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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第39話  アンレンデ武芸大会開催!

 季節は冬真っ只中。だが、大陸の南に位置するここアンレンデに訪れる冬は他国に比べて最低気温の基準が高い。


 それも僅かな期間のみであり、一年のほとんどを温暖な気候の元で過ごせるこのアンレンデは、一種の避寒地としても有名だった。


 そんな冒険者ギルド唯一の所有地にして世界で唯一認められた自治区は、今、真冬にも関わらず大勢の人々の熱気によってその薄ら寒い外気温を暖めんとしていた。


 雲ひとつない青空は穏やかな大海原の如く。時折吹く微風も人々の体温を攫っていくには力不足である。


 眩しい太陽が、大空に広がる青色をこれでもかと際立たせる……聡一は空をぽけーっと見上げながら、ふとこんなことを思った。


 ――本日、晴天なり。


「何をぼんやりしているのですか? 皆さんに置いていかれてしまいますよ」

「――! っと、ごめんごめん。今行くよ」


 ホテルの自室の窓際で寛いでいた聡一は、くすくすと微笑するフェルミの声に意識を浮上させた。


 部屋を見回すと、他の皆は既に支度を整えて部屋を出てしまったらしい。個人戦、団体戦問わず大会参戦登録者は専用の席を用意され、終日フリーで出入りできる。まぁ個人戦の予選敗退で出場権を失ってしまった者はこの限りではないが。


 ……だというのに、随分と急ぐものだと聡一は苦笑した。


 といっても、世界中の人間が腕自慢の猛者達の勇士を一目見ようと、挙って一堂に会するというのだから、皆の気が急いてしまうのも無理ないことだろう。

 聡一のいた世界と違い、娯楽と呼べる物が極端に未成熟なこの世界では、この手のイベントは大陸に住む人々にとって非常に重大な祭典という認識で間違いはないハズだ。


「オリンピックみたいなものか?」

「おりんぴっく……? なんです、それ?」

「あ、いや。ふとこんな言葉が思い浮かんだんだけど、何て意味だったか思い出せないんだ」

「そうですか……記憶、取り戻せるといいですね。私も微力ながらお手伝いさせていただきます」

「ん、ありがとう。頼りにしてるよ」


 仲間に吐いた嘘を、さらなる嘘で塗り固める。そのことに罪悪感を抱くが、こればかりはどうしようもない。


 なるべく余計な事を考えないように努めながら、聡一はソファの脇に掛けておいた漆黒の外套を手に取ると、勢いよく羽織った。外套の上からツヴァイハンダーを背負い、フェルミに笑いかける。


「準備完了っ! いざ参らんってね」

「はい」


 アンレンデ武芸大会において、最初に執り行われるのは個人戦である。計64人集められた出場者達は4グループに分けられ、1日目は第1グループと第2グループ、2日目は第3グループと第4グループ、個人戦最終日となる3日目はそれぞれのグループの覇者が優勝を掛けて争うことになる。


 今日は大会初日である為、最初に出場者のグループが発表された後、第1と第2の試合が開始される。

 

 自分がどのグループになるかは大会当日まで発表されないので、個人戦に出場する全ての冒険者は他人の試合に興味がなくても、この日だけは必ず闘技場まで足を運ばねばならない。

 グループ分けが大会当日に発表される理由は、他者による事前の妨害の阻止と所謂八百長を防止する為である。


「ソーイチさんはどのグループになるんでしょうね?」

「さぁねぇ。でも、できれば第1がいいな」

「どうしてです?」

「後々のタイムスケジュール管理が楽になるからねー」


 お気楽な聡一の返答に、フェルミは驚いた様子をみせた。


「まるで緊張した様子がないのはさすがですね……」

「いやいや、もう緊張しちゃってしちゃって、心臓バクバクだよ。なんなら触ってみる?」

「そうなんですか? では、失礼して――って全然普通じゃないですか!」


 聡一の左胸に手を当て、その鼓動を感じ取ったフェルミは自分が騙されたと知り、頬を膨らませる。


「あ、バレた?」

「もうっ」


 あっけらかんと笑う聡一をフェルミは睨みつけるが、厳しい視線もすぐに消えて一緒に笑いだした。


『ソーちゃーん! フェルミー! 置いてくよー?』


 遠くから自分達を呼ぶユウの声にハッとした2人は、お互いにペロッと小さく舌を出すと、駆け足で仲間たちの元へと向かった。


 ◆◆◆


 大会参加者としての肩章を付けている聡一達は、一般の入場者達とは違う入り口に通され、専用の観客席に腰を下ろした。


 そこで聡一は闘技場のあまりの広さに目を丸くした。過去に何度か東京ドーム内でプロ野球の試合を観に行ったことがあるが、闘技場の広さはそれを一回り、もしくは二回りも大きくしたような広大さである。敷地の規模が桁違いの為、目測では限界を感じざるを得ない。


