表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
33/69

第29話  新たな旅の仲間、ツー

 聡一の左手を男の子が、右手を女の子が握り、それぞれ挟むようにして男の子の左手をセフィーアが握り、女の子の右手をユウが握る。

 その状態で腕を上げて身体を宙に持ち上げてやると、双子はキャッキャと嬉しそうに騒いだ。

 まるで家族のようにも見える聡一達を微笑まし気に眺めながら、フェルミとファスティオがゆっくりと追従していく。


 子供の足に合わせてだが、既に実質1時間近く歩き通している。

 もうそろそろ村の入り口が見えてくるかというところで、ユウがチラッと後ろに振り返った。


「ねぇ、貴方達ってパーティ組んでるんでしょ?」

「そうですよ」

「何か目的のある旅の最中だったりする?」

「いえ、特にそういうのはないです。適当な魔物を狩ってお金を稼ぎながら、見聞を広める為に世界を周ってます」

「そっかそっかぁ! 特に目的はないんだね?」


 そこまで聞いたユウはパッと表情を輝かせ、聡一に顔を向けた。

 ユウの言いたいことを察した聡一は、顔を左に向けてセフィーアを見つめる。

 決定権はあくまでセフィーアにあると言外に語る聡一の眼差しに、セフィーアは悩むように少し渋い顔をする。

 しかし、セフィーアが何かを言う前に、ユウは一旦手を握っていた女の子を聡一に預けると、後ろにいるフェルミとファスティオに歩幅を合わせる。


「ねぇ、もしよかったらあたし達と一緒に来ない?」

「ちょっ――ん……」


 セフィーアは自分の意見を聞かずに話を進められて思わず文句を言いかけたが、思い直して開いた口を閉じた。

 一先ずは成り行きを見守り、頃合いを見計らって口を挿むことにしたようだ。

 聡一は双子の手を握って「競争だ!」と無理矢理一行との距離を離しにかかる。好奇心旺盛な子供達に後ろの話を聞かれ、自分達の旅に付いてくるという考えを起こさせない為の配慮だった。


「貴方達と……ですか?」


 突然の旅の誘いに戸惑うフェルミは、ここまで一緒に旅してきたパートナーの意見を伺うべく視線をファスティオに向ける。


「俺はどちらでも構わない。お前に任せる」


 ファスティオ自身は彼らの仲間に加わる事に対して特に文句はないらしい。それどころか、ちょっと嬉しそうな表情を見せていることからして満更でもないようだ。自分とセフィーアが居合わせなかった間に、彼らと何かあったのかもしれないとフェルミは推察する。


「でも、私達が同行してしまってもいいのですか? 貴方達の旅の目的はソーイチさんの記憶を取り戻すことだと聞いていましたが……そのような重要な旅路に部外者である私達が紛れては……」

「そんなこと言ったら、あたしだって部外者だよ。まぁソーちゃんには命を助けられた恩があるから、一応恩返しって名目で付いてきてるけどね」


 おずおずと意見を述べるフェルミに対し、ユウはあっけらかんと笑った。


「しかし――」

「勿論、無理にとは言わないよ。これでも結構ゴタゴタしてるから――」

「はいはいストップ」


 ユウの勧誘でパーティに加わった気になられても困ると考えたセフィーアは、ユウとフェルミの間に強引に割り込むと無理矢理話を中断させた。


 それからフェルミとファスティオに視線を合わせ、諭すように言葉を紡ぐ。


「私達の内情を気楽に捉えられて後で文句を言われても困るから、今の内に警告しておく。既にユウがいるから"ついてくるな"とは言わないけど、私達の旅についてきたら確実に面倒な事に巻き込まれるわ。貴方達はそれでもいいの?」


 後半はユウにも向けた言葉だった。暗に彼女の意思を再確認しているのである。


 常識的に考えて、様々な問題を内包しているセフィーアとソーイチの旅についていくことは、彼女等にとってほぼデメリットでしかない。


 ――それでもついてくるのか

 

