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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第37話  冒険者ギルド本部

『貴様は……貴様は……アリア・ベクティム!!』


 脅えた犬が威嚇して吠える様をその身で再現するかのように、煩く喚き立てるクロスボウ使いの襲撃者。その後ろで囮役……恐らくこの襲撃者達のリーダーと思われる男も苦虫を噛み潰したかのような顔を露呈していた。


「……煩い。……いちいち興奮しないでほしい」


 左耳を抑えながら鬱陶しそうに目を細めるアリアは、力なく剣を持つ腕を下げたまま襲撃者二人を睥睨する。


 聡一は突然の乱入者に畏縮している隙を突き、素早く身を起こすと短剣を構えた。


「……いい動き」

「そりゃどうも――っと」


 殺気を感知した聡一は反射的にその方向に振り向くと、アリアに向けて放たれていたスローイングナイフを平然と人差し指と中指で挟んで止める。


『くっ邪魔をするな!』


 血が溢れる右肩を放置したまま唇を噛む男は落ちていた剣を左手で拾うと、一気に距離を詰めて振り被った。

 両利きは暗殺技能の基本であるからして、利き手による有利不利は関係ないのだろうが、襲撃者は敵との実力差において、自分が圧倒的不利な立場に置かれていると理解しているハズだ。

 それなのに再び襲いかかってくるとは、殺された仲間の仇討とでもいうつもりなのか……だとしたら、お粗末な愚考である。暗殺者としては二流以下といえよう。


 聡一は自然体のまま身構え、どうやって無力化しようか黙考する。生かしたまま捕らえ、何故自分を狙ってきたのか聞き出さなければならない。


『がはっ』


 しかし、そんな聡一の配慮もアリアによって無慈悲に撥ね退けられてしまった。


 横合いから両者の間合いに割って入ったアリアは振り下ろされた剣を簡単に受け流すと、返す刃であっさりと斬り伏せる。


 正面からの斬り合いは得意ではなかったらしく、袈裟懸けに胴体を斬られ、血を撒き散らしながら倒れていく男。

 聡一は一連の光景を愕然とした面持ちでただ眺めることしかできなかった。


 仲間の最後を見届けたリーダー格の男は、冷たい瞳でアリアと聡一を見据えながら憎々しげに言い放つ。


『任務は失敗した。撤退する』


 その言葉と同時に男は懐から紙筒の玉を取り出すと、聡一とアリアの前に放り投げる。

 軽い破裂音と共に白煙が舞い上がり、空き地全体を覆う。


「……煙幕」


 アリアはハンカチで口元を押さえながら、気配の行方を追った。

 リーダー格の男とクロスボウ使いの男はそれぞれ反対方向に逃げたらしいが、それもすぐにわからなくなる。気配の消し方はさすが暗殺者というべきだろう、見事なものだ。


 聡一も襲撃者達の気配が消えると同時に溜息を零す。その視線は4つの死体に向けられていた。


「――何も殺す必要はなかった」

「……」


 思わず漏れてしまった呟きに答えることなく、アリアは剣を鞘に収めた。

 それで我に返った聡一は若干慌てつつも言葉を紡ぐ。


「あー……危ないところを助けてくれてありがとう。おかげで命拾いしました」

「……気にすることはない」


 淡白に返され、会話が続かない。どうしようかと悩んだ聡一はとりあえず自己紹介することにした。


「えっと、俺の名前は聡一、姓が御野倉。君も冒険者?」

「……私のこと、知らないの?」

「え? うん」


 僅かながらに意外そうな顔をするアリアに、質問の意味がわからず聡一はきょとんと首を傾げることしかできない。

 アリアは興味深そうな瞳で聡一をみつめると、改めて名前を名乗る。


「……アリア・ベクティム、冒険者。……アリアでいい」


 常に無表情なので何を考えているのか読みにくいが、とりあえず無愛想というワケではないらしいことにホッとする聡一。

 そのまま寂れた空き地を見渡し、放置された亜麻袋を発見する。


「そうだ! 子供!」


 自分が何の為にここまで誘い乗ったのか、その大本の理由を失念していたことに気付き、内心で舌打ちする。

 急ぎ亜麻袋を開放し、中身を確かめる。

 紐を解いた聡一と後ろから覗き込むアリアの視界に飛び込んできたのは、大量の乾草だった。やはりというべきか、それらしく模しただけの偽物(フェイク)だったらしい。


「――子供じゃなかったのか……よかったあ」

「……」


 予想していた最悪の事態が回避されたことで、気が抜けたように深く息を吐く聡一と、その背をじっと見つめるアリア。いつもと変わらないその無表情を彼女の弟子が目撃したならば、驚愕から言葉を失っていただろう。


