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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第43話  薬物ダメ。ゼッタイ。

 準決勝、第二試合。


 ベルナスは控え室にて、静かに座して出番を待っていた。

 試合開始時刻はとうに10分を過ぎている。


 係員達が何やら慌しく動いているようだが、それは労力の無駄だ。


 いくら待てども対戦相手が姿を現すことはないだろう……既に手は打ってある。


 何が起こったのかと観客席からのざわめきが大きくなっていくのが手に取る様に理解でき、ベルナスは口の端が持ち上がりそうになるのを抑えた。


『失礼致します。大会運営の者です』


 そこへ、運営からの伝言を届けにきたらしい男性のギルド騎士がやってくる。


『只今、第二グループの覇者であるラース・オルガン氏の到着を待っているのですが、一向に姿を見せないのです……。お待たせして大変申し訳ありませんが、今しばらく御辛抱ください。あと5分待っても闘技場に来られなかった場合は、不戦敗として処理させていただきますので』


 言いにくそうに伝言を述べるギルド騎士の顔には疲労の色が濃く出ていた。恐らく、方々で走り回っているのだろう。

 それを少し気の毒に思いながらも、ベルナスは努めて見た目爽やかな笑みを作った。


「お疲れ様です。了承したとお伝えください」

『恐れ入ります。貴方の不戦勝が決まり次第、そのまま決勝戦を行うとのことです。ですので、そのまま待機を願います』


 頭を下げてからギルド騎士は颯爽と駆けていった。ベルナスの了承の意を急いで伝えに言ったのだろう。

 大変そうだと他人事に思いながら、ベルナスはいそいそと懐から綺麗に折りたたまれた茶色い包み紙を取り出した。


 掌に納まる程度の小さな包み紙は、よく医薬を梱包する際に用いられている物だが……。


(ブーストピル……こんな物に頼ることになるなんて思わなかったが、背に腹は替えられない)


 ベルナスは思い返す。


 聡一とロシーグの試合は、予想通りに聡一の勝利で幕を閉じた。

 これまで掠り傷一つ負わなかった彼の頬に傷を付けただけでも、ロシーグは十分に健闘したといえるだろう。

 たとえ、相手が聡一ではなくロシーグであったとしても、苦戦は必至だったかもしれない。


(おのれ……忌々しい害蟲め。セフィーアは僕の物だ! 僕だけの所有物なんだっ!!)


 ギリギリと握る拳に力が入る。できることなら、この手で直々に聡一をくびり殺してやりたいとすら思う。

 だが、今はそんな非現実的なことを考えている余裕はない。

 メルキュリオ大陸の禁制品に指定されているドーピング薬……これを服用するからには、絶対に勝たなくてはならないのだから。


 ブーストピル――持ち得るありとあらゆる伝手を利用し、何人もの仲介人を通してようやく手に入れた代物である。

 その効果は新陳代謝を含めた、あらゆる身体能力を飛躍的に向上させるという劇薬だ。副作用として少しばかりの興奮と理性の欠如が起こるらしい。効果が切れた後のしばらくの間は激しい倦怠感、全身筋肉痛が付き纏うことになる。

 中毒性はないとのことだが……。


(構うものか)


 深くは考えず、ベルナスは門を開閉係として傍らで待機しているギルド騎士の目を盗み、予め用意しておいた布製の水筒に薬を流し込むと、一気に中身を呷った。


『――残念ながら、準決勝第二試合は諸事情によりラース・オルガン氏が闘技場にお見えにならなかった為、ベルナス・フォン・アビゲイン氏の不戦勝となりました。これより、予定を繰り上げて決勝戦を開始致します』


 外から司会者の声が聞こえてくる。諸事情……その一言が耳に届き、ベルナスは影で笑った。


 さすがに全て予定通りとはいかなかったものの、後は聡一を試合にて負かせばそれで万事解決である。


 この際、皇国での地位はどうでもいい。一刻も早くセフィーアを我が物にし、心行くまで抱きたい。その美しい肢体に自分の臭いを染み込ませたい。


 どこまでも汚く醜い欲情が、ベルナスの野獣の如き心を掻き立てた。


 ◆◆◆


『さぁとうとう冒険者達の誇りを懸けた個人戦も終わりを迎えます! 早速、栄えある選手を迎えましょう! 赤ゲートオープン! オッズにて歴代最高の数値を叩き出したソーイチ・オノクラ!』


 気合いの入った司会者の声。それに呼応するように観客達の緊張はどこまでも高まっていく。

 赤コーナーの門が開かれていき、聡一がその姿を衆目の前に現す。


『Fランクという低位の冒険者でありながら、その卓越した戦闘技巧を陳腐な褒め言葉で飾ることは冒涜というもの! 初戦から良い意味で観客を裏切り続けた無名の英雄(ヒーロー)! 多くの空前絶後を巻き起こしてきた彼ですが、最後の最後で歴史に名を残すことはできるのでしょうか!?』