 セフィーアの真剣な声音にユウは表情を引き締め、その真摯な瞳を真っ向からぶつける。

 だが、ユウが口を開くよりも早く、フェルミが柔らかく笑みを作った。


「私の中には、15年前に身に降りかかった出来事より面倒な事など存在しません。もし、セフィーアさんとソーイチさんが私を仲間として受け入れてくださるのなら、私はお二人の旅路にお邪魔させていただきたいと思います」


 フェルミの意思を理解したファスティオも同調する。


「これでも昔は部下を率いていた身でな。人を見る目はあるつもりだ。それにソーイチと言ったか、あいつの正体には俺も興味がある。付き合おう」


 あまり深く物事を捉えていない印象を2人から受けたセフィーアは、確認の為に眼つきを鋭いものに変えて問い返す。


「本当に後悔しないの? もし変な方向に物語(ボール)が転がちゃったら、それこそ洒落にならない結末を生むと思う。そうなっても私達は何の責任も取れないし、だからって一切の事情を説明することもないわ。そんな信用の置けない冒険者と安易な思考で行動を共にするつもり?」


 セフィーアとソーイチのせいで何が起こっても不思議じゃない。それに加えて何か起こっても責任は取らないし、自分達の事情を説明する気もない――これではパーティを組むうえで最低限必要な"信頼"も何もないではないか。


 そんな言葉の裏に含まれた意味を察し、フェルミとファスティオは薄く笑って言った。


「冒険者としての勘が囁くのですよ。貴方達との旅は面白そうだって」

「自分で選んだ道だ。この先如何なる災厄が己に降り掛かろうとも、それで仲間を責めるつもりは毛頭ない。寧ろ、そういった普通には起こり得ない出来事があるからこそ冒険はやめられないんだ」

「……そう。なら、いい――あとで話が違うはナシだからね」


 2人に相応の覚悟と想いがあることを確認したセフィーアはユウに向き返る。

 自分の意思を表示していないのはユウだけとなった。


「ユウはどうするの?」

「………………」


 ユウはただ俯いたまま黙考し、何の反応も示さない。

 今まで浮ついた態度しか見せていなかったが、至極な真面目なセフィーアの問い掛けを彼女なりに真剣に受け止めたのだろう。


「………………」

「………………」


 セフィーアは思う。まだ付き合いは短いものの、ユウとは一緒にグリアズに立ち向かった仲であり、自身にとって生まれて初めての同世代の友人だ。

 正直に内心を暴露すれば、ユウとはもっと一緒にいたい。彼女のさっぱりとしながら義理堅い性格は、この先の旅でいつか追い詰められたとき、必ず自分を救ってくれると確信できる。

