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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
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第35話  主人公の行く先には常に暗雲あり

『なんなんだあいつ! 本当に俺達と同じ人間か!?』

『あっちは港の方向だ、先回りして挟み撃ちにするぞっ!』

『あいつは俺の獲物だ! 邪魔するな!』


 怒号が飛び交い、殺気立った声がどこまでも追い縋る。常人なら鳥肌モノの恐怖を抱いてもおかしくない。

 剣呑な空気から逃れるように、聡一は風のように通りを走り抜けながら一瞬だけ後ろを振り返った。


「さすがにしつこいな」


 群れを成して土煙をあげながら聡一を追う冒険者達。その数はパッと見で30人は下らない。

 血走った瞳で獲物を捕らえんとするその気迫は、狩人(ハンター)というよりも、寧ろ狂戦士(バーサーカー)と呼んだほうがしっくりくるだろう。


 路地の端に身を寄せて冒険者達に道を譲る住民達は、聡一とその他多数が織り成す追い駆けっこを楽しそうに眺めながら、逃げる側、追う側、双方に平等に声援を送る。


 ただ、その声援を聞き付けて、さらに追う側の冒険者が増えるものだから、正直堪ったものではない。


『いたぞ! こっちだ!』


 進行方向からこちらを指差して喚く冒険者の集団を察知した聡一は、ふと見つけた路地裏に駆け込む。

 通りと比べて格段に道が狭いここはせいぜい2人が並んで歩ける程度の幅しかない。聡一の目論み通り、何十人といる冒険者は我先に追い縋らんと押し合い圧し合い始めた。


「計画通り」


 どこぞの死神のノートを扱う天才の如く、凶悪な笑みを浮かべる――なんてことはなく、聡一は淡々と路地裏から別の通りに出ると、ゆっくりと歩きながら果実ジュースを売っている屋台に近づていく。


「こんにちは」

「いらっしゃい! おや、ピンクのスカーフを首に巻いてるってことは、お客さんもしかして?」


 人懐っこい笑みを浮かべる中年のおっちゃんは、聡一が首に巻いているスカーフを見て目を丸くした。

 それに対し、聡一はどこか枯れた表情を返す。


「お察しの通り。今現在、不特定多数の冒険者達から逃亡中の身です。というワケで、お勧めのジュース1つくださいな。走ってたら咽喉乾いちゃったよ」

「そいつは御苦労様だ。ほいっ! 当店のお勧め、フルーツミックスジュースお待ち」


 店主はすぐさま切り分けていた果実を専用の容器で絞り、氷が入ったグラスに注ぐ。

 その時、聡一は遠方から物々しい気配が近づいていくるのを察した。路地裏で鮨詰め状態だった冒険者の一部が抜けだしてきたのだろう。


「どうも――っと、ちょい失礼」


 たっぷりと果汁を注がれたミックスジュースを受け取りつつ、素早い身のこなしで屋台の裏側に隠れた。


『くそ! 見失った!』

『まだ近くにいるハズだ、探すぞ!』


 軽い地響きを残して走り去っていく冒険者達をこっそりと見送った聡一は、何食わぬ顔で屋台の裏から出てくると、苦笑している店主に軽く笑みを向けてからミックスジュースを一気に飲み干した。


「ども。美味しかった」

「お粗末さん! 予選頑張ってな!」


 お代を受け取り、笑顔で見送ってくれる屋台の主に軽く手を振って、再び元来た路地裏へ戻っていく。


 駆けてきたルートを辿りながら、聡一は人気のない場所をのんびりと探し始めた。緊張感の欠片もない態度が余裕を表している。


 それもそのハズ。予選参加者は二千人近くに上るが、人口2万人超―― 一時的な滞在を含む冒険者や行商人を含めれば約3万人を内包する街全体が舞台である以上、危惧するほど冒険者との遭遇確率が高いワケではない。しかも、聡一以外にもスカーフを纏った者がいるとなれば尚更である。


 最も、発見されたところで聡一の足の速さに追いつける人間などいないだろうが。


 追う側の冒険者達とて、獲物を探し出すまでは統制が取れていても、いざ獲物を見つけ出した瞬間には自分を除いた全ての人間がライバルに変貌する。


 敵に手柄を渡すまいとお互いの足を引っ張り合うことは想像に硬くない。


 それでも数の暴力で聡一が圧倒的に不利であることには変わりないのだが、当の本人は特に気にすることなく、欠伸混じりに活気ある街の情景を楽しむのだった。


 ◆◆◆


 同刻――街の喧騒に紛れて道を歩く6人の男達がいた。


 服装は標準的な旅衣服に皮鎧の出で立ちで、腰には短剣やら長剣やらを携えている。外套に付いたフードで頭をすっぽり覆っているので表情を窺うことはできないが、典型的な旅人の格好である……冒険者か傭兵かは定かではないが。


 外見に不審な点はなく、仮に巡回中のギルドナイトがその場に居合わせたとしても、特に異常を感じることなく立ち去るだろう。


 だが、勘の鋭い者なら、或いは気付くかもしれない。


 ――彼らの足音が一切聞こえないことに。


 それ自体は別段珍しいことではない。魔物や野獣を狩るうえで、獲物に物音や気配を察知されないよう、無音歩行術を嗜んでいる冒険者はそれなりに多いからだ。


 しかし、大抵の冒険者の無音歩行術は付け焼刃の代物である。彼らは気配を消して魔物の不意を打つよりも、魔物に不意を打たれても対処できるよう訓練する。無論、弓術師や罠師のような魔物の正面に立たない冒険者や一流どころの凄腕冒険者はその限りではないが。


 だが、彼らのそれはあまりにも洗練され過ぎていた。


 まるで、気配を悟られることが自らの敗北に繋がるとでもいうように、過剰ともいえるような徹底した無音である。


 ……元来、気配を消すことに長けている人種に碌な者はいない。


「ターゲットを確認した」


 住民や冒険者に紛れ、それまで無言で先頭を歩いていた6人の中の1人が唐突に口を開いた。人が多い街中であるにも関わらず、特に声を抑える素振りはみせない。

 だが、彼の仲間と思われる残りの5人がその言葉に反応を示すことはなかった。


「これより作戦の実行に移る。全員、例の場所で待機しろ。奇襲のタイミングは任せる……行け」


 淀みなく発せられた一言に応ずる声はなく、前触れなしに男達はふらりと解散していく。


 1人残された男は落ち着いた歩調で人気のない裏路地に入ると、冒険者ギルドが支給する物と比べて口が少し大きめのスペースバッグを召喚し、無造作に手を突っ込んだ。

 中を漁って取り出したのは大きめの亜麻袋であった……丁度、幼い子供をすっぽりと覆ってしまえる程の。


 中身は既に入っているらしく、相応の膨らみがある。


 男はそれを肩に担ぐと、何事もなかったかのように裏路地から去り、自らの視線の先を行く"ターゲット"の背中を追った。


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