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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
39/69

第34話  幸運 ≠ 不運

 アンレンデに滞在して4日目。


 昼食を終えた聡一とファスティオは一緒に街へ出かけていた。

 女性陣は揃ってホテルの豪奢なお風呂に入り浸っているので、この場にはいない。

 何も言わずに出てきたが、一応書置きは残してあるので問題はない……ハズだ。

 当初は1人で行こうと思っていたのだが、聡一が文字を読めないことを知っているファスティオが念の為についてきてくれるというので、お言葉に甘えたのである。


 これまでずっと女の子と旅してきた聡一にとって、男とつるんで行動するのは久々であり、前の世界で暮らしていたとき以来になる。それはずっとフェルミと2人で旅していたファスティオも同じらしく、気晴らしも兼ねて2人で酒でも飲もうという話に及んだのは、ある意味で当然の流れというべきかもしれない。


 そして、今2人は武具の商店街ともいうべき地区を散策していた。

 ただ散策といっても、特に意味もなく出歩いているワケではなく、サブウェポンとして所持している短剣の買い替えと、使い捨てを前提としたスローイングナイフの購入を目的としている。


「いやぁ、さすが冒険者の街だね。まるで武器や防具の見本市みたいだ」

「そうだな。ここまで大々的に武器や防具を取り扱っているのは、この大陸ではアンレンデだけだろう」


 聡一は多くの同業者に混じって武器や防具を軒先に並べている店を一つ一つ見て回りながら、期待を胸に寄せた。


 アンレンデは文字通り冒険者の街であるからして、冒険には欠かせない武器や防具を扱っている店が多い。そして何より特筆すべきは、あらゆる武器全般を一緒くたにして棚に陳列させている店が少ないことだ。


 長剣なら長剣、斧なら斧、槍なら槍といったように、それぞれ一種類の武器に特化した専門店が数多く並んでいる光景を見せられれば、冒険者なら誰しも一度は興奮してしまうに違いない。


「ソーイチ、あの店は短剣を置いてあるようだ。行ってみるか?」

「マジで? 行く行く! 店どこ?」

「あれだ」


 ファスティオの視線の先にある小さな店。聡一は短剣(ナイフ)を専門に扱っている店を見つけると、一目散にそこを目指す。ファスティオははしゃぐ弟を見守る兄のように苦笑しながらその後を追った。


「ごめんくださーい」

「邪魔をする」

「いらっしゃいませ」


 店の扉を開けた聡一とファスティオに愛想よく笑ってみせる小柄な女性。金髪の美しいロングヘアーだが、髪の端が極端にカールしているという癖っ毛の持ち主であった。雰囲気からしてファスティオと同年代といったところだろうか。勝手な先入観で、武器屋を経営するのは厳つい男と考えていただけに正直意外である。


「すみません、実戦での使用に耐えうる短剣を探しているのですが、あれば見せてもらえませんか?」

「畏まりました。どうぞこちらへ」


 店主に導かれ、2人は店の奥に移動する。


「こちらの短剣は如何でしょう? 稀代の鍛冶職人ガント・アーベリンの作品です。実戦向きという点においてこれに勝る短剣は滅多にございません」

「うーん……」


 落ち着いた声音で説明してくれる店主に対し、聡一は煮え切らない表情で唸る。

 ガント・アーベリン、聡一に背負われている大剣も件の人物が作った武器である。本物なら性能は保障されたも同然なのだが、奈何せん……。


「ちなみに、値段は?」

「ルティオール金貨2枚になります」

「たけぇ!」


 セフィーアに買ってもらった大剣の値段が記憶上だと金貨6枚だった気がしたので、念の為に確認してみたら案の定である。


 聡一の反応に苦笑した店主は手に持っていた短剣を棚に戻すと、別の短剣を取り出した。


「では、これはどうでしょう? 切れ味だけなら名剣にも劣らない逸品です」


 そう言って聡一に差し出された短剣は何やら刃が歪な形をしており、顔を背きたくなるような禍々しい雰囲気を醸し出していた。とてもではないが、これを作った職人がまともな人格をしているとは思えない。


