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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~冒険者の街アンレンデ~
37/69

第33話  大会団体戦ルール説明etc

 聡一、セフィーア、ユウ、フェルミ、ファスティオの5人はまず団体戦の受付にて参戦手続きを行った。


 用紙に一人ずつ名前を記し、最後に聡一が自分の名前を記入してから用紙を受付嬢に手渡す。


『ギルドカードの提示をお願いします』


 皆からカードを受け取った受付嬢は用紙に名前の欄と合わせて復唱する。


『ユウ・サンレージア様、ファスティオ・レイゼン・ベルクゥト様、フェルミ・コーレル様、セフィーア・ベルウィンド様、ソーイチ・オノクラ様――以上の5名を確認致しました。一度登録してしまいますと、新しい人員の追加登録は認められなくなります。欠員による代理出場は無効、及び、大会当日時点でチームの出場人員が4人未満であった場合、無条件で失格、出場取り消しになります。よろしいですか?』

「大丈夫です」

『畏まりました。ギルドカードを返却致します』


 ユウが頷くと、受付嬢はギルドカードを纏めてユウに返却し、用紙の空欄に羽ペンで何かを書き込んでいく。そこで何かに気付いたのか、不思議そうに首を傾げた。


『あら? パーティ名の記入がございませんね』


 受付嬢のそんな台詞に、皆はセフィーアに視線を向ける。


「……え? なに?」


 いきなり注目され、セフィーアは困惑しながら後ずさる。その様子に一同は嫌な予感を覚えた。


「もしかしてセフィ、パーティの名前とか何も考えてなかったの?」

「そもそも何で私が考えなくちゃいけないの」


 恐る恐る尋ねるユウに、セフィーアは不服そうに眉を顰めた。どうやら何も考えてなかったらしい。


『団体戦では無用の混乱を防ぐ為にパーティ名の記入が必須となっているのですが……』


 仕事が進まないことに焦れた受付嬢が、無礼を承知で口を挿む。


 パーティ名の命名という面倒な役目を押し付けられたセフィーアは拗ねたように皆から目を逸らすと、ぞんざいな口調で言った。


「じゃあ、パーティ名は【あああああ】で」

「いくらなんでもそれはあんまりだよ!?」

「セフィーアさん、どうか考え直してください」

「さすがにそれで大会に出場というのは厳しいものがある」


 予想の斜め上を行くセフィーアの命名に思わずユウが声をあげ、フェルミとファスティオも一様に頷き、考え直すように諭し始める。

 即座に案を却下されたセフィーアはぷぅっと頬を膨らませる。


「なんでよ、いいじゃない【あああああ】。どうせ大会でしか使わないんだし、観客ウケはバッチリでしょ」

「別の意味でウケちゃうよそれ!? もっと真面目に考えてよ!」

「うるさいなぁ。そんなに言うならユウも何か考えて」

「うっ……わかった……」


 人に押し付けてばかりも無責任だと感じたのか、そのやり取りを最後にユウが押し黙る。セフィーアも目を閉じ、腕を組んで黙考し始めた。先程告げたパーティ名が不真面目であったことは、一応自覚しているらしい。


「パーティ名は最後に回しても問題はないだろう。一先ずは説明を続けてくれないか?」

『そうですね……畏まりました』


 受付嬢はファスティオの提案に同意し、軽く咳払いしてから再び口を開いた。


『こほん。では、武芸大会団体戦についてのルール説明をさせていただきます。まず一番重要な事項について。本大会では、対戦相手の殺害を認めておりません。仮に相手選手を殺害してしまった場合、その時点でチームは敗退、さらに相手側への慰謝料として反則金を徴収致しますのでご注意くださいますようお願いします』

「……慰謝料っていくらくらい?」

『金貨5枚になります』

「高っ!?」


 想像していたよりもずっと高く設定されていた反則金の値段に聡一は目を丸くする。

 だが、そうでもしないと事故を装って意図的に殺人を犯す輩も出てくるとの説明を受け、納得した。


『団体戦は個人戦終了の翌日から3日間掛けて試合を執り行います。対戦の場となるバトルフィールド――直径50m程ある円形状の舞台は個人戦の場と同じです。試合に臨むにあたって、団体戦では双方に1人ずつチームリーダーを決めなければなりません。チームリーダーに選ばれた人物には、バトルフィールド上に設定された"一定範囲(カラーゾーン)"に留まる義務が発生し、その場から大きく動くことができなくなります。もしリーダーがカラーゾーンを越えて行動してしまった場合は、その時点で敵に撃破されたと見做し、チームは敗退となります』


