第31話 腐れ縁イコール良き理解者?
豪奢な風呂やサウナを堪能し、その後は各々の親睦を深める為に談笑会。凝った作りの夕食を楽しんだあとは、リベヌ村では出来なかったフェルミとファスティオの歓迎飲み会をベランダで開き、絶景と軽い軽食をつまみに大いに騒いだ。ユウだけは絶景を視界に入れないように色々と策を練りながら酒を呷っていたようだが。
その翌日の昼頃、ふかふかのベッドで惰眠を貪る聡一を起こしたのはユウのこんな一声が原因だった。
「チケット買い行くから起ーきーてーっ!」
「――ッ!? なになに! なんなの!?」
ぼふんと毛布の上から勢いをつけて馬乗りされた聡一は、寝惚け眼で困惑する。
直前で自分に目掛けて突撃してくる気配を捉え、反射的に腹筋に力を入れたからいいものの、下手をすれば奇怪な悲鳴と共に眼球が飛び出していてもおかしくないところだった。
「武芸大会のチケットを買いに行くんだよ。予約販売の受付が今日からだから、早めに出向かないと良い席取れなくなっちゃう」
「予約販売? へぇ随分と気が利いたことするんだね」
「今日の販売はギルド所属の冒険者限定だけどね。ちなみに明日が一般向けの予約販売日。ほらほら急いで!」
「んーまぁいいけど、わざわざ全員で行かなくても代表者が人数分買ってくるとかでいいような……」
「それが出来ないから早く行こうって言ってるのに~」
「え? ダメなん? どうして?」
「強盗や盗難、転売を防止するために一人一枚しか買えないようになってるの」
そこでユウは人差し指を立てて、先生の講釈のように
「2年に1度しか開かれない大きなイベントなんだから、大勢の冒険者や旅行者が詰めかけてくるのは想像に難くないでしょ? でもまぁ、当然だけど、いくら大闘技場でも収容できる人数は限られてるワケ。さて、そこで問題です。どうしても大会をこの目で見たかったのに、運悪く念願のチケットを手に入れられなかった人はそのあとどうするでしょうか?」
「諦めるか……チケットを持ってる人に頼んで譲ってもらうか……あ……」
なるほど、と聡一は納得する。
ガラの悪い輩などは、そもそも買おうとする素振りすらみせず、適当な購入者を狙って強奪を目論むだろう。
転売なども同様だ。チケットではなく単純に金が目的の連中は、チケットを一気に大量購入し、チケットを手に入れられなかった旅行者に対して高額で売りつけようとするに違いない。その結果、転売人が稼いだ金を手っ取り早く横取りしようと考える輩も当然出てくるハズだ。
大会運営者は街の治安のことをよく考えているらしい。
「理解できた? だったら早くいこ!」
「あいあい」
馬乗りのまま子供のようにはしゃぐユウを微笑ましく思いながら、聡一は毛布越しで良かったと心から思うのだった。
「ねぇ、ソーちゃんや」
「はい?」
「ソーちゃんの寝顔ってなんかムスッとしてて、あまり可愛くないね。なんか、常に脅えながら寝てるみたい」
「……そりゃ悪うござんした」
どこか憮然とした面持ちでそう言い放ち、聡一はユウを押し退けて着替えを始めるのだった。
◆◆◆
「こりゃ凄い……」
「ある意味、壮観ね」
半ば茫然とそんな一言を呟いた聡一の眼前に広がる光景は、人、人、人が密集する如何にも暑苦しい世界。
視界に収まる人間の全てが冒険者だという事実は、こういう場に慣れていない者をただただ圧倒させる。
これほどまでの数が一堂に会するというのはこの大会以外では滅多にないらしく、セフィーアや聡一のように冒険者になって日が浅い者やアンレンデに初めて足を伸ばした者は皆一様に唖然としていた。
「驚くのも無理ないけど、とりあえず私達も並ぼ? ちゃんと並ばないとチケットは買えないからね~」
目を丸くして驚く2人の反応を楽しみながら、ユウは皆を先導するように歩き出す。フェルミとファスティオは何度か足を運んだことがあるのか、慣れた様子でユウの後に続いた。
