない。


「おやすみ」


 聡一は軽い調子でそんな台詞を呟いたあと、呼吸が儘ならず地に膝を着くベルナスの頸椎に、躊躇いなく手刀を叩き込んだ。


 的確に脳を揺さぶられ、ベルナスは為す術無く白目を剥いて倒れた。


『………………』


 ――唐突な終わりに、観客も司会者も、誰も口を開かない。


 最初こそ派手な剣戟で周囲を沸かせたものの、それも1分も続かず、トドメは手刀による一撃……決勝戦の幕切れにしては、余りにも呆気ない。


(しまった……もう少し魅せるべきだったかな)


 唖然とした空気が漂う闘技場内において、それを今更ながらに察した聡一は罰が悪そうな表情を残し、足早にバトルフィールドを立ち去ろうとする。


 そこへ――


「――ッ!?」


 心臓を突き抜けるような殺気に全身の筋肉が反応した。


 鼓膜に痛みさえ齎す、鋭く激しい金属音がバトルフィールドを揺らす。


「はぁ!? なんで!?」


 到底人間が成し得たとは思えない膂力に吹き飛ばされた聡一は、受け身をとって流れるような動作で体勢を立て直した。

 咄嗟に身体を後方に跳躍させ、腕に伝わる衝撃を緩和させたからいいものの……まともに受け止めていたら、剣を真っ二つに折られていたかもしれない。


 ……そんなことなどどうでもいい。


 得体の知れない腕力以上に、聡一は眼前に立つ金髪碧眼の男自体を信じられないといった面持ちで凝視した。


「ひひ、ひぃひひ!」


 ベルナス・フォン・アビゲイン――同性の誰もが羨むような整った容姿を持つその男は、口から惜しげもなく涎を垂らしながらも、真っ直ぐに聡一を捉えていた。何が可笑しいのか、気色悪い薄ら笑いを浮かべている。


「あんた……なんでまだ立っていられるのか、是非とも教えてくれないかな?」

「いひ? ひっひひ……」


 何時になく表情を硬くする聡一の問いに、ベルナスはただ笑うだけで何も応えない。

 こうなっては、言葉が通じているのかすらも怪しい。


 はっきり言って、異常極まりない。


 このまま戦闘を続行していいのか、助け船を乞うように聡一はバトルフィールドの外でこちらの様子を窺っている係員――すなわち、ギルドナイトに視線を向けた。


 だが、彼らも判断に迷っているようで、何やら複数人集まって会話している。


「ヒャアアアアッ!!」


 最早、常人が出すとは思えない奇声をあげてベルナスが突っ込んできた。正気とは思えないベルナスの動きは先程よりもさらに速くなっている。


「さっきより速い――ッ!」


 聡一は、余計な思考に意識を割く余裕がなくなったことを頭の隅で悟った。


 とりあえず、今の状況を維持する方向で考えを纏め、剣を再び構える。


 雷光のような身のこなしから繰り出される、あからさまな殺意を乗せた一撃――異音が耳朶を叩き、鋭い衝撃が掌に痛みと痺れを与えてくる。


 金属を研ぐような音をたてて、ベルナスのブロードソードが聡一のツヴァイハンダーの刃を削っていく。

 互いの力が拮抗し、ギチギチと両者の剣がその身を削り合う。


 聡一は頃合いを見計らって、剣を噛み合せたまま、相手の力を受け流すように身を引いた。

 唐突に抵抗する力が無くなり、ベルナスは勢い余って前のめりにつんのめる。

 すかさずその後頭部に、聡一の回し蹴りが綺麗に炸裂した。


「――ぶぎっ!」


 地面と派手にキスを交わしたベルナス。普通ならば、根こそぎ意識を刈り取られ、このまま病院送りにされるハズである。


「ひ、ひゃはっ!」


 しかし、頭部と口から派手に流血しながらも、ベルナスは何事もなかったかのように起き上った。


「……」


 聡一は無言のまま、ベルナスが剣を構え直す前にその喉元へ掌底をめり込ませた。目にも留らぬ早業である。


 人間、喉に打撃を喰らえば、一時的にだがその激痛により呼吸ができなくなる。それは即ち、激しく身体を動かす戦闘中に置いて、酸素の欠乏を招き、意識の昏倒を招く……予定であった。


 だが、ベルナスは数歩後ろによろけながらも、けたけたと壊れた人形のように笑うだけだ。呼吸に異常をきたしている様子はない。


 はっきり言って、ありえない。


 聡一はベルナスの異様な打たれ強さに疑問を抱きつつも、攻撃を続けた。


 大剣と拳を駆使し、ありとあらゆる部位に的確なダメージを与えていく。

 それからしばらく、聡一はベルナスの剣を弾いては痛烈なカウンターを見舞う"作業"を続けるが、いくら攻撃を喰らわせても、ベルナスは全く痛みを感じていないかのように起き上った。


