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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第42話  鞭剣の使い手

 今日は個人戦の最終日であり、それぞれのグループの覇者が優勝を掛けて争うことになる。

 オッズの表示はされていない。投票券の売買は昨日の第四グループの覇者が決まった時点で終了している。

 つまり、今日は純粋に試合を観戦する以外に何かあるというワケでもないのだが、腕自慢の冒険者達の雌雄を決する日であるというだけに、集客数は今までとは段違いであった。


 特に、大会唯一のFランクでありながら、初戦で優勝候補の一角を破り、危なげなく第一グループを制覇した聡一には観客達から多大な期待が寄せられている。


『これより、アンレンデ武芸大会個人戦、準決勝第一試合を開始致します!』


 司会者の大音声が会場内にエコーを残して響き渡る。それを合図として、赤と青、両方の鉄扉が重い軋みを上げながら開かれていき、2人の選手がバトルフィールドへ歩を進めた。


 1人は第一グループ覇者である聡一。もう1人は第四グループの覇者であるロシーグ・ヴァンデストリ。


 両者は指定の位置にて静止すると、じっと睨み合うように互いを見据えた。


 ロシーグは節操のない態度でセフィーアを物にしようと企む男であり、聡一がこの大会に出場する原因を作った元凶である。当然ながら、両者の間には悪い印象しか存在しない為、慣れ合うこともない。


 興奮する観衆の熱気とは裏腹に、バトルフィールドは凍える冷気にも似た闘気が早くも相手を牽制し合っている。


「自分で仕向けといてなんだが、まさか本当にてめぇとぶつかることになるとは思わなかったぜ」


 ツヴァイハンダーを鞘から抜く聡一を見つめながら、ロシーグは軽く口笛を吹いた。その言葉は本心なのか、声音には感心した響きが混じっていた。

 その表情に初対面時の相手を小馬鹿にするような雰囲気はない。恐らく、聡一のこれまでの試合を全て観戦していたのだろう。


「ご託はいいから、さっさと始めるぞ。こっちはお前の他にも相手にしなきゃならない奴がいるんだ」

「おいおい、人の台詞を勝手に奪うなよ」


 へらへらと笑いながらロシーグは武器を引き抜く。その特殊な刃の構造は、相対する者に例外なく緊張を齎す。

 邪剣術――正統派剣術に対する圧倒的な有利を手にする為に磨かれた、文字通りの剣術である。真っ向からまともにやり合おうとすれば、苦戦は必至だ。


 だが、どのような戦術にも弱点というものは必ず存在する。正統派の邪道して生まれた剣の類は特にそれが顕著であり、その比類なき戦闘力を存分に振るえるのは実質的に初見の相手のみ、それも奇襲に限られるのがほとんどとなる。

 それ故に一撃必殺――邪剣の使い手に敗北は許されない。二重の意味で、同じ相手と相対することはないのだ。


 聡一は既にロシーグの武器である鞭剣の性能を知っているので、その点に関していえば有利であると言えよう。


『――始め!』


 試合の開始を宣言する司会者の声が響き渡り、戦いの火蓋が切って落とされた。


 先手必勝――聡一は利き足に力を込めて、強く地面を蹴る。姿勢を出来る限り低く保ちながら、バトルフィールドを風のように駆けた。


 鞭剣の間合いは聡一のツヴァイハンダーを大きく上回る。距離を空けての様子見は分が悪い。

 ただし、その一撃は広範囲に及ぶだけに隙が大きく、小技も利かない。

 一度懐に入ってしまえば、こちらのものだ。


「かかっ! 大胆だなオイッ!」


 歯を剥き出して笑うロシーグは、凄まじい勢いで距離を詰めてくる聡一を迎え撃つ。


 叩きつけるように上から振り下ろされる鞭剣の刃は出鱈目に光を乱反射させる。

 傍目から見て、まるで長大な光の剣のようだ――が、それも見た目だけの話である。


 予備動作が大きいだけの単純な振り下ろしなど、聡一にとっては取るに足らない技でしかない。


 冷静に、身体一つ分だけ横に移動して斬撃を避ける。


 対戦相手の予想通りの行動にロシーグは笑みを浮かべたあと、鞭剣の柄を持つ手首にスナップをかけた。


「――ッ!」


 強烈な悪寒が背中を這いずり、聡一は咄嗟に身体を投げ出すようにして横に飛び退った。

 

 ……その影を"地面を跳ねた"鞭剣の刃が切る。


 受け身を取りながら素早く体勢を立て直す聡一を見て、ロシーグは軽く驚いた顔を見せた。


「へぇ、よく避けたな。場数を踏んだ奴ほどよく引っ掛かるもんだが……」

「だろうね」


 瞬時に刃を引き戻したロシーグは素直に称賛するが、聡一からすれば冷や汗ものである。


 地面に叩きつけられて力を失うと思っていた鞭剣が、まさかそのまま軌道を変えて襲ってくるとは思いもしなかった。

 ……これは完全に油断していたと認めざるを得ない。


 ――鞭剣の特徴は斬撃の範囲の広さと剣にも鞭にもなる汎用性、さらには訓練次第でその刃の軌道を自在に操作できることにある。


 達人であればあるほど大袈裟な運動を嫌い、必要最低限の行動で相手の攻撃を捌こうとするが、鞭剣使いにとってはそれこそが"最高の好機"となるのだ。


(こいつは思った以上に厄介だな。さて、どうやって対処したものか……っと!)