 だが、聡一がそれを言おうとするより先にファスティオが驚いたような表情をみせる。


「これは……まさか"ナンバーズ"か?」

「よくご存じですね。如何にも、この短剣はかの狂人エルドリック・ミカーエリが製作した235番目の作品でございます」


 店主はファスティオがこの短剣の正体を見破ったことに目を丸くしつつも、嬉しそうに微笑む。

 もしかしてこの店主はその道のマニアなんだろうかと、聡一は勘繰った。人道に反するモノじゃない限り人の趣味にケチを付けるつもりはないので、何も言わなかったが。


「エルドリック・ミカーエリって誰?」

「エルドリック・ミカーエリとは50年程前に没した短剣職人です。生前、一桁(ファースト)番号(ナンバー)二桁(セカンド)番号(ナンバー)三桁(サード)番号(ナンバー)を刀身に刻んだ、特徴的な短剣を多く製作した人物でして、彼の作品はコレクターの間でも凄く評価が高いのです。特に人格者だった頃に作られた一桁(ファースト)番号(ナンバー)と宿敵の盗賊共の血を吸ったNo.100は幻の逸品と謳われるほどで――」


 嬉々として語り始める店主のマシンガントークを遮るように、ファスティオが口を挿む。


「まぁ切れ味だけは凄まじいが、ソーイチが欲しているような代物ではないな」

「あ、そうなんだ。別のやつ見せてもらえますか?」

「……うー……畏まりました」


 さっさと話を流した聡一とファスティオに対し、店主は「意地悪……」とでも言いたげに上目遣いで頬を膨らませながら禍々しい短剣を棚に戻した。

 なんというか、洗練された大人の女性といった印象が一気に覆された気分である。女性にこんな眼をされてドキ胸しない男は存在しないだろう。一部を除いて。これぞギャップもげふんげふん。


「でしたら、こちらのエルフの職人が作った短剣は如何ですか? 切れ味も然る事ながら、エルフ十八番(おはこ)の形質保存の魔法が掛けられていますので、丈夫さも折り紙つきです。こうやって市場に出回ることなんて滅多にない貴重な逸品ですよ?」


 反った片刃の刀身に黒塗りの柄、刃の長さも丁度良く、握り心地も申し分ない。峰の部分に文字らしき一文が刻まれているが、これが形質保存の効果を齎しているらしい。


「いいな、これ」


 こういった物品に直接刻んである魔法の文字は、一般的に【魔飾文字】と呼ぶ。メルキュリオ大陸に伝わる立派な付与(エンチャント)技術の一つであるが、聡一の戦衣に盛り込まれている付与技術とはまた別物である。


 聡一はこのエルフの短剣に決めようと思ったが、その前に一つ気になる事を尋ねた。


「……ところでエルフって? そんなのいるの?」

「えぇ、いますよ?」


 不思議そうな顔をする聡一に同じく不思議そうな顔で返す店主。

 妙な雰囲気になりかけるその場をファスティオがフォローした。


「記憶喪失のソーイチは忘れてしまっても仕方がないな。一応説明しておくと、エルフというのはメルキュリオ大陸の南西……ようするに、クレスティア皇国から海を挟んで南西の方角に位置する大陸に住んでいる種族だ。大陸がそのまま国土になっている。名前は確か……レヴァントゥーアだったか。大陸の面積は皇国よりも一回り小さい程度だが、彼ら独自の文化や魔法形態を確立しているのでなかなかに侮りがたい」

「そんな話、フィーアからは聞いたこともないけど?」

「彼らは忌むべき女神を崇拝しているからな。進んで話題に出すには少し骨が折れるだろう。だが、この大陸に住む者なら誰でも知ってる常識だ」

「はぁー、なるほどね。見掛けないのもそれに関係してるのか……もしかしてエルフって耳長くて尖がってたりする?」

「ほう、よく分かったな」


 感心したように頷くファスティオに曖昧な笑みを返しながら、聡一は内心で謝った。元の世界では空想上の存在だったものの、エルフという種族が割とポピュラーだったとは口が裂けてもいえない。特徴まで一致しているとなれば尚更だ。


「エルフが嫌われてるってのはわかったけど、それにしては随分とあっさり話してくれたね?」

「まぁ無神論者の俺にとっては、崇拝する神の違いなど気にもならんてことさ。これでも噂だけで人を判断することの愚かさは身に染みている。……実際に危ない連中だと知ったら、さすがに認識を改めるがね」

