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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第40話  黒糖剣士

 大会開始から約2時間。既に7人の勝者と7人の敗者が決定し、会場を沸かせていた。

 冬の寒さなどとうの昔に忘れ去られ、会場にはますます熱気が滾っていくと共に、空気の温度も止まることなく上昇していく。

 そんな中で、聡一の名前が記載されている第一グループの第八試合が幕を開けようとしていた。これが終われば、第一グループは折り返しを迎える。


『これより、第一グループの第八試合を始めます! まずは赤ゲートオープン! オッズ38.8という驚異的な数字を叩き出している今大会のダークホース! ――ソーイチ・オノクラ!』


 司会者の台詞に合わせて、バトルフィールドに続く鉄扉が重々しく開かれる。

 隙間から徐々に入り込んでくる日の光。その眩しさに目を細めると同時に、視界を埋め尽くす無数の観客の期待に満ちた眼差しが聡一の身を射抜く。

 

 歓声と拍手が巻き起こり、音の波となって闘技場を揺るがした。


『続きまして青ゲートオープン! 女性らしい小柄な体躯はハンデにあらず。レイピアと盾を用いた堅実な戦いぶりは誰もが認める熟練の領域! 前大会の準優勝者にして今大会の優勝候補の1人――ミーレ・レルクル!』


 青ゲートの鉄扉が開いていき、ミーレが姿を現す。彼女に送られる歓声と拍手は、聡一のものよりも格段に大きい。


 出で立ちは青色の軽装鎧による全身防備のタイプ。だが、ヘルムは被っていないようで、日に焼けてより黄金色に近くなった金髪のボブカットを惜しげもなく晒している。

 主装備は、女性でも扱いやすいよう工夫して作られたらしいレイピア。それから、使い込まれていると一目でわかるバックラーの2つ。


 ミーレは四方八方の観客達に手を振りながら、バトルフィールド壇上の指定の位置に立つ。男性と女性双方から人気があるらしく、先程から黄色い悲鳴が絶えない。


「初めまして。お互い、悔いが残らないように闘いましょう――……?」


 そこまで言って、ミーレの表情に戸惑いの色が浮かんだ。何かしら違和感を感じたのか、その青い瞳で聡一を捉えると、足元から顔へとゆっくり移動させていく。


「何か?」

「……いえ、何でもないわ。ごめんなさい。良い試合になるといいわね」


 ミーレは取り繕うように笑顔を浮かべるが、その瞳はそれまでなかった冷徹な輝きを帯びている。


 なるほど、準優勝というのは伊達ではないらしい。優れた観察眼だ、と聡一は素直に感心した。


『両者出揃いましたところで、早速始めたいと思います。――構え!』


 司会者の言葉に従い、ミーレが腰のレイピアを抜いた。しかし、聡一は背中のツヴァイハンダーを抜くことなく、分かり易いファイティングポーズをとることで臨戦態勢をアピールする。つまりは無手である。


 観客達から非難めいたざわめきが巻き起こった。


 それでも無手の姿勢を崩そうとしない聡一の態度に、ミーレは侮られていると感じたのか、言葉に若干の棘を混ぜて言う。


「どうしたの、剣を抜きなさい。背中に背負ってる物は飾り?」

「……」


 聡一は応える代わりに黙って左手を翳し、人差し指を上に向けると、勿体ぶった動作でくいくいっと何度か曲げた。


「――貴方……ッ」


 その行動の意味を理解したミーレは、端正な顔に血を滾らせて怒気を露わにする。


『――始め!』


 試合開始の宣言よりも僅かにフライング気味に、ミーレが地を駆けた。


 軽装とはいえ、金属の鎧で全身を固めているにも関わらず、その速さは尋常ではなかった。身軽なスカウトに劣らないどころか、それすら凌駕しかねない脚力である。


「私が女だからって、侮らないでほしいものね――ハッ!」

「……!」


 全力疾走の勢いを上乗せした横薙ぎの斬撃を聡一は屈んで避けると、反撃としてミーレの足を刈り取るべく下段蹴りを放った。


 それを読んでいたミーレは後方に跳躍して距離をとり、盾を構えながら相手の出方を待つ。

 初手はただの小手調べに過ぎない。だが、今ので対戦相手の実力がどれ程のものであるかは大体把握できた。


 ――彼は強い。


 やはり自分の直感は間違っていなかったと、ミーレは目付きを鋭くする。


 基本的に相手から繰り出されてきた攻撃を捌き、反撃するスタイルを主とする彼女は"待ちの姿勢"に定評がある。

 そんなミーレが先制を仕掛けたのは彼女なりの宣戦布告だったのだが、聡一はわかっているのかいないのか、傍目から見ても隙だらけのゆったりとした動作で立ち上がった。


(この人……私が仕掛けないことを知って、わざと?)


 ――だとしたら、完全に舐められている。


 怒りで沸騰しそうになる頭に自制を掛け、ミーレは再び駆けた。

 今度は広範囲技である薙ぎ払いではなく、一点突破の突きによる攻撃を仕掛ける。


 聡一は冷静に軌道を見極めると、胸に目掛けて一閃される剣先を仰け反るようにして回避し、そのままバック転をくり返して体勢を立て直す。


「嘘でしょう!?」


 大剣という重量武器を背負っている対戦相手から、バック転などという軽業師のような体術を見せられるとは思ってもみなかったミーレは、自身の驚愕を無自覚に声に出してしまった。


 だが、その程度で勝負を捨てるほど惰弱な精神はしていない。


(これは、手の内を読まれる前に一気に決めないと負ける――ッ!)