 徒労だったことに対して悪態を付くのではなく、徒労でよかったと安堵する彼の性格に、アリアは好感を覚えた。


「……そーいち……ソーイチ――うん、ちゃんと覚えた」

「呼んだ?」

「……あなたの名前を復唱して覚えてただけ。気にしなくていい」

「そっか」


 先程よりもアリアの雰囲気が柔らかくなっていることを察した聡一は軽く微笑んでから立ち上がり、そのまま自分が走ってきた方向を見返す。


「それにしても、よくこんな入り組んだ場所まで来れたね。いつからついてきてたの?」

「……袋を担いでた男が貴方を尾行してたときから」

「――マジで?」


 それを聞いた聡一は「信じられない」と言外に叫ぶように表情を形作った。彼女が言っていることはつまり、襲撃者との鬼ごっこが始まる前から尾行され、最後の最後まで全く気付けなかったという意味なのだから。


「……あなたを見掛けたのは偶然。でも、あの男が怪しいっていうのは一目見てわかったから、放っておけなくてついてきた」

「なるほど……いや、ホント助かった。アリアが来てくれなかったら今頃殺されてた」


 聡一は醜態を晒してしまった照れ臭さと最後までアリアの存在に気付けなかった悔しさを滲ませた複雑な表情を浮かべながら、頭を掻いた。


「これでも気配を感知する術には長けてる方だと思ってたんだけどな……上には上がいるってことか。あー……もっと経験積まないと」

「……あなたに気付かれないように尾行するのは、とても苦労した。魔物を相手に隠れんぼしてるほうがずっと楽」

「ははっお世辞が上手いなぁ」

「……むぅ……私はお世辞なんて言わない」


 顔には出ていないものの、言葉の上に若干の不満を乗せるアリアに笑いかけながら、聡一は彼女に抱いていた印象を修正した。

 敵を容赦なく斬殺しておきながら、微動だしなかった無表情――そんな第一印象から相当冷たい性格をしているのかと思っていたが、実際はそんなことはなく、意外と感情の動きは豊かのようである。


 そんなことをぼんやりと思っていたら、ギルド放送が鳴り響いた。


『ぴんぽんぱんぽーん! 毎度お馴染みギルド放送じゃ。第189回アンレンデ武芸大会個人戦予選終了まで、残り1時間を切ったぞい。皆の者、気張りたまえよ~!』

「あ、忘れてた」


 面倒だ……と聡一は顔を顰めた。


 命の危機に晒されたのはこれが初めてではないので、精神的にはまだ余裕がある。だが、やはり馴れようと思って馴れるものではないので厳しいことには変わりない。

 聡一からすればこのままホテルに帰ってベッドにダイブし、気分を落ち着けたいところなのだが……。


「煩わしいな……」と聡一は疲れたような目で呻いた。


 わけもわからないうちに暗殺未遂と殺戮劇に巻き込まれ、心情的にはお遊びに付き合う気分でもないが、この予選には己の本戦出場権も懸っているからして、ここで投げ出すわけにもいかないのが辛いところだ。


「……ソーイチはまだ予選の最中。後のことは私に任せて、もう行ったほうがいい」

「でも、アリアだけに全部任せるのはさすがに気が引けるよ。そもそも当事者は俺なんだし」


 ――2人同時に、視線を物言わぬ襲撃者達へと向ける。


 結局、何の目的で襲われたのかすら謎のまま。過去に人間から命を狙われた件といえば、セフィーアを慕うあまり忠誠心を暴走させた私兵部隊の連中から『斬り捨て御免』されそうになった程度しか覚えがない。

 今回のように暗殺者を雇われ、入念な作戦のもと、命を刈り取りにこられるとは夢にも思わなかった事態である……いや、一応は想定していたといえばしていたが、まさか現実のものになるとは露程も考えていなかった。