 ただ、その為には旅の途中で襲いくるであろう理不尽な出来事にも耐え、こちらに理由を尋ねてくることなく、覚悟を持って対応してもらわねばならない。

 それができないというのならば、残念だが彼女とはここで別れざるを得ない。


 ――我ながら身勝手だとセフィーアは独白する。


 信頼とは相手に己を認めさせて初めて成立するものなのに、その前提を無視してくれと一方的に突き付けているのだから。

 なんだか今の状況が酷く滑稽な茶番劇に思えて、セフィーアは内心で自嘲的に笑った。


「勝手な事を言ってごめんなさい。でも、納得できないならここで――」

「……あたしは!」


 セフィーアの逃げ口上を遮る様に、ユウは拳を強く握りながら声を張り上げる。


「あたしはこれまでずっと1人で旅してきたから面倒事なんて慣れっこだし、そういうのにちゃんと対処できるっていう自負もあるけど、それでもやっぱり独りって寂しいんだ」


 ここでようやく、ユウはこれまでセフィーアと聡一に見せてきた明るい笑みを浮かべた。


「あたし、これからもセフィやソーちゃんと一緒にいたい。だって、2人のこと大好きだもん」


 これで3人の意思は確認し終わった。


「……決まりね」


 感極まるなんて安っぽい言い方はしない。セフィーアは心の赴くままにユウを抱き締めた。

 ふんわりと舞い飛ぶ花の花弁と共に、強い風が2人を髪を撫で上げる。


「――ありがとう」

「あたし達、友達でしょ?」

「うん……!」


 ――いつか、話せる時がきたら、全部話そう。私のこと、ソーイチのこと、全部。


 そんなに遠い先のことではない。セフィーアは漠然とそんな気がした。


 一方で子供達を連れて先に村に辿り着いた聡一は、入り口にてこちらに目を向けている男性を発見した。


「ジョッシュ! メリィ!!」


 足を縺れさせながら必死になって駆け寄ってくるその男性はガンドルであった。目の下には隈がくっきりと浮かんでおり、聡一達を見送ってからずっとこの場に立っていたのだと断言できる。


「おとーさん!」

「パパ!」


 双子は口々に愛する父親を呼び、その胸元へ走っていく。


「よかった……無事で本当によかった……」


 ガンドルは飛び込んできた子供達をしっかりと抱き留め、愛おしそうに頬擦りする。


 しかし、感動の再会も束の間、ガンドルは鬼のような怒り顔を露呈すると双子から身体を離した。


「危険だから、あれほど樹海には行くなと言っただろうっ!!」

「「――……ッ!」」


 腕を振り上げる父親に脅え、双子はきゅっと目を瞑る。だが、待てども待てども覚悟した衝撃はやってこない。


 不思議に思い、恐る恐る瞼を開けると――


「もう……二度とこんな危ない事はしないでくれ…………頼むから……」


 涙を流しながら自分達を諭す父親の姿に、双子は今更ながら親にどれほどの心配を掛けたのかを理解する。

 それと同時に心を圧迫する"何か"が胸に込み上げ、双子は声をあげて大いに泣いた。


 ガンドルは再び最愛の我が子達を抱き寄せると、今度こそ離さなかった。


 その光景を聡一は数歩離れた位置から黙って見守る。


 かつて、似たような体験を自分もしたことがあった。

 その時の自分を抱き締めてくれた父の温もりは今でも鮮明に思い出せるし、これから未来(さき)を生きていくなかで一生忘れることはないだろう。


 聡一はガンドル親子がとても眩しく映り、思わず目を逸らす。それと同時に、自分にはどう足掻いても二度と訪れない温もり――それを幸せそうに享受している双子を強く羨んだ。


 込み上げてくる感情を抑えるように唇を噛み締める。


 そこへ、セフィーア達が追いついてきた。


 彼女達の表情は生き生きと輝いている。これまでになかった新しい絆を手に入れたのだと、当然のように理解できた。


 よかった。これで明日からの旅がより楽しくなることは間違いない。このメンバーとはいつか自分の出生を話せるだけの仲になりたいものだ――聡一は心からそう願った。


 ただ、今だけは皆と一緒にいるワケにはいかない。こんな不安定な心理状態では、ボロを出すように自分の弱味を晒してしまうだろう。


「あ、ソーイチ。フェルミとファスティオもパーティに加わることになったから、今夜は皆で――」

「ごめん、ちょっと疲れが溜まってるみたいで気分が優れないんだ。先に宿に戻ってるから後はよろしく」

「え……――」


 まるで逃げるように宿へと遠ざかっていく背中を黙って見守ったセフィーアは、去り際に見せた聡一の表情を思い返す。


(なんでそんな泣きそうな顔してるの……?)


 セフィーアは横目でガンドル親子を見つめる。未だに子の温もりを手放そうとしない父親の姿に、セフィーアの胸がチクリと痛んだ。

 