「ふわぁ……広過ぎ」


 ユウは何かもう呆れるやら感心するやら中途半端な表情をしているが、彼女が発した短い台詞はこの場にいる全員の心情を的確に吐露していた。


「こんな馬鹿みたいに大きい闘技場なんか作って、維持費とか大丈夫なのかね?」

「そこは世界中に需要を持つギルドだし、お金の面は大丈夫でしょ。港があるおかげで、物の流通も活発だし。……国家に属さない自治区の肩書きって便利ね」


 聡一とセフィーアは互いにどうでもよさそうに会話しながら、闘技場内を見渡した。


 開会式までまだしばらく時間があるのだが、所々に設けられている観客席と中央ホールに通じる出入り口からは次々と濁流のように人が溢れ出し、一向に止まる気配を見せない。


 さらには特等席と思われる最上段の観客席にも、仰々しい衣服を着用したどこぞのお偉いさん方が集まり出している。


 なんというか、もう途方もない集客数だった。


 ギルド本部で日々厳しい戦闘訓練に明け暮れているギルド騎士の連中も、この日ばかりは闘技場の係員として、てんやわんやと観客達を誘導している。本当にお疲れ様としか言いようがない。


 ふと目を離せば大混乱に陥りそうな雰囲気の一般席と違い、普通に落ち着いている専用席では早くも売り子が商売を始めていた。


 売っている品物は大きなソーセージや焼き鳥といった軽食に、各種ジュースやアルコール飲料である。どちらも冷めていたり、温くなっていそうで買う気にはなれないが。


「売り子さーん! こっちこっちー!」


 と思いきや、買う気まんまんのユウが満面の笑顔で売り子を呼んだ。すぐさま客の元に駆けつけた売り子は見事な営業スマイルを浮かべてみせる。


 そこでフランク2本と焼き鳥1本、エール酒を頼むユウを仲間達は呆れた様子で眺めた。これが小腹が減るような時間帯なら誰もそんな眼差しを見せることはないが、つい先程ホテルで朝食をたんまり食べていたとなれば話は別である。


 とはいえ、誰かが美味しそうに傍で食事をしていれば、それに釣られてしまうのが人というものであるからして……。


「一口ちょーだい」

「いいよん。はい、あーん」


 作りたてなのか、それとも食べ物を収めていた容器に魔法が掛けられていたのかは知らないが、予想と違ってホクホクと湯気をたてるフランクをユウは楽しそうな顔で差し出してきた――既に齧られて三分の一程欠けているが、そんなものは関係ない。


「なんか熱そうだね」

「あ、ソーちゃん猫舌だっけ? じゃあフーフーしてあげる」


 ユウがふー、ふー、と息を吹きかけ、少し熱を冷ましたフランクに聡一は遠慮なく齧り付いた。部屋で食べれば大して美味とも思えないであろうそれは、何故だかこういう場で食すと美味しく感じられるものなのだから、人間の味覚とは不思議だ。


 ――何故だか周囲の冒険者達から殺気を含んだ眼差しを感じるが、それはどうでもいいことであろう。


「……そろそろ始まるみたいよ?」


 どこか声音が低いセフィーアがそう言った瞬間、ファンファーレが鳴り響いた。一般客の誘導も一通り終わったようで、まだ疎らに移動している人が見受けられるものの、ほとんどの観客は大人しく席についている。


『――会場にお越しの皆々様、大変長らくお待たせ致しました。これより第189回アンレンデ武芸大会の開会式を執り行います』


 開会式の合図により、観客達が静まり返っていく中で、司会者らしい若い男性の声が闘技場を包み込んだ。


『つきましては、大会における最高責任者であらせられるギルドマスターより挨拶がございますので、皆様ご静聴ください』


 十中八九、魔法による声の拡声と思われる音量が観客の鼓膜を震わせるなかで、闘技場内に威厳をたっぷり含んだ老人の厳かな声が響いた。


『今日は朝早くからよく集まってくれた。伝統あるアンレンデの武芸大会を今年も開くことができたのは、ひとえに皆の協力があってこそ。今日から大会終了までの1週間、日々の重責を忘れ、思い思いにこの祭典を楽しんでほしい』


 壇上に立つギルドマスターに、予選の時に見せた好々爺の雰囲気はない。今あるのは、一国を束ねる王といって差し支えない貫録を備えた、1人の英雄の姿である。


『そして大会に出場する冒険者諸君、この祭典の期間内はランクの上下など関係ない。皆等しく高みを目指す同士である。互いに己の誇りを懸けて戦い、願わくば戦友として交友を深めてほしい――以上だ』


 この闘技場に集まった全ての観客がギルドマスターの言葉を噛み締める。その静寂を破るように、司会者が声を張り上げた。


『只今をもって、第189回アンレンデ武芸大会の開催を宣言致しますっ!』


 豪雨のような拍手喝采が巻き起こる。この熱狂の前には、この地で安らかに眠っている死者の魂も目を覚ますのではなかろうか。


『えー、バトルフィールド上空に本日行われる個人戦の第一グループ、及び第二グループ出場者のトーナメント表を表示致しますので、エントリーされている冒険者の方はご確認くださいますようお願いします』