 チームリーダーは将棋における王将、チェスにおけるキングと同義――つまり、自分のリーダーを簡単に撃破されないように、仲間は攻めと守りのバランスを考えなければならないということだ。

 リーダーの行動範囲が限定されているというのも、かなり痛い。敵に攻め込まれたら、満足に逃げることもできないのだから。


『試合における勝利条件は3つ。①敵チームリーダーの撃破 ②チームリーダーを除くバトルフィールド上の敵選手全員の撃破 ③敵チームの降参による戦闘放棄、および棄権による試合放棄――以上になります。当然ですが、これは自チームの敗北条件にもなっておりますのでご留意ください。撃破の条件は相手を戦闘不能に追い込むか、降参させるか、場外に叩き出すかのいずれかになります。撃破された選手は審判によって場外へ回収されます』


 団体戦において降参や棄権は基本的にあり得ないものと考えた方がいい。早い話が、試合に勝つには相手を倒すか場外に叩き出すかの二択である。


『団体戦では1チームにつき最大登録人数は8名となっていますが、バトルフィールドへの参加人数は片チーム最低でも4名、最大で5名まで。最大数の5名を超過しなければ、戦闘の最中でも選手の追加、交代が認められておりますので、備え付けの煙玉を用いて審判と仲間にアピールしてください』


 ただガチンコ勝負を繰り広げていればいいという単純な問題でもなく、人員の追加、または交代という戦術要素が絡んでくる。


『前述の試合中の選手追加、交代について詳しく説明致します。まず、選手の追加についてですが、これにおいては特筆すべき事項はありません。指定の位置につけば、各々好きなタイミングで戦闘に参加することが可能です。ただし、選手の追加は1回のみ。試合開始時におけるバトルフィールド上の自陣参戦人数が4人の時にしか行えません』


 開始時の状況が不利になる可能性がある代わりに、味方1人を好きなタイミングで戦力として投入できるということは、上手く使えば戦略上の切り札として運用できるワケだ。

 味方が敵を釘付けしてる間に別方向から奇襲するもよし、敵リーダーが無防備なら直接討ち取りに行くもよし、である。


『次に選手の交代についてですが、この場合は1試合につき1個だけ用意される専用の煙玉をチームリーダーが使用してください。煙玉を使用すると、約20秒間、特殊な煙が発生致します。その間はバトルフィールド上に何人でも立ち入ることが許され、カラーゾーンの制限も消えます。同時にチームリーダーを含めた、全ての選手が交代可能になります。ただし、煙の効果が消えても規定人数以上の選手が場に残っていた場合、もしくはカラーゾーンにチームリーダーが存在していなかった場合はその時点で失格、敗退となります。さらに、審判に戦闘不能、場外失格と判断された選手は再び戦線に復帰することはできませんのでご注意ください』

「煙が上がっている間の、特別な攻撃制限とかはある?」

『特にございませんが、煙玉の効果時間中は敵のチームリーダーであった者を倒してもリーダー撃破とは見做されませんので、ご注意ください。また、煙玉使用中に倒された選手は効果終了後に回収されます。戦闘不能になった選手を含めて規定人数以上の選手がバトルフィールドに居残っていた場合は、煙玉の効果が切れた時点で失格となります』

「ふむ……」


 聡一は顎に手を当てて黙考する。


 煙玉は特に登録した人数の多いチーム程有効に使えるシステムだ。

 使い時を誤れば自滅しかねないが、敵との相性に合わせて自陣の味方を配置し直せるのは、一時の不利を補って余りある有利を招く。

 そして何より、たった20秒の間とはいえ、リーダーの行動範囲、参戦人数の制限、その全ての制限が無くなるのは非常に大きなアドバンテージになる――煙玉を使ったとて、必ずしも人員を交代させる必要はないのだから。

 タイミング如何によっては、戦況を変えることも可能だ。


『最後に、武器の持ち込みとチームメンバーに幻操士がいる場合の幻獣召喚についてお話します。武器の持ち込みに関しては特に制限はございません。飛び道具、暗器、その他諸々……相手選手の殺傷にさえ気を付けてくだされば、どのような武器をいくつ持ち込もうと個人の自由です。そして、幻獣の召喚についてですが、これは双方に幻操士がいた場合のみ許可されます。司会者より試合直前に告知がありますので、それを参考にしてください』