「そっか」


 どこか影のある表情ではあるものの、きっぱりと言い放つファスティオに聡一は好感を抱いた。年長者としての落ち着きのある態度と義理堅さには元々好感を抱いていたが、ここにきてメ○ルス○イムを倒したときに得られる経験値の上昇のような、好感度の鰻登りであった。……ちなみに、この(ヒト)になら掘られてもいい!とは考えていないので悪しからず。


「あのー……」


 基本的に自分は不幸体質だと思い込んでいる聡一だが、仲間との巡り合いの良さだけは最上級の幸運を持っていると改めて納得していたところへ、店主の困ったような声が遠慮がちに聞こえてきた。


「短剣、どうします?」

「あぁそういえばそうだった。これ買いたいんだけど、いくらですか?」

「エルフの短剣は立派な魔装武器(マジックウェポン)ですので、銀貨30枚になります」

「うっ……やっぱ高いな……」


 ガント・アーベリン作の武器には及ばないにしろ、スタンダードな長剣や戦斧を4~5本は買い揃えられる値段に聡一は怯むように呻いた。


 これまでギルドの依頼で稼いだお金があるので買えないことはないが、手痛い出費になることには変わらない。


「ふむ……財布事情が厳しいなら、ここは俺が買ってやろう」

「え!? いいの!?」

「あぁ。金ならそれなりに蓄えがあるし、聡一は個人戦に出るだろう? なら、すぐに"元は取れる"さ」

「よくわかんないけど、ゴチになりますっ!」


 ファスティオの台詞の意味はよくわからないものの、短剣の代金を代わりに出してくれるという提案に飛び付いた聡一はそれまで差していた古い短剣を抜いて、エルフの短剣を胸のナイフホルダーに収めた。


「ご不要の短剣は当店で買い取りできますが、如何なされますか?」

「あ、じゃあお願いします」


 ファスティオから受け取った銀貨30枚を確認し終えた店主が、聡一から受け取った古い短剣の鑑定を始める。


「……随分と荒い作りの短剣ですね。長らく手入れも怠っていたようですし、正直なところ廃品同然の価値しかありません」

「まぁ元は賊から奪った物だしね、それ。一応、俺が使い始めてからは手入れしてたんだけど……この際だし、引き取ってくれるだけでもいいや」

「賊を倒して手に入れたのですか!? 見た目によらずお強いのですね」

「どうも」


 驚きの表情を見せる店主に聡一は簡素に応えた。見た目によらず云々の台詞は言われ慣れているので、特に何の感情も沸かない。


 くつくつと笑うファスティオの態度で自分の失言に気付いた店主は焦ったような表情を一瞬浮かべると、取り繕うように言った。


「お客様には高価な短剣を買って頂きましたので、サービスということでこの短剣は銀貨1枚で買い取らせていただきます」

「ありがとう」


 聡一は受け取った銀貨をファスティオに渡し、軽く会釈してから店を出る。

 背中に「またのご来店をお待ちしております」と掛けられた店主の声に送られながら、2人は再び街の散策を開始した。


 ――短剣を買い換えるという目的は達したので、適当な飲み屋を探しながらしばらく歩いていると、とある露天商から声を掛けられた。


「そこの二枚目さんと黒い坊や、良い物揃ってるよ。ちょっと見ていかんかね?」


 地面にシートを敷き、コンパクトな椅子に腰かけている男性の老人は薄汚れた外套と麦わら帽子を目深に被っており、その顔は窺えない。

 ただ、欠けた帽子のつばから薄らと覗く瞳の奥――その鋭い眼光を持って、聡一とファスティオを値踏みするようにように見つめている。


 2人は直感的にこの老人がただの行商人ではないことを悟りつつ、やんわりと断った。


「せっかくですが、間に合ってますので――」

「黒い坊や。お主、なかなかに多彩な技能を持っておるようじゃのぅ。じゃが、背中の大剣はそれほど得意というワケでもなさそうじゃな。ようやく扱い慣れてきたってところかね?」