 思考を巡らしていた聡一は、己の反射神経に従ってその場から跳んだ。


 次の瞬間、聡一の右腕を刈り取らんと迸った銀光が地面を削る。


 横に避けるとそのまま刃が追尾してくるので、身の安全を保つにはとにかく鞭剣の攻撃範囲が及ばない後方に跳躍するしかない。


 だが、避けてるだけではジリ貧である。


 ……実のところ、ロシーグの体力が尽きるまで鞭剣を避け続けることも可能であるといえば可能なのだが、それではさすがに芸がない。


 そこで聡一は再び振り下ろされた鞭剣を敢えて横に大きく跳んで避けた。


「もらったぜ!」


 当然の如く、ロシーグは鞭剣を撓らせて追撃にかかる。


(かかった!)


 聡一は自らに迫る横薙ぎの斬撃を前に、大剣を豪快に地面に突き立てると、剣の柄を支点にして軽業師のように身体を空中へ躍らせた。


 標的を仕留め損なった鞭剣の刃が、火花を散らしながらぐるぐると大剣の刃に巻きつき、絡まっていく。

 ロシーグもそれに気付いて慌てて鞭剣を引き戻そうとするが、既に手遅れだ。


「マジかよッ!?」


 まさかの行動でメインウェポンを無力化されてしまったロシーグは焦燥から顔を歪める。その様子を見て、聡一は勝利を確信……


「……なぁんてな」


 ――できなかった。


 ニヤリと強気に笑うロシーグの左腕が素早く振るわれる。その瞬間、服の袖に隠されていた小型の鞭剣が飛び出した。


 聡一は宙で身を翻すと、咄嗟に胸元の鞘に収めていたエルフの短剣を抜き放ち、投げつける。


 甲高い金属音が響き、投擲した短剣は鞭剣の刃に当たって遠くまで弾き飛ばされるが、その軌道を逸らすことに成功した――それでも完全には防ぎ切れず、聡一の右目の下を掠めていったが。

 しかし、線でしか捉えられない斬撃を不安定な空中において的確に迎撃してみせた聡一の技量は、ロシーグを精神的に追い詰めることに成功する。


 自身の不利を感じ、後方に跳躍したロシーグと入れ替わる様にして、聡一がフィールドに着地する。

 だが、一息吐いている暇などない。流れた血が地面に落ちるより先に、再び地を蹴った。


「ちっ!」


 ロシーグは、半ば反射的に鞭剣を振るう。後方に跳躍しながらの体勢では横薙ぎに振るうのが精一杯であり、聡一はそれを前転で避けた。


 素早く体勢を立て直したあとは姿勢を前に倒しながら、ロシーグの顎を打ち抜かんと右腕を脇に添える――そこで、鉄を弾いたような音を鼓膜が拾った。


「――ッ!?」


 それが何か考え、目で捉えるよりも先に、僅かな空気の鳴動と引き絞ったようなロシーグの殺気に身体が反応した。

 右肩あたりを狙って放たれた"それ"を、聡一の左手が掴み取る。


 掌に残されたのは、先が鋭く尖った小さな鉄の棒だった。


 攻勢から強引に守勢に転換させられ、足を止める聡一。完全に好機を失ってしまった。


 ロシーグは聡一が足を止めた隙を逃さず、大きく距離をとることに成功すると、苦虫を噛み潰した顔で言った。


「"隠し矢"を素手で掴み取るとか、化けもんかよ」


 吐き捨てるように罵るロシーグの右腕には大きな手甲が装着されている。先端に小さな穴が見えることから、何やらカラクリを仕込んでいるらしい。


「暗器……」


 そう呟いた聡一の頭上に再び鞭剣が振り下ろされる。


 だが、メインウェポンと違い、服の袖に隠せるサイズのそれは範囲が圧倒的に狭い。それに加え、鞭剣独特の軌道にも慣れてきた。


 聡一は容赦なく振り下ろされる鞭剣を避けようとはせず――


「な、バカな!?」


 先端だけを見切り、その刃を両の掌で捉えて捕獲する。そのまま刃を離さず、ロシーグのもとへ駆ける。


 ロシーグも負けじと鞭剣を引き寄せようとするが、距離が詰まり、たるんでしまって動かない。


 ……これがさらに熟練した鞭剣使いだったら、また別の手で迎え撃っただろうが、今まで懐に入られることがなかった彼にこの状況を打破するだけの力量はない。

 鞭剣の扱いをある程度まで極め、条件が整えば格上の魔物すら討ち取れるようになってしまった結果だ。


「クソが!」


 為す術無く懐に入られてしまい、ロシーグは膝に括り付けていた短剣を咄嗟に抜くが、それよりも早く聡一の飛び蹴りが側頭部に叩き込まれた。


 重い衝撃が直に脳天へと突き抜け、意識を根こそぎ奪っていく。


「……がっ」


 下半身から力が抜けたかのように両膝を付いたロシーグはそのまましばらく意識を保とうと抵抗していたが、やがて力尽きて崩れ落ちた。


『勝負あり! 勝者はソーイチ・オノクラだー!』


 司会者が聡一の勝利を宣言し、歓声が轟いた。観客は皆沸き立ち、惜しみない拍手と称賛が贈られる。


『この時点で、ソーイチ選手の準優勝が決定しました! Fランクの出場者が準優勝まで上り詰めたことは過去にありません! このまま優勝を飾り、武芸大会の歴史に是非とも名を残して欲しいところですね!』


 聡一は軽く手を振って応えると、ツヴァイハンダーとエルフの短剣を回収してバトルフィールドから立ち去った。


 最後に、意識を失って治癒魔道士達に介抱されているロシーグに振り返る。


 この先、きちんと修練を積めば、彼は必ずや大陸に名を轟かせるような冒険者になることだろう。

 本人にその気があるかどうかは定かではないが、あのまま"出来損ない"でいさせるのは何だか勿体ない気がした。


「ま、どうでもいいか」


 兎にも角にも、これで鬱陶しい輩が1人消えた。残るはベルナス・フォン・アビゲインのみである。


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