「ふむ……武器は何でも持ち込みオーケーときたか……」


 飛び道具も問題ないとのことだが、相手を殺さないように弓を穿つというのは、技術的にかなり厳しい条件だろう。

 そういった武器をメインに扱う人はどうやって戦うのだろうかと、聡一は1人で首を捻る。


『以上で説明を終わりますが、何かご質問などはございますか?』

「はーい、質問でーす」


 ここで、聡一が控えめに手を上げる。


『何でしょうか?』

「敵側に幻操士がいると仮定し、自軍のチームリーダーが飛行できる幻獣を使役する幻操士だった場合、その幻獣に乗って空中からカラーゾーンを越えて行動するのはアリですか?」

『即刻、反則となりますのでご注意ください』

「ですよねー」


 予想通りの答えに苦笑するでもなく、聡一は淡々と肩を竦めた。


『ただし、チームリーダーである幻操士がカラーゾーン内にて幻獣を召喚した場合ですが、その幻獣に関してはカラーゾーンルールの適応外となります』

「なら、チームリーダーに幻獣を置くのは――」

『反則です。チームリーダーには人間を置いてください』

「審判に回収された選手は、フィールド上における人数制限の規定から除外されますか?」

『はい、仰る通りでございます』


 つまり、チームリーダー以外を全滅させて勝利を得ようにも、相手パーティが8人だった場合、残り1人のところで煙玉を使われたら、振り出しに戻るということだ。だからこそ、チームリーダーを撃破するだけで勝利できるシステムになっているのだろう。


『――他に何か質問はございますか?』

「ないです」

『では、そろそろパーティ名を……』


 困ったように曖昧に笑う受付嬢に聡一も愛想笑いを返す。すると、セフィーアが薄く瞼を開いて静かに言った。


「貴方達も何か良いチーム名を考えて」

「「「はい」」」


 威圧感をたっぷり含んだその声音に逆らう術などなく、聡一、フェルミ、ファスティオの3名は素直に従った。

 とりあえず人の邪魔にならないようにテントの脇で考える事にした一行はその旨を受付嬢に伝え、苦笑と共に軽く手を振られながら見送られた。


 ――その後10分掛けて考え抜いた5人の回答がこれである。


「墓標の陽炎」

「爆裂マカデミアナッツ」

「5人の愉快な仲間達」

「名も無き騎士団」

「群青の渡り鳥」


 それぞれが考えたパーティ名を言い合い、じゃんけんで決める。その勝者が受付まで戻り、決定したパーティ名を告げた。


『確かに承りました。こちらが団体戦参加登録者用の肩章になります。出場者の妨害を目論む輩もおりますので、街の外に出る際は必ず付けるようにしてください』

「こんなの付けてたら逆に狙われそうな気もするけど……」


 聡一達は貰った肩章を外套の上から左肩に付け、受付嬢に見せる。

 頷いた受付嬢は二コッと業務用の笑みを浮かべると、丁寧に頭を下げて言った。


『皆様のご活躍をお祈りしております』


 ◆◆◆


 大会の申し込みを済ませ、昼ご飯を食べようと適当な店を探しているぶらぶらと歩いている途中――どこか辟易したように眉を顰めた聡一が、うんざりしたように口を開いた。


「うーむ……なんでこんなに注目されてるん? 俺」

「それはソーイチさんが赤と黄色、2つの肩章を付けてるからでしょう」


 周りから注がれる数多の視線の的である聡一は呻くような呟きに、フェルミはクスクスと笑いながら答える。


「個人戦と団体戦、その両方に出場する冒険者は滅多にいないからな」

「大会は一戦一戦が己のプライドを賭けた真剣勝負だからね。普通は体力と体調を考えてどっちか片方しか参加しないってのがお決まりだし」

「…………」


 付け加える様に話すファスティオとユウに、聡一は沈黙だけを返す。


 己に集中する数多の視線、視線、視線――もともと図太い性格なので、多少注目を集める程度ならば屁の河童だが、それでも度が過ぎればさすがに参ってしまう。


 ちなみに個人戦についてだが、団体戦と比べて複雑なルール等は一切なく、要は相手を殺さなければほぼ何でもアリ!という実に簡単明瞭な説明だった。幻獣についても、特別な条件等はなく、幻操士ならいつでも召喚し放題である。