 ――もしかして


「あれ? ソーちゃんどったの?」

「ん、気分が悪いから先に宿に戻ってるって」

「そうなんだ……あとで身体にいいハーブティーでも持っていってあげよっか」

「……そうね」


 ユウが心配そうに小さくなったソーイチの影を見つめる。


「私達は一先ず村長のところへ行ってきますね」

「あとで俺達も合流しよう」

「ん。この村に宿屋は一つしかないし、場所教えなくても大丈夫よね?」


「――大丈夫だ、問題ない」


「「「やめて!」」」


 ファスティオの返答に対して、鳥肌をたてながら本能的に叫ぶ乙女3人であった。


 ◆◆◆


「いやはや、お見苦しいところをお見せしてしまいました」

「見苦しいだなんてとんでもない。親が子を想う気持ちは何よりも尊いものだと思います」

「うんうん」


 愛する子供達の生還に咽び泣いていたガンドルは照れ臭そうに頭を掻く。それに対しセフィーアとユウは軽く微笑むだけで済ませた。


「貴女方にはなんとお礼を言ってよいやら……いくら感謝してもしきれません」

「そう思うのなら、これからもお子さん達を大切に育ててあげてください」


 最後にこちらを見つめる双子に手を振ってから「では、私達はこれで」と2人は踵を返す。そんな彼女達を呼び止めるようにガンドルは慌てて声を張り上げる。


「お待ちください。まだ報酬をお渡してしません!」


 そう言って懐から取り出したのは、白銀貨が30枚詰められた亜麻袋だった。


「これだけしか用意できず誠に恐縮なのですが、どうぞお受け取りください」


 しかし、セフィーアもユウも頭を振って亜麻袋を受け取ることを拒む。


「いえ、それは受け取れません」

「報酬目当てでやったワケじゃないからねー」

「で、ですが、貴女方は子供達の為に命まで賭けてくださったのに、何も報酬を渡せないというのはあまりにも……」


 頑なに金を受け取ろうとしない2人だったが、ガンドルもここで引き下がることはできないと覚悟を決めたのか、是が非でも金を受け取らせようと粘る。


 そんな彼の実直な性格に苦笑しながら、セフィーアとユウは顔を見合わせて肩を竦めた。


「――って言われてもね」

「実際に身体張ったのはソーちゃんだからねぇ」

「それはどういうことですか? そういえば彼の姿がいつの間にか見当たりませんが……」


 彼女達の話しぶりに不穏な響きを感じ取ったのか、ガンドルは詳しく話を聞かせてくれとせがむ。

 そこでユウは仕方なしに樹海での一部始終を語って聞かせる。

 内容を把握したガンドルは顔を真っ青に染めた。


「な、なんてことだ……では、もし彼がいなければ今頃は――」

「あたし達も双子ちゃんもどうなってたかわかんないねぇ」

「ならば尚の事、報酬を――」

「同じ事をソーちゃんに言っても、間違いなく受け取らないと思うよん」


 カラカラと笑うユウと肩を落として項垂れるガンドルを交互に見やり、セフィーアはぽんと掌を拳で叩いた。


「そういえばガンドルさんは裁縫屋を営んでるんですよね?」

「そうですが、それが何か……?」


 頭の上に疑問符を張り付けるガンドルにセフィーアは笑みを浮かべてみせる。ユウも合点がいったのか、納得したように首を縦に振った。


「ソーイチだけでなく私達も納得できる報酬が1つだけありました」

「そ、それは何ですか!? 私で力になれることなら、何でもやりましょう!」

「では、クッションをくださいな」

「……クッションですか?」


 呆けた顔で聞き返してくる裁縫屋の主に、セフィーアは通りすがった人間を悉く魅了する満面の笑顔で頷いた。


 ◆◆◆


 ――これは夢だ。


 目の前に広がる風景はアパートで一人暮らしする前まで住んでいた実家のもの。


 ――この夢観るのも久々だな……。


 窓ガラスは叩き割られ、家具は滅茶苦茶に破壊されている。

 視線の先では高そうなスーツを着込んでいるものの、明らかに堅気ではない4人の男に父親が袋叩きにされており、そのすぐ後ろで母と妹が抱き合って震えていた。


 ――やめろッ!!


 夢だとわかっているのに、叫んでも無駄だと知っているのに、何十回、何百回と繰り返し繰り返し見た光景なのに……いつも同じタイミングで聡一は叫ぶ。


 ――殺してやる!ブッ殺してやる!!