 聡一は改めてこの世界の厳しさを垣間見た気がした。


「……ここに残ってたら、事情聴取の為に間違いなくギルド騎士(ナイト)に連行される。……そうなったら予選どころじゃなくなるけど、いいの?」

「うっ、それは困るなぁ……」


 お互いに出会った直後の硬さはなく、自然に会話を弾ませる2人だったが、いつまでも目の前の死体を放置しておくワケにもいかない。

 アリアは地面に落ちていたスカーフを拾うと、埃を落として聡一の首に巻き付けた。


「……大丈夫。私はこれでもギルドに顔が利く」

「いや、だけど――」


 あくまで渋い顔をみせる聡一に、アリアはほんの微かに唇の端を持ち上げながら言った。


「……もう、ソーイチは頑固。なら、私からの貸し。これで納得して」

「うーん、君がそこまで言うなら……。じゃあ、後は任せた」


 アリアから真っ直ぐに瞳を見つめられ、気恥ずかしさから顔を逸らすようにそれだけ言うと、聡一は踵を返す。

 そのまま空き地から立ち去る前に、ふと振り返って言った。


「アリア。今度お礼がしたいんだけど、どこに宿取ってる?」

「……んー……教えてあげてもいいけど……色々と面倒な事になるから、会うなら別の方法がいい」

「別の方法?」

「……簡単なコト。ソーイチが"本戦"を全部勝ち抜いてくればいいだけ」


 ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた――ような気がしたアリアを見つめながら、聡一は困ったように笑った。


「それハードル高過ぎない?」

「……あなたなら跳び越せるはず」


 何故大会を勝ち抜けば会えるのかはわからないが、大方アリアも参加者として登録しているのだろうと勝手に当たりを付ける。

 まだ実力の片鱗しか見ていないが、それだけでも震えが奔る程の強さだというのは身に染みて理解している――彼女が個人戦に出場するのなら、優勝も容易く狙えるであろうことも。


「――随分と買ってもらってるようで恐縮だね」


 肩を竦めながら言う聡一に、アリアは軽く手を振って返した。


「……大会頑張って。会いにきてくれるの、待ってる」

「まぁ期待に添えるよう、努力はしてみるさ」


 アリアは今度こそ背を向けて去り行く聡一を見送ると、スペースバッグから野宿用の毛布を取り出してそれぞれの死体に被せた。

 さすがに死体に使用した毛布を回収する気にはなれないので、帰り際に新品の購入を決める。

 弟子はもう帰宅済みかどうか考えながら、アリアはふと空を見上げた。


「……ソーイチ・オノクラ……か」


 ふわりと舞う髪を押さえながらぽつりと呟かれた言葉は、風に乗って大空へと消えていく。

 そこにどのような感情が込められていたのか……それは本人にしかわからない。


 ◆◆◆


 ギルド本部とは、大陸に存在する全ての冒険者ギルドを一手に束ね、管理、運営する機能を持った施設である。


 各地のギルドから得られた情報は全て本部に伝達され、整理されていく。

 当然ながら、大陸中の情報を処理する為、その人員数は他のギルドの100倍程の差があり、必然的に建物の大きさもそれに見合うだけの規模を誇るのは言うまでもない。

 さらには冒険者ギルドが誇る精鋭、ギルド騎士(ナイト)の人材育成もここで行われており、専用の訓練施設、宿舎を含め、土地の広さも相当なものになっている。


 内部は一切の機密扱いとなっており、何かしら情報を引き出そうとする間者には制裁が下る。

 

 だが、如何に冒険者ギルド本部といえども、最もありふれた業務――すなわち、冒険者に対する依頼の斡旋は当然ながら行っているので、そこまで閉鎖的というワケでもなく、アンレンデの顔としても立派に機能していた。

 ただ、やはり本部は本部。地方のギルドによくあるフランクな雰囲気はなどはなく、人員や内装を含め、良くいえば厳粛……悪くいえば堅苦しい空気に包まれているのは致し方ないだろう。


 纏めると、斡旋所を内包した最も多くの人員が出入りする建物が本館。部署別による業務フロアや会議室が存在し、ここの最上階にはギルドマスターの執務室がある。2階の関係者しか立ち入れないフロアにある扉の先はギルド騎士専用のエリアとなっており、宿舎や訓練施設などが乱立している。


 本館から右にある渡り廊下の先――別館Aには、下位食堂やトーレニング施設、冒険者同士による模擬戦専用のバトルフィールドが備わっている。主に低ランクから中堅ランクの冒険者専用ともいえる施設であり、結果多くの冒険者達が利用することになるので、それなりに混雑している。