 台詞を遮るように紡がれた老人の言葉に、聡一は思わず固まる。


「………………どうしてそう思うのですか?」

「なぁに、人よりちょっとばかし長生きしとるでな。爺の妄言として聞き流してくれればよい」


 ニヤリと笑う老人が醸し出す不思議な威圧感。聡一はそれをどこか懐かしいと感じつつも、思い出すことができないでいた。


 押し黙る聡一から視線を外し、老人はファスティオを見やる。


「二枚目さんや。お主は帝国式の槍術が得意のようじゃが、剣術の腕も磨いているようじゃのぅ」

「……えぇ」

「こう思ってはおらんか? 突くだけしかできない(ランス)に刃が加われば、オリジナルの戦術を編み出せるかもしれないのに……と」

「――! 御老人、貴殿はいったい……?」


 聡一とファスティオを捉えていた鋭い眼光はいつの間にか消えており、柔和な笑い声だけが麦わら帽子の下から零れ出す。


「ほっほっほ。なぁに、今のワシはしがない商人もどきじゃよ。さぁさ、自慢の商品、とくとご覧あれ」


 様々な人間が通りを歩いていく中で、聡一とファスティオ、それから老人との間に流れる空気だけが異質な物を孕んでいく。しかし、周囲の人間は気にも留めない。まるで、そこには何も存在しないかのような無関心である。


 ――3人だけが時間の流れから取り残されたかのように、動きを止めていた。


 ◆◆◆


 謎の老人との予期せぬ出会いから、半ば釣られるような形で買ってしまった代物を身に付け、聡一はファスティオと共に通りを歩く。


「予想だにしないところで物を"貰う"ことになるなんて……」


 聡一が買った品は一見すればただの地味なブレスレットだが、内部に鋼糸と呼ばれる凶器を巻き付けて収納してある、所謂"暗器"である。ただし、さすがの聡一も達人のように鋼糸を駆使して肉の解体ショーをやってのける程の能力はないので、主に移動のサポート、状況によっては対象の捕縛等といった限定的な使い方になるだろう。……一応、解体は無理でも絞殺するくらいの技量ならあるのだが。

 ブレスレットには圧縮魔法が刻まれており、まずは原型が大きな腕輪を手首に通し、そこから圧縮させてフィットさせるという方法をとる。魔法の万能さを思い知らされる逸品だ。

 何かの間違いでブレスレットが圧縮され過ぎて、手首が潰されることもあるのではないかと最初は恐怖したが、そんなことは"間違っても"ないらしいので安心である。


「その代わり、妙な仕事を押し付けられるハメになったがな」

「内容も確認させないで、逃げるように去っていったからなぁ……なんだか不安になってきた」


 ちなみにファスティオは何も買っていない。ランスの先端から全体の半分程の位置まで刃が上下に付け足された槍イカのような武器を勧められていたが、デザインが気に入らなかったらしく、首を縦に振らなかった。老人はとても残念そうな顔をしていたが、まぁ仕方ない。性能とデザインを両立させてこそ至高の武器というものであるからして。たぶん。


「このどギツいピンクのスカーフとか、悪趣味過ぎだろ……。早く脱ぎてぇ」


 うんざりした表情でぼやく聡一の首には、遠目から見ても識別できるであろうキツいピンク色のスカーフが巻かれていた。縁取りに金糸を縫い込まれた、それなりに上等な代物だと思われるが、何故聡一がそんな物を首に巻いているのかと問われれば、これが老人から提示されたブレスレットの代金だったからである。

 曰く、「黒い坊や。お主随分と身軽そうじゃし、ちょっとばかしワシの"依頼"を引き受けてはくれんかの? 代わりに商品は無料(タダ)で持っていっていいから」とのことで、内容は追って知らせるから、ひとまずはこのスカーフを首に巻いて街をブラブラしていてくれとのことだった。


 自分達の居場所がわかるのかとファスティオは問うたが、老人は一言「心配御無用」とだけ残し、その場を足早に去ったのである。


 普段、首に巻くか頭に被せているフードマフラーはスペースバッグの中に収納し、代わりにピンクのスカーフを巻き付けた聡一は先程から嘲笑ともとれる含み笑いを混ぜた民衆の好奇の視線に晒され、削岩機を押し付けられているかのようにガリガリと心を削られていた。