 とはいっても、幻操士が個人戦に参加することは滅多にないそうだが……。というよりも、幻操士が武芸大会に参戦すること自体、稀らしい。


『お! 兄ちゃん、大会は両方参加するのか! 頑張れよ!』

『黒いお兄さん、試合頑張ってねー!』

『広場での騒ぎ、見てたぜー! モテる男は辛いなぁ! せいぜい頑張れよー!』

「あはは……ども」


 老若男女、さらには同業者である冒険者にまで惜しみなく掛けられる声援に聡一は困ったように笑いながら、軽く手を振って応える。


「なんか有名人にでもなったような気分だなぁ」

「それもあながち間違いじゃないかもね……フフッ」

「むぅ」


 他人事のように笑いながら隣を歩くセフィーアを軽く睨みつつ、聡一はなんとも微妙そうに顔面を歪めた。


「つってもなぁ……参加する理由が女の子の取り合いだし。純粋に大会を楽しめるような動機だったら良かったんだけどね」

「「うっ――」」


 聡一の何気ない一言に、当事者である女子2人が息を詰まらせる。


「「……ごめんなさい」」

「別に責めてるつもりはないって」


 落ち込むセフィーアとユウの頭を撫でながら、聡一は気楽に笑った。既に決まってしまったことに対して、いつまでも不貞腐れている程、女々しくはない。


「2人のせいじゃない……とはさすがに言えないけど、まぁ気にしない気にしない! こうなった以上は俺も全力で挑むよ。いざとなれば、ファスティオとフェルミも助けてくれるでしょ?」

「当然だ」

「一緒に旅を始めたばかりなのに、いきなり2人を失うワケにはいきません!」


 現実から逃避しても何も始まらない。

 今を見つめ、立ち向かう覚悟を決める――それこそが、未来(さき)への一歩を踏み出すことに繋がる。


 それに個人戦は当然、この仲間達と一緒なら、団体戦でも負ける気など全くしなかった。

 寧ろ、大会に出場するからには思い切り暴れて、両方の種目で優勝を掻っ攫ってやるのもいいかもしれない。


 照れを誤魔化すように笑うセフィーアとユウを横目で見つめながら、聡一はのんびりとそんなことを考える。


 そこへ、通行人の悲鳴染みたどよめきが聡一達の歩く先から聞こえてきた。


 何事かとそちらに意識を向けると、威圧的且つ高圧的な雰囲気を伴った一団が、通りの幅をほとんどを占めるようにして練り歩いてくる。

 先頭は馬に跨った燻し銀の重装騎士の一団で、ファスティオが持ち歩いている槍と同じタイプの長槍(ランス)を携えている。

 その後ろに豪勢な馬車が3台続き、その馬車を後ろから護るように軽装備の魔法剣士と魔道士と思われる部隊が追従していた。

 先頭の重装騎士の一列、馬車、最後尾の魔法剣士はそれぞれ国旗と思われる――緑の布地に金糸を縫い込んで描かれた、外側を固める二頭の竜、交差する二本の槍、その中央を飾る一振りの剣の旗を誇らしげに靡かせている。


「エルディエム帝国の国旗に武装親衛隊……皇帝か」


 怨嗟を乗せた冷たい声音がセフィーアの口から放たれる。

 セフィーアの母国であるクレスティア皇国と目の前のエルディエム帝国は昔から犬猿の仲で、現在は戦争の真っ只中だ。それこそ、積年の恨み辛みは赤字覚悟の大安売りをしたところで、山のように在庫が残ることだろう。


「なんでそんなお偉いさんが……武芸大会の観戦が目的だったり?」


 そう呟きつつ、聡一は自分で言った台詞に違和感を感じた。確かに2年に1度の大掛かりな祭りなら、他国から賓客を招いてもおかしくはない。だが、現在戦争真っ只中の軍事大国――それも、自国とさほど変わらない強大な国家である皇国を相手に戦っている帝国の長が、こんな遠方まで遥々足を運ぶ余裕など……。


 そんな聡一の表情を読んだのか、ファスティオが補足を入れるように口を開いた。


「表向きはな。だが、現状、一部を除いて各国家とギルドの関係は決して良好とはいえん。それでも、どんな状況であれ、この祭りだけは各国の最高権力者が出席する。……俺の言わんとしてることがわかるか?」

「……」


 ――もしかして、祭りをやってる間、裏でひっそりと会合を開いてる?