 過去の出来事だと理解しているハズなのに、当の聡一は現在の自分と照らし合わせて冷静に男4人と自分の力の差を計っていた。


 ――余裕で殺れる。負ける要素は微塵もない。


 できれば相手に致命傷を与えられる得物が欲しかったが、そんなものなくても今の自分なら素手を用いて一撃で敵の息の根を絶たせることができる。聡一はそう判断し、利き手である右手を貫手の形に整えて……。


 ――ちぃ……ッ!


 背後から誰かが自分の頬に手を添えたのを感じ、振り向き様に肘鉄を喰らわせる――ことはなかった。


 意識が急速に反転し、視界に光が差し込んでくる。

 だが、夢の中で半ば恐慌状態に陥っていた脳は、それこそ脊髄反射レベルで身体に命令を出す。

 誰かの息を呑む音が鼓膜に刻まれるのを強引に無視し、聡一は自衛の為に枕元に置いていた短剣を目にも留まらぬ速度で抜き放つと、自分のすぐ真横にいる気配に向けて猛然と飛び掛かった。窮鼠猫を噛むどころか、噛み千切る勢いだ。


 ガタン!と木製の椅子が蹴倒される音が木作りの室内に木霊する。


「きゃ!」

「!?」


 そこでようやく頭が冴えてきた聡一は、自分が短剣を突き立てようとしている人物の顔を認識すると、頭で考えるより先に相手を短剣の範囲から突き飛ばした。

 しかし、寝起きで無理な運動を強いたせいか、その場に踏ん張ろうとしても身体の筋肉は言うことを聞かず、そればかりか視界まで180°ぐるりと回転する始末であり、聡一は敢え無く突き飛ばした相手へと倒れ込んでしまった。


 せめて傷付けないように短剣を遠くへ手放したのは僥倖といえるだろう。


 突き飛ばした相手であるセフィーアを押し倒すような姿勢で固まった聡一は、まるで二日酔いのように定まらない視界をせめて安定させようと必死に目を瞑る。


 ……取り返しのつかないことをやらかしてしまった。


 身体中の熱という熱が急速冷凍されていく過程が、手に取るように理解できた。


「ごめん……本当に……ごめん……」


 セフィーアの上から退くことも叶わず、全身から冷汗と脂汗を流しながら、か細い声で謝り続ける聡一。

 そんな彼の額と頬をセフィーアは濡れた布で優しく拭ってやった。


「晩御飯になったから起こしに来たんだけど、なんだか魘されてるみたいだったから。寝汗も凄かったし」


 落ち着いた様子で安心させるように微笑むセフィーアから気まずそうに目を逸らした聡一は、ふらつく身体に鞭打ってなんとか2本の足で立ってみせる。

 手を差し出して押し倒してしまったセフィーアを立たせようとするが、そこで再び眩暈に襲われ、逆に彼女に支えられる形になってしまった。


「無理しないで寝てて。ちょっと下に行ってハーブティーでも貰ってくるから」

「ごめん……」


 ベッドに倒れるように横になった聡一の顔を再度布で拭き取り、倒れた椅子を直してからセフィーアは部屋を出て行った。

 しばらくして大分視界の揺れも治まった聡一は、改めて今し方の自分の行動を思い返し、血の気が引く衝撃に駆られる。

 先の夢は言い訳のしようもなく、れっきとしたトラウマだが、まさかあそこまで我を忘れるとは思わなかった。というよりも、悪夢から目覚めて尚、現実にいる人間にまで襲いかかることなどこれまで一度もなかったことであり、聡一はそのことに深いショックを受けた。

 夢を見た原因はほぼ間違いなくガンドル親子の姿に過去の自分を重ねたせいだろうが、もしかすると、自分で思っている以上にこの世界での生活にもストレスを感じていたのかもしれない。