 ミーレは一旦レイピアを胸元へ引き戻すと、深く息を吸った後に呼吸を止めた。

 彼女から溢れていた殺気が鋭利になり、凝縮されていくように剣先に集中していく。

 先のことは考えない。

 ここで"勝負を決める"べく、ミーレは意識を研ぎ澄ました。


「……ッ!」


 聡一の背に悪寒が奔った次の瞬間――目にも止まらぬ怒涛の連続突きが繰り出された。


 一つ一つが必殺の威力を持っていながら、それが同時に3、4本も突き出されている印象である。それほどまでに速かった。非殺傷用のキャップを付けているとはいえ、喰らえばただでは済まない。


 ……しかし。


(なんで当たらないの!?)


 何万、何十万と繰り返し鍛練してきた自身が持てる最強の技を、目の前の対戦相手は事もなげに捌いていく。

 グローブの甲にプレートでも仕込んでいるのか――剣先を弾き、受け流し、時には逸らすといった動作を危なげなくやってのけるのだ。


 ミーレはその光景が信じられなかった。


(……悪夢だわ)


 呼吸は完全に止めているので、身体が徐々に苦しくなっていく。この技を凌がれたら最後、過剰な無呼吸運動の代償が待っている。その後には自分の敗北しか残っていない。


 ――心の揺れは肉体の隙となって現れる。


 技の自然停止を待つまでもない。


 聡一は迫るレイピアを素手で掴んで強引に止めた。


「え?」

「――隙あり」


 聡一は手刀でレイピアの刀身を叩き折ると、腹部に膝蹴りを喰らわせる。


「あぐぅっ」


 堪らず、ミーレは悲鳴をあげて片膝を着く。動揺を悟られ、反撃を受けたのだと即座に理解したミーレは、言いようのない悔しさを感じて歯噛みした。


 その間に聡一は一度大きく後方に下がると、そこで地面を蹴って、再び距離を詰めにかかった。


「――ふっ」


 彼女の間合いから大股で三歩分離れた位置で跳躍すると、空中で上半身を捻り、下半身を追従させて、横回転の遠心力を乗せた蹴脚を放つ。


 ミーレは聡一の蹴りを盾で受け、その衝撃に呻いた。まともに受けてしまったが最後、そのまま流せるような生易しい技ではない。


「くっ……!」


 両足に力を入れて、持っていかれそうになる上半身を支える。その結果、聡一が跳躍した距離と同じ分だけ地面を滑る羽目になった。


 バトルフィールドに残された自分の靴底の跡を見て、ミーレは愕然とした気持ちになる。


 もし盾を構えていなかったら左腕を容易く折られていたであろう、恐ろしいまでの威力を内包した蹴脚――本職の格闘家も当然この大会に出場しているだろうが、これほどまでの蹴りを繰り出せるかは怪しいものだ。


 聡一は動けないでいるミーレに再度接近し、開いた距離を詰めた。


 ミーレは体勢を立て直すことを諦め、咄嗟に折れたレイピアを突き出す。


 聡一はそんな彼女の懸命な反撃を冷静に屈んでかわすと、腰が低い姿勢から背中を見せた。


「――え?」


 対戦相手の意味不明な行動に理解が追いつかず、思わず声を漏らす。ミーレは頭の隅の冷静な部分で、間抜けな一言だと自嘲した。


 気付いた時には懐に入られており、そして、ミーレは直感した。


 もう数えるのも馬鹿らしいほど経験してきた死線の数々。それによって培われてきた勘が囁く。


 ――自分はここで負ける、と。


 次の瞬間、圧倒的な破壊力を内包した"何か"が鎧を貫通して肉体を穿った。


「……かはっ!」


 何度も地面を跳ね、ようやく身体が止まる――これが貼山靠の名を冠する、とある拳法の奥義であることをミーレが知ることはない。


 薄れゆく意識の中で見た聡一の顔は、まるで自分が痛みを受けたかのように歪んでいた。


「なんで……勝った貴方がそんな顔するの……?」

「……」


 聡一は何かに耐えるように硬い顔をしたままミーレを抱きあげると、そのままバトルフィールドを後にする。


 ミーレは聡一に抱えられながら、自分の対戦相手のことを想う。


 女を殴った程度でこんな顔するとは、なんて甘い人だろう――と。


 試合に出るということは、傷を負う覚悟があるということ。男だろうが女だろうが、そこに違いはない。


 自分の勝利を誇ることなく、寧ろ申し訳なさそうに顔を俯けている聡一の態度は、敗者に対する礼儀としては最低の部類に入る。


 だけど――


(……悪くない気分だわ)


 前回の決勝戦はご飯をお腹いっぱいに食べ過ぎたせいで腹痛に見舞われ、棄権してしまっただけに悔しい思いをした。

 だからこそ、今回こそはと気合いを入れていたのだが、まさか初戦敗退とはミーレにとっても観客達にとっても想定外である。


『ま、まさかまさかの勝者、ソーイチ・オノクラだー!!』


 まさかを二度ものたまうとは、失礼な司会者だとミーレは他人事ながら思った。……裏を返せば、それだけ自分が期待されていたという意味でもあるだけに、申し訳ない気分でもあるが。


(それにしてもこの人、見た目によらず力あるのね……)


 全身鎧である自分の身体を軽々と抱える聡一の膂力がどこからくるのか不思議に思いながら、ミーレは意識を失った。


 ――その後、聡一は事もなげに第一グループを制覇してのけた。


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