 そんな思考が聡一の脳裏を過った。


 ここアンレンデは自治区というの名を冠した1つの国家のようなものである。

 2つの大国に圧力を掛けられるように挟まれているとはいえ、その力を結集すれば大国とも渡り合える……否、大国すら潰しかねない戦力を有しているのだ。

 それでいながら、どこに対しても中立の立場を貫くギルドの総本山であり、丁度今は武芸大会期間の真っ只中。それを観戦するという目的で、各国の重鎮がこぞってここに集まってきている。国が戦争中だろうが何だろうが関係ない。

 様々な国のトップが武芸大会を観戦するという共通の"名目"をもつことで、国家間のしがらみを超越して、一堂に会することができる貴重な機会なのだ。

 そこで中立地帯ならではの有意義な"話し合い"がなされているのだろう。


「大体は察したようだな。やはり、いざという時のお前は頭の回転が速い」

「それって、普段の俺に対する皮肉じゃないよね?」 

「素直に褒めてるのさ」

「ふむ、ならいいけど――それにしてもあの連中、騎士って割には隙だらけだね。王族の守護を任されてるにしては随分と温いことで……街の中入ったせいかな?」


 馬に跨った騎士、フードを目深に被った魔道士、所謂ベレー帽に鼻と口元を布で覆った魔法剣士――細かい表情こそ隠しているが、連中の気の抜けた空気は直に肌に伝わってくる。

 今の彼らにあるのは護衛対象を護ろうとする気概ではなく、武力を誇る大国軍人特有の優越感だけだ。

 先頭を任されている騎士隊は"他に比べてまだマシ"なようだが、所詮はその程度でしかない。


「ま、ここって中立国家と非武装国家に挟まれてる自治区だし、気が抜けるのは仕方ないのかもね。それより早く食堂探そうよ~。私、もうお腹ぺこぺこで……このままだと死んぢゃう」


 ユウが歩調の鈍る皆を後ろから追い立てる。

 エルディエム帝国……とりわけ先頭の騎馬隊に、どこか咎めるような厳しい視線を向けるファスティオを促すようにしてその場を離れた。


「――?」


 その時、3台の馬車のうち、中央を陣取る馬車の客車から針のような視線を感じ、聡一は反射的に振り向く。


 客車の窓ガラスは加工してあるのか、生憎と外から中の様子を窺うことはできなかったが、聡一は首筋にムズムズとした違和感を覚え、若干不快に思いながらも大して気にせずに馬車の進行方向とは反対の方向へと歩を進めた。


 今は何よりも、美味しいご飯が恋しいのだ。


 ◆◆◆


 空腹時には堪らない匂いが立ちこめる空間。触発されるように胃が栄養を求め、舌が独特の唾液を分泌させる。

 香辛料を効かせた肉厚のステーキ。粉チーズをたっぷり塗した、特製ドレッシング付きのサラダ。焼き立てのパンに熱々のスープ……それらを引き立てる酒の数々。

 お昼時ということもあって、忙しそうに店内を駆け回る女給達の姿は、まるで古戦場を舞う戦乙女の如し。

 客達の笑い声に食器を打ち鳴らす音、そのどれもが空気と溶け合う活気をさらに景気付けていく。


 美味しい食事こそ、我が人生の活力なり。


 そんな自論を誇らしげに語る聡一は出来たての料理を忙しなく口に運び、相好を崩して舌鼓を打つ。


「いやはや、大会参加者ってだけでこんなにサービスしてもらえるとはね~! さすがに夢にも思わなかったよ俺は」


 ――聡一達は知る由もないのだが、ここは値段に見合わない美味な料理を出す店として、地元ではかなり知名度を誇る料理店だったりする。

 本来は開店前の早朝から行列ができる程の優良店なのだが、諸事情により開店時間が大幅に遅れていたので、今回ばかりは誰も店の前に列を作っていなかったのである。

 偶然にも店主が【OPEN】の札を立て掛けているところをユウが目撃し、丁度いいということでこの店を選んだのだ。


 さらには調理を担当している店主が武芸大会のファンであり、個人戦と団体戦の両方に登録している聡一を気に入って様々な試作料理を無料で提供してくれたのだから、図らずも大当たりといったところである。