 別館Aとは反対、本館の左にある渡り廊下の先にはAランク以上の冒険者のみ立ち入ることを許されている別館Bが存在する。主な施設の内容は別館Aとほとんど同じだが、設備はより高級にアレンジされているのが特徴であり、専門のマッサージ師によるトレーニング後の充実したアフターケアと、上位食堂と呼ばれるギルドの幹部も好んで利用する高級レストランが売りとなっている。


 さて、ここまで長々と説明したワケだが、聡一は今現在、本館の一階にいた。その理由は単純明快、無事にスカーフを守り通した冒険者はギルド本部へ出頭するように放送を通じて命じられ、それに該当する聡一が渋々ながらも従った結果である。


「ふーん……4階まで吹き抜けになってるのか。凝ってるなぁ」


 円形状の壁際をゆったりと昇っていく階段と、この世界の建物の構造としては珍しい中央の吹き抜けがとても印象的な内装だ。

 ここに初めて足を踏み入れた者は皆一様に内部の景観に目を奪われ、しばし呆然とするのが通例となっているが、そこは聡一。元の世界を基準にして考えれば、この程度の建造物など驚くに値しない。

 住民と思しき人間や冒険者達で混み合うその空間は、役場にも似た雰囲気があった。まぁこのアンレンデの街は国家ではなくギルドが管轄しているので、当たり前の光景といえばそれまでだが。

 ただ、双方がごちゃ混ぜにならないように、しっかりとスペースを区切ってあるのは良い配慮といえるだろう。


『冒険者ギルドへようこそ。本日は何の御用ですか?』


 どこに行くべきなのか迷っているところへ、入り口脇に立っていたギルド騎士らしき女性がにこやかに話しかけてきた。

 アンレンデに来て日が浅い者は本部の内装にどうしても戸惑ってしまうものであり、本館の警備も兼ねて、そういう初心な輩をサポートするのが目的なのだろう。


「予選参加者なんですけど、スカーフを返しに来ました」

『あぁ。でしたら、あちらの受付へどうぞ』

「どもです」


 軽く会釈してから、示された方向に歩いていく聡一。看板役という意味もあるのかは定かではないが、なかなかに美人であり、実力もそれなりにあるものと見て取れる。これまで見てきた……もしくは相手をしてきたどこぞの私兵や兵士を基準とすれば、ギルドが謳う精鋭という言葉に偽りはないように思えた。


「あの……」

『予選参加者のソーイチ・オノクラ様ですね?』


 受付に近づき、受付係の女性に声をかけようとしたところで、別の人物に制される。

 声がした方向に視線を向けると、吊り目で冷たい雰囲気を帯びた女性がじっと聡一を見つめていた。


「貴方は?」


 聡一の問いには答えず、女性は言葉を続けた。


『予選中に起こった件について、ギルドマスターがお呼びです。どうぞこちらへ』


 丁寧な物腰だが、有無を言わせぬ威圧感を持って促してくる。

 アリア越しに情報が行き渡ったのだろうと考え、聡一は素直に応じることにした。


 関係者以外立ち入り禁止の扉を潜り、奥のエレベーターに乗り込む。

 ゆっくりと上昇していくエレベーターの中を気まずい無言で過ごし、最上階で降りたところで待つように言われた。


 エレベーターを降りた目の前にある扉。その先から全てギルドマスターの執務室らしく、相当なスペースが確保されていることが理解できる。


『ソーイチ・オノクラ様をお連れしました』


 扉の前に立ち、女性はノックした後に口を開く。


『――入りなさい』


 扉の奥から響いてきた声を確認すると、厳かに扉が開いた。

 人手を使って開けたワケではないようだが、仕組みはわからない。元の世界での自動ドアのようなセンサーが付いてるワケでもなし、これも魔法を利用した技術の一つなのだろう。

 最も、興味は欠片もないが。


「失礼します」


 一言声をかけてから入室する聡一を迎えたのは、予想通りアンレンデの街中で物売りをしていた老人だった――この街の最大の権力者であり、大陸での冒険者ギルドの需要から世界を動かすほどの力を持つ男であるとは俄かには信じられない。