「はぁ……最悪だ……」


 夢から引き摺ってきた憤怒に身を委ねるまま、危うくセフィーアを殺しかけたのである。謝って済む問題でもないが、もう一度しっかりと謝罪しなければ。


「もしかしたら護衛の任を解雇させられるかもしれないな」


 普通の人間なら、自分を殺そうとした相手をそのまま傍に置いておくような真似はしないだろう。

 聡一は自分の職を失った場合に備えて、これからの生活プランを軽く考えてみた。

 ギルドのクエストで稼いだお金がそこそこ溜まっているので、今更1人になったところで何も問題はないが……。

 そこまで思考を巡らせたところで思い切り気分が憂鬱になり、目元を腕で覆うようにして瞼の裏に入り込んでくる光明を遮った。

 チクリと胸に針を刺されたような痛みに悶える。


 聡一は胸の痛みの原因を職を失うことで自分の先行きが見えなくなる恐怖だと勘違いしたが、実際は――


 そこへセフィーアがトレイ抱えて部屋に戻ってくる。


「ハーブティー持ってきた」

「……」


 礼を述べようとして、口が乾いて動かないことに内心で軽く舌打ちする。


「でも、その前に汗だくになった身体拭かないとね」


 黙ったまま何も言わない聡一の態度を気にするでもなく、セフィーアはトレイをテーブルの上に置くと、新しく絞ってきた布巾を持ってベッドの前に置かれていた椅子に座った。


「服、脱いで」

「自分で身体くらい拭けるよ」

「いいから脱ぐ!」

「ちょっやめっ――」


 今の聡一は胴衣を着用しておらず、ノースリーブのインナーシャツにボトムスという出で立ちだった為、セフィーアはすかさずシャツを脱がしにかかる。しかし、自分で脱ぐならまだしも、さすがに女の子の手でシャツを脱がされるというのは気恥かしくて堪らんと聡一は反射的に抵抗した。

 ネガティブだった気分などどこかへ吹き飛んでしまった。


「小癪な、抵抗するか」

「オーケーとりあえず落ち着こう」

「ちぃっ」


 無駄に抵抗する聡一に業を煮やしたセフィーアは、自らのポジションを椅子からベッドへと変更し、彼の身体に馬乗りになるようにして脱がしにかかる。


「いやいやいや自分で脱げるから! ていうか身体くらい拭けるからーっ!」

「そうやって抵抗されると、尚更余計に屈服させたくなる」

「ひぃ! コノヒトSィヨー! だ、だれかボスケテー!!」


 お互いの頭より上の位置でがっしりと手を組んだまま力を拮抗させる2人。しかし、その均衡は早くも崩れ去ろうとしていた。

 元々セフィーアは聡一の膝の上に乗って力を入れている分、足の力を加えることができるが、その一方で聡一はマウントポジションを取られて不利な姿勢を余儀なくされた揚句、腕と腹筋の力だけで体勢を維持しているのだから、それも当然の帰結といえる。

 最初こそ純粋な筋力差で双方に絶妙なパワーバランスを齎していたが、持久戦になれば聡一に勝ち目などないのだ。


 そして、そんな接戦の中でとうとう聡一の腹筋が力尽きる。


「ら、らめぇぇぇ」


 ぼてっとベッドに倒れ込んだ聡一の上で、勝ち誇ったように優越感漂う笑みを浮かべるドSな彼女。

 さぁどう料理してくれようかと当初の目的を忘れて思案するセフィーアだったが、組んでいた手を解こうとしてその顔が凍る。


「ニヤソ」

「……!」


 聡一の握力によってがっちりと組まれた手はどう足掻いても外れない。強気な笑顔から一転、セフィーアの表情が焦りと恐怖の色に染まっていく。


「ククク……所詮女子(おなご)の力などこんなモノよ。愚かにもこの俺様に牙を剥いた大罪、その身をもって奉仕し、贖罪とするがいい!」

「ひ、卑怯者ぉ!」


 悪魔顔の聡一は相手と絡んだままの手をぐん!と手前に引っ張り、力に負けたセフィーアは倒れ込むようにして身体を傾ける。お互いの身体は密着し、顔の距離はぐっと近くなる。