「これまた……もう……子羊背肉の香草包み焼きがたまらん! びゃああぁ!」


 ……と言いつつも、嫌いな豆をフォークでちゃっかり選り分けていたりするのをセフィーアは見逃さなかった。


「好き嫌いはダメ」

「うぐっ……いやその……豆を噛み潰した時の食感がどうも苦手で……マジ勘弁してくだしあ!」


 痛いところを突かれたと渋い顔をする聡一は呻くように言い訳するが、セフィーアはきっぱりと一刀両断する。


「食べなきゃダメ」

「……はい」


 2人のやり取りを楽しそうに眺めながら、ユウもちょっかいを仕掛ける。


「ソーちゃんって食べ物にうるさいクセに、嗜好が変なところで子供だよねぇ」

「これは拘りというものだよ、チミ」

「はいはい、偏食はよくありませんよぉ。はい、お口あ~ん」

「……ぅあーん」


 豆を刺したフォークを突きだし、小悪魔の笑みを見せるユウ。

 豆は嫌いだが、女の子からの"あーん"は健康な青少年である聡一にとって抗い難い魅力を伴っている。

 嫌いな食べ物を美女にあーんされるという、ある意味で拷問にも似たこの状況――聡一は苦虫を噛み潰したような顔を披露しながらも、結局はパクリと豆を口の中へ運んでもらうのだった。


「よくできましたー! いい子いい子」

「……んぐんぐ――おうふっ」


 ユウは、まるで「上手にあんよできたね!」と我が子の姿に喜ぶ母親のように頭を撫でる。

 彼も普段なら調子に乗るか、顔を赤くするかなどの反応見せるところだが、今は豆を咀嚼するだけして嚥下できずに涙目になっていた。


「……そんなに豆が苦手なのか?」

「ソーイチさん、お水です」


 フェルミとファスティオは自分の料理を味わいつつ、時折聡一達のやり取りに失笑しながらも、仲間達と過ごすこの和気藹々とした雰囲気を満喫する。


 緩やかに流れていく穏やかな時間。

 その空気に乗じる様にして、聡一は水が注がれたコップを受け取りつつ、思い出したように口を開いた。


「それにしても、ファスティオがランクA+で助かったよ」

「それって個人戦の予選のこと?」

「そそ。団体戦に申し込んだ時は予選云々なんて言ってなかったから、てっきりないもんだと思ってたら普通にあるし」


 セフィーアの問いに頷いた聡一は、背凭れに体重を預けながら天井を見上げる。


「大会のメインディッシュである団体戦はともかく、個人戦はあくまでオードブル扱いだからな。にも関わらず、個人戦の参加者は毎回2000人は下らない。数を減らす意味でも、篩にかけるのは当然だろう」


 ファスティオの言うように、無駄に多い個人戦参加者を篩い落とすのは当然だ。いちいち一試合ずつ執り行っていたら、いくら日数があっても足りるものではない。


 しかし――


「でもさ、ギルドからの街内放送があるまで予選の内容がわからないってのは、いくらなんでもおかしいでしょう。しかも、まともな予選なんて滅多にないとか……運営は何考えてんの?」