 次の瞬間、闘技場内の中央に巨大なシャボン玉のようなもの――映水球が出現した。表面の波紋が治まってくると同時に、徐々に投影されたトーナメント表が浮かび上がってくる。


 自分の名前がないか探す聡一が見つけるより先に、ファスティオが言葉を発した。


「ソーイチの名前を見つけたぞ。第1グループの八試合目だ」

「おっ、第一グループか。珍しくラッキー!」


 ロシーグとベルナスの名前はないので、第3か第4グループに紛れこんでいるのだろう。


 見事に第1グループに分けられた聡一は望み通りの結果に上機嫌な笑みを浮かべるが、何やら笑いを堪えているらしいファスティオの態度に眉を寄せた。


『それから、名前の下に表示されている数字はその冒険者のオッズとなります。投票券の売買は今から1時間で締め切りますので、夢を見たい紳士淑女の皆様はお早めに購入するようにお願い致します――が! 初日で人生を棒に振らないように、賭け金はほどほどにしてくださいね? 間違えても全財産を賭けるなんて無謀な真似をしてはいけませんよ? お兄さんとの約束だ!』


 妙にテンションの高い司会者はどうでもいいが、彼が放った台詞は聞き捨てならない。


 オッズなどという、元の世界でも一度として関わったことのない言葉に眉を顰めた聡一は、自分の名前の下に書かれた数字をまじまじと見つめた。


【ソーイチ・オノクラ ―― ミーレ・レルクル】

【  38.8    ――    3.5  】


「……あ?」


 事態を理解していくにつれ、剣呑な目付きになっていく聡一。


 観戦にするにあたり、見ても面白くない一方的な試合にならない為の予防策として、出場者のランク制限や推薦制度、予選をギルド側は設けていたのだが……それにしては、あまりにも酷過ぎる倍率である。

 ある意味、これは侮辱といっても過言ではない。

 事実、聡一の次にオッズが高い者でも15.2なのだから、これがどれだけ『オメーの優勝ねーか゛ら゛!!』とギルド側が断言しているか、底なしの阿呆でもわかるというものだ。


『38.8ぃ!? なんだありゃ、どう考えてもハズレじゃねぇか!』

『あれに金賭ける馬鹿なんていないだろ……』


 観客達の感想も尤もである。


 だからこそ、仲間達は実に嬉しそうな表情に加え、ありったけの期待を込めた瞳で彼を見つめた。


「これって見たまんまの倍率だから、よろしく。あっ、ちなみに私達全員、手持ちの全財産賭けるつもりなので、もしソーイチが負けたらほぼ一文無しになります」


 投票券の賭け金は最低で白銀貨1枚からなので、仮に聡一が負けても青銅貨だけは残る。だが、パーティの財政という面で、この先の旅が絶望的な状況になるのはいうまでもない。


 聡一は、新しい短剣を買って貰った時にファスティオが言っていた『すぐに元は取れる』という台詞の意味をようやく理解した。


「――ちょっ!?」


 馬鹿な真似はやめろと目線で訴える聡一だが、セフィーアは軽くスルーする。


「だから、絶対に負けないで? まぁそんなのはありえないってわかってるケド……一応、ね? 私、ソーイチのこと信じてるから」

「……ハイ」


 なんでだか、妙に笑顔が怖い――だが、その圧力を含んだ笑みの中で、"試合負けた時のお仕置き"を考えさせる恐怖ではなく、もっと別の……"至極単純な怒りの感情"が垣間見えた気がしたのは、果たして気のせいだろうか。


 ――何はともあれ、こうして2年に1度の大祭典である武芸大会は幕を開けたのであった。


 ◆◆◆


「ねぇセフィ、さっきからなんか機嫌悪くない?」

「……別にそんなことない」

「そんなことよりも先程は勢いで頷いてしまいましたが、私達全員が手持ちの全財産賭けるって話……冗談ですよね?」

「――? そんなワケないでしょ?」

「「えぇー!?」」

「冗談ではなかったのか」

「当たり前。そんなことしたら、私達の為に本気で試合に臨んでくれるソーイチが可哀想じゃない。……ただでさえ、ソーイチは望んで大会に出たワケじゃないんだから」

「「「………………」」」

「だから、ソーイチの誠意には私達なりの誠意で返すの。これが人としての礼儀でしょう?」

「その割には脅迫的且つ金銭感覚がぶっ飛んでるような気がするけど、まぁ正論かな。……ていうか、そもそもソーちゃんが負けたら、セフィはあいつらのどっちかに【ピー!】された挙句【ピー!】されちゃうワケだし、お金なんて最初から問題じゃないか」

「……ソーイチがあんな雑魚2人に負けるワケない!」

「足が震えてるぞ、セフィーア」


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