 彼女の若干熱い吐息が頬に柔らかく触れるくらいになって、はたと思考の歯車が軋みをあげた。


 ――これ、まんまさっきの再現じゃん


 押し倒してる側が入れ替わっているが、自分達の体勢が先程の再現のようで、馬鹿みたいに熱くなっていた心が急速に冷めていった。


「………………」

「――?」


 セフィーアは急に大人しくなった聡一の顔を覗き込む。その表情が強張っているのに気付き、セフィーアも否応なく先程の出来事を思い出した。


 だが、セフィーアは手を離さない。もう彼の手に力は込められていないにも関わらず、自分から手に力を入れて固定した。

 そして視線も離さない。力なく自分を見つめるその瞳をじっと見つめ返す。聡一の瞳孔に映る自分の顔が思った以上に柔らかいことに、セフィーアは安堵した。


 そんなセフィーアの眼差しに耐え切れなくなったように、聡一は顔を横に向けて視線を逸らす。

 そのままポツリと小さく呟いた。


「何も聞かないんだね」

「聞いてほしいの?」

「そういうワケじゃないけど、危うく殺しかけたんだよ?」

「うん、危うく殺されかけた。 凄くびっくりした」

「だったら――!」

「ソーイチだって私の事、何も聞かないでいてくれたじゃない」


 セフィーアが紡いだ言葉に、聡一は「あんな事されて、どうして何も聞いてこないんだよ!」と半分逆切れ気味に怒鳴ろうとして口を噤む。


「だから私は何も聞かない。いつか、話したくなったときに話してくれれば、それでいいから」


 表情が優しく彩られ、握られた手にきゅっと力が込められる。聡一もそっと力を入れて握り返した。


 それから一度深く深呼吸すると、意を決して謝罪の言葉を口にする。


「ありがとう。それからさっきは本当にごめん。二度とあんなことがないように気をつけるから……解雇だけは勘弁してください」

「は? するワケないでしょ、ばか」


 そう言い合って、お互いに笑い出す。

 冷え切っていた身体が再び火種を得たように熱を取り戻し始めた。

 密着するセフィーアの身体から直接伝わってくる命の鼓動が、聡一の心を震わせる。

 静かに右手を伸ばし、最上級の絹のような滑らかな蒼髪をそっと撫で上げ、薄い桜色の頬に触れる。

 セフィーアは頬に触れてくるひんやりと冷たい手を温めるように、己の手を重ねて優しく擦った。


 ――そして、ハッとする。


 今更ながら自分達がベッドの上で身体を重ねているという驚天動地のとんでもない事実に気が付き、顔を茹でタコのように真っ赤に染めた。


「こんなところ誰かに見られたら洒落にならないな……」

「そ、そうね……」


 ただ、現実というのは無情なもので……。


「ソーちゃん起きてる? サンドイッチ持ってきたよーん………………――」


 2人が慌てて離れようとしたところで、タイミング悪く扉を開けて部屋に入ってくるユウ。

 そのまま物言わぬ石像のように硬直したあと、唐突に色を取り戻し、落ち着いた動作でテーブルにサンドイッチを置く。


 そして――


「あたしも混ぜろーっ!!」


 混迷を極めた事態の収拾に、およそ2時間の時を要した。


 ◆◆◆


 翌朝、宿屋で朝食を済ませたあと、一行は馬車でギルド自治区アンレンデを目指すことになった。


「ま、ここからなら馬車で4時間くらいで着くし、まったり行きましょか~」

「うーい」


 眠そうな声で頷いた聡一は、御者台へと座り込む。内心で「あ、クッション買い忘れた……まいっか」などと考えながら手綱を握った。

 聡一の隣にセフィーアが腰掛け、ユウ、フェルミ、ファスティオの順で客車に乗り込んでいく。

 ちなみにファスティオのランスは客車の屋根に括り付けてある。長大な槍を客車内に持ち込まれると中の空間が一気に嵩張ってしまうので、さすがに妥協はできない。

 ちなみに、賊が出た際は大盾の内側に収納してあるショートソードで対処するらしいので問題はないそうだ。ファスティオは不満そうにしていたが、まぁこればかりは我慢してもらうしかない。