 予選というのは参加者を蹴落とす篩いでもあれば、本戦への架け橋でもある。普通は戦いの場で己の強さを証明してこそ、堂々と本戦へ出場できるというものだろう。


 だが、ここアンレンデの武芸大会個人戦予選では、そんな在り来りな真似などしないのだ。


「確か、前回は街内スタンプラリー。前々回は街内宝探し……でしたっけ?」


 人差し指を顎に当てて、過去の予選を思い出そうとするフェルミ。

 聡一は呆れて物も言えなかった……内心で楽しそうだと思ってしまったのは勿論内緒だ。


「武芸大会は冒険者だけじゃなくて、アンレンデにいる全ての住民の"お祭り"でもあるからねー。さてさて、今年はどんな予選になるのかな?」


 楽しそうに笑うユウに釣られるように、皆も笑う。

 聡一は今更ながら少しだけ、予選に参加できないことを悔しく思った。


 ――それからしばらくして皆が食事を終え、各々に食後の休憩を取っている時、


「皆さん、楽しそうですね」


 明瞭ながら落ち着いた声音と一緒に1人の青年が顔を見せた。


「あ、店主さん。料理、凄く美味しかったです! 御馳走様でした」

「お粗末様でした。お気に召していただけたようで嬉しい限りです。はい、食後のデザートをどうぞ。勿論サービスですよ」


 聡一の心からの賛辞に嬉しそうな笑顔を浮かべるこの青年は<ヴィア・ランテ>唯一の調理師であり、オーナー兼店長でもある人物だ。

 幼馴染の姉妹が女給として働いており、今もてんやわんやと目まぐるしく店内を駆け回っていた。


「武芸大会頑張ってくださいね。皆さんのこと応援してますから。では、ごゆっくりどうぞ」


 去り際にテーブルに置かれたデザートは、聡一の世界でいうケーキに近いものだった。

 ふわふわのスポンジにしっとりとしたクレープ生地を正方形に切り揃え、それぞれ重ねている。層の間に色鮮やかな複数種類のクリームが塗られ、極限まで薄く切られた果物をバランス良く配置していた。

 一番上を粉々に砕いたパイの皮で覆い、ベリー系の小さな実で見目麗しくデコレーションされた菓子だ。


「わぁぁ……凄く綺麗です……」

「こんな素敵なお菓子、初めて見たよ~」


 感嘆の吐息を漏らすフェルミに同意したユウも、自らの瞳を輝かせながら菓子に夢中になっている。


「本当にいい腕……。ウチのシェフでもこれだけのお菓子を作れる人はいないかも」


 公爵家の次期頭首であるセフィーアもこれにはさすがに度肝を抜かれたらしく、どこか呟くように言った。


「うぅー……食べるの勿体ないぃ……ってあぁッ!? ファスティオ! なんて事するのっ!?」

「ん? なんだ?」


 菓子用に用意された小さなフォークを握ったまま、潤んだ瞳で菓子を眺めていたユウだったが、突如として声を荒げた。

 名前を呼ばれたファスティオは不思議そうな顔をするが、ユウの視線はファスティオ自身ではなく、フォークの先端に食い込んだ菓子に向けられていた。


「お菓子! そんなあっさり両断しちゃうなんて、酷い! 酷過ぎるっ!」

「む? しかし、こうしなければ食べ辛いだろう。さすがの俺でもこの菓子を一口で食べ切るのは無理だ」

「そーゆー問題じゃなくて!」


 元貴族らしいファスティオからすれば、こういう菓子は見慣れているのだろう。そのフォークは躊躇いもなく菓子を真っ二つにすると、更に半分に分けてから、喚くユウを無視して口に運んだ。


「あぁ……せっかくの綺麗なお菓子が……」

「ユウの気持ちも理解できなくはないが、店主からすれば、この菓子は客に味わってもらうべくして丹誠込めて作ったものだ。しかも、我々の為に貴重な商品を無料で提供してくれたのだから、この場合は寧ろ食べない方が失礼というものではないか?」

「う……それはまぁそうなんだけど……」


 真面目に諭すファスティオの正論に反撃の余地はない。ユウは項垂れる様に視線を落とすが、意を決したように顔を上げると、菓子に向けて丁寧にフォークを降ろした。

 それを横目で見ていたフェルミも唇を引き結んで、フォークを手に取った。どうやら踏ん切りがつかなかったのは彼女も同じだったらしい。


 ちなみに、セフィーアはとっくに菓子を食べ終わってる。


「美味しい! 舌の上でとろけるみたい!」

「甘くて濃厚なのに、すぐに口の中から消えちゃいます……」


 もう大絶賛である。今の彼女達を見れば、きっと店主も顔を綻ばせるだろう。


 あっという間に菓子を食べ終わったユウとフェルミは何やら幸せそうな顔で惚けていたが、ふと聡一が菓子に手を付けていないことに目敏く気付いた。


「あれ? ソーちゃん全然フォーク進んでないね?」

「食べないのですか? 美味しいですよ?」


 と言いつつも、彼女達の猛禽類のような目からして、聡一が菓子を食べないという台詞を待っていることはバレバレであり………………。


「俺、甘い物は苦手だから。端っこ食べちゃったけど、いる?」


 苦笑しつつも、聡一はそう言った。元々、一口食べたら誰かにあげるつもりだったので文句はない。


「「いります!」」


 瞬きの速さでフォークを掴んだユウとフェルミ。しかし、それぞれのフォークが菓子に届く前に、それらを妨げる様にしてもう1本のフォークが菓子に伸びた。


 ちゃきん!と空中で3本のフォークが打ち鳴らされる。


 その正体は――ファスティオだった。


「「――ッ!?」」

「甘い物に目がないのは俺も同じでな。悪いが譲るつもりはない」


 絶句する2人にニヒルな笑みを向けるファスティオ。

 そんな彼らを呆れた眼差しで見つめるセフィーアが、ため息混じりに呟いた。


「素直に3等分すればいいでしょ……行儀悪い」


 とか言いつつ、3人がフォークを鳴らしてる間に、セフィーアがちゃっかり自分の皿にケーキを取っていたのを聡一は見逃さなかったのだが――


 ◆◆◆[side unknown]