 倒れ、起き上っては飛び掛かり、再び倒れ、起き上っては飛び掛かる光景は、さながら動く死人を連想させる。


 その常識の範疇を超えた闘いに、観客たちは背筋を這い回るような怖気を感じた。

 最早、これは決勝戦などという甘美な響きを伴う闘いではない……と、その場の誰もが考えを改めたのは当然というべきだろう。


「ヒャハ!」


 銀光が舞台で踊る。

 聡一は冷たく目を細め、飛び散る火花の向こうで涎をまき散らすベルナスを見据えた。


「……なぁあんた、何か"使っちゃいけないモノ"を服用してないか?」

「ひひ!」


 初対面の頃と今の彼では、色々なモノが欠けている。


 動きは異常、でも単純。意思の疎通も不可能。何より、涎を垂らしながら笑い続ける人間をまともと言える理由はない。


 ここまでして、この大会に優勝したかったのか。

 それともセフィーアを手に入れたかったのか。

 若しくはその両方か。

 どちらにしろ、ベルナスという人間が、清楚で端正な外見とは裏腹にとんでもなく汚い輩であることは理解できた。


 そこで、聡一は何かに気付いたかのようにハッと息を呑む。


「まさか、準決勝であんたの対戦相手が姿を見せなかったのは……」

「……」


 言葉が届いたのかどうかはわからない。ただ、剣を打ち合わせるその向こうで、眼球を血走らせたベルナスの口元が吊り上がるのを、聡一は確かに垣間見た。


「――お前ッ!」

「ヒャアァァハアァァ!!!」


 叫ぶ聡一の怒気に呼応するかのように、ベルナスはそれはもう愉快そうに奇声をあげた。


 自分の頭から溶岩が噴き出すかのような錯覚を覚えながらも、聡一は純粋な腕力で強引にベルナスの体勢を崩す。


 弾かれたように大きく後ずさるその隙を逃さず、聡一は真正面からその顎を蹴り上げた。


 ベルナスは首が千切れ飛ぶのではないかと思うほど頭部を後ろに仰け反らせ、その身を宙に浮かせる。

 綺麗に整っていた顎の骨が砕け、歯が纏めて欠けていく様をその眼に焼き付けながら、聡一は大会初戦で見せた貼山靠を遠慮なく、相手の無防備な胴体にぶちかました。


 解放された力が空気を重く鳴動させる。それはまるで、大砲が発する衝撃にも似ていた。


 ミーレの時とは威力が違う。悲鳴を漏らす余裕も与えない強烈な一撃だ。さすがに殺すつもりはないが、しばらくは身動き一つ取れない身体になることは間違いない。


 弾丸のように吹き飛び、出鱈目に地面を跳ねていたベルナスの身体がバトルフィールドの外縁部ぎりぎりで止まる。


 打ち捨てられたガラクタ人形の様相を呈しているベルナスはぴくりとも動かず、傍目から見て、とても生きているようには思えない。


『な、なんてこった!!』


 慌てた係員がベルナスの生死を確認しようと動き出すが、その歩みも唐突に止まる。


「ひ、ひひっがはッ……ひゃは……!」


 血を吐きながらも、ゆらりと幽鬼のように立ち上がるベルナス。


『……に、人間じゃない』


 その光景を間近で見たギルドナイトは、彼の常軌を逸したオーラを感じ取り、顔色を真っ青に変色させた。


「ひひっ……げほっ……ひっ……」


 ふらふらと覚束無い足取りながらも、ベルナスは一歩ずつ聡一に近づいていく。


 引き摺られた剣先が地面を削っていく音が、空しく闘技場に響く。


「……」


 襤褸(ぼろ)雑巾の如く、満身創痍のベルナスを聡一はその場から一歩も動かずに冷めた瞳で眺め続けた。


 そして、十分に近づいたベルナスが豪快に剣を振り上げ――


「ヒャアアアアア!!!」


 ――自身の勝利を確信したかのような雄叫びをあげて、そのまま仰向けに倒れた。


 ◆◆◆


 チカチカと白と黒に瞬く視界。

 ベルナスは自身の意識が朦朧としているという自覚すらなく、剣を引き摺って聡一の元へと歩いていく。

 何の構えも見せない彼の姿から、抵抗するだけの体力すら残っていないのだと勝手に判断し、愉悦に身を震わせた。


 自慢のブロードソードであの不愉快な顔面を叩き斬る。それだけで、己が望む全てが手に入る。


 そう思うと、笑いが止まらない。


 だが、何故だろう。最初の頃に比べて身体が重い気がする――ベルナスは麻痺した思考の片隅で自問する。


 まぁどうでもいい。

 もうすぐ……もうすぐ彼女が手に入る。

 忌々しい守護者(ガーディアン)気取りを斬り伏せて、それで終いだ。


 聡一の元へと辿り着いたベルナスは、剣を振り上げた。


 ……しばらくして、ガラス越しに音を聞くように歓声が耳に届き始める。


 それら全てが自分に向けられたものと勘違いしたベルナスは、自身が地面に倒れていると自覚することもなく、満足げに意識を失った。


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