そこへ動揺する冒険者達の声が風に乗って聞こえてくる。
『おい見ろよ、あのパーティって――』
『あぁ間違いねぇ』
『薔薇色の閃姫、エリシア・ミューディリクス率いる<白薔薇旅団>だ……』
なんだかとんでもない中二臭を嗅ぎ取ったような錯覚はともかく、なんとなく碌な人物ではなさそうだと直感で判断する。
空気がざわついてる方向に視線を送ると、どこぞのモーゼのように割れていく人だかりを目にした。徐々に近づいてくるそれは、エリシアなる人物の進路上に自分達がいることを意味する。
嫌な予感がマーチを鳴り響かせて頭の中を行進してくる。
寒気を覚えた聡一は先導するユウに「少し急ごう」と声を掛けるべく視線を送り、
「あ、あわわわわ……」
なんだか物凄く慌てふためいている彼女の姿を目にした。
「ちょっユウ、いったいどうし――」
「ソーちゃんかくまって!!」
聡一の台詞を最後まで聞くことなく、半ば悲鳴のように叫びながらユウは彼の外套の下へと潜り込み、震えるように抱きついた。
本当にあっという間の出来事で、仲間達は何があったのかと事情を伺うことすら叶わず、困惑する。
そこへ、ユウが慌てて隠れる原因となった人物が10人ばかりの御供を連れて姿を現す。
「あら、確かに彼女の気配を感じたと思ったのですけれど、気のせい――ではないようですわね」
モーゼの正体が姿を現し、ニヤリと意地悪な笑みを聡一……ではなく、彼の外套の下に隠れたユウへと向けた。
まぁ不自然にこんもりと盛り上がった外套を見れば、誰でもそこに誰かが隠れていると確信できるだろう。
魔性の美女――これが目の前の女に対する聡一が抱いた第一印象だった。
目に付くのは高級なアクセサリー、上等な布を使っているのであろう真っ赤な外套、極めつけに白銀の羽を3枚あしらった真っ赤なカウボーイハット。
軽装の皮鎧に黒の短パン、鹿皮の上等なブーツ、そしてダイナマイトかつスレンダーなボディは世の男の視線を我が物とするに十分足る魅力を放っていた――どことなく芳しい女の色香を見せつけているような印象も受けるが。
それはともかく、身に付けている着衣、装飾品はどれもこれも目玉が飛び出るくらいに高価な代物だということが一目でわかる。
外套越しに背負う使い古された弓と矢筒が、唯一、彼女にそぐわない物といえるかもしれない。
よく手入れされているのであろう腰まである濃紺の髪を靡かせつつ、銀色の瞳をした美女は今度こそ聡一へと目を向けた。
「初めまして。私はエリシア・ミューディリクス。ランクA+の冒険者ですわ。そこの黒い殿方、お名前は?」
名乗るつもりなど毛頭なかったが、相手の名前を尋ねるときはまず自分から名乗る――その礼儀を通したエリシアに無礼を働くワケにもいかない。
聡一は頭の隅で面倒な事になりそうな悪寒をひしひしと感じながらも、佇まいを正して軽く会釈する。漆黒のフードのおかげで顔を隠せているのがせめてもの救いだ。
「ソーイチ・オノクラと言います」
「変わったお名前をお持ちなのね。では、ソーイチ殿。貴方に張り付いているそこの冒険者と顔を合わせたいのだけれど、引き摺りだしていただけるかしら?」
エリシアの声にびくりと身体を震わせたユウは、顔を押し付けるようにしてぐりぐりと左右に首を振る。明らかな否定の意思だった。
聡一は溜息を吐きたい衝動を堪ると、仮面の笑みを自らの顔面に張り付けて言った。
「本人はそれを望んでいないようです。お引き取りを」
「あら、そうなの? それは困ったわ」
きっぱりとした態度で拒否を言い切られたエリシアは、ユウに当てつける様に幾分か大きな声でそう言うと、途端に腹黒い笑みを浮かべた。
「このままでは私、ユウに会えない悲しみのあまり、思わず"あの出来事"を公衆の面前で口にしてしまいそう。そう、あれは3年前の――」
「わああああっ! やめてよー! それは誰にも言わないって約束でしょーッ!? ていうかアレはエリシアにとっても諸刃の剣じゃない!」