 主要な色取りである濃い緑を金で縁取った馬車の内装。極上の絹や綿をふんだんに使用して作られたソファ。身体を真横に倒しても尚有り余るスペース。凝った装飾が施されたミニテーブルの上に置かれる2つのティーカップ。

 その気になれば10人は楽に乗れるような贅沢の極みともいえる巨大な馬車の中――豪奢なソファの中央を1人で陣取るのは、厳つい顔をした初老の男。煌びやかな布地を幾重にも重ね、希少な宝石をこれでもかと飾り付けた野暮ったい衣服の上に、首周りを白毛で覆った深緑のマントを着用している。

 その男の向かい側に腰掛けるのは、赤いマントの下に紺藍色のコート型の衣服に身を包み、その上から漆黒の革鎧を着用している若い男であり、彼は何やら意外そうな表情で馬車の外――遮光の魔法加工が施されたガラスの窓越しに映る街を眺めていた。


「………………」

「随分と外を気にしているようだが、どうかしたのか? レイス」

「いえ、大したことではありません。ただ、懐かしい顔を見かけただけです」


 レイスと呼ばれた青年は、左目を隠すように伸びた雪のように白い髪を鬱陶しげに掻き上げると、酷薄な笑みを浮かべて言った。


「懐かしい顔だと?」

「えぇ。前皇帝を護れず、貴族の地位を剥奪され、他国へと追いやられた"例の彼"ですよ」

「あぁ、そういえばそんな奴もいたな。確か冒険者になったのだったか? それならばここに居合わせるのも当然だろう」


 本当は例の彼だけでなく、蒼い髪をフードで隠しながらこちらを睨む"敵国のお嬢様"もいるのだが、さすがにそれを馬鹿正直に告げると色々と面倒な仕事が増えるので口にはしなかった。


「どうします? 目障りなら消しますが……」

「捨て置け。一介の冒険者風情に成り下がった男1人の為に、わざわざ腰を上げるのも面倒だ」


 レイスの予想と寸分違わぬ台詞をどこか眠たげに言い捨てた男は、傍らに立っていた侍女に手を伸ばすと、その細い腰を抱き寄せて強引に自分の前に跪かせる。

 膝立ちの姿勢にさせられた侍女は抗議の声を上げることもなく、どこか諦観したような態度を無表情の裏に隠し、行為に及ぶ為の準備を始めた。


 人目も憚らずに欲を満たそうとする男に内心で唾を吐きかけたレイスは、腰に差した剣が僅かに鳴動するのを感じ、ハッとした表情で窓の外を振り返る。そこには、今まさに馬車の脇を通り過ぎていく全身黒尽くめの青年がおり、レイスの視線を感じ取ったのか、不思議そうな表情で馬車に視線を合わせていた。


 彼と以前にどこかで会ったような気がしたが、そんなことはどうでもいい。


 黒髪黒瞳という、未だかつて見た事がない風貌の青年――震えていた剣は彼との距離が離れたせいか、もう微動だにしていないが、レイスの"剣の持ち主"としての本能がそっと囁いた。


 ――あいつがそうに違いない。


 レイスは悠長に大国の宰相という"ごっこ遊び"に興じている場合ではないことを悟った。


 大国の統治者が自国から遠く離れている今の状況は、事を起こすのにこれ以上ない絶好の機会といえる。


 非常に良いタイミングで現れてくれた。これも天が授けた運命か。全てが自分を後押ししているように思えてならない。


 主の為に腰を懸命に動かしつつ、嬌声をあげないように必死に歯を食い縛って耐えている侍女の顔を眺め、悦に浸っている男の馬鹿面を見つめ、レイスは口の端を微かに吊り上げた。


 ――今夜にでも彼女と相談しなければ。


 歪な運命の歯車が、身に付いた錆を落としながらゆっくりと回り始める。

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