 ――音の津波が鼓膜を襲う。


 聡一は反射的に耳を塞ぎかけたが、なんとか堪えて僅かに顔を顰める程度で済ませた。

 初戦の頃とは歓声の大きさに雲泥の差がある。それだけ認められたのだということなのだろう。


 事実、今この場にいる観客の中で、初戦時のように聡一の実力を疑う者はいない。


 誰もが到来するかもしれない歴史的瞬間をこの目で見ようと、その胸を期待と興奮で満たしている。


 聡一は観客に応えて、軽く手を振ってみせる。

 元から大きかった歓声は爆発的な勢いで大きくなり、さらには少なくない黄色い悲鳴まで混じり始める。


「――むふっ」


 ここだけの話、ちょっとだけ気分が良くなったのは内緒だ。


『続きまして青ゲートオープン! ベルナス・フォン・アビゲイン! 準決勝を不戦勝により勝ち上がるという少々不名誉な出来事に見舞われましたが、彼にはあのモータルグルームを単独で討伐してみせたという確固たる実績があります! 生きる伝説を葬ってみせたその実力をこの決勝戦にて存分に発揮してもらたいものです!』


 聡一に向けられたものと比べて、負けず劣らずの歓声が闘技場を震わせる。

 主に女性からの声援が男性のものを上回っているが、別に男性陣から不人気というワケではないようだ。

 実力、地位、名誉、容姿……そのほぼ全てが備わっている彼は、女性陣からすれば大層魅力的なのだろう。


 多くの観客達に見守られながら、ベルナスはゆっくりとバトルフィールドの中央に歩いていく。


 そこで、ベルナスの姿を肉眼で捉えた聡一は、彼の容姿に違和感を覚えた。


 どういうワケか、大会以前と比べて体格が――より正確にいえば、肉付きが良くなったように見える。


 大会直前に相当な訓練を積んだのだろうか?

 それにしては少々常識の範疇を超える肥大率のような気がする……。


 聡一は何気なくベルナスを観察しながらも、異世界には異世界なりのルールがあるのだろうと思い直し、気にしないことにした。

 これまで幾つもの"非常識"を目の当たりしてきた聡一であるからして、最早何がどうこの世界にとって"非常識"なのかすらも区別がつかない。


 ここまで来て、目の前にいる相手の姿形に疑問を持っても仕方ないことだ。


 何かしらルール違反をしているのなら、審判あたりが止めに入るだろう――と、聡一は楽観的に考える。


『第189回アンレンデ武芸大会個人戦にて、夢のSSランカーへの切符を手にするのは果たしてどちらなのか……目が離せません! ――双方構え!』


 聡一はツヴァイハンダーを構え、ベルナスを正面から直視する。そこで、ふと彼と目が合った。

 虚ろ……とでもいえばいいのだろうか。控えめに表現するならば、夢心地。ハッキリ言うならば、死んだ魚の目。

 どことなく覚束無い足取りの彼を見て、トリップという言葉がこれほど似合う状態もないに違いない。


「えっと、調子悪そうだけど大丈夫?」

「……ひひ……ひ」


 何となく心配になったので声をかけてみるも、返ってきたのは壊れたラジオの雑音にも似た、不気味な笑い声だけ。

 最初に出会った時に抱いた美丈夫という感想が、現在進行形でガラガラと音を立てながら崩壊していく。

 今のベルナスにはとてつもなく病的な……何かしらの中毒症状にも似た雰囲気が見受けられる。


「これって審判に言った方がいいのかな?」


 誰に尋ねるでもなく、自分自身で整理をつけるように呟く聡一だったが、結局は放置することにした。

 仮に試合が放棄されたとして、後でゴネられて振り出しに戻るのも嫌である。

 何より観客達が納得しないだろう。既に準決勝の第二試合が中止になったばかりだというのに、さらにはメインディッシュの決勝戦にまでその波が及べば、興醒めもいいところだ。


 2年に一度のビッグイベントにて、つまらないシチュエーションで決勝戦を閉めるのも勿体ない。……これはあくまで聡一の個人的な意見だが。


「ま、恨みっこなしでよろしく」

『――始め!』


 最後にベルナスにそう語りかけたところで、戦いの火蓋が切って下ろされた。


 ◆◆◆


 視界がぼんやりとして、思考が定まらない。脳みそに薄い膜が張られたような、そんな不快感。

 だが、それにも増して気分が高揚する。今なら、生きた伝説とも謳われるSSランカーでさえ葬れそうな気がする。


 自分に不可能はない――そんな戯言も"今だけ"は信じることができる。


(ブーストピル……素晴らしい薬だ……これは素晴らしい)


 同じ結論にしか至らない自分の理性に疑問を持つことすらなく、ベルナスはふらふらと熱に浮かされたようにバトルフィールドへ歩みを進めた。


 ――気が付けば、怨敵が目の前にいるではないか。


 ソーイチ・オノクラ……障害であり、害蟲であり、邪魔者である彼が何やら話しかけてきているようだが、ベルナスの耳には届かない。


「……ひひ……ひ」


 泉のようにどこまでも沸き上がるこの力さえあれば、奴も一息で捩じ伏せることができるハズだ。

 二度と自分に刃向かう気が起きないように、念入りに痛めつけなくてはならない。

 要は殺しさえしなければいいのだ。それさえ守れば、腕を斬り落そうが、足をもぎ取ろうが、目を抉ろうが、耳を引き千切ろうが自由である。


 本人が降伏してしまえばそれまでだが、そう簡単にはさせてやらない。

 まずは声を出させなくする為に、咽喉を潰そう。そうしよう。


 自分に痛めつけられて、為す術無く地に伏せる聡一の姿を想像し、ベルナスは恍惚と口の端を歪めて笑った。


 身体能力の上昇に合わせて、感情の高まりすらも暴走気味に増幅されていることにも気付かない……否、気付けない彼は、脳裏にあらゆる理想を滅茶苦茶に描きつつ、剣の柄に手を掛けた。


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