何かを口走ろうとしたエリシアに、隠れていたユウは飛んで火に入る夏の虫の如く慌てて飛び付く。エリシアはそれを先程の黒い笑みとは違う、素の笑顔で受け入れた。
「お久しぶりですわ、ユウ。相変わらず能天気そうな顔をしていらっしゃるのね」
「ほっといてよ! この顔は生まれつきなの! ……とりあえず久しぶり――ってちょっ!? イヤッ! 離してぇ! どこに顔を埋めてるの!? やだぁぁっ!!」
獲物を逃がさんとするエリシアの抱擁に、嫌そうに顔を歪めるユウはなんとか彼女の魔の手から逃げ出そう必死にもがく。
その後ろでユウを羨ましそうに睨む男女の集団は間違いなくエリシアのパーティメンバーなのだろう。聡一にアイコンタクトで「このままでは埒が明かないのでなんとかしろ」と理不尽なプレッシャーを与えてくる。
聡一は「お前らの仲間だろ、早くなんとかしろよ」と、逆に睨みたくなる気持ちを必死に抑え、強引に双方を引き剥がしにかかった。
「うぅぅっソーちゃん……びえぇぇ!」
「おー、よしよし。怖かったねぇ」
さめざめと泣くユウの頭を撫でながら、聡一は「やり過ぎだ」という意思表示を込めてエリシアを軽く睨んだ。
それに対し、エリシアは反省するどころかますます興味深そうな顔をする。
「あらあら、ユウが特定の殿方にそれほどまで懐くなんて……いったいどんな経緯があったのかしら」
「エリシアには関係ないでしょ! あっち行っちゃえ!」
「嫌われたものですわね――ところでソーイチ殿、私、貴方のお顔を拝見したいの。そのフードを取ってくださらなくて?」
「………………」
逆らってもロクな事にならないと悟った聡一は渋々といった感じにフードを脱ぐ。
「ふーん……黒髪黒瞳……悪くないけど――なんか地味ですわね。弱そうだし」
「なっ――!?」
「生憎と見た目にはとんと気を遣わない性質なもんでね。ギルドランクもFだし、その読みは正しいよ」
エリシアの率直な感想に絶句するユウと、実にどーでもよさそうな口調で認める聡一。そこには自らへの侮辱に対する怒りも悔しさもなく、ただ面倒臭いという感情しか存在しない。付け加えれば、さっさとこの場を切り上げたいという思いだけが、誰の目から見ても浮き彫りになっている状態だ。
だが、このまま興味を失って早々に立ち去ってほしいと願う彼の望みは、予想外の形で裏切られることになる。
「…………ソーちゃんの実力を知りもしないクセに――」
「――? 何か仰ったかし――」
「相手の実力も満足に見極められないような女が、知った風な口を叩くなッ!!」
涙目でそう怒鳴ったユウに、エリシアを含む皆が驚きの表情を見せる。
聡一などエリシアへ向けていた冷めた態度を一変させ、落ち着きのない子供のようにうろたえる始末である。
「いや、あのユウさん? 俺、気にしてないんで……。ていうか、チケット買うならそろそろ並ばないと。ほら、本格的に長蛇の列になり始めてるし、ね? なんか周りに人も集まりだしてるしさ」
「ソーちゃんは黙っててッ!!」
「はい、出しゃばってスミマセン」
ユウの一喝にすごすごと引っ込んだ聡一は、セフィーア達の非難を眼差しに気付かないフリをしつつ、嵐が過ぎ去るのを待つことにした。
「本当はソーちゃん超強いんだからね! 本気出せば、エリシアなんか瞬殺できちゃうし!」
「Fランクの彼が、Aランクの私を? 瞬殺? あら、そうでしたの。そうとは気付かず、私ってばとんだ失礼を」
「あぁっ!? その顔は信じてないでしょ!? 本当なんだからね! ソーちゃんは面倒くさがりだから普段はやる気ないような顔してるけど、その気になればグリアズだって単身で撃退しちゃうくらい強いんだからッ!!」
「……なんですって?」
ユウの言葉にエリシアの瞳がすっと細まる。
――ざわっ
周囲の動揺を察した聡一は、内心で「……あぁ、終わった」と頭を抱えた。