「んじゃ、出発しますよ~」


 気怠るげな御者の声を合図に、馬車がゆっくりと前進していく。


「それにしても、なかなか良い馬車だな」

「でしょー?」


 そんなファスティオの呟きにユウが自慢げに胸を張るなどのやり取りを背中で聞きながら、聡一は欠伸混じりに村の西口へと馬車を走らせる。


 すると、門の手前でガンドルさんと双子、それから奥さんであろう女性がこちらをじっと見つめていることに気が付いた。よく見ると何やら荷物を抱えている。


 聡一はゆっくりと馬車を近づけると、門の少し手前で停めた。


「ガンドルさんじゃないですか。こんなところでどうなされたのですか?」

「おはようございます。今日のこの時間に皆様が発たれるとのことでしたので、改めてお礼を言いに参った次第です。ほら」


 父親に背中を押された双子は聡一の瞳をじっと見つめると、ニコッと笑顔で言った。


「「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう!」」

「どういたしまして」


 聡一が優しい声音でそう返すと、次はガンドルさんと奥さんが荷物を差し出してきた。


「どうぞお受け取りください」

「これは?」

「大した出来ではございませんが、お役立てくだされば嬉しく存じます」


 大きな紙袋を開けてみると、中には御者台のサイズ合わせて作られたらしい座布団タイプのクッションとオマケとして客車用の大きなクッションが2つ用意されていた。


「おぉっ!」


 大した出来ではないと謙遜しているが、クッションは上質な布地に上等な羽毛を使用し、糸も丁寧に縫い込まれ、丈夫かつモコモコのフカフカな出来具合となっていた。貴族御用達の高級品にも劣らない逸品である。


「これは凄い! ありがとうございます!」

「喜んでいただけたようで私達も嬉しいです。徹夜して作った甲斐がありました」

「徹夜なんですかこれ!?」


 驚いて声をあげるが、ガンドルは笑顔のまま動じない。


 聡一はセフィーアを一旦立たせると、クッションを下に敷いてから改めて腰を降ろした。


 その瞬間、2人の顔が電撃を受けたように強張る。


「――す、素晴らしい……。これが熟練の職人によるオーダーメイドという物なのか!」

「確かに。お尻が包み込まれるような感触ね」


 そのあまりの心地良さに2人が思わず感嘆の呟きを漏らすと、ガンドルさんの隣に立っていた女性が一歩前に出て深く丁寧にお辞儀をしてくる。


「ご挨拶が遅れまして大変失礼致しました。わたくしはガンドルの妻でございます。この度は剣士様が大変な危険を冒してまで子供達を守り抜いてくださったと夫から聞き及びました。本当に、感謝の言葉もございません」


 そこまで言ってから、今度はセフィーアに視線を向ける。


「さらにはそちらの魔道士様に持病まで治していただいて……物品で解決できるような軽いご恩ではございませんが、お金は受け取ってもらえないとのことでしたので、せめてもの感謝の意を込めて丹誠と真心を尽くして作らせていただきました。フフッ、剣士様はお尻が繊細らしいとのことでしたので」

「ぶっ!」


 思わず噴き出した聡一はキッ!と隣に座る魔道士様を睨みつけるが、当のセフィーアはそんなのどこ吹く風と言わんばかりに明後日の方向を向いて口笛を吹く。


「ぜひ、またこの村にいらしてください。その時は心ばかりの御持て成しをさせていただきますので」

「…………そうですね。機会があれば、その時に。では、御達者で」

「どうかお元気で。冒険者様の旅路に女神アストレアの御加護がありますように」


 最後に子供達に軽く手を振り、聡一は馬車を発進させる。客車側からユウとフェルミも手を振って別れを告げた。


 ガンドル夫妻は聡一達の馬車が見えなくなるまで頭を下げ続けた。


 門を抜けてからしばらくの後、村が視界から消え去ると同時に聡一は深く溜息を吐く。


「……羨ましいなぁ」


 そんな彼の独白は草原を走る北風に吹かれて、霞んで消えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