『えーマジピンク!? キモーイ』

『ピンクが許されるのは小学生までだよねーキャハハハ』

「う、うわーーー!!」


 そんな声が聞こえてきそうな気がして、聡一は耳を塞ぎたい衝動に駆られた。勿論、全て被害妄想であるが。


 その時、町内放送のようなスピーカーを通したような声が街全体に響き渡る。


『ぴんぽんぱんぽーん! 毎度お馴染みのギルド放送じゃ。我がギルドマスターの名において、今回は第189回アンレンデ武芸大会個人戦予選の内容を発表するぞい』


 その声には聞き覚えがあった。なにせ今さっきまで話していたばかりなのだから、さすがにすぐ忘れるというのも無理な話である。

 ……とてつもなく嫌な予感が寒気を伴って圧し掛かってくる。


『今現在、このアンレンデには縁取りを金糸で飾ったピンク色のスカーフを巻いている冒険者が何人かおる。その冒険者からスカーフを奪い取り、ギルド本部まで持ってきた者を予選通過者として本戦出場を許可しよう。フィールドはアンレンデの街全体じゃ。ただし、屋内と街の外は反則じゃからして、気を付けるのじゃぞ』


 その瞬間、聡一に向けて殺気立った視線が複数向けられる。見ると、その者達は全員揃って赤い肩章を付けていた。


『追う側も追われる側も武器を抜いてはならんぞぃ。もし武器を抜いたら、その時点で失格じゃ。証人はその光景を目撃した街の住民達じゃからして、心せよ』


 意気揚々と楽しげに紡がれる台詞に、聡一はそこはかとない殺意を覚えた。


「……マジかよ。このスカーフをそこらに放り投げて、さっさととんずら――」


 引き攣った顔でのたまう聡一の言葉を上から被せるように、放送は続く。


『あとスカーフを巻いてる者達に告げる。もし身に付けてるスカーフを奪われた場合、既に推薦済みだろうと、その者は個人戦参加資格を失ったものと判断するからそのつもりでのぅ。スカーフには細かなマーキングが施されておっての、誰にどのスカーフを渡したかきっちり記録済みじゃから不正はできんぞぃ。真面目にやらんと痛い目を見るということじゃ。まぁスカーフを守り切れば相応のご褒美を与えるゆえ、頑張るんじゃぞ』


 ようするに、逃げる側が圧倒的な不利な鬼ごっこが始まるというワケである。それを察した聡一は、歯軋りしながら物に釣られた自分の愚かさを内心で罵倒した。同時に、自分と同じように餌に釣られた同業者達に黙祷を捧げる。


 それを知ってか知らずか、ファスティオは励ますように聡一の肩に手を置く。


「どうやら、スカーフを巻いている者は聡一と同じように全員個人戦参加者のようだな。ふむ、逃げ道を塞ぎ、尚且つ餌をぶら下げて戦意を煽るか……なかなかの狸だったようだぞ、あのご老人――いや、ギルドマスターは」

「言われなくてもわかってるって。あー……なんでこうなるかなぁ……。ファスティオの推薦もオジャンにされたし、最悪な気分だ」


 ついこの前、聞き及んだ予選の内容が面白そうだったので、参加できない事を少しだけ残念に思ったことは認めよう。だが、やはり当事者になると楽しもうと考える前に面倒臭さが先に立ってしまう。どうしても本戦に出なければいけない理由という名の肩の荷さえ無ければ、まだ気楽になれたのかもしれないが。


「フッ。スカーフを奪われれば参加登録取り消しか。ソーイチの不運もなかなかのモノだな、傍から見ていて実に面白い」

「……俺はちっとも面白くないし」


 ぶっきらぼうにそう答える聡一に苦笑しながら、ファスティオは「一足先に戻っている。飲みはまたの機会にお預けだな」と言い残すと、ホテルへと引き返していった。


 残された聡一は若干寂しい気分になりながらも、嵩張るツヴァイハンダーをスペースバッグに押し込んだ。

 自分を狙う周囲の冒険者達に気を配りつつ、退路を脳内で組み立てていく。


『ワシが合図したら予選開始じゃ。制限時間は今から3時間。時間になったら放送で知らせるから、それまで双方共に汗水垂らすがよいぞ。では、よーーーい……始め!』


 遠くで放たれた空砲が遠雷のように街中に轟く。


『『『うおおおおおーー!!!』』』


 ――地響きをたてて迫りくる冒険者達を見据えながら、聡一は怠そうに溜息を吐いた。


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