 私室も兼ねているらしく、部屋はいくつかに分けられているようだが、それでも一室が広すぎる。移動だけでも嫌気が差しそうな広大さだ。


「よくきたのぅ。まぁそこに座りなさい」


 だだっ広い部屋の中央に用意されたソファに座るよう促され、聡一は腰掛ける。

 丁度、テーブルを挟んで対面になるようにギルドマスターも腰掛け、その後ろにここまで案内してくれた女性が無言のまま控える。


「まずは予選突破おめでとう。最も、お主なら造作もないことだとは予測しておったがね。ちなみにお主以外は全滅じゃ。なんとも情けないのぅ」


 聡一は合格を聞いて安心した。

 仕方がなかったとはいえ、予選のルールを破って武器を抜いてしまったので、何かしらお咎め――失格を言い渡される覚悟をしていただけに、胸中を占める安堵感は大きい。


「恐縮です」


 好々爺のような笑みをみせながら賛辞を述べるギルドマスターに対し、聡一は軽く微笑んで頭を下げるという無難な態度で返した。

 それを見たギルドマスターは、瞳の裏に相手を探るような鋭い光を滲ませていく。


「お主は市井の者達に比べて随分と教養があるようじゃが、どこかの貴族出身かね?」

「どうでしょう……生憎と記憶喪失な身でして。自分の出生に関してはっきりとしたことは何も」

「……ほぅ」


 ギルドマスターの笑みが若干深くなる。正体を隠そうとしている事情に興味が沸いたといったところか。

 端から嘘を見破っているかのような反応に聡一は刹那の瞬間だけ動揺するが、それもすぐに消える。

 探られたところでどうせ何も出てきやしないのだ。気にするだけ無駄である。


「まぁそれはさておき。これがご褒美じゃ、受け取りなさい」


 ギルドマスターがそう告げると、背後にいた女性が布に包まれた2本の棒状の品をテーブルに置き、丁寧に布を捲った。


「……これは?」


 出てきたのは2本の長剣(ロングソード)。グリップ、ガードなど細部まで丁寧且つしっかりと作られていながら、出しゃばらない程度に装飾も施されている。

 刀身が白銀に輝く剣には《アファーム》、既存の金属かすら定かではない漆黒の刀身を持つ剣は《ディナイアル》と刻まれている……兄弟剣なのだろうか。

 聡一の観察眼は一目見ただけで相当に価値のある代物だと認識した。無論、実用的な利用を前提とする意味である。


「てっきり銀貨あたりが出てくるものと思ってました」

「おや、不服かね? 金のほうがよいか?」


 若干慌てた素振りを見せるギルドマスターに、聡一はゆっくりと(かぶり)を振った。


「いえ、そういう意味ではなく。こんな貴重な物を本当に頂いていいのですか? たかだか予選通過の報酬にしては分不相応が過ぎるような……」

「あぁ、これはワシのコレクションの一つじゃて、気にしなくてもよい。お主にこれを譲る理由もちゃんとある」


 譲る理由と言われ、聡一の表情が微細ながらも硬くなる。


「差し支えなければ、お聞かせ願えないでしょうか?」

「まぁそう大層な理由でもないんじゃが……」


 何か裏があるのではないかと勘繰る聡一に苦笑しつつも、ギルドマスターは穏やかに言葉を続けた。


「ワシはこういう特別な武器のコレクションをたくさん持っておる。ただ、ワシはもういつお迎えがきてもおかしくない老いぼれだからのぅ。家族はこういうのに興味を持たんから、ワシが逝ったあとは確実に処分してしまうじゃろう……それはあまりにも勿体ない。それなら、有能な冒険者に武器を譲り、使ってもらおうと考えたのじゃよ――安心せい、先のような等価交換は持ちかけん。純粋な贈り物じゃ」


 そこまで喋り終えたギルドマスターはからからと笑った。聡一は己の浅慮さに少し恥ずかしくなりながらも、(こうべ)を垂れる。


「そういうことでしたら、遠慮なく受け取らせて頂きます」

「うむ。持っていきなさい」


 一緒に包まれていた鞘にそれぞれ剣を収め、スペースバッグの中に収納してから、換わりにと裂けたピンクのスカーフを取り出して返却する。


 ――そこで聡一ははたと気付いた。


 様々な武器を収集していたというギルドマスターなら、この世界に日本刀もしくはそれに類似する武器が存在するかどうか、何かしら知っているかもしれない。


「ギルドマスター、一つお尋ねしたいことがあるのですが」

「なにかね?」

「こう、刃が細く、反り返ってる長剣を見た事はありませんか? 複数の金属を合わせて作られているので、波紋と呼ばれる独特の模様が刀身に浮き上がっているのが特徴なんですが」