セフィーアは同情の眼差しで聡一を見やり、ファスティオとフェルミは周りの有象無象と同じように驚愕を露わにする。
「自称Fランクの彼がSSクラスのグリアズを一人で撃退するなど、冗談も程々に――といいたいところですが、貴女は感情に任せて嘘や虚勢を張るような安い女ではありませんものね。もしや、最近聖都の方で目撃されたというグリアズの情報と何か関係があるのかしら?」
「関係もなにも、私やそこのセフィはその場に居合わせた張本人だよ。ソーちゃんは自分を囮にしてまで私達を逃がしてくれたんだから!」
じろっとエリシアの銀眼が聡一を捉える。
精神的に疲弊した聡一には、もう睨み返す気力すら残っていなかった。
「ふーん……彼が……どうにも信じられませんわね」
「本当だもんっ!」
「貴女がくだらない嘘を吐くような女でないことは知っています。しかし……あぁ良い事を思いつきましたわ!」
「……なによぅ」
「貴方達5人、見たところパーティを組んでいるようですし、団体戦に申し込みなさい。そこで私のパーティと決着をつけましょう」
如何にも名案を思いついたとばかりに手を叩いたエリシアは、憤慨するユウを見据えて言った。
「「「「「――……はぁ?」」」」」
ユウ、聡一、セフィーア、フェルミ、ファスティオ……5人の声が寸分の狂いなく綺麗に重なる。
「貴方達が私達に勝てば、私は無条件でユウの言葉を信じますわ。ただし、もし貴方達が負ければユウの身柄は私が頂いていきます」
それ対等な条件じゃないだろと周囲がツッコむ間もなく、ユウは胸を張って言い返す。
「――ッ。上等じゃん? エリシア如きに負けるなんて絶対にありえないし!」
「せいぜい楽しめることを期待してますわ。あぁ、これからはユウとのめくるめくアバンチュールが待っているのね! 私、感激ですわ」
「うるさい! あとで吠え面かくなよ! ばーか!」
高笑いを残して立ち去っていくエリシア。その後に続く取り巻き達は各々に聡一を睨みながら踵を返して去っていった。
有無を言わさず武芸大会の団体戦に参戦することになった聡一達面々は、何か言いたげな表情のまま無言でユウを見つめた。
「「「「………………」」」」
「あ……あははは……は……ごめんなさい……」
今更謝ったところで既に後の祭りでしかない。ユウは気まずくなり、顔を俯かせる。
――嫌な沈黙が、場の空気を重くした。
「……やれやれ」
聡一は疲れたような一言を漏らすと、陰鬱な雰囲気を払い除けるようにして、飼い主に叱られた子犬のように落ち込むユウの頭を軽く撫でる。
「まぁ俺達ってまだ5人纏まって戦ったことないからね。いい予行演習にはなるでしょうよ」
「それもそうだな」
「私も最近はあまり戦術魔法を使ってなかったので、勘を取り戻すのに丁度いい機会です」
「まぁソーイチを一方的に弱者って決めつけられたのには私も頭にきたし、参加するのは吝かではないわ。そんなのを護衛に雇ってるなんて思われたら、私の沽券に関わる」
――恐る恐る顔を上げたユウの瞳に映ったのは、苦笑しつつも優しげに表情を彩る皆の姿だった。
そんな仲間達が眩しくて、共に肩を並べている今が嬉しくて。
ユウは目の端に涙をうっすらと浮かべながら、純真無垢な子供のように、柔らかくはにかんだ。
「んじゃ、行きますか」
「うん!」
目的がチケット購入から大会のエントリーになってしまったのは予想外だったが、良い感じに結束力を高めた一行は勇み足で大闘技場前の武芸大会参加受付へと向かう。
「ところでユウ。あのエリシアって人と知り合いっぽいけど、昔何かあったん?」
「んー……まぁちょっとね。思い出したくない過去だけど……」
「そっか――あの人のこと、嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど……やっぱ嫌い」
「そっか」
ぷぅっと頬を膨らませてそっぽを向くユウがどんな過去を思い出しているのか……それを知る術はない。