「うーむ……」


 といっても、波紋は打ち粉を振らないとそうそう見えるものではないが。

 身振り手振りで日本刀の特徴を伝えた聡一は、考え込むように顎に手を当てて唸るギルドマスターの答えを待った。


「残念じゃが、そのような変わった剣は見た覚えがないのぅ。しかし、それを聞いてどうする?」

「まぁ何と言いますか……俺の記憶を取り戻す手掛かりになるかと思いまして」

「そうか。役に立てなくてすまんな。もし見つけたら教えてやろう」

「……よろしくお願いします」


 記憶云々の話は勿論嘘だが、聡一は僅かなりとも本気で凹んだ。師匠から譲り受けた愛刀があれば……などと我が儘を言うつもりはないが、手に馴染んだ武器無しにこの厳しい世界を生きていかなくてはならないと思うと、一抹の不安が過る。


「さて、そろそろ本題に入ってもいいかのぅ?」

「あ、はい」


 そういえば予選中に起こった件についてお呼ばれされていたことを思い出し、背筋を正す。


「事のあらましは大体聞いておる。お主は件の人物達について、何か知っていることはあるかね? もしくは彼らに狙われるような心当たりでもいいのじゃが」

「あの襲撃者達について知ってることは残念ながら何もありません。ただ……狙われる心当たりがあるといえばあるような……」

「それは君が護衛する、あの御姫様に関することかね?」

「――! ……はて、何のことやら」


 ぴくりと吊り上がる眉を意識しながらも、聡一は恍ける姿勢を変えない。そんな彼の態度にギルドマスターはそれまでの穏やかな顔付きを真剣なものに変えて言った。


「安心せい、口外したりはせんよ。ただ、今のアンレンデは大きな祭りの最中じゃて。他国からの来賓もおる。どうしても神経質にならざるを得んのじゃ」

「……」


 聡一はどうするべきか逡巡するが、既にバレていることを隠しても意味がないと判断し、正直に自分の意見を述べることにした。


「最近、私兵団の連中に問答無用で殺されかけたことがあったので、今日の件もその線かと疑ったことは疑ったんですが……どうにも違うのではないかと」

「それは何故じゃ?」

「私兵団の目的はあくまでお姫様を保護することです。その傍に障害となる俺がいれば排除しにくるのもわかりますが、今回はそうではありません。仮に俺を消したところで、彼女の傍には他にも腕の立つ仲間がいます。それなのに、俺だけを狙ってきた理由がよくわらないんですよ」

「ふむ……つまるところ、何もわからんということじゃな?」

「申し訳ありませんが、その通りです」


 ギルドマスターはしばらく黙考するが、やがて疲れたように溜息を吐いた。


「あいわかった。とりあえず襲撃者達に関してはこちらの方で調べてみるとしよう。宿泊先にギルド騎士を何名か派遣しておくぞい。まさか二度目があるとも思えんが、お主も大会当日まではなるべく外出を控えるようにのぅ。まぁお主なら余程のことがない限りは問題なさそうじゃが」

「ご厚意に感謝します」


 話は終わったとばかりに立ち上がる聡一。ギルドマスターは後ろに控えていた女性に入り口まで送るよう指示した。


「それではのぅ。大会にて、お主の活躍を期待しておるぞ」

「そういうプレッシャーはやめてくださいよ」


 苦笑しながら退出していく聡一を笑顔で見送り、ギルドマスターは呼び鈴を鳴らす。その瞬間、虚空から1人の若い男が姿を現した。ギルド騎士らしい風貌だが、明らかに他の者とは醸し出す雰囲気の重さが違う。


『お呼びでしょうか』

「うむ。グランドホテル・アンレンデへギルド騎士を配置せよ。正門と裏口に2名ずつ、3時間交代じゃ。人員の選別は一任しよう」

『畏まりました』


 気付いた時にはもう男の姿はなく、最上階にはギルドマスター1人が残された。


「――はてさて、空気を読めぬ愚か者はどこにいるのかのぅ」


 ギルドマスターは自慢の白い顎髭を撫でながら、どうでもよさそうに呟くのだった。


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